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    shakota_sangatu

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    アオカブオメガバース進捗7 モブのターン!!!

    #アオカブ

    Two of us




     発光を纏った、一匹のオーベムが居た。暗くなった空と、光る身体のコントラストは人の心を不安にさせる。そう、オーベムが、居たのだ。
     ワイルドエリアで時折姿を現す飛翔体、近づけば逃げていくその姿を可愛いと思ったことはあれ、不気味だと感じたことは一度もないのに。
     ただ、このオーベムと目を合わせた時……。得体の知れない、妙な落ち着かなさを感じたのはどうしてだろうか。野生のポケモンに、臆したことなど一度もないのに。
     このオーベムは、何かをし慣れている気がする……。例えるならば、思想を拗らせた人間の研究者から向けられる視線のような……。

    【テレポート】

     そうやって、意識の片隅で考えている間に。カブの身体は光に包まれ、オーベムと共に別の場所へと転送された。白く飛んだ視界が、まったく別の空間へと移り変わる。
     その部屋は、一見、何処かの金を持て余した誰かの、悪趣味な私室と思わしい場所だった。
     巨大なシャンデリアが照らす、ダンスホールのような場所にも思える。部屋の中央に設置された、ワインレッド色をしたキングサイズのベッドさえなければだが。
     アラビア調の天蓋つきの柔らかそうなベッドには、誰の為に用意されたか想像するだけで怖気のたつ丈夫そうな枷が備え付けられている。さらに悪趣味なのは、中が透けて見える薄絹が下ろされた天蓋付きのそのベッドには。行われる行為を鑑賞するように、周囲に半円形のソファが設置されていることか。
     赤──、赤、───、赤。絨毯も豪奢な調度品も何もかも、心臓から溢れた血潮のような柔らかなルージュ色。悪趣味な深紅で飾られた部屋は、その顔に影を落としながらささやかな声で笑う仮面の人物たちが寛いでいる。
     そう、仮面───。パシオの血で狼藉を働いた、ブレイク団がつけていたものに似た。けれども、目元を黒と赤で誇張しつつ片側に金で模様が描かれた悪趣味なハーフマスク。それをつけた者達は、手にシャンパンやワインを燻らせながら。
     美酒の肴であるかのように、オーベムによって連れられてきたカブを見つめている。
     ぞっとした……。ガラルのジムリーダーという職業上、見られることには慣れている筈だった。カブが試合をするとき、誰もが熱狂した目でこちらを見ている。ファンミーティングを行ったこともある、試合後の記者会見で多くの記者に囲まれたことも。けれど、彼らが自分に向けていた視線と、今、自分が受けている視線は全くの別物だ。
     此処に居る者達は、カブのことを消費していい一つの玩具かなにかのように見ている。その眼差しは絡みつくような、それでいて暗く暗く燃えていて……。
     彼らにとって、自分は【ヒト】ではないのだと思った。先ほども例えたように、玩具か、はたまた触れていい誰かの作品か。はたまた、それ以下か……。
     集団化した悪意は、人の精神力を削ぐものだ……。普段、毅然とした態度をとるカブであっても、その視線の群れには立ち向かう意思が削がれた。
     手持ちのポケモンが一匹でもいればよかったかもしれない、けれど、手持ちたちは自宅のモンスターボールの中。普段ずっと警戒してくれていたであろう彼らは、アオキがきたことに安堵したカブの手によりボールに仕舞われてしまっていた。だから、オーベムの暴挙をゆるすことにもなったのだが。
     仮面を被った得体の知れない人間たちと、背後にはゆっくりと明滅するオーベム。はたして、どう戦うべきか……。どうすれば、この場から逃げ出すことができるか。
     考えながら、カブの足は視線に対して、一歩引こうとする。幸いというべきか、仮面の人物たちはにやにやとした視線をカブに向けるだけで動く様子はない。とすれば、どうにかしなければいけないのはオーベムか……。
     ───、もし、カブがベータだったなら。周囲を見渡して、扉を探すことも、大声を出して相手を威嚇することもできたはずだ。
     ひゅっと、息を吸ったが最後……。身体の自由は効かなくなる、身体から一気に力が抜ける。
     そう、それは、カブが【オメガ】で……。この場に居る者達が。
     【アルファ】だったら……。
    「っ、……、ぇ、……ぁ?」
     そう、深く呼吸した瞬間。カブの鼻孔は、今まで嗅いだことのないような匂いの奔流に襲われた。
     その匂いは、仮面をつけた彼らから漂ってきていて、誰が発している匂いなのか、カブはどうしてか判別することができる。
     例えば、シャンパンを手にした若そうな男からは、──、瑞々しい花のような匂いが。
     例えば、妖しく唇を釣り上げて笑う、ホウエン風の衣装を纏った人物からは、──、柑橘系の果物に似た匂いが。
     その、立ち上る匂いを嗅いだ時、カブの下腹部は、まるで、腹の中に手を突っ込まれて、そこにある臓器を握りこまれるような感覚を覚えた。
     苦しいのに、何故か切なくなるような疼痛と共に、腹の中がどろり融けるような熱を帯びて。
     ───、匂いが。
    「っ、」
     ───、匂いが。
    「ぁ、あぁぁ、」
     ───、匂いが。

     ───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。───、匂いが。

     匂いが、増えるほどに。
     カブの身体は、まるで熱病に浮かされているように火照り、額から大量の汗がぽたぽたと音を立てて滴り落ちる。ソファに腰かけた彼らは、そんなカブの姿を熱心に見つめていた。まるでご馳走を前にした獣のように、徐々に熱を帯びていく彼らの視線。煮える熱湯のように視線が色めき立つほど、彼らの身体から発される匂いは濃くなっていく。
    「っ、かはっ……、」
     カブはもう立っていられず、その場に崩れ落ちる。そして、吐き出すものが無い胃の中の、残り滓のような胃液を嘔吐する。嗚呼、香りの坩堝だと、自身が置かれた地獄の中で身震いした。我が身を包んでいた香りの海の正体が、数々の人の形をした香りの毒が、カブの身体を取り囲んでいる。
     その香りたちは、夢中になるほど良い香りである筈なのに。カブの身体は、その匂いに感応して蕩けそうなほどに火照っているのに。───、カブの頭が、それを耐えがたいと叫ぶ。心臓が、悍ましいと震えている。
     身体は燃やされているように熱いのに、身体の中心を冷たい氷塊が包んでいるかのようだった。
     今まで経験したことの無い、耐えがたい感覚にカブは鳴いた。まるで、か弱い子どもになってしまったように、身を竦めてカブは啼いた。
     くすくす、くすくす……。そんなカブを見て、仮面の人物たちは楽しそうに笑う。満たされたような微笑のさざ波が広がって、カブの鼓膜をねっとりと犯してゆく……。
     その時、カツンっという音がした……。それは、誰かの上質な革靴が奏でた音だった。その音に反応して、オーベムがゆらりと動いた。それまで、無機質な視線を注いでいたポケモンは、背後からやってくる人物に蹲るカブの姿が見えやすいように横に動いた。
     微笑の波の中を、一人の人物が歩いてくる。白いドレスシャツを纏い、燦然と輝く豪奢な銀の髪を長く伸ばした背の高い男は。ほかの仮面の人物たちを聴衆にするかのように手を広げ、それから「し──、」っと人差し指を唇に当てるジェスチャーをした。
     その瞬間、空間に沈黙が降りる。まるですべてが調律された楽器であったかのように、静寂を作り出した男はゆったりとした足取りホールを進むと、蹲るカブの傍で立ち止まった。
     苦しむカブを見下ろす様は優しげであった、ただ口元に刻まれた笑みは酷薄そのもの。
     男は、惚れ惚れとした表情で、アルファのフェロモンに苦しむカブを見下ろしていたが。やがて、カブがこちらを見ないことに飽いたのか、面白くなさそうな表情を浮かべる。
    「ぅぁ、」
     男は、長い脚を動かすと、足先をカブの下腹部に引っ掛けるように軽く蹴った。疼く臓器を圧迫されて、逃げるようにカブの身体がひっくり返る。力なく、絨毯の上にごろりと転がったカブは、その時初めて男の顔を見た。
     カブが視線を向けたことに気づいて、男はゆっくりと仮面を取り払う。──、見たこともない男だった、ただ、その髪色はガラルに住む王侯貴族を思い起こさせた。
    「素敵な部屋でしょう?」
     男は笑う、犬歯の鋭い白い歯を光らせて。
    「貴方と私の、蜜月の場所は……、」
     一言に、これほどまでに悪意が詰まったテノールを、カブは初めて聞いた気がした。
     見目の良い顔立ちだと思う、けれどそこに浮かぶ表情は人をあざ笑うかのようで、猫なで声で話しかけられてもただただ気味が悪いだけだ。
     40代半ばくらいだろうか、きっとアオキと変わらない年齢。けれど、その身体から発されるアルファのフェロモンは、あまりにも毒々しくてめまいがする……。
     その、香水に似た複雑な香りは……。
    「っ、悪趣味、だね、」
     そう言えば、男はまるで聞こえなかったかのようなジェスチャーをした。それでも、カブが望む答えを言わないと分かると。ふと片足を上げて、激しい疼きを訴えるカブの腹を踏みつける。
    「───、ぁ、ぁ、やっ、あ、あ!!」
     それは、踏みつけるという表現にも満たない、徐々に圧をかけただけの力加減であったのに。カブは、男の行為に凄まじい恐怖と───、言いようのない甘い熱を感じて絶叫した。
     まるで、腹を開かれて内臓を撫で上げられたような……、痛いような、それでいて甘い疼きすら感じる衝動。カブが両目を見開いて身を悶えさせれば、謎の男は満足そうに笑う。
    「可愛くないことを言って……、身体はこんなにもちゃんと出来ているじゃないですか」
    「い、ぁぁ、あ、」
    「ちゃんと此処に、私の子を孕む為の子宮が」
     そう──、その通りだ。男が足先で踏みにじる下腹部には、2ヶ月という月日で形成された、まだまだ未熟なオメガ特有の臓器が存在する。ベータであったカブが、現の夢に微睡んでいる間に身体はもうオメガとして出来上がりつつある。
     それは、ある優しい男が、ずっとカブに直面させることなく、誤魔化していた事実であるはずだった。オメガ性を受け入れて間もないカブが知るには、未知で冒涜的で途方もない人体の神秘……。
     それは、ある薬によって引き起こされたコト。
     オメガ転化薬、どの地方においても禁忌とされた薬剤が、カブの身体に投与されたことをこの男はきっと一番よく知っている。
    「ちゃんと、オメガになって……、えらいですよ、カブ」
     歌うように囁く男の顔を、カブは涙の浮かぶ目で睨みつけた。
    「───、君が?」
    「えぇ、」
    「なぜ?」
     男は微笑む、悪びれもなく。そして、ようやくカブの上から足をどけると、そっとその傍にしゃがみ込んだ。ついっと、その指先が、カブの顎をなぞる……。
    「貴方が欲しくて」
    「だから、オメガにしたの?」
    「はい」
     その指先は、カブの首に嵌められた首輪をすっとなぞり……、わらう。
    「オメガじゃないと、アルファに相応しくないでしょう?」
     その黒曜石の眼差しには、熱狂にも似たほの暗い情欲が渦巻いていた。
     悍ましさに、息が詰まって何も言えなかった。同じ黒でも、こんなにも色が違う……。
     カブは、アオキのことを思い出していた。ベータであったカブを、恋しいと言ってくれた人のことを。彼が放つ安らぐような香りは、この男の匂いとは全く違う……。
    「ふざ、けるな……!!」
     その手を振り払いたくて、カブは何とか身をよじった。拳を振り上げて、男を遠ざけようとする。がむしゃらに暴れようとした身体は、けれども見えない力によって押さえつけられる。
     ……、オーベムだ。カブの抵抗を奪ったオーベムは、やはり無機質な眼差しをこちらに向けている。抵抗ができない、それがあまりにも悔しい。カブは喘いだ、匂いの坩堝に溺れながら、喘ぐように息をして……。せめてもと、男の顔を睨みつけた。
    「ベータでも、愛してくれるアルファはいるんだ!」
    「ああ……、あの出来損ない、アオキでしたっけ?」
     身体は囚われていても、心だけは自由であると。記憶に根付く、彼に愛された記憶を刃の代わりに。闇を裂く声で叫ぶカブを、男はひとつのショーか何かのように見やった。それから、何か思い出すように小首を傾げると。
     鼻で笑った……。カブの言葉を。カブの心に、強い怒りの感情が宿る。
    「っ、彼を侮辱するな!」
     燃えるような眼差しで、カブは男を睨みつける。身体の疼きも、吐き気を催す香りも、その瞬間だけは忘れ去っていた。それほどに、激しく、カブは男に対して怒ったのだ。
     アオキから注がれた愛情は、本物だと信じているから。それを、見ず知らずの男に嘲られて、黙っているわけにはいかなかった。
     けれど男は、その微笑でカブの怒りさえもそよ風のように受け流す。男がオーベムに一瞥すると、オーベムは念動力でカブの身体を浮き上がらせる。
    「っ、……、くぅ、」
     仰向けの姿勢から、しゃがみ込み、刃を待つ罪人のように男の前に首を差し出す姿勢へと。それから、男は……。片手でカブの首を掬い上げると、まるで内緒話をするかのように耳元に唇を寄せた。
    「侮辱なんて。私は事実を言っているだけです。……、それに、貴方が怒る権利はありませんよ」
    「なに、を、」
    「彼が、貴方を噛まないために、どれほどの抑制剤を服用していたと思います?」
     にんまりと笑う、男には悪意がある。カブの心を追い詰めて、千々に引き裂きたいという悪意が。しして、男がもたらしたその言葉は、カブの心の柔い部分にまっすぐに届いた。
     思い出してしまったのだ、アオキの顔色の悪さを。正気に返ってすぐに気づいた、隈が刻まれたアオキのボロボロの顔を。
     彼は、仕事が忙しかったと言っていた。自分が信じたあの言葉が、優しい彼の嘘だったのだとしたら……。
     カブが表情を強張らせれば、男は満足そうに目を細める。男は知っている……、運命と評されるまでに惹きあったアルファが、オメガの身体を発情させないために必要な薬の数を。
     カブが疑ったなら、男は指折り数えて教えた事だろう……。
     けれど、カブは素直だった。先ほどの一言だけで、彼は充分に事態を想像しえた。
     だから、男は畳みかける。オメガを支配することを良しとする悪性は、オメガの心を削ぐためならばなんだって武器にする。
    「抑制剤の不味さを知っていますか? あれがどれほどに身を削り、不調をきたすかを……。あのアルファは、貴方のためにどれほど寿命を削ったでしょうね、」
     そう囁いてやれば、カブの身体は目に見えて大きく震えた。首を差し出した罪人の姿勢は、今のカブにはよくよく似合っていた。
    「貴方の、罪だ」
    「……、……あ、」
     ひとつひとつの音を楽しむように、その首を撫でながら男が告げる。
     見れば、カブは途方に暮れた表情になっていた。安らかに浸って、微睡んでいた夢の代償に気づかされたのだ。その辛苦は計り知れない……、本当は泣きたいはずだ。
     真に罪人が存在するならば、それはカブをオメガにしたこの男であるのに。善良な人間は、他者の悪意に誑かされやすい。人生経験を積んできたカブであっても、悪意で舗装された地獄から逃れることは難しかった。
     ぽろりと、堪えきれずに、涙が一筋、カブの頬を伝った。その涙を掬ったのは、悪意あるアルファの舌先で……。
     悲哀の涙は、塩辛いという。一滴に込められた、懺悔の味を啜った男がうっとりと笑う。
    「身を削って、ボロボロなアルファ。まぁ、奴が我慢強かったおかげで、貴方はこうやって無垢なまま私の下に来てくれたのですが、」
     そう言って、そっとカブの身体を抱き寄せる。香水に似た複雑な香りが、カブの身体に絡みつく……。茫然としたカブは、その恐怖すらも甘受しているかのようだった。
     その絶望の顔に、男は興奮した様子だった。
    「オメガの一匹も噛めないアルファは愚かですが、アルファの欲求を知らない無知なオメガは正直そそりますね……、」
    「やだ、いやだぁ……、やっ、」
     カチリ……、抵抗を失ったカブの首から、首輪が外れる音がした。その傍で、カチリと鳴ったのは、男の牙の音……。
     その音に、カブは反応する。
     嗚呼、隠さなくてはいけない場所を晒してしまっている。───、カブは、羞恥に震えた。
    「や、やだぁ……!」
     熱に浮かされた声で、カブは無茶苦茶に身体を動かそうとした、首を曝け出した姿勢から逃れようとした。それほどに、己は今、耐えがたい姿勢を取らされているのだということを、急速に理解したのだ。ともすれば、局部を晒していること以上の、大きな恥辱と怖れ。
    「ひぁ、い、」
     得体のしれない恐怖に慄いたカブを、仮面の人物たちが興奮も露わに見つめている。それらは、カブが無意識で放つ香りにごくりと喉を鳴らしながら。全ての目玉は、じっとりと熱を帯びて、カブの項をまるで最高のお菓子か何かのように見つめていて。

     カチリ。

     カチリ……、誰かの歯が鳴った。カチリ、カチリ、カチリ。カブを取り囲む仮面の群れが、順繰りに歯を鳴らした。まるでくるみ割り人形のように、不気味に光る仮面の下で、カブに見せつけるように口を開閉する。
     カチリ、カチリ、カチリ、カチリ。
    その音が、だんだんとカブの項に近づいてくる。───、ひとつ、音が増えるたびに。首筋に人の吐息がかかり、湿った音が響き……。だんだん、だんだん、距離を狭めてきている。
    「いやだぁ…………!」
    「好きなだけ鳴いてください、その悲壮感ただよう声も堪らない」
     男は、嗤った。怯えるカブの声を歌のように味わいながら、男は怯えて顔面を蒼白にしたカブの身体を姫抱きにする。オーベムの力も借りているのか、軽々とカブを抱き上げた男は、悲壮の涙を流すカブの額に口づけて。
    「まぁ、最後は記憶も弄って、私の従順な妻になってもらいます」
     囁く男の傍で、オーベムが不気味に明滅している……。人の記憶を壊すのに長けた、そのためだけに力を使うポケモンの心も死んでいるのだ。
     ───、此処には、心を殺す要素しかない。
     はたして、いったい何度目なのだろうか。
     オメガの心を殺して、そうやって従順な妻を仕上げてきたのだろうか。
     誰かが笑う、嘲るように、踏みにじるように。──、此処は悪意の巣窟だ、オメガを玩具にして、弄することを快楽とした者達しかいない。そして、カブは悪意の糸に囚われてしまった……。
    「さて、」
     天蓋の内側、ルージュで彩られたキングサイズのベッド。男はカブの身体をそこに横たえると、おもむろに何かを取り出してカブの口に押し込んだ。
    「っ、ぐ、」
     舌の熱ですぐさまに蕩ける舌下錠……、邪な意思を多分に含んだ固形の感触に、カブはすぐさまに吐き出そうとするものの。
     男の両手がカブの口と鼻を抑えつける。右手で藻掻くように腕を引っ掻くカブだったが。気道を塞がれてだんだんと上気していく頬と、余計に分泌される唾液によって、咥内の薬は溶ける速さを増していく。───、苦しい、苦しい、苦しい!!
     意識に霞がかかる頃、顔を鷲掴みにしていた手が外される。
     口の中にどろりと広がった甘さを耐えようにも、息を求める喉の反射的な動きには敵わない。ごくり、絶望的な音が喉から響いて、胃の腑の底へと、冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
     解放された唇から、つるりと銀の糸が垂れる。
     ひゅっ、ひゅぅっ、潰れかけた気道が解れていく音。はくはくと口を開けた口の中に、錠剤の姿が無いのを、黒曜石の目が視認する。
     男が優しく、まるで慈しむように微笑んだ。
    「まずは、発情する様を見せて……。泣いてください、」
     けれど、そこには悪意しかない。
    「貴方が一番美しい時に、噛んであげますから」
     悪意という地獄に堕ちたカブを見て、たくさんの声が笑い始める。声は木霊して、反響して、香りと絡まって……、ただただ吐き気がした。
     逃げ出したくても、自分の身体はもうアルファの香りでダメになっている。──、このまま、噛まれてしまうのだろうか。噛まれて、その嘆きさえも、オーベムによって忘れさせられてしまうのだろうか。
     カブは、アオキのことを思いだした。彼と共に歩いた、夕暮れの道を思い出した。
     彼に甘えていた自分、彼の嘘で護られていた自分。彼の愛を注がれるだけで、彼の苦痛をしらなかった自分。
     これは、罪だろうか……。ベータがオメガになってしまった罰なのだろうか。
     そう、だとしても。───、捧げるなら、彼が良かった。
     アオキ君に、噛んで欲しかったなぁ……。
     急遽な想いに反して、高ぶっていく身体……。その熱に身をくねらせて、絶望の涙を流す。男が興奮したように、カブの着衣を乱し始めて、そして……。

     ─────、音が、した。

     それはカブのポケットで息を潜めていた、スマホロトムがシーツの上に転がり落ちる柔らかい音だった。

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