SALEのご利用も計画的に 新しい年を迎えてはや数日。ホリデー特有ののんびりとした空気が漂うスカラビア寮の談話室で、寮生たちが話に花を咲かせている。聞こえてくるのは新年恒例の購買部セールについてのあれやこれや。その中心が目玉商品でも割引率でもなく初めて耳にするものだったから、カリムは我慢できずに一番近くのかたまりに突撃した。
「なぁなぁ、そのKOMAバトルって何だ?」
「うわ、寮長!」
「寮長、明けましておめでとうございます!」
「あぁ、おめでとう!」
カリムが突然話しかけるのはいつものこと。一瞬だけ驚いた彼らもすぐに嬉しそうな表情で挨拶を口にする。響いた元気な声で寮長の存在に気づいた談話室全体を巻き込んだ挨拶合戦が始まりかけた寸前で、カリムがもう一度質問を投げ掛けた。
「で、KOMAバトルってのは何なんだ?みんな話してるからすげー気になってさ。オレにも教えてくれよ!」
ワクワクが隠しきれていないその眩しすぎる笑顔に、ぐいぐい詰め寄りかけていた寮生たちの動きが止まる。顔を見合わせあって、今度は変わるがわる説明を始めた。
「あ、そうでした。ミステリーショップで5000マドル買い物すると、挑戦権が貰えるんですけど」
「店員と勝負して勝てば、どんな商品とも交換可能なゴールドサムチケットと交換できるんです!」
「今のところ、ウチの寮で勝てたヤツはいないみたいですねどね」
「結構難しいんですよ。でも、負けてもその勝負自体が楽しかったのでまぁいっかなって」
「もう一度挑戦するかどうかが悩みどころなんですよね」
「よかったら寮長一緒に挑戦しに行きませんか!」
寮生たちの説明をあらかた聞き終えたカリムの頭の中がKOMAバトル一色に染まる。早く体験してみたくて身体中がうずうずするのを止められない。いつ挑戦するかだなんて、そんなものは今日、これから直ぐに決まっている。そうとなれば彼がやるべきことはひとつだ。
「教えてくれてありがとうな!今からジャミル誘って行ってくるぜ!!」
まだまだ話していた寮生たちに大きく手を振って、カリムは一目散にジャミルの部屋へと駆け出した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「KOMAバトル?あぁ、ミステリーショップの新春企画か。東方の文化を元にしているらしいな」
「知ってたのか、さすがジャミルだな!オレはさっき寮生に教えて貰って知ったぜ」
「年明けすぐから話題になってたぞ」
「そうか?まぁいいや、今からやりに行こうぜ!!」
「……お前が知ったら絶対そう言うと思った」
名前を呼びながら勢いよく飛び込んだジャミルの部屋。以前よりかなり減ったといえどノックを忘れるのは良くあることで。近づく足音と声で構えていたジャミルは、わざとらしく息を吐きながら真直に向かってきたカリムを受け止めた。そのまま始まったカリムの話を遮らないように軽く体勢を整えて、カリムの望みを叶えつつ自分の面倒ごとが最小限で済むための計画を練る。
「すっげー楽しそうだから、絶対ジャミルと一緒がいい。……ダメか?」
あれこれと頭を動かした所為で逸れた意識がお気に召さなかったらしい。両手でジャミルの顔を掴んで自分の方へ向けたカリムが、言葉の最後で眉を下げる。相手の意思を確認する努力は絶賛継続中だ。なお、本気で危険だと判断したとき以外でジャミルがカリムのお願い退けることはほぼ無い、ということに気づいていないのは当人たちのみ。当然、今回も渋々を装って従者は主人の望む言葉を告げた。
「……違う文化に触れることはなかなかできない体験だからな、俺も興味はある。仕方がないから付き合ってやるさ、ご主人様」
「ホントか!?ありがとうジャミル、嬉しいぜ!!」
参加表明をした途端満面の笑顔に変わったカリムの抱きつく勢いが強すぎて、二人揃って後ろへ倒れる。後頭部の強打だけは防いだジャミルが自分の上でへらりと笑う相手の頬を掴み、腹筋の力で起き上がる。
「カーリームー」
「いひゃい!」
「うるさい。お前はもう少し加減を覚えろ!」
ジャミルが腹いせに手を引けばカリムの頬はよく伸びた。存外お気に入りなその感触を楽しんで、涙目にならないギリギリのタイミングを見極めて解放してやる。出掛ける予定がなければもっと長い時間堪能していただろう。戻ってきたら理由を付けてもう一度、なんて考えていることはおくびにも出さず、頬を摩るカリムをジャミルが鼻で笑う。
「ううぅ。MOCHIみたいに伸びちまうとこだった……」
「はっ。そうしたら焼いてカレー味にして食ってやるよ」
「うぇぇ、カレーはやめてくれ!!」
「そこかよ!?……はぁ、出かける前から疲れた」
ちょっとズレてるカリムの反応についつい全力でツッコんでから、ジャミルは額に手を当てて大きく息を吐いた。これくらいの怒鳴り声は日常茶飯事すぎて、カリムは上機嫌のまま声を上げて笑った。スカラビア寮長副寮長のありふれた風景。
にこにこと楽しそうなカリムの様子をチラ見したジャミルが今度は小さな息を吐き出して、切り替えるために軽く頭を振る。そして、話を元に戻した。
「バトルには一回5000マドル分の買い物が必要だったな」
「おう。いっぱい買ってたっくさん挑戦しようぜ!」
ワクワクという文字がカリムの周りに浮かんでいるように見える。やる気十分と力こぶを作ってみせる様子に店丸ごと買い占めようとする姿がくっきり浮かんで、ジャミルはピシャリと釘を刺した。アジーム家の財布的に何一つ問題はないが、買ったものを仕舞うのも管理するのも間違いなくジャミルになる。新年早々そんな面倒まで背負い込むなんてごめんだ。あと、単純にもったいない。
「やめておけ、他の生徒に迷惑がかかるだろ」
「なんでだ?」
「この新春セールを楽しみにしているヤツは多い。お前が必要ない商品まで買い占めてみろ。欲しかったものが買えなかったと反感を買うに決まってる」
「確かにそうだな。ウチの取引先は企業ばっかだからうっかりしてたぜ」
「わかったならお前は部屋に戻って少し待っていろ、必要なものを確認してくる。15分くらいで行くから大人しくしとけよ」
「わかった!」
元気よく返事をしたカリムが部屋を出ていくのを見送って、ジャミルもキッチンへと足を向けた。買い物は必要なものを過不足なく行う主義だ。二人分で10000マドル、減っていたスパイスでたぶん足りるだろう。
「チケットで交換する商品も見繕わないとな」
晩御飯のメニューはバトル結果が出てから決めても悪くない。そんなことを考えながらジャミルが購入リストを作っていく。勝っても負けても今日はこの話題で埋め尽くされるだろうカリムとのやりとりを想像して、ジャミルは無意識に口元を綻ばせた。