渋谷は華やいでいた。喧騒は常とは違い、どこかあたたかい響きを持っているように感じるのは、クリスマスであるという先入観故なのか。その賑わいは日が暮れてからも変わらない。
「チッ。人が多すぎるな」
苛立ちから舌打ちするKKを暁人が宥める。
「仕方ないよ。クリスマスだし」
「それが理解できねーんだよ。浮かれてはしゃぐ意味がわからん」
「お祭りみたいなものだろ? 誰も、深く考えてないよ」
祓いの仕事の帰り道、二人連れ立って歩いている。寒いからと最短コースを選んだが、急がば回れというやつか、この人混みならば駅前を避けた経路にすべきだったとKKは後悔していた。
渋谷の駅前はイルミネーションで着飾られ、いつも以上に賑やかで華やいでいた。その中を歩く人々は男女の二人連れが多い様子。
それらを横目に、冷えた両手をコートのポケットに突っ込んで歩いているKKの腕に暁人が自身の腕を絡める。
「おい」
「人が多いからはぐれないようにね」
振り解くのは容易だが、人混みでそれをするのは周りの迷惑になりそうだ。抗議の代わりに溜息をついた。
「機嫌悪いじゃん」
「わかってるならその腕解けよ。さっさと帰るぞ」
暁人は腕を解く気はないらしい。寄り添った二人は足早にスクランブル交差点を渡る。
「KKはさ、クリスマスの思い出とかないの?」
「ねぇよ。あっても碌なもんじゃない」
年末は犯罪率が上がる傾向にある。そんな中、クリスマスで人が増える場所、例えばイルミネーションを見に押し寄せる者同士や、チキンやケーキを買うための行列で起きるいざこざやは少なくない。警察官だった頃はそういった現場に右往左往していたし、夜遅くまで出歩く若者を補導することも多々あった。面倒ごとが多い日。それが、KKが思うクリスマスだ。
だから、家族に構う余裕もなかった。
思い出したくないことを思い出してしまったと、KKは再び小さく舌打ちした。
「やけに嫌うんだね、クリスマス」
「いい思い出がないからな。そう言うお前はどうなんだよ」
「思い出と言うか……クリスマスってご馳走食べれるイメージかな。そうだ! チキン買って帰ろうよ」
「嫌だよ。行列に並びたくない」
「それは僕も同感。コンビニでフライドチキンでも買う?」
「ご馳走からは程遠いな」
言って互いに笑い声を上げた。
「ったく。お前のおかげでクリスマスを毛嫌いしてるのが馬鹿らしくなったよ」
「なら、よかったじゃん。さっきも言っただろ? クリスマスなんてお祭りと一緒だって。楽しみたい人が楽しめば良いんだよ」
「暁人は楽しむタイプか?」
「そうだね」
「ご馳走を諦めたのに?」
「そうだよ」
駅前を通り過ぎれば少しずつ喧騒が薄れていく。気づけば人影はまばらで、二人分の足音が響くだけだ。
「クリスマスを楽しむって割には、それらしいことしてなくないか?」
「KKからクリスマスプレゼントをもらったからね。それだけで十分なんだ」
「プレゼント?」
KKが訝しげに首を傾げる。そんなものを渡した記憶はない。
どう言う意味だと問えば、暁人ははっきりと答えた。
「僕が一番欲しいのは、KKと過ごす今だから」
白い息と共に告げられた言葉に、どきりとした。思わず足を止めてしまう。その様子に満足したらしい暁人が目を細めて微笑む。その反応がなんだか悔しく思えて、KKは揶揄うように片方の口角を上げて言った。
「言うようになったじゃねぇか」
「KKの影響かな」
「俺はそんなキザなこと言わねぇよ」
クスクスと暁人が笑い、自身の頬を指差す。
「赤くなるのは女の頬だけでいい……だっけ? KK、ほっぺた赤いよ?」
「なっ! 違う! これは寒いからで——」
「はいはい。寒いから早く帰ろうよ」
言って歩き出す暁人に腕を引かれ、KKは納得しないながらも家路を急いだ。家に帰ってあたたまれば、頬の赤みなどすぐ消えるはずだと自分に言い聞かせて。
(終)