玉砕アルコールで熱くなった体を冷ますため立ち上がり窓を開ける。窓枠にもたれ掛かり夜風に吹かれて瞼を下ろすと自然とため息が出た。ひんやりとした風が心地良く感じるくらいにはアルコールが回っている。その心地良さに身を任せ目を閉じたまま暫く瞑想した。想いの人を思い浮かべる。もう数年、感覚的にはもっと会えていない気がする。寂しい。大変そうなのにいつも笑ってるとか、服の上からでも分かるほどの鍛え上げられた肉体とか、あの手はいつも温かくて、大きくて、触れたらおかしく――
「風邪引くぞ」
突然聞こえた声に体が跳ね目を見開いた。窓から身を乗り出せば、落ちるぞと笑った想いの人。
「え?あ、……え?」
「なんだよ、変なことでも考えてたのか」
くくくと笑う声に、冷たい夜風で引いていた熱が一瞬で吹き返す。
「なんでいるの」
「なんでって、顔見に来たんだよ」
「え、なんで、」
「お前なぁ」
「ちょっと待って今そっち行くから」
「体冷えるぞ。俺がそっち行く」
部屋の窓は彼よりも少し高い位置にあり彼の顔を見下ろしながら戸惑っていれば、上がり込んだりはしねぇからとまた笑う。わかったと返せば玄関に回る彼を少し見送り、テーブルの上の散らかった残骸たちを慌てて袋に詰めた。上がらないと言った彼の言葉はすっかり抜け落ちていた。
今日この島に来ることはもちろん知っていたけど、まさか来たその日のうちに会えるとは思っていなかった。わざわざ私の部屋を訪ねてくるなんて。どうやって?護衛はいるの?危ない目には遭ってない?
「久しぶり、ライナー」
「久しぶりだな」
「部屋ちょっと散らかってるけど……」
「待て、部屋には上がらないって言ったはずだが」
「あ…そう、だったね…」
尻窄まりになる私の言葉に仕方なさそうに笑う彼の顔がどうにも愛おしいと思った。会えない間に随分大人びた彼、私の感情も一人で勝手に大きくなった。ドキドキする。はしたない女だって思われたかな、恥ずかしい。だけどずっと会えなかったし遠くで姿を見ることすらできなかったから今はどうしても目を離せない。
「そう簡単に男を上げんなよ」
「うん」
「おい、わかってんのか?どういう顔だそれ」
「ライナーにずっと会いたかった。寂しかった。ゆっくり話したい」
その腕に抱かれたい。頭を撫でて欲しい。心地良いその声を耳元で聞かせてほしい。もう一層、あなたの胸であなたの香りで窒息したい。
「待て待て、何言ってんだ」
「ゆっくり話したい」
「その後だ」
「え……?」
「抱かれたいって」
「え……え!?声に出てた……?」
「出てた」
「うそ……ごめん、キモイよね、ごめん」
最悪。バカバカバカ。消えてしまいたい。本当、バカな女。浅ましい女。ずっとずっと顔が見たかっただけなのに。もう二度と顔を合わせられない。顔を逸らして早く玄関を閉じたい。彼の目にどう映ってるかなんて確認できるわけがない。
「言い逃げは狡いだろ」
閉じようとした扉に強い力が加わり押し返される。押し開けた流れで部屋の中に入ってきて彼は玄関を施錠した。
「上がらないって」「話がしたいんだろ」
言い終える前に被された言葉にグッと口を結ぶ。優しい彼でも力勝負は譲ってくれないらしい。数年ぶりだというのに彼は来客用のスリッパがどこにあるか覚えていたらしく、壁に背をくっつけて固まる私をそのままに靴を脱いで履き替えた。
「ちゃんと話をするぞ」
「い、今はちょっと、まともに話せない、です」
「窒息しそうか?」
「う、わ……そんなことまで……?」
腕を掴まれリビングまで引っ張られて、まぁ座れよと促されてぎこちなく座れば、私の部屋なのにとても居心地が悪い。
「居心地悪そうだな。俺の声は心地良いんじゃなかったか?聞き間違いか?」
「ライナー、も、やめて……」
彼の笑い声が聞こえ頭を撫でられる。ドキドキする。いろんなことで心臓が潰れてしまいそうだ。全部声に出てたし、一言一句漏れなく彼の耳に届いてた……。ぐしゃぐしゃになる髪と彼の手の下からその顔をなんとか覗いてみれば意地悪な色をした目とかち合う。ちゃんと言ってくれないとわからないなんて、そんな優しい声を出さないでほしい。気持ちを伝えるつもりはなかったのに従ってしまいそうになる。
「お前も大人になったんだ。そんな言い方したら俺の体が目当てだと思われても仕方ないぞ」
「違う!違うよ!ずっと好きだったの!」
「好きだった?」
「あ、もう、やだ……」
思うようにいかない。好きで好きで仕方ないって全身が叫んでる。離れて行かないで、見えるところにいて、この手が届くところにいて。でも、近くにいたらおかしくなるから、
「今はどうなんだ?」
「近寄らないでほしい。ライナーといると頭おかしくなる」
「そりゃどういう意味だ?」
私のせいでそんな顔しないで。悲しませたい訳じゃない、傷付けたい訳じゃないの。
「……すきだからだよ」