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    ちゃっぱ

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    ちゃっぱ

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    4巻後くらいのシリモニ
    シリルの歌を盗み聴きするモニカの話

    静かなる旋律 ゆっくりとドアノブを引き、開いた扉の隙間から生徒会室へ身を滑り込ませ、そっと扉を閉めるとモニカはふうと息をついた。
     きょろきょろと辺りを見渡し、足音を立てないように歩く姿はさながら泥棒である。
     心臓をバクバクさせながらモニカは机の引き出しに手をかけて、そっと引き出す。そこには一枚の小さな紙が仕舞われていた。
     モニカはその紙をさらに小さく折りたたむとしっかりとポケットの奥へ押し込んだ。

     なんてことはない小さな紙には細かな文字で計算式がびっしりと書いてある。魔術を嗜んでいる人間にはそれが非常に綿密な魔術式であることがわかるだろう。
     一方で裏面には魔術とは全く関係ない、幾人かの名前とクラブ活動名が記入されている。
     モニカはうっかり自室で書いた魔術式のメモを誤ってポケットに入れたまま、生徒会のメモとして使ってしまったのだ。
     モニカは数字のことなら完璧に記憶できるが、人の名前を覚えるのは苦手だ。口頭で伝えられた事を覚えていられる自信がなく、手持ちの紙を使ったのが不味かった。
     自室に戻ってポケットの紙を生徒会室に忘れてきたことに気がついたモニカは青ざめた。モニカは魔術疎いということになっている。あんなものを持っていたことが魔術に精通している者に知られたら、間違いなく出所を追及されてしまうだろう。
     こうして一枚の紙切れを回収する仕事が任務に追加されたのだ。

     無事に紙切れを回収したモニカは資料室への扉に目を向ける。
     生徒会室には鍵がかかっていなかった。職員室にかりにいくとまだ鍵の返却はされていないようだ。誰かがまだ生徒会室で仕事をしているのだ。
     遅くまで居残っているのはおそらく生真面目な副会長なのだろう。モニカは紙切れがシリルに見つかっていたらどう誤魔化すか頭を悩ませながら、薄暗くなった廊下をとぼとぼ歩いて生徒会室を訪れたのだ。
     しかし、それも杞憂に終わったようだ。おそらくシリルは資料室で仕事をしているのだろう。生徒会室には彼の姿はなかった。
     なんとなく、シリルがいるのか気になって、モニカは資料室の扉の前で聞き耳を立てた。


     ふと、モニカの耳に小さな旋律が届く。


     いつもの大きくて鋭い声とは裏腹に、その歌声は静かで、けれど伸びやかで、なんだか弾んでいるようで。
     知っているのに知らない声だ。

     ぱちぱちと目を瞬かせるとモニカの脳裏にキラキラの笑顔が蘇る。そういえば、フェリクスがいつの日か、シリルはたまに資料室で歌っていると言っていた。
     モニカがこっそりと音を立てずに生徒会室へ入ってきたために、シリルはモニカの入室に気がついていないのだ。

     きっと今、物音を立てればこの歌声は瞬く間に消えてしまう。そう思うとモニカの体はなぜだかこわばった。

     こっそりと歌声を聴いたことがバレたらシリルは怒るだろう。目を釣り上げて声を上げる彼の姿が浮かび上がる。
     けれどもモニカはそこから動くことができなかった。
     もう少し、この歌を聴いていたい。



     沈黙の魔女は静かなる旋律にしばし心を奪われていた。


    ♦︎♦︎♦︎


     それからというもの、モニカには秘密の習慣ができた。生徒会室にひっそりと入り、誰もいないことを確認すると、資料室の前で聞き耳を立てる。
     もちろん、不在なことや、誰かの話し声が聞こえることがほとんどだ。
     けれども、ごくごく稀にあの歌声を聴くことができる。

     なぜこんなにも、シリルの歌が聴きたくなるのか、モニカにはよくわからなかった。
     モニカは特別音楽が好きというわけではない。音楽など楽譜も読めないし楽団の曲など聴いたこともない。ベンジャミンが意気揚々と語る音楽への熱弁も、右から左へ聞き流している体たらくだ。

     そんなことを考えながら、今日もモニカは耳をすませる。小さく聴こえてきた歌声にモニカの口元がゆるんだ。
     ほんの一時目を閉じて、その声音に身を委ねる。
     今日は子守唄のようなゆったりとした旋律だ。穏やかな声がモニカの心に沁みわたる。

     けれども、モニカは目を開けると音を立てないように資料室から離れる。歌を聴くことができるのはほんの僅かな時だけだ。名残惜しいが仕事に戻らなければ。
     モニカが生徒会室の扉に手をかけたとき、それは起こった。
     ドサドサと音を立てて、エリオットの机の上に束ねてあった書類の山が決壊したのだ。

    「ひゃあっ!?」

     突然の大きな音にモニカの口から悲鳴が漏れる。自分の声の大きさに驚いて、モニカは慌てて己の口を両手で塞いだ。

     ガタガタと音がして資料室の扉が開くとシリルが姿を表す。シリルは散乱した書類の山をギロリと睨みつけると一枚一枚拾い始めた。

    「ハワード書記……!あれほど机の上を片付けろと……………………………、ノートン会計?」

     シリルはモニカに気がつくとポカンと口を開け、ゆっくりと立ち上がるとずんずんこちらへ向けて歩いてくる。

    「ノートン会計、いつからここにいた」

     絶対零度の声色にモニカの心臓が飛び跳ねる。盗み聞きをしていたなどと知られたら氷漬けにされそうな勢いだ。

    「つっつつつ、ついさっきです!!」
     
     ガクガクと震えながらモニカは答える。幸いなことにすでに扉の前まで移動していたモニカは罪悪感でチクリと痛む胸を抑えながら嘘をついた。

    「………何か聞こえたか?」

     ブンブンとモニカが首を振ると尻尾のように髪の毛が揺れる。シリルはホッとしたように息をつくと再び散乱した書類を拾い始めた。
     モニカも彼に倣って書類を一枚一枚拾い集める。

     任務をこなすため、引いては正体を隠すためにたくさんの嘘をついてモニカはここにいる。けれども、モニカは今、自分のためだけに小さな嘘をついた。
     盗み聞きがバレて、シリルが歌わなくなるのが嫌だったから。


     あの白いバラの花飾りように、シリルの歌も小瓶の中に閉じ込められたなら、よかったのに。


     ハッとしてモニカは手を止めた。今までわからなかったことの答えが、ストンとモニカの元へ落ちてきたからだ。

    (そっか、私、シリル様の歌が好きなんだ)

     この学園生活でたくさん増えたモニカの好きなものの一つに、あの歌も入っていたのだ。
     盗み聞きがバレたら怒られるかもしれなくても、慣れない嘘をついても、モニカはあの歌が聴きたかった。

     あの歌も、モニカの宝物にしたかったから。

    「ノートン会計、拾い終わったら順番に並べ変えるぞ」

     ハキハキとした声がモニカを呼ぶ。とてもあの穏やかな歌を歌っていたとは思えない声にモニカの頬が緩む。

    「はい!」

     つられたようにモニカの返事もいつもより少し大きくなった。
     真剣な顔で書類を睨みつけるシリルの横顔を見つめながら、モニカはあの歌に思いを馳せる。

    (ごめんなさい。シリル様、あと少し、もう少しだけ秘密にさせてください)

     いつか、ここを離れる日が来ても、あの歌を忘れることがないように。

     この人の声を、忘れることがないように。

     モニカはそっと思い出の中に、小さな旋律をしまい込んだ。
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