仕切り板のむこうでそっと扉が閉まる音。抱えた後ろめたさや罪の自覚を吐露したものが出て行った。
告解室から出て行った信者が十分離れられる間を取って、ラインハルトもまた告解室から出るためにドアノブに手をかけた。
途端、引き留めるように仕切りの向こう側でかたんと微かな音がした。扉の開閉音ではない。椅子を引く際にわざと音を立てたのだろう。
仕切り板の下部にある格子付きの小窓越しに視線を向ければ、向かい側の椅子に誰かが座っているのが見える。
またか、とラインハルトは口元に微苦笑を浮かべた。離れたばかりの椅子に腰を下ろす。
語りだしはこうに違いない。
――これは私の息子とその恋人の話なのだが。
「これは私の息子とその恋人の話なのだが」
ふ、と漏れそうになった声を、呼吸音にまで押さえ込む。指先で唇を押さえてこらえた。
一言一句想像通りなものだから、おのれの立場を忘れて笑いそうになったのだ。この相手を前にすると、どうにもゆるみがちになってしまうらしい。妙な親しみやすさがそうさせるのだろうか。
男の話はだいたい男の息子とその恋人の話が主題だ。息子の恋人のほうに家業を継がせたらしい。家業をうまいことこなしていること、その手際の素晴らしさだのなんだの、息子が外見の年齢差で事案になりそう、私のことをさんざん変質者と言ってくれたがあれとて警察の世話になりそうではないかだのと、そういった話ばかりするものだから、ラインハルトは赤の他人の家庭事情に異様に詳しくなってしまっていた。
告解室とはそのような話をするための場所ではない、といつかにやんわりと告げたこともあったが、今となっては二割の諦めと八割の親しみでもって相槌を打つばかりだ。
とまれ、こころのうちを吐露したものが訪れる部屋なのだから、、内容がどうであれ、語り終えたあとに気分が上を向けば良いのだろう。
ふと男の話が途切れた。沈黙のなか、そろりと男の意識がこちら側に入ってきたのを感じる。さぐるような、なにかを待っているような。
こちらの言葉が欲しいのか。とはいえ、とラインハルトはすこしばかり目を伏せた。
なにぶん内容が内容である。あまり言えることはない。
「……卿は相変わらずだな」
つるりと自らの口からこぼれおちた発言に、ラインハルトはぱちりと瞬いた。
からかいまじりの声色。そんなことを言うつもりなどなかったはずなのだが。
向かい側の男は、失礼な発言を気にする様子もなく、なんとも感慨深げに陶然と吐息を落とした。
それが自身への呼びかけであったのだという確信だけを残して虚空にとけていく囁きは、ラインハルトの名前のようにも、まったく違う音の羅列のようにも聞こえた。
「良いのかな、卿。出歩いていると、息子にまた苦情を入れられそうだが」
「好きに言わせておけばよろしい。ふふ、そも、ここにいるのは誰でもないのだから、苦情を入れるも、なにも」
ひそやかな笑い声が重なって、小さな部屋の中を満たした。