ほろりと崩れては舞う薄紅の花吹雪の中、ラインハルトはふと立ち止まった。
どうにも予定が合わずに花見の約束は流れたが、このような花見日和に仕事で外を見る余裕もなさそうな友人に、せっかくだから雰囲気くらいは味わわせてやりたいものだ。
はなびらを潰さないようにそっと指先で受け止めて、ラインハルトは悪戯っぽく笑んだ。
「カール、カール」
鬱屈とした気持ちで書類にペンを走らせていたカールの肩を、ラインハルトが叩いた。
どこか楽し気な声音で、鬱屈とした気分も多少は紛れる。どうして医師になってしまったんだ、私は……と根本から振り返り始めたところであったので、友人が構ってくれるというのならやぶさかではなかった。
促されるがままに、振り返る瞬間、薄紅色が視界をかすめる。
「花見をしよう、カール」
その言葉の意味を正しく受け取る前に、舞い散る桜の花びらの中、美しい顔貌にわくわくきらきらとした笑みを浮かべる友人を見た。
息を飲む。
黄金の瞳はきらめいて、期待に満ちたような色でカールを見下ろしている。
期待。なにを。私が喜ぶことを?
喜ばせようとしているのだ、この男が。このような、傅かれるのが似合う男が!
わざわざ子供のように、はなびらを拾い集めてまで!
がっと全身の血が頭に上ったような気がした。心臓がうるさい。
花びらが舞い散るなか、悪戯が成功したと笑みに喜色を乗せた友人の姿は、いっそ自ら輝きを放っているかのように美しかった。
それを網膜に焼き付けて、カールの意識は暗転した。
あまりのことに息をし忘れていたのである。