「とはいえ、それだけのことで私が犯人と断定できるわけもありますまい」
面倒、というよりは不機嫌な様子で吐き捨てて、水銀はくすくすと笑っている友人を睨んだ。
雪に閉ざされたペンション。破壊された通信機器。中からの脱出も、外からの救援も難しい。つまり、"お決まり"のやつである。
旅行に来ただけだというのに、よくもまあ妙なことが起きるものだ。
朝霧を切り裂いた悲鳴につられて、寝間着の上に一枚羽織って友人が様子を見に行った時から、水銀の機嫌は地を這っていた。
卿も来たほうがいいぞ、と笑みを含んだ声で言われて、厄介ごとを察して余計に機嫌が悪くなった。
のろのろと身支度を整えて現場に向かえば、水銀を出迎えたのは見知らぬ死体と殺人容疑であった。なんとも都合がいいことに居合わせた医者が確かめたところ、死亡推定時刻に所在不明だったのがこの蛇のみであるという言い分らしい。
思わず深々と溜息をついた。
「そもそも、私は友人とともに部屋にいました」
「それは私も保証しよう」
友人がすかさず一言挟む。
「しかしあなた方が結託している可能性もある」
ちょうど居合わせたという刑事が、鋭い視線を影に向けた。
「……昨日、我々はルームサービスを頼んでいる。ちょうど、というわけではないが、死亡推定時刻の前後に我々の姿を目撃しているスタッフがいるはずだ」
「え、ええ……思い出しました。たしかにそうです。昨晩、その、おふたりのお部屋まで注文いただいたワインなどをお届けしました」
「さっきまで誰も見てないと言っていたと思うんだが……?」
「あ、いえ、その、あまり印象に残っていなかったもので……いま、こうして見て、思い出しました……すみません」
刑事とスタッフの会話をよそに、水銀は笑いをこらえている友人の髪をかるくひっぱった。
光のそばにあらねば、影のかたちが曖昧模糊になるのも仕方がないだろう。