騒がしい門出 卒業式は、存外あっけないものだった。
練習通りに進めて、機械的に卒業証書を受け取って終わり。
これだけだ。
卒業式とは、本来もう少し感慨深いものじゃないだろうか?小中学校の卒業式どうだっけと思い出そうとしてみたけれど、特に思い浮かぶエピソードはなかった。
つまりは、今とあまり変わらない感想だったのだろう。
まあ、自分らしいなと思う。
兄に比べれば愛想良く振る舞えるし、友達も多い。
お陰でそれなりに充実した高校生活を送ってこれたと思う。
だけど、実は一線を引いて心の奥では少し醒めた目で級友達を眺めている自分がいるのは自覚していた。別に馬鹿にしたり、見下したりしているわけではないけれど、芸能人だの流行のファッションだのという話に本気で入れ込むことは出来なかった。
それが城戸櫻子という少女だった。
式が終われば、あとは教室に戻って先生の話を聞いたりアルバムを受け取って解散だ。周囲を見れば抱き合って涙を流してる同級生達もちらほら。
正直クラスとは深い関わりを持っていなかったので、どうにも居心地が悪かった。
それを尻目に、私は七村さんの方に目を向ける。少し離れた席に座っていた彼女は、しかし向こうもこちらを見ていたようで目が合った。
「どうします?」
「もう行こっか」
そんな意味合いのアイコンタクトを交わすと、二人揃って荷物を手早く纏めて教室を出た。
教室から出ると、少し空気が軽くなった。二人とも大きく息を吐く。
「いやー、やっぱ湿っぽいのは苦手だね」
「私もなんかこういうのは苦手です……」
七村さんは朗らかに笑いながら、窓の外を指差す。外に出ようということだろう。
私が頷くと、二人並んで歩き出す。
「で、どう?卒業したご感想は?」
「どう、と言われても……」
「城戸さんは、周囲との温度差に当惑してるって感じかな?」
「温度差、ですか?」
「そそ。あ、気温じゃなくて感情のね」
「あー……」
さすが七村さんだなと、素直に感心する。この友人は三年間同じクラスだったというのもあるが、元より人の感情の機微に対して鋭い感性を持っている。お陰で部は良く纏まっていたと思う。
「お察しの通りです、自分って結構ドライだったんだなと、今更理解したところです」
「それはちょっと違うと思うけど」
「そうです?」
「城戸さんはね、ドライなんじゃなくて大事なものとそれ以外が人よりはっきりしてるんだよ」
「大事なもの……」
パッと思い浮かぶのは、やはりシロウさんの顔だ。
そういえば、シロウさんはどこにいたのだろう?スズカさんは来ると言っていたけど……。あとで連絡してみよう。
「おっ、今彼氏さんのこと考えてたでしょ?ほっぺが緩んでる」
「ええっ!?」
指摘されて、自分の頬を思わず両手で隠す。凄く熱くなっている、きっと鏡を見れば真っ赤だろう。
「あっははは、真っ赤になった。城戸さんホントに分かりやすいよね」
「むぅ……」
「そのままの城戸さんでいておくれよ」
七村さんは腕を組んでうんうんと頷いている。
「まあ、私らは部に掛かりっきりだったからね。学園祭だってクラスの出し物にほとんど絡んでないでしょ?」
「そうですね、準備を多少手伝ったぐらいで」
「そもそも、クラスは好きで選んだわけじゃないし、毎年メンバー替わるし……そんなんで感慨深くなれって言っても中々難しいでしょ」
それは教室にいた同級生達も同じでは……と言いかけたけど、口を噤む。
気を使ってこう言ってくれてるのだから、ごねることもないだろう。
「だから、私らはこっちで存分に卒業気分を味わおうってわけよ」
「こっち?」
七村さんの視線の先を見る。
「あ、櫻子ちゃん先輩!!」
「せんぱーい!!!」
そこには見覚えのある下級生達が七、八人待ち構えていた。全員なぎなた部の後輩達だ。
「皆さん、待っててくれたんですか?」
「当たり前じゃないですか!我らが櫻子ちゃん先輩の新たな門出ですよ!」
「あっ、これお花ですどうぞ。七村先輩もついでに!」
「え、今ついでって言った?」
七村さんのツッコミもどこ吹く風と言った様子で私にピンク色のブーケを差し出してきたのは、私の後任の副部長桜川さんだ。
「これは、カーネーション?」
「はい、あたしたちからの感謝の印です!」
「わぁ、ありがとうございます~」
「先輩達はどちらも引っ越すわけじゃないんですよね?時々練習を見に来て下さいね」
七村さんにブーケを差し出しながら、現部長の岩永さんが私たちに言った。
「ええ、もちろん」
「ありがと~。ちゃんと顔出すよ、岩永さんもあまり気張りすぎないようにね」
未経験で入部して部長まで上り詰めた努力家で、この点も七村さんと一緒だ。違いと言えば、私と同じ感覚派な七村さんとは対称的に理論派なところだろうか。
今までのなぎなた部にはあまりいないタイプで、きっと部を良い方向に引っ張っていってくれることだろう。
「ところで先輩方、これから予定ってあります……?良ければ部のみんなでお祝いを、と思ってるんですが」
「私は特に用事ないけど?」
「えっと、私は……」
正直に言うと、約束はしていない。けど、シロウさんにはきちんと報告したいし……。
チラリと、後輩たちを見やる。
私が思案しているのを見越したのか、桜川さんが手をひらひら振ってあっけらかんと笑った。
「あー、ほら。櫻子ちゃん先輩は彼氏さんと色々あるだろうし、また今度なんかやればいいんじゃん?」
「……そうね。私たちもきちんと予定聞いてなかったし、無理は言えないわ」
岩永さんも頷く。
うーん、後輩にも私のことは筒抜けらしい。
でも、本当にこれでいいのだろうか?
思えば、今までは「どうせ毎日会うから」とシロウさんとの予定を優先し続けてきた。
けれど、それは今までの話だ。
二度と会えないわけではないけど、同じ学校の先輩として彼女たちに会うのは、今日で最後なのだ。
「城戸先輩、今度またきちんと誘わせて下さい」
「いえ……行きます」
「えっ?」
「私だって、皆さんと一緒に遊びたいですし……行かせて下さい」
改めて後輩達を見回す。一同、意外だという顔で私を見る。
そんな中、一番最初に硬直を解除したのは、やはり桜川さんだった。
「やったー!!岩永!櫻子ちゃん先輩がついデレたよ!!」
「で、でれ……?」
「皆の衆ー!今日一日櫻子ちゃん先輩はあたしたちのだぞー!」
桜川さんのよく分からないかけ声に、みんなが「わーっ」とわざとらしく盛り上げる。岩永さんも呆れたような顔はしているが、特に窘める様子はない。
「城戸さん、慕われてるねぇ」
「どうやらそうみたいで」
「どう?ドライな城戸さんはこれでも無感動かな?」
「もう、イジワル言わないで下さいよ……」
「ささ、先輩方参りましょう!」
桜川さんがぐいっと私たちの手を引く。
「はいはい、逃げないから引っ張らないでー」
「ちょ、ちょっと持ち上げないで下さい!?」
後輩達にもみくちゃにされながら、私たちはいずこかへと連行されていく。
シロウさんにはあとでメッセージでも送っておこう。
ごめんなさい、ちょっと大事な後輩達に祝われに行ってきます。
ご報告はまた今度。