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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    大昔に書いたドラゴンボールの小話。悟飯ちゃんが小さい頃。界王星カルテットが(主にピッコロさんに対して)全然打ち解けてない。
    餃子オタクをこじらせてた頃に書いたのでそういう意味では注意。話の都合上キャラ崩壊がいっぱいあるよ。

    #DB
    #ドラゴンボール
    Dragon Ball
    ##DB

    【未完】それはあちらのあの世界◎◎◎◎◎

    「…おい…、おい…!!」
    「……うん…?」
    「おい!目を覚ませ!」
    「っ…!」
    激しく揺すられ、否応なしに意識を浮上させられる。身の危険であるはずなのに、思うように体が動かない。瞳を開けるだけの気力もなく、ただ脳内だけで反芻を試みる。しかし、乱気流のようなものに飲まれててんでばらばらに落下したということ、それ以上でもそれ以下でもない記憶しか天津飯の脳内には残されていなかった。
    「起きるんだ!意識、あるんだろ!」
    どこかで声が聞こえる。いや、どこかと言うにはあまりに近すぎる。声と揺さぶりは同一人物であろうと憶測される。天津飯は未だ自由の効かない心と体を鼓舞するように言い聞かせた。もしこの声の持ち主が悪意ある者だったら?ともに飛ばされた仲間はどこにいるのか?もしこの異世界で死んでしまったら―――?
    不意に明るくなった世界に、天津飯は目を覚ます。誰かが覗き込んでいる。ピントが合わない。一つ目、二つ目、三つ目と焦点を合わせるうちにその人物は安堵の声を上げた。
    「良かった!まさか死んじまったら洒落にならないからなぁ…」
    その声に、その目に、天津飯には覚えがあった。
    「お前……、ヤムチャか!」
    「よかったよかっ……え?なんで俺の名前を知っているんだ?」
    天津飯は肘をついてどうにか体を起こし、立ち上がろうとする。きょとんとしたままのその男は、はっと気づいて天津飯に手を貸した。
    その男は、肩より少し長いくらいの黒髪を後ろで一つに束ね、やや筋肉質ではあるが天津飯が知るその姿ほどではなく、その顔には傷一つありはしない。天津飯がよく知る姿とはやや異なっていたが、天津飯の目の前に立つその男は、ヤムチャそのものであった。
    「ヤムチャ、俺が分からないのか!?」
    「分からない。何処かで会ったことあったかな」
    「……いいや、ない…………多分、な」
    「なんだよその言い方は。気になるなぁ」
    天津飯はブルマの先程の発言を思い返していた。
    『この世界は、平行世界。それも、つい最近別れたばかりのね。だから、私達に似た“私達”がいるかもしれない』
    したがって、天津飯の目の前にいる彼は、こちらの世界の“ヤムチャ”なのだろう、天津飯はゆっくりと状況を呑み込んだ。
    あくまでも優しく笑う目の前の“ヤムチャ”は、天津飯の知る世界のヤムチャに比べると語調といい、立ち振る舞いといい、穏やかな人物のようだった。痛みの少なそうな黒髪を撫で付けながら、目の前の“ヤムチャ”は苦笑する。
    「君みたいなひと、見たら忘れないはずだよ。俺、記憶力には自信あるんだ。だからきっと、会ってない」
    そうか、と天津飯は答えた。自分の知るヤムチャにはない、ぬるま湯のような温かさがどうもこそばゆい。
    とても武道家とは縁遠そうな人物のようだ――そう思って彼をよく見てみると、“ヤムチャ”の着ているそれは、シャツにネクタイ、それからブルマがいつだか着ていたような、糊の効いた――少なくとも天津飯からは縁遠い―――衣服であった。
    「白衣?」
    「あぁ、俺、ここの研究員だからさ」
    そう言って“ヤムチャ”は背後の建物を指してみせる。
    「こ、ここが?」
    「そう、ここが」
    天津飯は思わず呆気に取られる。そこにあったのは、白いガラス質の壁、そう見まごうほどの建物だったのだ。テクノロジーやメカニックに詳しくない天津飯とはいえ、この建物を作るのには大変高度な技術が必要であろうことは想像に難くなかった。少なくとも自分の世界には無いだろう――あったらまず気がつくはずの―――大きく白くガラス質な壁に囲まれた、とてつもなく高い建物である。一番上まで飛んでいくには、ジャンプではなく舞空術を使わねばなるまい。屋上に庭園でもあるのだろうか、木々や花々が見えるが、それらは天津飯の三つの目を酷使しても尚目が痛くなるほど遠かった。
    「な、なんという建物だ……」
    天津飯は思わず感嘆の息を漏らす。首の筋肉も鍛えている己でなければ、その全貌を見ることさえ一苦労であろう、と思われた。
    「なんという……って、君、知っててここに倒れてたんじゃないのかい?」
    「いや、そういう訳では……」
    「ふぅん、不思議な人だね、君。まぁいいや、君のこと上に報告しなきゃいけないからさ。着いてきてもらえる?」
    「上に?なぜ?」
    天津飯は思わず身構えた。“ヤムチャ”は困ったように笑ってみせる。
    「だって君、警報システムに引っかかったからさ」
    「警報…システム?」
    「そうさ」
    そう言って“ヤムチャ”は白い壁の上の方を指した。指先をまっすぐ辿ると、なにやら灰色の小さな箱が壁から生えている。
    「あそこからセンサーが出ててね、詳しくは企業秘密なんだけど、とにかく侵入者を発見するのさ。」
    「なにっ!?俺は侵入なぞしとらんぞ!」
    「分かってる分かってる。ネズミとか鳥とかも時々引っかかるんだ。まだ導入したてのシステムでね、エラーもたまに起こるし」
    濡れ衣に対して激昂する天津飯を“ヤムチャ”はまあまあとなだめた。
    「でもほら、万万が一ってことがあるだろ?だから下っ端の俺が確認しに来たの。監視カメラで人がいるってことが分かっちゃってる以上、ほっとくわけにもいかないからね」
    ふん、とやや不満げな息を漏らしながらも天津飯は納得してやることにした。天津飯に限った話ではないが、彼ら悟空周辺の武道家たちは組織社会の上だの下だのというのに疎いのである。
    「さあ、ついてきてよ。大丈夫、警察に突き出したりしないから。うちの社長、警察なんかよりよっぽど権力あるし」
    「ほう、余程御大層な会社なんだな」
    仲間を今すぐにでも探したいというのに―――そんな苛立ちからかやや皮肉めいた発言が出る。しかし、“ヤムチャ”は臆したり苛立つどころか、不敵に微笑んでみせた。
    「ほんとに知らないようだな?この世界一の大企業を」
    次の瞬間天津飯は自身の耳を疑うことになる。
    「この、カプセルコーポレーションを」

    ◎◎◎◎◎

    ヤムチャが目を覚ましたとき、眼前には切り立った崖と青空が立ちはだかっていた。さらさらと川の流れる音がする。だるい体を起こそうともがけば、肘に小石が刺さった。こういう痛みは、体をいくら鍛えても不思議と消えないものだった。
    「あぁ、起きた」
    声のする方を見れば、そこにはよく知った超能力使いがしゃがんでいた。
    「餃子!お前もここに落ちたのか!」
    ほぼ反射的にそう言うと、目の前の“餃子”は途端にその細い眉をしかめた。なにやら動かしていた手がピタリと止まる。
    「なにを言っている?落ちたって、どういうこと?」
    そう言われて、初めてヤムチャは思考を改めた。人間の血色とは思えないほど色白の肌と赤い頬と生気のない瞳こそそのままであったが、身に纏っているのは「鶴」とも「餃」とも描かれていない灰色のチャイナ服、頭に巻くのは白い布。大きく広がった襟に口元を埋めたままこちらを睨むのは、自分の知る元鶴仙流の餃子ではなく、こちらの世界の“餃子”だと。
    「あぁ、いや……すまん、ちょっと寝ぼけていたみたいで…」
    餃子なら誤魔化せるかと思ったのだが、餃子はますますその目つきを鋭くする。ゆっくりと手のひらがこちらに向く。嫌な予感がした。
    「お前、見たのか?」
    「見たっ、て、何を」
    「とぼけるな、洗いざらい話せ。さもなくば、痛い目に遭ってもらうぞ」
    腹に鋭い痛みが走った。さあ、話せ、と餃子が言うたびに鋭い痛みがぴしりぴしりと胃を鞭打つ。
    「知らないんだって!本当に!!」
    たまらず腹を抱えながら必死に叫ぶと、本当に?と言う声と入れ違いに腹で暴れていた鞭は消えた。一方で体が動かせなくなっている辺り、信頼はされていないようだ。
    首より上には金縛りがかかっていなかったのでどうにか首をめぐらして無実を訴える。
    「頼む、離してくれ!」
    「やだね、お前どうせ誰かの差し金で僕らに復讐に来たんだろ。あーあ、こんなことなら変な懐かしさなんかで助けなきゃよかった」
    横を向いたタイミングで首よりも上にも金縛りがかけられてしまい、変な向きで体が自由を失う。眼球だけでどうにか状況を見てみると、俺の知る餃子よりもいくらか饒舌な“餃子”の足元には餃子のものとは思えないほど大きな衣服が転がっていた。なにやらそれが気になって、じっと見つめてしまう。
    「この服?」
    「あ、あ」
    口を動かすことはできず、舌の動きだけで必死に返事を紡いだ。そして後悔することになる。
    「この服が気になるのか」
    「あ、あ」
    「じゃあ、こいつの復讐か?…それとも横取りか?まあいい、詳しいことは本人に聞けばいいさ」
    “餃子”の指が一本ずつ、人差し指を残して折りたたまれる。“餃子”は歩み寄ってきているというのに、ヤムチャの体はまだヤムチャの意思を受け取ってはくれない。ヤムチャの額にぴたりと人差し指を当てて、“餃子”は言った。
    「あの世でね!」
    刹那、大きな気の塊が“餃子”の指から放たれる。ヤムチャがいたあたり一面を焦げ野原に変えてみせる。コンマ数秒前に金縛りの解けたヤムチャは、持ちうる限りのすべてのスピードを駆使して一瞬のうちに“餃子”の後ろまで回り込んでみせた。
    「なっ…!?」
    「どどん波、お前使えるんだな。そこは変わらないのな」
    消し炭にしたつもりの男が背後に回ってきたことに驚いてか、“餃子”は酷くうろたえた。しかし、その狼狽の表情は途端にして高揚へと変わる。
    「流石にやるな、お前!一瞬で楽にしてやろうと思っていたけど辞めた!嬲り殺してやる!」
    「ちょ、チャ、餃子…!」
    自分の知る世界の餃子もなかなかの毒舌家だが、“餃子”もなかなかのものである。これではまるでベジータだ。むしろ、人形のように見た目ばかりは可愛げのある“餃子”がジェノサイドなことを口走っているのは、かえってベジータのそれよりも質の悪い恐怖を与えてくる。応戦を試みようかとも思ったが、ただでさえ悪いように勘違いされている中で応戦なぞすればいよいよ決定的な敵と認識されかねない。かと言って、実際の強さはわからないとはいえ舞空術とどどん波は使って見せている“餃子”を力で叩きのめせるとも言いきれない。ヤムチャと同じ世界の餃子もこちらへ飛ばされている以上、変に刺激してこの“餃子”を敵に回してはいけないような気がした。
    どどん波による爆風をくぐりながら、堪らずヤムチャは呟く。
    「くそっ!天津飯がいたらな……!!」
    その一言、刹那、とめどなく鳴り響いていた爆音は止み、煙の向こうからあの甲高い声が届いた。
    「天がいたら…?」
    「!」
    しめた。Z戦士の中でも口達者ぶりで右に出るものはいないだろうと自負するヤムチャは、色白の“彼”に対してつらつらと語り始めた。
    「そうだ、天津飯だ。お前知ってるだろ?」
    「天のことを知ってる、って?馬鹿にしないでよ、僕と天は命で契った兄弟だ」
    「その天津飯は、俺の味方だ」
    「なんだって?」
    明らかに“餃子”に動揺が浮かんだ。超能力の構えも解いて、口元を抑えあわわとふためきはじめた。ヤムチャの半分の嘘、半分の真実を信じ切ったらしい。
    「そ、それなら早く言ってよ!そうしたら攻撃なんかしなかった…!」
    「悪いな、天津飯には言わないでおいてやるからさ」
    「ほ、ほんとう!?本当だね!?」
    ヤムチャが白い歯を見せて微笑めば、“餃子”は明らかに安心した素振りを見せた。ほう、と息を吐ききって、ゆるりと地面に降りる。
    「天がお前と仲間なんて、教えてもらってないぞ」
    「仲間だけど、あんまり会わないからな」
    「確かに、そうなんだろうな。天は仕事と修行以外ではほとんど出かけない」
    「だろう、それに天津飯はあんまり外のこと話すようなやつでもないだろ?」
    「うん、天は無口だ」
    ハッタリとヤマカケでどうにか乗り切って行く。会話のスキルに関して言えば悟空はもちろんクリリンやピッコロにも負ける気がしない――ヤムチャの小さな自慢であった。
    しかし、歯車は容易く狂う。
    「それなら、天に会っていくといい。僕もちょうど帰るところだから」
    「え?」
    「家はあっちだよ。舞空術、使えるね?」
    「え??」
    そう言うなり、先程から足元に転がしていた衣類を風呂敷に包んで“餃子”は飛び立ってしまった。
    「まっ!待ってくれー!!」
    慌てて後を追うものの、そのレッテルにひびが入る音が遠くで聞こえる―――ヤムチャはそんな錯覚さえ起こした。

    ◎◎◎◎◎

    「ピッコロ!!ピッコロじゃねえか!!」
    「か、カカロット…!」
    森の中に落ちてから約十分、飯にありつくつもりで立ち上る煙のもとへ歩いた悟空は嬉しさと驚きの入り混じった声で叫んだ。たまげたぞ、と笑いながら意気揚々とそのナメック星人へ近づいていく。ナメック星人の緑色の顔が青ざめていることには毫も気づかない。
    「ピッコロ、これオメーの飯か?オラ腹減ってんだらちーと分けてくんねぇかな?」
    「カカロット…」
    「んだよー、おめーまでオラのことカカロットって呼ぶんか?オラその呼び方好きじゃねえぞ…」
    「か、カカロット!」
    「ピッコロー、オラのことからかってんのか?」
    じり、一歩悟空が近づけばナメック星人は二歩下がる。二歩悟空が近づけばナメック星人は三歩下がった。普段見るピッコロのふてぶてしいまでの冷静さから考えれば、異常なまでの狼狽え方だった。それも、まるで怯えた子犬のような。
    流石の悟空もおかしいなと呟いて首を傾げたが、“ピッコロ”を詰め寄ることはやめようとしない。悟空には、目の前の“ピッコロ”が纏う気が自分の知るピッコロのそれとはまるで比べようもないくらい純粋で弱いものだということが分かっていた。
    意を決したように“ピッコロ”が口を開く。
    「お前、死んだはずじゃなかったのか」
    「あ?あぁ、ラディッツ……オラのにーちゃんのときのことか?死んだけどよ、ドラゴンボールで生き返らせてもらったんだ。ピッコロおめー知ってんだろ」
    何事もないように悟空は答える。元々深く考えることが得意な質ではない。どかりとあぐらをかいて「いーよな」と一言言ってから串刺しにされて焚き火にかけられていた魚にぱくりと食らいついた。
    「いき、かえる?まさか、そんな」
    「なぁに言っへんだ、ドラゴンボールならほんなん余裕はろ」
    “ピッコロ”はドラゴンボールという言葉を口の中で転がしては理解できないという顔をした。その瞳はピッコロというよりはデンデやネイルのような澄んだものである。悟空は骨まで魚を食らい、ゴクリと大きな音を立てて飲み込んだ。
    「おめー、さてはピッコロじゃねえな?」
    改めて悟空はブルマの言葉を思い返す。平行世界が云々という話の意味は悟空にはちんぷんかんぷんだったが、今ようやくその意味を理解する。目の前にいるのは、形こそピッコロだが、中身はピッコロでない。
    「いや、確かに俺はピッコロだが、」
    “ピッコロ”はしどろもどろになりながらも反論する。今更ながら魚を食われたことに気づいたらしく、あっと声を上げた。しかし、“ピッコロ”にとっては目の前の男のほうが問題であった。感じたことのないほどに強大な気を背負った、「カカロット」が目の前にいるのである。
    「三年前より、強くなっているな」
    「ん?あぁ。オラはいつだって強くなれるように修行してるさ」
    悟空は両腕をぐるりと回した。やや怯んだ様子を見せる“ピッコロ”に、悟空は調子の狂う思いをする。
    「あのさー、オラんとこのピッコロつえーからさ、おめーにそんなおろおろされっとオラ困っちまうぞ。もっとでーんと構えてくれねーか?」
    「そ、そう言われても…」
    “ピッコロ”はなおも一歩下がる。その顔に浮かぶのは、恐怖そのものであった。
    「なあ、ピッコロ。おめー何をそんなにビビってんだよ」
    「それは、…それは、お前が、カカロットだからだろう」
    「だから!オラは悟空だって!」
    悟空は勢い良く立ち上がり、“ピッコロ”との間合いを詰める。“ピッコロ”はその瞬間にまた大きく間を取った。
    「動けねーわけじゃねぇようだな」
    こちらの世界の“ピッコロ”も戦えるやつだ。そう思っただけで、悟空は血肉湧き踊る感覚を覚えた。自分の知らないこの世界には、この地球上でさえ、まだ戦ったことのない強いやつがいるかもしれない。胸の鼓動が高鳴る。
    「よーし!ピッコロ!こっちの世界で一番つえーやつは誰だ!?」
    シュインシュインという音が聞こえるくらいにまで気を高めた悟空に対して、“ピッコロ”は慌てたように叫ぶ。
    「待て!カカロット!お前どこかに行く気か!?」
    「あたりめーだろ!つえー奴がいんならこっちから戦いに行かねーとな!」
    「三年前を繰り返す気か!?」
    「三年前だからなんねんまえだかしらねーけど、オラはこの世界に来たばっかなんだ!誰か強いんだ!?」
    「だから、それが三年前を繰り返す気かと言っているんだ!街が大騒ぎになるぞ!」
    「なんでだ!?ちゃんと迷惑にならねーとこで戦うぞ!?」
    悟空が今にも飛び立ちそうな気配を見せたので、“ピッコロ”は悟空に飛びかかってそれを阻止する。胸ぐらを掴んだ“ピッコロ”が纏うのは、先ほどとは比べ物にならない大きさの気であった。
    「カカロット、お前がどういうつもりかは知らんが、お前が今街へ行けば大騒ぎになる。当然お前も無事では済まない。どうしても行くと言うならば、俺が止める」
    「だからー…」
    悟空は“ピッコロ”の気迫に参ったように気を沈めた。掴まれた胸ぐらを話してくれと訴えてみるが、聞いてはくれない。
    「カカロット。悪く思うな。なぜ生き返ったのかは知らんが、俺には、お前を止めるだけの義務があるんだ」
    「生きけえったのはドラゴンボールのお陰だって、言ってんだろ」
    「知らん。知らんが、お前は殺されたはずなんだ、殺されなきゃならなかったんだ、殺されるべくして殺されたんだ」
    「おいピッコロ、おめー物騒な顔してんぞ」
    胸ぐらを掴んだ“ピッコロ”の手に力が入る。これはやべぇかなと判断した悟空もまた気を高めた。“ピッコロ”の目つきは、ひどく険しくなる。
    「やはり、止まりはしないか。再び虐殺を繰り返す気か」
    「はっ?なんの話だ」
    悟空は思わず素っ頓狂な声を上げた。“ピッコロ”の気の高まりはとどまるところを知らない。
    「俺で、勝てるだろうか。それとも三年前同様に、あいつを呼ぶか」
    「アイツ…?」
    聞き返した悟空に、“ピッコロ”は不敵に笑う。こんな状況であっても、どことなく自分の知るピッコロと重なるその表情に、悟空ははっとした。しかし、気を高めて臨戦態勢に入る“ピッコロ”に、気を抜いてはいけない、と悟空の本能が知らせる。
    「三年前にお前を殺した張本人に、決まっているだろうが」
    「オラを殺した張本人?馬鹿いえ、オラを殺したのは強いて言えばおめーだろ」
    何を、と“ピッコロ”は笑った。
    「さすがのカカロットも現実逃避か。まぁ仕方あるまい、あいつの強さは群を抜いている」
    「だから、あいつって誰だ!」
    群を抜いている、と“ピッコロ”に言わせしめるほどの人物である。三年前に自分を殺したとかいう話も引っかかることから、悟空は一先ずそいつの元へゆこうと更に気を高めた。胸ぐらを掴む“ピッコロ”の手を引き剥がそうと手首をつかむ。
    しかし、それは叶わなかった。
    「誰よりも強い、凶悪な虐殺者のお前をも殺して見せるほどの男―――――
    ――――クリリンだ」

    ◎◎◎◎◎

    「て、天津飯!天津飯じゃないか!!」
    「………」
    何という偶然だろうか、とクリリンは思った。偶然落ちた場所が山の中で、偶然目の前に小屋があって、偶然戸を叩いてみたら出てきたのはよく知る三つ目の武道家で。平行世界と聞いて不安ばかり募っていたクリリンにとっては一筋の光に等しかった。
    「…………」
    「あ、あれ?天津飯?」
    「…………何の用だ」
    しかし、やはり彼は“天津飯”である。
    クリリンの知る天津飯よりも更に鋭い目つきで射抜かれる。やはり、“天津飯”もまたクリリンの知る天津飯とは違う人間なのだ。現に、先程までクリリンと共にいた天津飯が来ていた緑色のものではなく、灰色のチャイナ服を身にまとって頭にも白い布を巻いている。
    「あぁ、……そっか、俺の知ってるお前じゃないんだっけ……」
    思わず呟くと、“天津飯”はますます眉間の皺を深くした。クリリンは慌てて何でもないと答えたものの、何かを訝しむような出で立ちに変わりはない。
    「………用がないなら帰ってもらおうか」
    「あっ、いやっ、用、用ならあるっちゃーあるんだけど」
    今にも戸を閉めそうな“天津飯”にクリリンは必死で弁解をする。この世界の“天津飯”も、自らの知る天津飯がこちらの世界へ来ている以上はこの事件に関与せざるを得ないだろう、そう判断してのことだった。
    たはは、と笑いながら次に続ける言葉を考えていると、それまで氷のようであった天津飯の表情がやや崩れた。
    「お前が、か?クリリン」
    「そうそう……………えっ!?!?」
    「何をそんなに驚く」
    「いや、俺の名前知ってんだ、って思って……」
    当たり前だろう、と“天津飯”はため息混じりに返した。そして続ける。
    「にしてもクリリン、お前みたいな日向者が俺たちのような日陰者に用とはな。まさか、俺達をも消しに来たわけではあるまいな?」
    「そっ、んなわけねーだろ!」
    「どうだかな。まぁいい、俺達は来るものは何人たりとも拒まない。中に入れ」
    やや話が噛み合っていないような感覚を覚えながらも、クリリンは“天津飯”に招かれるまま小屋の中に入った。
    「うわぁ、すげぇ」
    無意識に感嘆の声が漏れた。
    外からはおんぼろ小屋のようにも見えたが、内装は案外にして立派だ。壁にかけられた四角い絵は荘厳に、部屋を彩り、時計は厳粛に時を刻む。間もなく真上に差し掛かる白く長い針は、おそらく鉄やアルミニウムの代物ではないだろう。陰陽を思わせる紋様をたたえた絨毯の長い毛が、裸足の指にはくすぐったい。
    なにより特徴的なのが、壁に飾られた数々の武器であった。彫刻の施された柄。錦糸の織り込まれた太刀袋。触れれば無事では済まなそうなほど研ぎ澄まされた刃が照明を反射して芸術品と化している。
    「とうとうクリリンからも俺たちに依頼が来るとはな。有名になったもんだぜ」
    その声で、クリリンははっと現実に帰った。茶の入ったポットを片手に奥の部屋から“天津飯”が現れる。手で示されるまま、クリリンは来客用と思われるやや豪華な椅子に腰掛けた。
    「あ、あのさあ天津飯」
    「何だ?」
    「俺が言うこと、驚くなよな」
    「安心しろ。俺達は秘密は守る」
    やっぱり、目の前の“天津飯”は何か勘違いしている――クリリンは思った。ただでさえ複雑極まりないこの状況で、余計な誤解を放置しておくのは良くない。そんな考えからどうにか穏やかに“天津飯”に事実を伝えようと唸っていると、“天津飯”の方から口を開いた。
    「言いづらい事なんだな」
    「いや、まぁ、……そんなとこかな」
    「よくある事だ、時間はかかっても構わない。…それに、まだもう一人が帰ってきていない……話を聞くのはあいつが帰ってきてからでも、構わない」
    そう言って“天津飯”が向いた視線の先には、どう見ても子供が座るための高さの椅子があった。並べておいてある、この荘厳な部屋には似つかわしくない熊のぬいぐるみにはどことなく見覚えがある。
    「餃子か」
    「………餃子のことまで知っているのか。流石はクリリン、…だな」
    世界が変わっても二人で連れたって生きているとは、全く二人の絆には恐れ入る――クリリンから無意識の笑みと優しいため息がこぼれたとき、ちょうど話題に上がった男のおなごのような甲高い声が表から聞こえた。

    ◎◎◎◎◎

    「……こっちの世界ってやつはどうも気に食わん。俺達のいる世界と違うところが多いが同じところもある……その分厄介だ」
    ピッコロのぼやきに、声に出さずに頷くだけで同意を示したのは餃子だ。二人がいるのは遥か上空、微かに地球の丸さを感じられるほどの高さであった。
    山の中、偶然近くに落ちた二人は(双方嫌々ではあったが)史上の技術者ブルマの『なるべくまとまって行動すること』の言いつけには逆らえず、行動をともにしていた。
    「おいチビ、お前は仮にも地球人だろう」
    「か、仮にもって……」
    「答えろ。ここから地面に叩きつけてやろうか?」
    「ひッ!そ、そうだよ、僕、地球人だよ」
    何千メートルの上空で脅されたとあらば、いくら舞空術に長けた餃子とはいえたまったものではない。ましてや相手は餃子を一度目の死に追いやったピッコロ大魔王の成り代わりである。界王星でなかなか長い時間ともにいた気がするが相容れない――餃子はつくづくそう思った。
    「この世界の景色は俺の知るものとはだいぶ違うが、これは地球から見て過去らしい姿か、それとも未来らしい姿か。答えろ」
    ううん、とやや唸って餃子は答える。
    「多分、未来。僕、小さい頃からあちこち転々として生きてきたけど、あんなガラスっぽい建物とか、見たことない。エアスクーターも、とても僕らの世界の技術で実現できる速度じゃなかった」
    「そうか」
    そう呟いて、ピッコロは急降下を始めた。餃子が慌てて後を追う。
    「ピッコロ!どこ行くの!」
    餃子の叫びには耳も傾けず、ひたすら―――ある一点を目指して―――ピッコロは速度を早めた。空気抵抗が少ないことを味方に後に食らいつく餃子も、ややあってピッコロの目指すところを知る。
    「………パオス山だ!」

    ピッコロ、五秒ほど開いて餃子がパオス山に降り立つ。ぜえはあと息を切らす餃子を気に留めることもなくピッコロは歩みを始めた。自分たちの知る世界ならば悟空たち一家の住まう家があるはずの丘には、ただ数匹の山羊が息づくのみである。
    ピッコロは花を踏むことも構わず、山羊の群れを尻目に丘の真ん中に立つ。四方を睨みつけてみても、悟空や悟飯らしい気がどこにも見当たらない。
    「パオス山ではないのか……?」
    ぽそりと言の葉を落としてピッコロは落胆した、
    しかし、刹那、ピッコロはある一つの気配に気がついた。その気配は、ピッコロから逃げるかのようにくるりと背を向けて走り出す。気、ではなく気配、であるがゆえ誰かまでは特定できないが、ピッコロには確固たる自信があった。
    「悟飯ッ!!!!」
    腹の底から叫ぶ。木々が震える。気配は、止まった。
    ゆっくりと木々をかき分けて進む。飛ぶこともせず、高速移動もせず、一歩一歩草木を踏みしめて進む。じゃき、じゃきと音がなるがその気配は動くことをしない。やがて、まるで森が口を開けたようにぽかりと開けたところへ出た。木漏れ日の中、へたり込んで恐る恐るこちらを見る子供がいた。黒髪で、尻尾があって、泣き虫だった。
    紛れもなく、悟飯だった。

    ◎◎◎◎◎

    「いったい、どういうことなんだろう」
    右手には宙に浮いた電球、左手にはプロジェクションマッピングからなる地図。正面にはロボットが常駐する交番(らしきもの)があり、背面遠くにはそびえ立つガラス質の超高層ビル。空飛ぶ車やスクーターが珍しくないものとはいえ、自分たちの世界には確かに存在しない技術がほうぼうに見られる。寂しがり屋で甘えん坊で泣き虫な孫悟飯が一つの泣き言もなく異世界で立ち上がっているのは、彼の根底の学者気質によるところなのかもしれない。彼の思考は、彼の世界に存在しない技術の海に溺れていた。
    「こんな技術、僕らの世界には存在しないや……」
    ほう、と感嘆ともとれる息を吐いて悟飯は改めて周りを見渡す。母親に買い与えられた歴史の本にも科学の本にも、こんな景色は存在しなかったことを改めて確認するように。
    「僕らの世界で進んだ技術を持っているといったらやっぱりカプセルコーポレーションで………ということはこの世界にはカプセルコーポレーションを超えるような会社があるのかな………じゃなかったら」
    良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば脳筋がちな父親(とその周りの大多数)とは異なって、やはり悟飯とは敏い子なのであろうか。すぐに一つの可能性を見出した。
    「あの建物が、カプセルコーポレーションか、だ」
    そう言うやいなや、悟飯はそのガラス質の超高層ビルに向かって――周りの人の目が憚られたのだろう、せいぜい一般中学生くらいの速度で―――駆け出した。
    「すごい、とんでもない建物だぁ」
    近づけば近づくほど、その高さがリアルに身に沁みる。屋上は、遠すぎて見えない。何があるか分からない、後で屋上まで上がってみようか、そんな小さな好奇心も悟飯のような舞空術の使える子供でなければ湧きもしないような高さである。見上げていたら、首が痛くなった。走るスピードは緩めない。
    「あの建物がもしカプセルコーポレーションなら、ブルマさんがいるはずだ!」
    悟飯はまた一人の学者の卵として史上の科学者ブルマのことを尊敬していた。今回のこの平行世界へのワープの件も、こちらの世界でこれだけの技術を持つブルマならば解決できるかもしれない、という希望を小さな手のひらに握りしめてもいた。もちろん、それだけの技術者に会いたいという純粋な探究心も握りしめていた。
    『……では………ですよ……!!…』
    「えっ?」
    一心不乱に走っていた悟飯の耳に突然飛び込んできたその声。嫌にわんわんと響いている。
    街頭テレビだ、と気づいたときにはもうそちらの方向へ駆け出していた。今度は本気の速度である。近くにいた女性が一人、子供が消えたと声を上げた。
    『いやぁ……ですよねぇ。ええ。僕としては……』
    あのガラス質の超高層ビルほどではないが、自分たちの世界で最も大きな街頭テレビジョンを十倍してもまだ不足しそうな大きな大きなテレビジョンがあった。
    「そんな、まさか」
    『まぁ、僕らの手にかかれば一撃です。怖いものなんてないですから!』
    悟飯の目は、驚きと、困惑、あるいは戸惑いに満ちていた。
    大きな画面に映し出された男は、大きく口を開いてたははと笑う。
    『それでは以上!生放送で、地球のヒーロー、クリリンがお届けしました!』

    ◎◎◎◎◎

    「お父さんのお墓は、こっちです」
    “悟飯”に連れられてピッコロと餃子は歩みを進めた。ピッコロの懸命な訴え、餃子の必死の弁解の果てにようやく“悟飯”の信頼を得て“悟空”の墓へと案内してもらえることになったのだが、その道のりは道のり以上に重苦しかった。

    この世界で悟空は悪人扱いであったこと。
    正義の使者たる亀仙人とクリリンによってその短い人生に終止符が打たれたということ。
    悟飯は父親の顔を覚えるまでもなかったということ。
    チチが世間から隠れながら一人で悟飯を育てているということ。

    これら全てが他の世界での出来事とは言え、二人にはあまりにも衝撃が大きすぎた。二人にとって、否、二人の世界の人間にとって、悟空とは正義に生きるヒーローそのものなのである。ピッコロの表情は常よりも格段に暗く、餃子の足取りは重い。諦めてふわりと浮かんだ餃子に、舞空術を知らないらしい悟飯は目をぱちりと見開いた。

    十五分ほど歩くと、“悟飯”はその歩みを止めた。
    「ここです」
    「……これが……」
    ピッコロが言葉に詰まるのも無理はなかった。これだけ長い道のりを歩きながら、悟飯が指したそれは―――少し磨かれた石が四つ重ねられただけの―――簡素というよりは貧相そのものな墓であったからである。
    「お父さんは、世間から極悪非道の犯罪者としか見なされてませんから……これより立派なものは、作れないんです」
    そう言いながら“悟飯”は石の前にしゃがみ、手を合わせる。餃子が帽子を取ってそれに続くのを見て、ピッコロはぎこちないながらもターバンを取って手を合わせた。二人の姿を見て、“悟飯”は「ありがとうございます」と小さく言った。
    「あんまり長くもいられません。ここは全くと言っていいほど人通りが無いですが、万が一見つかったら、困るので」
    「なるほど、それもそうだ」
    “悟飯”のその一言で、足早であるが小さな墓参りは終わりとなった。
    「チビ、お前低空飛行はできるな」
    「う、うん、出来るけど」
    「なら、悟飯を連れて先に帰れ。俺もすぐ行く」
    その鋭い眼光で餃子にも“悟飯”にも有無を言わせず、ピッコロは二人を先に返すことにした。
    腕で抱えることは双方の体格的に不可能なため、“悟飯”は餃子の背に乗ることとなる。
    「本当に大丈夫ですか?」
    「大丈夫、ちゃんと捕まっててね」
    ほぼ変わらない体格の男(もしかしたら同じ年くらいに思っているかもしれない)に跨るのはやはり抵抗があるのか、“悟飯”は恐る恐る餃子に全体重を預けた。ふわりと餃子が浮き、足が地面から離れる。その瞬間“悟飯”は一瞬ピッコロの方を見たのだが、それにピッコロ自身が気付くことはなかった。

    二人が去るのを見届けた後、ピッコロは積まれた石の前に胡座をかいた。何かを祈るでもなく、また、語りかけるでもなく、ただ、そこに座っていた。
    この世界の“悟空”は、当然自分の知る悟空ではない。故に、悪人かどうかなど知る由もない。ややもすれば、ピッコロ大魔王やベジータやフリーザなど目でもないような悪漢だったのかもしれない。別世界に生きるピッコロにはまるで関係のないことだ。ピッコロはそう理解していた。
    だから、語ることなど何もなかった。贈る言葉も、何もなかった。ただ、そこに座っていることだけが、その時のピッコロが出来た最善の手向けであるように思われたのだった。
    数分、否、数秒かもしれない。悟飯と餃子がいなくなり、風も、虫や鳥の声もなく、ただピッコロ以外には息づくものがない張り詰めた空気をかき消して、ピッコロは立ち上がった。傾き始めた太陽に照らされて、墓はくすんだ橙に染まる。その鋭い目つきで石を見つめ、最後に、一言だけ呟いた。

    「………悟空。お前は、」

    なにものなんだ。

    ◎◎◎◎◎

    自動ドアを抜けると、そこは映画の世界だった。
    「こ、…これは、現実なのか…」
    「そんなに驚くなって」
    さてはお前田舎もんだな?などという“ヤムチャ”の言葉が耳に入らないほどに天津飯は驚いていた。エアスクーターの屋内版(のようなもの)、宙に浮いたホログラム(のようなもの)、電気で侵入者を阻むゲート(のようなもの)―――どれも餃子が見ていた映画の中の世界にあった者たちではないか。スペース・ファンタジーの世界に唐突に放り込まれたかのような錯覚を覚えた天津飯は柄にもなくあたりを見ることに夢中になってしまった。“ヤムチャ”に小突かれて、はたと我を取り戻す。
    「あんまりきょろきょろするなよ。ただでさえ侵入者扱いなのに、ますます怪しいやつになるだろ?」
    「そ、…そうだな」
    自分の置かれた状況を見直した天津飯は一先ず目の前を歩く黒髪白衣の男の背中を追うことだけに集中した。
    「100階へ、頼む」
    “ヤムチャ”がそう言いながら先に入ってみせた透明な箱に招かれ、やや疑りながらもその中に踏み入った。ヤムチャが手をかざすとセンサー(らしきもの)が赤く点滅して戸が閉まる。ワイヤーも何もついていないにも関わらずなめらかに上昇を始めたそれに、箱さえも舞空術を使えるのか、などと世迷い言じみたことを思った。外を見てみればぐんぐんと、それもかなりの速度で上昇しているらしい。風も重力も気圧も空気抵抗も感じずに地面が遠ざかるはじめての経験に、現実味のない夢を見ているような気持ちになった。
    「耳、痛くならないだろ」
    そう言って“ヤムチャ”はにこりと笑う。普段から舞空術やら何やらで急上昇・急降下に慣れている天津飯からすれば大したことではないのだが、それでもまた一つ自分の知らない科学技術を見せられた気がした。
    「ああ、不思議だな」
    天津飯がそう言ったとき、センサー(らしきもの)はイチマルマルの数字を示してみせる。
    『ヒャッカイ、シャチョウシツ、ソノタ』
    無機質な声が響けば、透明な箱は緩やかにその速度を落とした。“ヤムチャ”の背に付いて箱から出る。長い廊下もすべてが動く歩道と化していて、そのことに気が付かなかった天津飯は、かえってつんのめりそうになった。“ヤムチャ”が小さく笑う。
    歩道の終着点、大きな扉の横に立っていたロボットにヤムチャは話しかけた。
    「社長に、アポイントメントを頼む。用件ナンバー101」
    天津飯にはなんのことやらさっぱりであったが、その内部言語を理解したらしいロボットは流暢に語りだした。
    『ヤムチャ課長、用件ナンバー101、社長からの伝言です。『5時半になったら入室してください』とのことです。待機室Bが空き部屋です。そちらをご利用ください』
    「だってさ」
    “ヤムチャ”は向きをくるりと変えて「待機室B」のプレートのある部屋に向けて歩きだした。天津飯も慌てて後を追う。
    「ヤムチャ、今何時だ」
    「えーと、5時まわったばっかだな。あと20分くらいある」
    センサー(らしきもの)に手をかざして待機室Bの扉を開ける。今更ながらその動作が鍵の役割を果たしているのではと天津飯は気がついた。
    「ここならコーヒーとか飲めるからさ。何がいい」
    「あー…茶はあるか」
    「緑茶でいいか」
    「いただこう」
    天津飯は“ヤムチャ”の動作をじっと見てみる。ホイポイカプセルに似たものをラックから取り出し、大型の機械の中に入れる。湯呑みを置くと、スチームとともに緑茶が注がれた。途端、いい香りが部屋に満ちる。
    「どうぞ」
    「ありがとう」
    熱くもぬるくもないちょうどいい温度の、それも今まで天津飯が飲んできたどんな緑茶よりも美味い緑茶だった。ふっと息を吐いた天津飯は、無意識にこわばっていた身体から力が抜けていくのを感じた。
    「にしても、なんでブルマは5時半を指定してきたんだろうな」
    天津飯としては、なんてことない話を持ち出したつもりだった。しかし、“ヤムチャ”は一瞬驚いた顔をする。疑問に思ったのは天津飯だった。
    「なんだ。俺は何か不思議なことを言ったか」
    「まあ、ね。いや、社長の名前知ってたんだ、と思って」
    そのとき、天津飯は初めて自分が『ブルマ』の名を出していたことに気が付いた。この世界の彼女ではないにせよ、天津飯はブルマをよく知った存在とみなしている―――特にただでさえ知人の少ない女性の中では――――ので、何気なく口から出してしまったようだ。
    「まぁ、な。有名人じゃないか」
    「そりゃ、世界一の天才社長だからな」
    そう語る“ヤムチャ”の横顔には見覚えがあった。界王星で修行に明け暮れていたとき、時折見せた大切な、残してきてしまった、愛しい人を思う顔だった。天津飯は、自らにはできない顔だとつくづく思った。
    「…あぁ、そうだ。社長が5時半を指定したのは、多分、今日5時までアレの生放送があったからじゃないかな」
    「アレ?」
    「アレ、平日3時から5時まで毎日やってるやつだけどさ。それ自体は珍しくないけど、今日はゲストが凄かったんだよ」
    一週間前からネットニュースでさ、俺も録画しようか悩んだんだ、と笑う“ヤムチャ”に、緑茶をすすりながら天津飯は尋ねた。
    「ふうん、ゲストって誰だったんだ。パンプットか誰かか?」
    「違うよ、もっと有名人、」
    最後の一滴まで飲み干そうと湯呑みを大きく傾ける。
    「クリリンさ」
    「ゲホッ」
    危うく、噴き出すところであった。

    ◎◎◎◎◎

    「御飯ちゃん、良かっただなぁ、お友達ができて」
    「あは、あはは…」
    一足早く悟飯を連れてチチの待つ家へ帰った餃子は、なんとも居た堪れない気持ちでチチの出すお茶を受け取っていた。見目こそ子供のような彼も、(それでも年相応とは言い難いが)成人をとうに迎えた大の男である。ひとまず空気を読んで愛想笑いに終止していた。
    「名前はなんて言うだ?」
    「ち、餃子です」
    「餃子くんかぁ。うちの悟飯ちゃんと仲良くしてけろ」
    餃子は、家に帰ってすぐ、チチに「悟飯ちゃんのお友達か」と聞かれたときにきちんと本当のことを言うべきだった、と約五分前の自分を殴りたい衝動に駆られた。ピッコロが帰ってきたらどうしよう、と悩む反面、ピッコロは自分ごときの事は気にするまいとも思う。そもそもマジュニアとしての面で見れば、悟飯とピッコロの方がよほど同世代である。見た目と年齢が釣り合わないかどうかで言えば、自分もピッコロも似たもの同士ではないか、とぼんやり考えていたところで再び餃子は現実に戻された。
    「餃子くんは、おうちはどこにあんのけ?」
    「えっ、えーとそれは」
    餃子にとってチチは言わずもがな同世代の男の嫁であり、そのチチから「餃子くん」などと呼ばれると正直むず痒いのだが――眼前の問題たる、この場合はどう取り繕えばいいのか―――鶴仙流という狭い籠の中で無口に育ち場を誤魔化すことが苦手であった餃子には良いあんなど思いつくはずもなかった。正に口達者なヤムチャの対極と言えよう。
    「た、滝の近く」
    「滝?滝なんかここらにはねぇでな。結構遠いとこなんだべなぁ」
    「そう、遠い」
    しかし、この場合はチチが餃子を子供だと思い込みあまり深く考えていなかったことが功を奏した。チチは少し遠い目をしながら、やや意識を浮かせながらに問を重ねた。
    「餃子くん、ご家族さんは?ここから遠いのに心配しねぇのけ?」
    「えっ、えーーーーーと」
    やはり鶴仙流の狭い籠の中で生きた餃子には上手い返しなど思いつくことはない。天さんを兄とみなして話を進めるか、それとも鶴仙人様を父と見なして……いやいや、と元々良くはできていない頭を必死に回転させる。極端に色白な肌に赤みが指す。チチは目を細めた。
    「………お父さんは、なんも言わねぇだか」
    餃子の赤みがさっと引いた。このチチの問いには、流石の餃子もその意味するところを察せざるにはいられなかったのだ。何しろ、つい一時間も立たない前に“悟空”のことを“悟飯”の口から聞いたばかりなのである。ぱくぱくと口を動かすものの、なかなか餃子の口から相応しい言葉は出てこない。
    第二十三回天下一武道会以来、鶴仙流が日陰者となったように、いや、それよりも遥かに激しく、大切な人が世間から爪弾きにされたら。或いは、自分の知らないほどの悪に身を染めていたら。愛した人を殺されたチチの想いは到底餃子自身には想像もできなかったが、その瞬間、かつて憧れた三つ編みのそのひとの変わり果てた姿が餃子の脳裏をよぎった。
    “悟空”が本当に悪者だったのかどうかさえ分からない――近頃の戦士たちの周りではかつて悪者とみなした者たちがあまりにも気の良い仲間になるものだから―――中で、餃子はただ、一言だけ返した。
    「ボクも、お父さんいないから」

    この時言うべき言葉を取り違えたことに、計算の苦手な超能力者はまだ気づいていなかった。

    ◎◎◎◎◎

    「てーん!ただいまぁ!」
    「あぁ、おかえり餃子」
    模範小学生のような笑顔と明るさで“餃子”は家に駆け込んだ。その様子があまりにも彼の知る餃子と違いすぎて、クリリンは戸惑う。しかし、驚いたのはクリリン一方だけではなかった。
    「あっ!?クリリン!?」
    戸の向こうから声をあげ、次の瞬間にはクリリンの目の前までその影はやって来た。
    「や、ヤムチャさん!」
    名前を呼び合うだけで、互いが「自分たちの」世界のものであると確証した。胸の亀のマークが何よりの証拠である。しかし二人に再開の感慨を与えることさえなく、その空間をつんざいたのは“餃子”であった。
    「くっ、クリリン!?本物の!?」
    「どうやら…そう、らしい」
    椅子に座ったままの“天津飯”は答える。この“餃子”の奇妙なリアクションに、ヤムチャはクリリンにそっと尋ねた。
    「“餃子”がえらいビビってるけど、どうしたんだ?」
    「それがわからないんです。実は、さっきも、天津飯が、…あれほどじゃないですけど………」
    「なるほど、もしかするとこっちの“クリリン”はなんかしらすげぇ奴なのかもな」
    二言三言を素早く交わすと、二人は笑顔を貼り付けて“天津飯”の方へ向き直った。“天津飯”は何やら訝しむような顔つきをしている。クリリンは既にだいぶ慣れてきていたが、こちらの“天津飯”は自分たちの知る彼よりもよほど目つきが悪い。常に睨まれているような感覚に、冷や汗が背を伝う。
    「…二人は知り合いか?」
    “天津飯”が問うと、ヤムチャとクリリンはともに「ああ」と答える。意図せず重なったその声に、思わずはにかんだ。
    「ヤムチャ、と言ったな。悪いが、今はクリリンと話をしているところだ。お引き取り願おう」
    「あっいや、天津飯。ヤムチャさんは良いんだ、ここにいてもらって」
    「……クリリンが良いなら、俺は構わんが……」
    「そ、そういうことだ!悪いな、天津飯!」
    あからさまに他人行儀であった今の会話を“餃子”に聞かれてはいないかとひやひやしたヤムチャだったが、幸いにも“餃子”は客人のための烏龍茶を作ることに夢中になっているようだった。ほう、と安堵の息をつくヤムチャを、クリリンは心配げに眺める。
    「おまたせしましたー!」
    4つの湯気の立つ湯呑みを運び、2つの温くなった湯呑みを下げ、“餃子”は自分用の身長にしつらえたのであろう椅子に腰掛ける。当然のようにここまでの作業はすべて超能力と舞空術によるところであった。
    「で?で?クリリンさんどんな依頼なの?ボク張り切っちゃうよー!」
    「落ち着け餃子。…依頼人の前で、はしたないだろう」
    「だってー…」
    そもそもこの場で「依頼」という言葉を初めて聞くヤムチャは、どうするのか(どういうことか)とクリリンの方をチラと見てみた。しかし、クリリンもまた「依頼」の指すところを理解できておらず、互いに助け舟の出港待ち状態となっている。ヤムチャは視線だけで一通りのクリリンの心境を察して、改めて灰色の道着をまとった二人を見やる。いつもは二人共比較的おとなしい方だが、どうもこちらの世界では陰陽が露骨に分かれているらしい。きゃあきゃあと騒ぐ“餃子”を一刀両断するように“天津飯”が窘めていた。
    「だっても何もない」
    「だってさ!クリリンさんだよ!?天なんとも思わないの!?」
    「思わん」
    「そんなー!天はビックリしなかったのー!?」
    「しとらん」
    “餃子”のここまでの発言を参考に、ヤムチャは、今再びの弁論術に賭けることにした。
    「いやー、流石クリリンだなぁ!知らない人はいないもんなぁ!」
    クリリンは一瞬ぎょっとしたが、すぐに口達者なヤムチャの策であると気がついた。まあ、どうも、えへへと当たり障りなく照れたふりをする。“天津飯”は微動だにしない一方で、“餃子”は大きく食いついた。 
    「そりゃそーだよ!なんたって地球のヒーローだからね!テレビで見ない日だってないし!」
    「「えっ!?」」
    「え?」
    思わずヤムチャもクリリンも大きく驚いてしまった。いやあ、そんなに言われるとなぁ、などと場を濁したものの、“天津飯”の視線は冷たい。冷や汗を流して不器用に笑う男二人と、動かない三つ目の男。色白の男だけが嬉々として話を続けた。
    「あれは、えーと、もう三年くらい前になるのかな?ドキドキしたよ、中継見てたよ、こんな仕事だけどやっぱり命あっての物種だからね!そのクリリンさんにお仕事頼まれるなんて、あー嬉しいなぁ。ちょっと意外かも…なんてね!大丈夫!ボクたち秘密は守るから!どうぞ何なりと申し付けて!希望にはなるべく沿うようにするから!あっ考えるの長くなりそうなら夕飯たべ」
    「餃子、いいかげんにしないか」
    マシンガントークも、「鶴」の一声でぴたりと止む。餃子としては違和感のある“餃子”であるだけに、この兄弟弟子らしい一面にようやく自分たちの知る彼ららしさを見出すことができたのかクリリンの口元がふと緩んだ。弁舌の武器を拾おうと伺っていたヤムチャからすれば堪ったものではないのだが。ヤムチャはそれでも拾った小石で突破口を開こうと試みる。
    「き、希望ってどれくら」
    「お前は依頼人本人ではないだろう。口を慎め」
    しかしヤムチャもまた「鶴」の一声で押し黙ることとなってしまった。なにしろ彼の弟弟子でなくても屈せざるを得ない、それくらいの圧が“天津飯”の一言一言に含まれていたのだ。後は任せたというヤムチャからの視線を掬って、今度はクリリンが立ち向かうこととなった。
    「でも、うん、そうだなぁ。希望って、どれくらい聞いてもらえるの?」
    「えーとね、日付とか、時間とか。何か渡したいメッセージとか、逆に奪いたいものとか、残してほしいものがあったら一通り対応可能だと思うよ!もちろん対象人物によるところはあるけど……」
    「あ、そ、そうなの」
    しまった、ますます分からない。クリリンはどうしたものかとヤムチャの方を見やる、するとヤムチャの表情は先程までと一転して険しいものとなっていた。クリリンの視線に気づくと、小さく首を横に振る。机の下で外へ繋がる扉を指す。退散せよ、ということだろうか、クリリンは混乱した。そんな二人の様子に気が付かないらしい“餃子”は続けた。
    「あっ、そうそう!勿論方法も指定できるよ!それによって僕が出るか天が出るかも変わるし」
    「方法?」
    思わず聞き返した、その時ヤムチャの顔はさっと青くなった。クリリンにはその意味はわからなかったが、“天津飯”の眼光は一層鋭くなった。唯一、のんきな顔をしたままの“餃子”は、呑気な顔のままに言った。
    「もちろん、殺害方法だよ。ボクたち、殺し屋なんだから」

    ◎◎◎◎◎


    悟飯は、未だその大型テレビジョンの前に立ち尽くしていた。周りにも未だ散らぬ人影が幾つか溜まっている。

    「今日のゲスト、クリリンだったな!すっかり忘れてた!」
    「忘れてたの地球でお前くらいじゃね?」
    「クリリンがゲストなんて、凄いなぁ」
    「なんたって地球のヒーローだからな」
    「あれからもう三年経つのかぁ」
    「出演料っていくらぐらい貰ってんだろうな」
    「そりゃすげー額だろ、ヒーローだぞ」
    「クリリンってやっぱヒーローだよな」
    「クリリンはヒーロー」
    「クリリン」
    「ヒーロー」
    「クリリン」
    「ヒーロー」

    周りの雑踏の中、限られた言葉だけは悟飯の耳にキチリと刻まれた。
    「クリリンさんが……ヒーロー……」
    その言葉を否定する気は、毛頭なかった。父親が死に、ピッコロに鍛えられ、ベジータ達がやってきて、ナメック星へ――という悪夢のようでもあった怒涛のあの日々の中で、命を散らしたヤムチャや餃子や天津飯とはまた違った形で、悟飯に戦士あるいはヒーローとしての在り方を、恐らくピッコロに次いで身近な存在として教えてくれたのは、クリリンに他ならなかったからである。クリリンがヒーローというその言葉自体は、悟飯の中にストンと落ちた。違和感は、その言葉ゆえ、その外にあった。
    「クリリンさん『だけ』が……ヒーロー…?」
    もし自分たちと同じような出来事が世界を襲っていたのならば、クリリン「だけ」がこうもヒーローとして崇め奉られることには些か違和感があった。繰り返すがクリリンのヒーロー性そのものを疑っているのではない。ただ、悟飯は「その場にいた可能性のある他の誰かに向けての賞賛が一切ないこと」に対して違和感を覚えているのであった。ベジータたちとの戦いで言うなら、先手を切ったヤムチャも、その身を粉にしても立ち向かった餃子も、命と引き換えに懇親の一撃を放った天津飯も、もちろん自分を庇ったピッコロも、十分にヒーローと言われるだけのことはしているように思える。ましてや、フリーザとの戦いで危険を顧みず立ち向かった父親は。それらに一切話が及ばない、この時点で悟飯はいくつかの可能性に思い当たった。悟飯は周りを見渡し、クリリンの話をしていたらしい男女の二人組に声をかける(周りにいた中で最も人が良さそうに見えたからである)。女性のほうは悟飯を見るなり青い髪を揺らし、優しく笑った。
    「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど」
    「はい、どうしました?」
    男の方は、悟飯をじっと見ている。やや恰幅のいいその姿からは、威厳らしきものが見受けられない。
    「僕、実は、三年前のこと、よく知らなくて。クリリンさんがヒーローなのは分かるんですが、具体的に何をしたんですか?」
    「なんだよ、近頃のガキはそんなことも知らねぇのか?親の教育がなっちゃいねぇな」
    「こらっ!なんてこと言うの!」
    ややだみ声がちなその男に、案外にして容赦なく青い髪の女はビンタをかます。僕は平気ですからと慌てて取り繕う悟飯に、ごめんなさいと女は頭を下げた。男の方は頬をさすりつつ、それでも悟飯の方にきちんと向き直る。根はいい人なのだろうと思えた。
    「きみはまだ小さいですからね。自分の記憶にない時代のことなんて、そんなもんですよ」
    「にしたってよ、あんな事件そうそうないぜ」
    「しっ!……あのですね、三年前に、宇宙人が地球を滅ぼしかけたんですよ。それをやっつけたのが、クリリンなんです」
    ひたひひたひと唸る男の頬をつまみながら女は説明した。ナッパとベジータが襲来したときの記憶が脳をかすめる。
    「そ、その宇宙人の名前って、わかりますか」
    「えっ?ええっと、なんだったかな。ねぇ、覚えてる?」
    「おぼえへるはけねーらろ、てかてぇはなへ」
    ぱっと女が手を離した勢いで男は逆方向へすっ転んだ。いててと言いながら膝をさすり、しゃがみこんだままに悟飯に向かう。
    「名前は覚えてねーけどさ、見た目はなんとなく覚えてるぜ。」
    「ど、どんなですか!?」
    「えっ、えーとな」
    食らいついてきた悟飯にやや驚きながらも、男は答えた。目を空に泳がせて、記憶を辿るように。
    「宇宙人って聞いてたからタコみたいなん想像してたんだけどさ……思ってたより普通に人間、それも野郎っぽかったんだよな……あぁそうそう、尻尾が生えててさ」
    「尻尾……」
    悟飯は一つ目、頭の中にあった『この世界にはベジータやナッパが襲来しなかった→あの戦いそのものが存在しなかった』という可能性を消した。人間(それも男性)で、尾が生えていたともなれば、サイヤ人の男性に違いないだろう。
    「あとは。ええと、黒い髪だったかな」
    「どんな髪型でしたか?」
    「えー?なんかツンツンしてた気がするけどなぁ」
    サイヤ人の男性なんて、禿げているかさもなくばツンツン頭である。なかなかヒントを得られないもどかしさを飲み込みながら、悟飯はなおも尋ねた。
    「それじゃ、話しは変わりますけど……クリリンさんって、その戦い以前から有名でしたか?例えば、天下一武道会とか」
    「そうですよ、クリリンさんはその前から天下一武道会でずっと優勝してらしたんです」
    ボク、天下一武道会のファンなんです。と青い髪を弄びながら女は答えた。
    「あのな小僧、こいつは天下一武道会のマニアだからな、あんまりむやみに話を振るんじゃねえぞ」
    「さっきから余計なことばっかり!」
    女は再び張り手を食らわす。せっかく立ち上がった男は二度目の大きな尻餅をついた。
    「天下一武道会で、ずっと優勝してたんですか?クリリンさんが?」
    「そうですよ、第二十一回で初優勝してから第二十ニ回、第二十三回も優勝しています」
    悟飯ははて、と思った。自分の世界のクリリンや両親から聞いた話とはまるで違っている。第二十一回はジャッキー・チュン、第二十二回は天津飯、第二十三回は悟飯の父親たる悟空、が自らの世界における歴代優勝者である。思っていた以上に自分たちの世界とこの世界の歴史は異なっていることを今更ながら痛感した。“クリリン”のことが気になるのもまた事実だが、こうも歴史が異なっているとこちらの歴史を紐解いてみたくなる。これは、悟飯の純粋な好奇心と探究心であった。
    「あの、歴代の準優勝者とか、出た人って覚えてますか?」
    「予選を通過した人なら一通り覚えていると思いますよ」
    話が長引くことを覚悟したらしい男はベンチに座り、女と悟飯を手招きした。女、続いて悟飯もベンチに腰掛ける。
    「あの。ジャッキー・チュンさんって、天下一武道会に出ていらっしゃいますか?」
    「ジャッキー…チュンさん?少なくとも予選通過したことは一度もないですね」
    「じゃあ、天津飯さんは?」
    「美味しそうな名前ですけど、予選通過したことはないと思います。むしろ、それくらい印象的な名前なら、本戦じゃなくても覚えていると思うので…一回も参加していないんじゃないかなぁ」
    「おと……孫悟空は?」
    「そんごくう…記憶にないですね。多分その人も出ていないと思います」
    優勝していないどころか、参加さえしていないとは。悟飯は『この世界の“クリリン”は誰よりも強い』という一番単純明快なまた一つの可能性も消した。“クリリン”がいたがゆえに誰も同じ人間がこの世界にもいると思いこんでいたその前提条件自体が間違っていたのかもしれない、そう思わざるを得ないほどに自分の知らない歴史がそこに立ちはだかっている。
    「えっと…ピッコロさんは?」
    「出ていないですねぇ」
    「そうですか…ええと、ヤムチャさんは?」
    「ヤムチャさんは、二度決勝に出ていますよ」
    「そうで………えっ!?出てるんですか!?」
    てっきり出ていないものだとばかり思い込んでいたがゆえ、悟飯は思わず聞き返してしまった。女は今までで一番明るい顔をしており、男は呆れたような表情を見せる。
    「はい、第二十一回と第二十二回です。二回とも一回戦で負けていますが、ヤムチャさんの戦い方カッコよくて、ボク、大好きなんです!」
    ろうがふうふうけん!と真似てみせるその女は、無邪気に笑っている。
    「や、ヤムチャさんのお師匠様って分かりますか?」
    「お師匠様?いいえ、ヤムチャさんはいわば独学だって聞いてます。どこかの流派に所属していたとか、そういうのは聞きませんね」
    「小僧、ヤムチャとかいうやつの話はそれくらいにしておけ。こいつ、その…ヤムチャの話になるとうるせぇんだ」
    「いい加減怒るよ!」
    どこから現れたか、女はハンマーを振りかざした。男は大仰に怯えてみせ、女の怒りを沈める。悟飯も慌てて助け舟を出した。
    「あの、ヤムチャさんは第二十三回には出てないんですか?」
    女は(案の定)ぱっと明るい顔になって悟飯の方に向き直る。
    「第二十三回には出てないんですよ。ヤムチャさんは本職が武道家でないのに決勝に残っていたということでずっと話題だったんですが…」
    「えっ?ヤムチャさんって武道家じゃないんですか?」
    「そうですよ、ヤムチャさんはカプセルコーポレーションの研究員さんですから」
    カプセルコーポレーション、と悟飯は思わず尋ねてしまった。自分たちの世界で恋人同士と聞いている彼らは、こちらでは上司と部下の関係だったそうだ。まだ幼く純粋な悟飯は、ただそういうこともあるものだなぁと感じた。
    「ヤムチャさんが第二十三回に出なかったのは、一般には研究員としての仕事が軌道に乗ってきたからじゃないかって言われています。ちょうどその頃ヤムチャさんは課長に昇進したそうなので」
    「課長!?ヤムチャさんすごいなぁ」
    「でしょう」
    我がごとのように嬉しそうに微笑んだ女は、次の瞬間声を潜めた。
    「でもね、これはファンの間で囁かれてることなんですけど。理由はあと二つあると、ボクたちは思っているんです」
    「と、と…いうと」
    悟飯も反射的に声を潜めた。女は悟飯に耳打ちするようにとつとつと語る。
    「そのうちの一つは、絶対王者クリリンには勝ちようがないからってことです。ヤムチャさんは第二十一回も第二十二回もクリリンさんとは戦っていませんが、試合後のインタビューでも『クリリンと戦っていたら絶対にあっさり負けていた』と言っていたことがあるので。クリリンさんはいかなる敵でも倒してしまいますからね」
    勝てないから戦わない、自分の世界の父親や師匠などが聞けば意味がわからないと首を傾げたり生温いと激昂しそうな話だが、悟飯だからこそ気持ちが分からないでもなかった。戦いばかりが全てではない生き方の中ならば、勝利の確率の見込めない戦いに挑まないというのもまた一つの戦い方であると思う。
    「あともう一つは、リベンジマッチが不可能だったからだと言われています」
    「リベンジマッチ?」
    「ヤムチャさんは第二十一回と第二十二回、二度ベストエイト戦で敗北しています。第二十一回、ヤムチャさんに勝ったのはブルース・ローという選手でした」
    「ブルース・ロー?」
    初めて聞く名前だった。その雰囲気は、どことなくジャッキー・チュンに近いものを感じる。
    「老人選手だったんですが、強くて。第二十一回も、決勝でクリリンさんと善戦を繰り広げて話題になったんです」
    途端、女は人差し指を悟飯に向けて「どどんぱ!」と言ってみせた。照れたようにすぐさま指を引っ込めて、笑う。
    「ブルース・ローさんの使っていた技ですよ」
    どどん波、どこかで聞いたことがあるような。悟飯にはその正体こそわからないものの、何となく近いところにある技だということがよくわかった。
    「ヤムチャさんはブルース・ローさんにリベンジマッチをしたがっていたんですけど、第二十二回のとき、ブルース・ローさんは予選の段階でクリリンさんと当たってしまいまして。ヤムチャさんと戦う間もなく敗北となって、これ以来の天下一武道会に出ない宣言をしたんです」
    ネットニュースで話題になったんですよ、と当時のものらしいスクリーンショットを見せてくれる。大手SNSのトレンド一位に、「ブルース・ロー 引退」という文字が踊っていた。
    「なかなか正体不明の老人選手でして。このあと色んなメディアがブルース・ローさんを取材しようと試みたのですが、捕まらなかったんですよ」
    でもね、と女は悟飯の前に指を立ててみせる。
    「ボクは、ブルース・ローさんの正体は、クリリンさんのお師匠様のどなたかなんじゃないかなって思っているんです」
    「どな、たか?」
    その言葉に悟飯は違和感を覚えた。自分の知るクリリンの師匠は、亀仙人ただ一人である。
    「だから、亀仙人様か、鶴仙人様か、ですね。武泰人様の可能性も無くはないですが、いくらなんでもお年がすぎるかなって」
    どなたも何百歳の域ですけど、と女は笑う。悟飯自身は会ったことが無く、二、三度話に聞いたことがある鶴仙人という人物―――かつて天津飯たちの師だったという―――その人は、悪人ではなかったのか。ましてや、武泰人という人物は、とうに亡くなっていると聞いたのだが。悟飯が知ってこそいるものの馴染みのない人物たちの記憶を奥底から引っ張り出すうちに、女ははっと気づいたように表情を正す。奥に座る男は大あくびをして、うつらうつらと船を漕ぎ出していた。
    「そう、それが一人目のリベンジマッチなんですけど。もう一人が、餃子という選手で」
    「えっ!?」
    「え?」
    ここに来て全く考えていなかったその名前が出てきたことに悟飯は驚く。しかし、言われてみれば確かに、自分たちの世界でも天下一武道会の武舞台でクリリンと戦ったことがあるという話は聞いていた。なるほど、なんでもないです、と悟飯が話を促すと、女は、ここまでで一番と言っていいほど険しい顔をした。こんなことまだ小さい君に言っていいのか分からないけど、と前置きをする。
    「餃子選手は、第二十二回天下一武道会の決勝一回戦でヤムチャさんと当たったんです。なかなか良い戦いだったんですが、結果的にヤムチャさんが負けてしまいまして…あのひと、空飛べるんですよ」
    今となっては戦士たちの必須条件たる舞空術、それゆえに悟飯からすればたったそれだけの事のようにも思えたが、こちらの世界では、あるいは当時はそれが大きなアドバンテージだったのだろうと推測して話を進めさせる。
    「その、餃子選手なんですけど、ヤムチャさんとの戦いのあとに反則負けが確定してしまったんです。予選で餃子選手と戦った相手が、ずっと意識不明の重体だったんですけど、亡くなったとかで……詳しくは公にされていませんし、ああいう場なので罪にも問われませんが、そこで餃子選手は決勝二回戦に進む権利とともに次回以降の天下一武道会出場権を剥奪されたんです」
    悟飯はただ驚くばかりであった。第一は天津飯が出ていなかったということで餃子も当然天下一武道会に出ていなかったのだろうという思い込みがある。しかし、もちろん今は仲間であれど、天津飯とともに餃子はかつて亀仙流一派と相対する鶴仙流一派であったことも知っていたし、その鶴仙人一派の中には殺し屋がいたことも聞いているが、ここまで来ると大きな歴史の違いを痛感せざるを得ない。悟飯の記憶の中では天津飯と餃子は大層仲がいいので、ほぼ無意識にこの世界でも二人でいるものと思っていたが、違うのかもしれない、と思考を改めた。そもそも、ここまでの話から察するに、彼ら二人がこちらの世界では鶴仙流でないという可能性こそ濃厚なのである。
    「そういうわけで、どうしたってリベンジマッチは出来なくなっちゃったんですよね。それもヤムチャさんのモチベーションダウンに繋がったんじゃないかなって、ボクなんかは思いますよ」
    ふう、と青い髪をかきあげて女は深呼吸した。好きなことに夢中になったあとの、清々しい顔をしている。
    「ほんとに、ヤムチャさんのファンなんですね」
    「まあ、そうですね」
    女は笑った。すっかり眠り込んで寄りかかってくる男を押し返す。男のいびきが大きく聞こえて、女と悟飯は二人で笑った。
    「…にしても、最初確か三年前の事件について聞かれて…そのあとクリリンさんのことについて聞かれたのに。すっかりボク自分の好きなことばっかり話しちゃった」
    「いえ、持ちかけたのは僕ですし、それに面白い話がたくさん聞けて、嬉しかったです」
    ごめんね、と謝る女に悟飯は笑顔でフォローする。ふと、悟飯はこの女のまとう雰囲気に覚えがある気がした。
    「さあ、もう遅いから帰るといいですよ。五時半のチャイムが鳴るまでに、よい子はお家に帰らなきゃ」
    時計を見上げると、その長い針はだいぶ下を向いていた。お家に帰るとは言ったって、今この世界に“孫悟飯”がいるのかどうかも分からないのだ。帰る家などない、そう思うと初めて寂しさがこみ上げてきた。クリリンは、ピッコロは、父親は、仲間たちはどこにいるのだろうか。
    悟飯は知らず寂しげな顔をしていたのだろうか、女に起こされた男は悟飯をしばし見つめて嘆息する。
    「ほーら、何があったか知らねぇけど元気だせ。何かの縁だ、いいもん見せてやるよ。お前、好きなアニメとかないの」
    「アニメ…?あんまり見ないから…」
    先ほどとはうってかわってぽそぽそと頼りなく呟く悟飯に、男は二、三歩近寄る。
    「つまんねえガキだなぁ。なんか、じゃあ、好きなものねぇのかよ」
    「………ピッコロ、さん……、」
    「あぁ?誰だ?それ」
    「緑色で、触覚があって…すごく強くて、優しいんです」
    「んー?……こうか?」
    次の瞬間、悟飯の目の前に煙が立ち込めた。げほげほと噎せた悟飯の、その目に次の瞬間飛び込んできたのは、
    「ぶっ!!!」
    「なんだぁ、ちげーのか」
    緑色であった。触覚もあった。強そうでもあった。しかしその顔がなんとも間抜けで、体の形もナメクジのようで、いかにも間抜けで、ピッコロとは似ても似つかない生き物であった。あまりにコミカルなその姿に、悟飯は込み上げてくる笑いを抑えられなかった。
    「あははっ、ふふっ、ごめ、ごめんなさい、笑うつもりは……あははっ!」
    「ふん、まあいいぜ。小僧の気に入ったんなら、いーや。……おい!行くぞー」
    「あーあ、照れちゃって。じゃあね、ボク。気をつけて帰るんですよ」
    「あっ、はいっ、色々とありがとうございました!」
    緑色のナメクジと女が歩みだした方向に向けて、悟飯は口元から笑みが消えないまま大きく頭を下げる。次の瞬間、顔を上げて、悟飯ははっと息を呑んだ。そして、再び微笑む。

    視線の先にいたのは、一匹の変身する子豚と、変身する猫のような生き物だった。

    ◎◎◎◎◎

    「……おい、どういうこった」
    突然その気を潜めた悟空に怪訝な目を向けながらも、“ピッコロ”は答える。
    「どういうこったって、そういう事だろう。まさか三年前のことを本当にきれいさっぱり忘れているわけではあるまいな」
    「忘れた、っつーか」
    悟空は抵抗の意志がないことを示すように手の平を宙に浮かべた。“ピッコロ”も次第に気を鎮める。
    「オラ、その…三年前に、なんかした“オラ”とは別のやつだからさ」
    「は?今更そんな言葉で弁解する気か?」
    「ほ、ホントなんだって!」
    何を話せば納得してくれるのかが悟空には分からなかった。嫁の教育の賜物かすっかり賢くなった我が子でも隣にいれば、と思う。その瞬間、ともに散り散りになった仲間たち、とりわけクリリンの事が思い返された。
    「なぁ、クリリンがオラのこと…こっちのオラのこと殺したって、どういうことだ」
    「どういうこともこういうこともない。ただカカロットという侵略者に対して、クリリンという地球側の代表が戦い、勝利し、殺した。それだけだ」
    悟空はふーんと唸る。
    この世界ではクリリンが自分よりも強いこと。この世界の自分は悪漢であったこと。クリリンに殺されたということ。それらから生まれた様々な感情がないまぜになるが、悟空にはこれらの名前がわからなかった。
    「頭、打ち損ねたんかなぁ」
    悟空が出した結論はこれだけだった。頭を打ったことで性格が遥か変わったと言われる自分の、少しずれてしまった未来の一つの形なのだろうか。悟空は、何とも言えない気持ちを握りしめた手のひらで古傷を撫でた。
    「………お前、本当にカカロットではないのか」
    「……カカロットっちゅー名前は確かにオラだけど、……でもオラは地球育ちの………孫悟空だ」
    悟空は起き上がることを諦め、四肢を投げ出してごろりと寝転ぶ。するりと手の中から悟空が抜けたことに一瞬驚いた“ピッコロ”も、あまりに自分の知るカカロットと目の前のカカロットが違ってだろうか、すっかり気を鎮めてまた一歩離れた。悟空の胸には、形容しがたいわだかまりだけが残されている。らしくないと思った。
    「クリリンに会えば、サッパリすっかな」
    「止めろ、――なんだか知らんが、今のお前には確かにあの頃の戦意がない。だが、クリリンはお前を見れば間違いなく再び殺しにかかるだろう―――街の人間だってパニックになる」
    悟空は手の平を枕代わりにするように、頭の後ろで手を組んだ。流れる雲は、橙を深くして端々が紺色を迎え始める。
    「な、クリリンに会いに行くのにそんなに街の奴らを気にする必要があっかな。カメハウスに住んでるんじゃねえのか」
    「お前を殺してからクリリンは一躍有名人だからな…。俺は興味がないが、テレビやら雑誌やらでさんざ取り上げられているらしいぞ。今も街にいるんだろう」
    「ふーん…」
    先程の大きな気はすっかり鳴りを潜め、最初に見たやや気の引けたような“ピッコロ”に戻る。座り込んで、魚の焼かれていたあたりの、少し焦げた地面に指を立てれば、茶けたそのあたりに若草が息吹いた。
    「悟飯、何してっかな」
    「ゴハン…?今魚食っただろ…?」
    「違う違う、飯ってことじゃなくて。オラの息子さ」
    「…カカロットお前、息子がいたのか!?」
    驚いたようにピッコロは立ち上がった。息子のピッコロへの懐きようをふまえると、かえって悟空にとっては新鮮な光景である。
    「あー。でもオラんとこのオメーのお陰で随分たくましくなってさ。流石に泣いたりはしてねーと思うけどな」
    横になればいつでも眠くなる自分がこんなにも寝付けないとは。その根底にある原因が動揺だということに気付かないまま、悟空は雲を眺め続けた。“ピッコロ”は再び腰を下ろし、腕を組んで悟空をじっと見つめる。再び枯れ枝を集め、火を焚く。そのさまは、監視するようでもあった。
    「………さっきから気になっていたのだが、「こっちの」やら「オラのとこ」やら、なんの話だ?」
    「あ?あぁ、まだ話してなかったんだっけ。いや、オラも詳しいことわかんねーんだけどさ…」
    ブルマの言ってたことなんだけど、と悟空は言葉足らずながら説明を始める。人里離れた森の中で、必死に説明を続けるその男と、黙って話を聞くナメック星人だけが、火影に照らされていた。
    夜は、次第にその色を深めていった。

    ◎◎◎◎◎

    「こっ………!!」
    思わず叫びそうになってしまったクリリンの口を、ヤムチャが大慌てで塞ぐ。はっと目を開いて頷き、その手を離してもらうものの、もはや自分たちの挙動不審ぶりはこれ以上誤魔化しが効くことはないだろう。目の前の“餃子”の目が、何よりそれを物語っていた。
    「………どうしたの?まさか、ボクたちが殺し屋なの知らないで来たわけじゃ、ないよね?」
    「まさか、そんな、ねぇ?ヤムチャさん」
    「お、おう、そうとも」
    必死にその場を繕おうとするが、乾いた喉ではうまく笑えない。冷え切ったこの空気の中で、ただ出された烏龍茶だけが未だに湯気を立てている。それを手に取ろうにも、“天津飯”の鋭い目つきがそれさえも許さなかった。まるでお前も超能力使いだな、とヤムチャは心だけで余裕ぶる。
    「どういうつもりだ」
    とうとう“餃子”に対してもはったりが効かなくなったことを察して、クリリンとヤムチャは目だけで意思疎通を図る。逃げるべきか、否か。
    「天……」
    無機質さと冷淡さ、少しの困惑を混ぜたような声で“餃子”は“天津飯”に問う。“天津飯”は答えない。
    「……今、ここで、天下一武道会の続きをやる気は無いけど………」
    「……天下一武道会……?」
    余計な発言をしてはいけないと思いつつ、クリリンは恐る恐る尋ねた。“餃子”は手を膝から机の上へと移動させて、今までになく淡々と言う。
    「クリリンにとってはボクなんて弱すぎて覚えてないかもしれないけどさ。第二十二回天下一武道会、決勝にいたんだよ」
    「えっ、あっ、…一回戦目で、戦ったやつ?」
    「何言ってるの。ボクが一回戦目で戦ったのは、そっちのヤムチャだよ」
    墓穴を掘ったかもしれない。クリリンはそう思いながらヤムチャに目線を向けた。しかしヤムチャの方はヤムチャの方で突然自分の名前が出てきたことに驚きを隠せない様子である。
    「クリリン、強すぎて戦った人さえまともに覚えてないの?それとも、何回も出すぎて記憶が混ざってる?」
    「そ、それは」
    いよいよもって誤魔化すのは無理だと結論付けざるを得なかった。正直に話すよりほか、ないだろう。ヤムチャとクリリンはほとんど同じタイミングでその決断を下した。
    「「すまん!」」
    二人の声が重なって、部屋に響く。壁にかけられた美しい武器たちの刃に、音が吸い込まれた。
    「今まで誤魔化してたけど、俺たちは…その、平行世界から来たんだ!信じてもらえるまでなんでも喋る!俺達の世界では、お前たちは…天津飯と餃子は、味方なんだ、仲間なんだ!頼む!」
    一息にクリリンは打ち明けた。頭を下げたがゆえにクリリンには“天津飯”と“餃子”がどんな顔をしているか分からないが、その張り詰めていた空気は未だ張り詰めたままである。
    「俺からも…頼む!俺達の世界の天津飯と餃子もこっちの世界に飛ばされてきているんだ、お前たち二人が協力してくれないとその二人が帰れないかもしれない!嘘をついていたことは謝る!このとおりだ!!」
    ヤムチャも共に頭を下げた。心臓の音が嫌にうるさい。
    「……そんなこと、どうやって信じろっていうのさ。殺されたくないがための命乞いか?」
    しかし、その甲高い声は無慈悲にも二人の言葉を断つ。クリリンとヤムチャはゆっくりと顔を上げた。ヤムチャはゆっくりと口を開く。
    「信じてくれ、といったところで信じがたいことなのは分かるが……なぁ、餃子。お前はこっちの俺と会ったことがあるんだろ?俺がそいつとは別人だってこと、分からないのか?」
    「分かるわけないでしょ。もう随分前のことだし、所詮一度拳を交えたに過ぎない。ボクから見れば、お前はお前だ」
    「……そう、か」
    ヤムチャは項垂れた。まさに青菜に塩、何を言えばいいかも分からないままに下を向く。
    「ねぇ、天。どうしよう、この二人」
    6つの瞳が“天津飯”を捉えた。“天津飯”は“餃子”にちらりと視線をくれた後、呟いた。
    「……餃子、今は何時だ」
    「えっ?ええと……五時半になるところだけど……」
    狼狽えたのは“餃子”であった。それがどうしたの、と疑問符を浮かべる。壁にかけられていた時計は、その時真下を指した。
    「……餃子、テレビをつけろ」
    「へっ??テレビ?なんで?」
    今度こそあからさまに疑問をぶつけたものの、“天津飯”に視線で指示された“餃子”はふわりと身を浮かして壁にかけられた四角い絵に触れた、途端にその画面が動き出す。ヤムチャとクリリンにはそれがテレビであったということ自体が衝撃であり、しばし言葉を失った。画面の奥では二人組の漫才師がMCたちの笑いを誘っている。この空間に似つかわしくないほどの明るい笑い声が響いた。
    「つ、つけたけど」
    「番組表に切り替えろ」
    “餃子”が画面上においた手を上へとスライドさせれば、音はピタリとやんで朝刊の裏側に載っているそれによく似た画面が映し出された。
    「切り替えたけど、」
    言いかけて“餃子”はあっと声を上げる。振り返って問うた。
    「クリリン、いつからここにいた!?」
    「いつから、って」
    クリリンは記憶を辿る。初めてこの部屋の時計を見たとき、その長い針はまだ真上に居なかったはずであった。
    「五時になる、少し前かな?」
    「天、ほんと?」
    “天津飯”はその質問に頷くだけで同意を示した。すると、“餃子”はクリリンと画面と“天津飯”と時計をぐるぐると眺めては、ああ、とか、そうか、と声を上げる。状況が理解できないヤムチャはそんな“餃子”を混乱の海から掬うように声をかけた。
    「クリリンが来たのが五時より前だと、何なんだ?」
    “餃子”ははっとして、テレビ画面の前から少しどいて見せる。ヤムチャとクリリンも、そのとき番組表に最も大きく刻まれた文字に目を奪われずにはいられなかった。
    「『世界のヒーロー クリリンが生放送に緊急出演』……?」
    「この番組、……五時までやってる生放送だから……」
    やや訝しむような目つきはそのままに、手をかざして画面を暗転させた“餃子”は椅子へと舞い戻る。“天津飯”が小さく口を開いた。
    「俺たちの知っているクリリンが、同時刻にここにいるはずが無いんだ」

    ◎◎◎◎◎

    「五時半回ったな。社長室に行こうか」
    「そうだな」
    クリリンの名前にむせた件は同姓同名の知り合いがいてとかなんとか誤魔化し、茶をすすることに終止していた天津飯はぱっと立ち上がった。最後の一口まで美味かった茶の銘柄くらい聞いておこうかと思うものの、ここが世界トップクラスの企業であることを考えればとても普段の自分の手の及ぶような価格帯のそれではないだろうことは想像に難くない。やや無い髪をひかれる思いをも味わった。センサーに手をかざす一連の動きを再び繰り返した“ヤムチャ”に続き、廊下に出て動く歩道に身を任せる。もうつんのめるようなヘマはしなかった。
    社長室の大きな扉の隣のロボットは、二十分前と変わらぬ出で立ちでそこにいた。“ヤムチャ”が話しかける。
    「用件ナンバー101。ヤムチャだ」
    ややあってロボットの目が光る。大きな扉からガチャンとアンロックの音がした。
    『ヤムチャと、例の侵入者ね。良いわよ、入って』
    ロボットから突然ブルマの声がして天津飯は一瞬驚いたものの、おそらく電話のようなものだろうと適当に結論付ける。先程から見ている凄まじい科学に比べれば、まだ馴染みがあるように思われた。それでも天津飯の知る科学よりは遥かに上をゆくのだが、いわば科学力のインフレのさなかにいる彼はやや感覚が麻痺し始めていた。
    「失礼します」
    「…失礼します」
    軽く会釈をして戸の中に入った“ヤムチャ”に続いて天津飯も中に入る。こんなにかしこまったのは、鶴仙門下にいたとき以来だろうか。
    一つの部屋とは思えないほど広い―――球体の界王星の表面を広げたらこれくらいの広さなのではないかと思うくらいの――――社長室だった。書類らしきものが積まれたエリア、コンピュータらしきものが作動するエリア、謎の水槽があるエリア。あまりキョロキョロするのもいかがなものかと自制して素直に正面を見ると、大きなモニターが四、五台集まっている、その中からひょこりと水色の髪が躍り出た。
    「ごめーん。ちょっと、ヤムチャ。侵入者様にお茶をお出しして。私の分もね」
    「はい」
    “ヤムチャ”は頷いて、奥にある小部屋へと向かってしまった。先程と同じ形のカプセルやラックが見えるその部屋にまで付いていくわけにもいかず、天津飯はその場に立ち尽くす。
    「どうぞ。そこ、座って」
    肩をぐるぐると回しながら“ブルマ”は来客用らしいソファを指した。天津飯が軽く会釈をしてから座ると、続いて“ブルマ”が正面に腰掛ける。白衣にシャツという出で立ちから随分雰囲気が違うと思われた“ヤムチャ”に比べ、ラフな服装に白衣を羽織った“ブルマ”にはよほど違和感がなかった。
    「はい、お茶です。社長はアップルティーで良かったですね?」
    「うん、ありがと」
    目の前に本日二杯目の緑茶が置かれる。“ブルマ”がアップルティーを飲んだことを確認してから、天津飯もまた緑茶に手を付ける。“ヤムチャ”は天津飯の隣に腰掛けた。
    「…ええと、それで、なんだっけ……そうそう。侵入者さん、あなたお名前は?」
    「天津飯だ」
    「テン、シン、ハン、ね。随分美味しそうな名前ねー」
    そう言いながら“ブルマ”は手元になにやら薄型の機械をおいて入力を始めた。ポン、という軽い電子音が聞こえた後に“ブルマ”は続ける。
    「天津飯さん、お仕事は何してるの?」
    「仕事…武道家だ」
    へえ、と感嘆の声を上げながら再び手元の機械に目を落とす。
    「それじゃあ、ヤムチャに行かせて正解だったわ。他の人じゃあ頼りないわね」
    「そんな、社長。俺もうトレーニング減らしてだいぶ経つんですよ」
    「そんなこと言わないの。天津飯さん、ビックリするわよ。なんたってウチのヤムチャは、天下一武道会に出たことがあるんだから」
    ふふっと微笑んで見せる“ブルマ”に、“ヤムチャ”は照れたようだった。“ヤムチャ”はこんな一流企業に努めているエリートの人材であるから天下一武道会への出場経歴というのは意外性に富んでいるのであろうが、自分の知るヤムチャは当然天下一武道会に出た選手である(むしろそれゆえよく知った存在の一人となったわけである)。「そうなんですか」と驚いてみせるも、上手く驚けたかどうか怪しいと天津飯は我が事ながら思った。
    「緊張しなくていいわよ。なんなら敬語だって使わなくていいし」
    「そ、そうか…それじゃあ、そうさせてもらう」
    体の力を抜いた天津飯はまた一口緑茶を飲んだ。隣の“ヤムチャ”は「相当それ気に入ったんだな」と笑う。
    「それで?天津飯さん、侵入の目的は?」
    「…俺は侵入の意思など持っていない。ただ、気がついたらあの場所に倒れていたんだ。警報システムを作動させてしまったことは詫びるが、それ以上の咎は俺にはない」
    「気付いたらあの場所に倒れていた……ねぇ」
    「信じてもらえないかもしれないが…」
    ふうん、と“ブルマ”は手元の機械と天津飯の顔を交互に見やった。そしてにやりと意地悪く笑う。
    「まあ、普通は信じないわね。自分で言うのもなんだけどうちは大企業よ、その警報システムの範疇に気がついて倒れてましたーなんて、いかにも大根役者な泥棒さんの方便だわ」
    天津飯はもどかしさから拳を固く握る。しかしそんな天津飯の変化も意に介さず、“ブルマ”はゆっくりと立ち上がって語り続けた。
    「でもね、天津飯さん、あなたは幸運よ。少しでもそれを真実かもしれないと思ってくれる社長のもとに連れてこられたんですもの」
    “ブルマ”は先程自分が囲まれていたうちの一つのモニターをくるりと回転させ、天津飯たちのいる方に向けた。“ブルマ”が手をかざすと、画面に方眼のようなものが映る。
    「天津飯さん、これは今から約一時間前の地磁気と磁場のデータよ。細かいことは気にしなくていいわ、今から再生するから見ていて」
    “ブルマ”が「再生」と言うと、画面はゆるやかな流動を始める。三十秒ほどその穏やかな流動が続く。天津飯はいよいよ何を見せられているのか分からなくなった、その時であった。
    「…!方眼が歪んだ!」
    一瞬のことであったが、天津飯の三つの目はそれを見逃さなかった。ご名答、と満足げに“ブルマ”は笑う。画面の上で“ブルマ”が指を滑らせれば、ちょうど方眼が歪んだその瞬間まで画面が巻き戻って止まる。方眼は、その一瞬だけ放射状に歪んでいた。
    「これね、ウチの技術じゃなきゃまあ気づかないくらいの一瞬の乱れよ。画像にして見せたってサブリミナル効果レベルの話だわ…まぁそれは良いとして。この磁場の乱れ方と原因、それから放射状に広がった先の落下地点。それらのことから推察するとね、天津飯さん」
    つかつかと天津飯の目の前まで歩いてきて、ピッと指を立てた“ブルマ”は自信たっぷりに言い放った。
    「あなた、|平行世界<<パラレルワールド>>の人でしょう」

    ◎◎◎◎◎

    「……あ、あ」
    「やっぱりね!そうじゃないかと思ったわ」
    ゆっくりと頷くと、ブルマは飛び上がるようにその身を踊らせる。
    「やっぱり私は天才だわ!」
    大きくガッツポーズをして、アップルティーを一気に飲み干し、“ヤムチャ”にティーカップを突き出す。“ヤムチャ”は優しい笑顔でそれを受け取ると、奥の給湯室へと向かった。
    「さあ!そうと分かれば天津飯さん、あなたにどんどん質問していくわよ。隠さず正直に答えてちょうだいね」
    「あ、ああ」
    “ブルマ”はどさっと勢い良くソファーに舞い戻って、再び機械に何かを入力しだす。ポピピポピと優しくも無機質な機械音が鳴り止むことはない。天津飯も、この“ブルマ”の勢いにはやや押されていた。
    「なぁ、もしかしてブルマになら他の連中が落ちた場所が分かったりするのか?」
    そう尋ねると、“ブルマ”はその目をキラリと光らせる。
    「そうね、やってみないと分からないけれど。天津飯さん、今「連中」って言ったけど、具体的に何人?」
    「……俺を含めて八人だ」
    「八人、ね…八人…」
    その言葉を聞いてから“ブルマ”は少し唸り、はっと気がついて先程のモニターの前に駆け出す。放射状に歪んでいる方眼に印をつけ、何かを操作した後、天津飯の方へ向き直った。
    「やっぱり。この放射は五本のように見えたけど、拡大すると八本になっているわ。この一本一本の歪みがあなた達一人ひとりと見て間違いなさそうね。…実はね、天津飯さんが平行世界の人じゃないかって気付いたのも、この内一本のベクトルがちょうどカプセルコーポレーションのこの建物のあたりを向いていたから、なんだけど、」
    正解のようね、と言いながらみたび“ブルマ”はソファーへ戻った。“ヤムチャ”が淹れて戻って来たティーカップからは、今度はイチゴの甘酸っぱい香りがする。
    「でもいま拡大してみたらもう一本このあたりにほど近い座標に向けてのベクトルがあったの。だから誰か一人はこの近くに落ちてると見て間違いないと思うわ」
    「そ、それは誰だ!?」
    「そこまではちょっと分かりかねるわよ、でもそういうのをハッキリさせるために今からもっと天津飯さんに質問するからね」
    「…ああ!なんでも来い!」
    意気込む天津飯を見て、“ブルマ”は満足げに笑った。
    「じゃあ次の質問ね。あなたと一緒にこっちに来た七人の人の名前を教えて。平行世界だから、同じ人物がこちらの世界にもいる可能性が高いし、何らかの手がかりになると思うの。入力があるからゆっくりね。じゃあ、一人目」
    「ブルマ」
    「えっ?」
    “ブルマ”はまさに目を点にして画面から顔を上げた。
    「だから、ブルマだ」
    「ブルマって、わ、わたし?」
    「そうだ」
    ひええ、と大きく息をつきながらも“ブルマ”は画面に何かを打ち込んでいく。
    「まさか……飛ばされた中に私がいるなんて…天津飯さん、あなたよく淡々と私とお話できたわね」
    「……褒められているなら、礼を言おう」
    天津飯が軽く頭を下げると、“ブルマ”はどうかしらと一言つぶやき、再び息を吐いた。
    「そっちの私、美人?」
    「…お前にそっくりだ」
    「なら安心ね」
    ピピッ、という一つ高い音がなって、“ブルマ”の入力は終わったらしい。
    「二人目」
    「ヤムチャ」
    「「ええっ!?」」
    今度は今まで静かに見守っていた“ヤムチャ”も声を上げた。別世界のお前が今この世界に来ていると宣言されたのであるから、当然のリアクションと言えよう。
    「えっ、そ、そっちの俺、どんなやつ?」
    「…専業武道家だ」
    「そうかぁ…」
    “ヤムチャ”はほうと息を吐いて斜め上を見上げる。武道家として我が道を極める別世界の自分に思いを馳せているのかもしれない。
    「案外知ってる人が多いのかもね。三人目」
    「クリリン」
    「「クリリン!?」」
    夢の世界に行っていた“ヤムチャ”も豪速球で帰ってくるほどの発言だったらしい。二人はともに口をパクリとあけたまま、しばしの沈黙が訪れる。
    「…そ、そっか、君がさっきクリリンの名前を聞いてむせたのは…そういう理由だったのか。同姓同名の友達なんて変だなぁと思ってたんだけど、ホントのことだったんだね」
    “ヤムチャ”は一人納得するように呟いた。天津飯からすればこちらの世界の“クリリン”に何が起きているのかの方が気になったのだが、“ブルマ”が「四人目」と言ったのでこの質問は後回しとする。
    「四人目、か。…悟空。孫悟空」
    「ソン、ゴクウね。その人は知らないわ。五人目」
    「孫悟飯。孫悟空の子供だ」
    「あらら、親子で飛ばされたの。近いとこに落ちているといいわね…六人目」
    悟飯はともかく悟空のことを知らないのは、天津飯にとってはどことなく違和感に思われた。天下一武道会自体は存在するようなのに、悟空のことを知らないとは。(同じことは自分にも当てはまるが)そう思いながらも、天津飯は質問に答えるべく「六人目、」と繰り返す。
    「ピッコロ」
    「ピッコロ…随分可愛い名前ね。女の子?」
    「いや、緑色の宇宙人だ」
    緑色の宇宙人、とそれも“ブルマ”は入力しているらしい。何がこちらの世界にとって有名なことで何がそうではないことなのかの区別が、天津飯には未だ理解できていなかった。
    「はい、最後。七人目」
    「餃子。ギョウザ、と書いてチャオズ、だ。俺の弟弟子に当たる」
    “ブルマ”はチャオズね、と繰り返して何かを入力しているだけだったが、その時、“ヤムチャ”の表情に陰りがさした。
    「…なぁ、…天津飯。その、餃子って人は、もしかして色白で小柄で声が高かったりするか?」
    恐る恐る尋ねた“ヤムチャ”に、あっけらかんと天津飯は答えた。
    「あ?ああ。なんだ、ヤムチャは餃子のことを知っていたのか」
    「知っていたも何も…第二十二回天下一武道会のときに、俺はその人と戦っているんだ」
    えっ、と天津飯が尋ね返すよりも先に“ブルマ”があーっと叫ぶ。入力をしていた手も止めて、あれよ、あれ、と声を上げた。
    「思い出したわ。第二十二回殺人事件の子よね」
    「殺人事件?」
    その不穏な言葉に、反射的に天津飯は眉をひそめる。叫んたがゆえ喉が渇いたらしくストロベリーティーを煽る“ブルマ”の代わりに、“ヤムチャ”が天津飯に語り始めた。
    「予選の一回戦か二回戦だったと思うんだけど、その餃子って言う人が、戦った人を意識不明の重体に持ち込んでしまってね。その瞬間はまだ死んでいなかったから、彼は勝ち進んでベストエイトに残って…決勝の一回戦で、俺に勝ってさ。でも、ちょうどその時意識不明だった人が息を引き取って……天下一武道会では相手を殺してしまったら失格だから、そこで彼は失格になったんだ。更に彼は、それ以降の出場権も剥奪されている」
    天津飯は、その説明を胸が痛めつけられるような思いで聞いていた。なにしろ、第二十二回天下一武道会といえば、自分はもちろんその弟弟子も本気で殺し屋になることを志し、挙句決勝の武舞台では師匠に対戦相手の殺害を命ぜられた身であった、その時のことである。一歩間違っていれば、自分たち自身がそういった存在になっていたかもしれないと思うと、三つの目がそれぞれに巡って目眩を起こしそうにさえ思えた。
    「そうそう、あの子ね、話題になったわよねぇ。結局詳しいことは公にされなかったけど、あぁ、でも私ね、聞いたことあるわよ」
    ストロベリーティーの空になったカップを置いて、何かを思い出すように“ブルマ”は言った。
    「あの子、そう、餃子ね。なんかヤバい稼業やってるって噂があったわ。元々人を殺めて金を取るような仕事をしていて、あの時天下一武道会に出たのも最初から殺したい人がいたんじゃないか……って」
    いよいよもって天津飯はこめかみを抑えた。“ヤムチャ”は心配そうに覗き込む。あのまま、正常に歪んだまま育ってしまった弟弟子が目の前に立って笑っているような錯覚を覚えた。
    「あっ、ごめんなさいね、あたしたちの…こっちの世界の餃子は確かにそういう人だけど、きっと天津飯さんのところの餃子さんは違うんでしょ、だから気にしないで」
    今の天津飯にとっては頷くことでやっとだった。心配そうな“ヤムチャ”を他所に、“ブルマ”は途端に声の調子を明るくして言った。
    「でもまあ、何にせよその人有名人なのよ。特に、あたしくらいの…社長とかの階級になるとね。あたしはそういう裏社会だの何だのってのが嫌いなんだけど、今回ばっかりは好都合だわ」
    “ブルマ”は入力を終えたらしい機械を“ヤムチャ”に渡して、先程天津飯たちに見せてくれたモニターとはまた別のモニターに向かって座る。“ブルマ”が打ち込むキーボードの音が部屋に響いた。
    「多分、“餃子”……こっちの世界の彼とは連絡をつけられると思う。それから、“クリリン”もね。“あたし”と“ヤムチャ”は事実上ここに居るわけだから、『こっちの世界』のうち半分とはもうアポを確保したようなもんよ」
    ヤムチャ、そこに連絡お願いね、とブルマが言うやいなや“ヤムチャ”に渡された機械の画面にある住所が映し出された。天津飯も覗き込んでみるが、自分たちと同じ住所のシステムであれば山奥だろうということしか分からない。
    「久しぶりに会うことになるなぁ」
    「今すぐよ。クリリンには私から話をつけておくから」
    壁の四角い装置に“ブルマ”が触れた途端、がたりと壁が凹んで奥から数十着の上着が現れる。“ブルマ”はいかにも軽くあたたかそうなそれを一つ選んで、再びその装置に手をかざした。壁は元の壁となる。せわしなく動く“ブルマ”はひとまずソファーから立ち上がっただけの天津飯に顔を向けることもなく話し始めた。
    「天津飯さん。同一人物はね、違う世界に生まれていても、同じ―――なんて言えばいいかしらね…あなたは武道家だって言うし…そう―――『気』みたいなもの。それを持っているの。この同一の気が出会ったときに、大きなエネルギーを生む。これが平行世界への移動にとって一番効率が良くて安定した原動力なのよ、わかる?」
    「わか…った。おそらく」
    右手左手と袖を通した“ブルマ”は戸棚のようなものから幾つかのホイポイカプセルを取り出した。ようやく現れた見慣れた科学に、天津飯ははっとする。
    「まあ、要約すれば、あなたが教えてくれた七人、それからあなた自身。“こっちの世界”と『そっちの世界』の両方の同一メンバーが揃えば、確実に天津飯さんたちは『そっちの世界』に戻れるってわけ」
    天津飯は大きく頷く。
    「“こっちの世界”の、私とヤムチャを含めた八人の方が先に見つけやすいはずよ。戸籍なり住民票なり、あるでしょ。だから取り敢えずそっちから攻めるわ、味方は多い方がいい」
    “ブルマ”と“ヤムチャ”が社長室から出ていく。天津飯も慌てて後を追った。
    「味方になってくれるかどうか、分からないんですが」
    「そこはヤムチャ自身が努力なさいよ、あたしは意地でもクリリンを味方にしてやるわ」
    動く歩道の上、ロボットに見送られながら“ヤムチャ”と“ブルマ”が二言三言言葉を交わす。あっと声を上げて、“ブルマ”は振り向いて言った。
    「そうそう、天津飯さん。味方になってくれるかどうかに関して言えば、『そっちの世界』の人のほうが100%でしょう。だから見つけ次第確保していくのよ」
    ああ、と天津飯は頷いた。エレベーターに乗り込むのかと思ったが、前の二人が階段で上へゆくので天津飯もそれに続く。ピッピッと二重になった扉の双方のセンサーを解除すれば、とたんに視界が明るくなる。屋上だった。下から微かに見えた植物たちは予想よりずっと大きく、何にも遮られない太陽光をふんだんに受けて育っている。
    「天津飯さんはヤムチャに着いていって。武道家さんなら、まさか殺されやしないでしょ」
    「それは大丈夫だとは思うが」
    そう言って、天津飯は二、三度あたりを見回した。障害物など何もないところに立っているはずなのに、どの方位にも、誰の気も感じない。
    「なぜだ……?」
    悟空や悟飯なんかの大きな気なら離れていようが目立つし、今気を消す必要に迫られているとも思えない。首を傾げつつ、天津飯を招く“ヤムチャ”のもとへと歩いた。
    「乗れよ」
    「これに?飛んだほうが速くないか?」
    「飛ぶって……君、飛べるのか?」
    示すようにふわりと浮いてみせる天津飯を、はあと感嘆の声を上げて“ヤムチャ”は眺めた。
    「ううん……天津飯には悪いけど、俺、飛べないんだよ。それに、飛行艇だって悪くないぜ。スピードだって、どのメーカーのより速い」
    そう言って“ヤムチャ”が運転席に乗り込むので、仕方なく天津飯は後方の席に収まった。小さな機体だと思っていたが、いざ入ってみると中は広い。体躯の大きな天津飯でさえも足を伸ばせるほどだった。
    「じゃあね!頑張るのよー!」
    そう言って、パラグライダーに少し似た形の機体で“ブルマ”は飛び立った。見た目よりも随分とスピードの出たそれに、天津飯はしばし目を奪われる。
    「じゃあ、俺達も行くか…」
    「…乗り気じゃないのか?ヤムチャ」
    「いいや、俺も『そっちのヤムチャ』に興味はあるし、君たちの手助けをしたいとも思っている。乗り気じゃないわけじゃないんだ。ただ、ほら、俺たち今から殺し屋のもとへ行くんだぞ?」
    「心配するな」
    エンジンがかかったのか、機体全体が小さく震える。
    「まあ、そうか…君、『そっちの世界』じゃ餃子の兄弟子なんだもんな。……武道家って言ってたけど、まさか君も殺し屋だったりはしないよな?」
    「そんなわけがあるか」
    「だよな、ははっ」
    “ヤムチャ”は離陸準備と左右上空を確認する。天津飯は腕を組み、バックミラー越しに“ヤムチャ”に視線を送った。
    「俺は……この力を明るい道に使うと決めたんだ」
    途端、機体は遥か上空へと飛び立った。
    ◎◎◎◎◎

    「おじゃましました」
    「気をつけて帰るだぞ、また遊びに来てくんろ!」
    餃子は“チチ”に頭を下げて小さな家の扉をしめる。振り返ってみれば、月と太陽との間の空の下、ピッコロと“悟飯”が並んで座っていた。出ていくことがはばかられた餃子は、そっと気を消して、家の裏へと隠れる。ピッコロと“悟飯”は、言葉を交わす風でもなく、ただ、黙ってそこに座っていた。

    ピッコロはこの家に戻ってくる前、小高い丘の上へと飛び立っていた。そこからこの世界を見渡してみて、確信できることがあった。

    「この世界の空気は、気を伝えにくい性質を持っているらしい」

    小高い丘の上、ピッコロは一人そう呟いた。それより以前、餃子と遥か上空にいたときにも思ったことだが、この世界ではいくら気を探してみてもそれらしいものが見つからない。それどころか、近くにいるものでさえもよほど近くに寄らねば気を察知することが出来ないのだ。最初に出会ったのが餃子であったがゆえ、その気が小さすぎて感知できないものと思ったが、どうもそういうわけではないらしい。少し離れるともう見つからなくなるが、ある程度近くにいればその戦士としては小さな気を捕まえることができたのだ。さらに、どこから見渡してみても、何処かにいるはずの『自分たちの世界の』悟空の気がどこにも見つからないのが、何よりの証拠だった。
    「こいつは厄介だな、面倒な世界だ」
    ピッコロはひとりごちて、それから“悟飯”や“チチ”の住む家へと向かったのであった。

    帰ってきたピッコロを“悟飯”は言葉もなく迎え、ピッコロの座る隣へ座り込んだ。そうして、もう何分経つだろうか。空は、紺色にその身を染める。
    「あの、ピッコロさん。ピッコロさん、お父さんのお友達だったんですよね?」
    “悟飯”は徐に口を開いた。一瞬ピッコロはなんのことかと思ったが、白いチビ――餃子がそんな風に説明していたかもしれない、と思い、同意も反対もしなかった。
    「……お父さんは、世界中で悪い人って言われてるみたいなんです。でも、お母さんは、お父さんは素敵な人だよって言うんです。どっちが本当なんですか」
    ピッコロは答えない。“悟飯”は答えないことが答えであると分かっているかのように、続けた。
    「ピッコロさんたちは、なぜ今来たんですか?三年も経った、今」
    やはり、ピッコロは答えない。半分は、答えられない、というのが正解でもあるのだが。“悟飯”はやや間をおいて、それでもなお問う。
    「ピッコロさんたちは、どこから来たんですか?」
    一瞬、胸が揺さぶられた気がした。自分たちが異世界のものだと察しての発言か、それとも自分がナメック星人と察しての発言か。どれにせよ、答える義務はない、とピッコロは沈黙を貫く。
    真実を伝えることで不都合が生じるとは思えなかった。仮に不都合が生じたとしても―――例えば“悟飯”が『自分たちの世界の悟空』を自ら自身の父親のように感じてしまうとか―――それはピッコロにとってはまるで関係のないことであった。否、自分から見て異世界であれど“悟飯”は大切な弟子のような存在であり、関係がない、という訳にはいかない。ピッコロは、ただ、仮にそのことがいくら“悟飯”の胸を悲しみとして穿けど、この世界に生きる“悟飯”としての運命ならば、それを乗り越えることができるに違いない。そう確信していた。
    ただ、それとは別に、この明らかに武道や戦闘とは縁遠いところで生きている“悟飯”をこの一件に巻き込みたくないというピッコロの小さなエゴイズムがピッコロ自身の口をつぐませていたのだった。
    この世界には悟空がいない。“悟飯”のリアクションから考えてピッコロ自身も存在するか怪しい。悟空がいないということは、ラディッツが訪れることもない。したがって、ベジータやナッパも訪れなかったのであろうことは、このハイテクノロジーに安穏とした世界を見ていれば一目瞭然だった。それ以上の危機が無いのかといえばそうは断言できないものの、兎にも角にもこの“悟飯”の師たる存在は、“この世”にいないのだ。それならば、いっそ自分たちの知る悟飯が幼いときからそう望んでいるように、素直に自分の夢を追わせたほうがいいのではないか、と。ピッコロにしては随分甘い考え方なのだが、とかく悟飯のこととなるとこのナメック星人はやや判断基準がブレるものなのであった。

    「………俺たちはもう行く」
    「………はい。お気をつけて」
    ピッコロがそう言って立ち上がるので、“悟飯”も合わせて立ち上がる。家の裏に隠れていた餃子は、その様子を見てゆっくりとその姿を見せた。
    「餃子さんも、お気をつけて」
    「ありがとう、悟飯くんも元気で」
    餃子は小さく手を振り、またピッコロは“悟飯”を一瞥してから上空へと飛び立った。“悟飯”は夕闇に溶けていくその姿をいつまでも眺めていた。家から母親が出てきたことにも気づかないほど、夢中になって眺めていた。
    「悟飯ちゃん、もうすぐ冷えるだよ。お家に入るだ」
    「あっ……はい」
    そう言われて初めて、“悟飯”は母親の方を振り返った。戸から漏れた光で逆光になり、その表情は読めない。
    「今日はデザートもあるだぞ」
    「わあい」
    “悟飯”が家に入ってから、戸をばたりとしめる音が響く。“悟飯”は、ふとその母親の顔に陰りが見えたのを見逃さなかった。
    「……おかあさん?どうしたの?」
    「……悟飯ちゃん…」
    “チチ”は“悟飯”の両肩に手を置き、しゃがみ、目線を合わせた。“悟飯”は胸の奥がぐっと締め付けられるような感覚を知る。言葉が、出ない。“チチ”はゆっくりと口を開く。

    「悟飯ちゃん。今の子に、おっとうのこと話しただか」

    ◎◎◎◎◎

    すっかりあたりが夕闇に飲まれた、パオズ山からは随分離れた上空。ピッコロはある一点で静止し、静かに目を閉じている。餃子はそんなピッコロに何を尋ねることもなく、あまり離れないところから眼下の景色を楽しんでいた。電気的なきらめきが、街を覆っている。自分たちの世界の美しさとは違う、宝石箱のような夜景だと思った。
    「……ちっ!駄目か!!」
    ピッコロが苛立ち気味に叫んだことで餃子も慌ててそちらを向く。
    「ど、どうした」
    「……フン、お前はこの期に及んでも気づいていないようだがな……」
    そう言ってピッコロは再び黙る。何に、どういうこと、と聞こうと餃子が口を開こうとすれば、「黙っていろ」と制された。
    やむなく餃子は静かにピッコロを見つめる。ピッコロもまた餃子を睨みつけている、その瞬間だった。
    「…あ!今、ピッコロ…」
    「この距離でもこれだけ時間がかかるのか……望みは薄いな」
    そのとき餃子の脳内に、直接ピッコロの声が届いたのだ。所謂、テレパシーであった。しかしその大きさは、ごく小さいものであり、日常からテレパシーを使い慣れている餃子でさえ聞き取るのに苦労するほどである。ピッコロと餃子のその時の距離は、十メートルもないほどの、ごく短いものだった。
    「この距離で、これっぽっちしかテレパシーが通じんのだからな。気と言い、まるで役に立たん」
    そう言われて初めて、餃子は普段なら感じるピッコロの気をまるで感じていないことに気がついた。また、あたりを見回しても、気に相当するものは一つもない。一番送り慣れた兄弟子へのテレパシーを発してみても、どこかでつっかえるように遠くへゆかない。
    「……ほんとだ……」
    そう言って餃子は項垂れる。ピッコロのもとへ数メートル近づくと、途端にその気を感じた。
    「えっ?どういうこと…?」
    「……空気だろうな、原因は知らんがそういった類のものを伝えないようになっているんだろう」
    餃子の疑問の意を察して返したピッコロは、再び目を閉じた。こういうときのピッコロをあまりつついてはいけないことを、かつて界王星にいた餃子はよく知っていた。すいっとピッコロのそばを離れ、再び真下の景色を見ることに専念する。ブルマの言いつけ違反にならないであろう範囲で餃子は下降を始めた。餃子はナメック星人たるピッコロと違い、腹も減るし体も冷えるのだ。できればあまり高い所にいたくはない。
    きらきらと光る街を上空から見てみれば、光を反射して白く存在感を放つ高い建物はロウソクのようでもある。屋上らしきところには木々が見えるから、緑色の炎のロウソクだろうか、と餃子は考えた。さらに下降すれば、エアカーのハザードランプが目に痛いほど眩しい。大きなロウソク、あらため白い建物からそう遠くないところに、はるか上空たる餃子たちのいるところまで音が届くモニターがあった。
    「わあ、随分大きなテレビがあるんだなぁ」
    餃子がそう言った、その瞬間。
    「!」
    ひゅん、と大気を切り裂く勢いでピッコロが急降下した。ピッコロより随分下にいたはずの餃子を跳ね除けるくらいの勢いでどんどんと降りていく。餃子は一瞬何が起きたのかわからずぽかんと口を開けていたが、『テレパシーも気も使えない』という先程の会話を思い出してか大慌てでその後を追った。

    「あ、危うく見失うところだった…」
    そう言って息を切らす餃子が近寄るが、ピッコロはまるで気にもとめない。そのピッコロの顔は、大型テレビジョンに照らされて色とりどりに変化する。
    「なにを…そんなに?」
    ピッコロの返事は期待せず、餃子もまたテレビジョンを見上げた。
    『…午後のニュースです。本日午後四時半、エアカー同士の衝突事故がありました……』
    自分たちの世界とさほど変わらないようなニュースが放送されている。気だるげなアナウンサーは、淡々と今日の出来事を待ちゆく人に知らせていた。餃子はちらりと斜め上を見てみるものの、ピッコロの視線は画面から離れない。餃子は首が痛むことを懸念して浮かび上がる。
    『…それではエンタメニュースです。本日午後三時から放送された番組が、お昼の放送としてはテレビ史上最高視聴率を記録しました』
    ピッコロは何を思ってこの画面の前に降り立ったのか。餃子にはその理由がまるで分からないまま、それでも画面を見つめることしかできない。腹の虫が小さく鳴く。自分も水だけで生活できたらいいのにとため息をついた。しかし、次の瞬間画面に出されたテロップには、餃子はもちろん、ピッコロさえも目を奪われることとなる。

    『地球のスター クリリン 三周年記念出演
    最高視聴率記録 テレビ界でもスターの輝き』

    ◎◎◎◎◎
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