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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    #共通お題短文チャレンジ
    【L3】
    次五、まったり、昼間、2000文字程度、です。

    ##L3

    流る柳よ舟を漕げ太陽の光は高く、天窓からさんさんと降り注ぐ。
    その眩しさに昼寝から目を覚まして、深く被っていた帽子が脱げ落ちていたことに気づいた。
    「くぁ」
    大欠伸をして体を伸ばす。革靴の脚を組み替える。革張りのソファがわずかに悲鳴を上げた。アジトの中で礼儀など気にしない、気にする必要もない。もっとも、外で気にするかと言われれば、泥棒やってますのでお察しくださいよ、という所だ。

    「目を覚ましたか」
    「ン」
     声のする方に顔を向けた。部屋の隅、陽の光から逃げるような所に五ヱ門が座っていた。刀の手入れをしていたのか、気配も息の音も、或いは心音さえも聞き逃していた。
    「刀とのお喋りは終わったか」
    俺が尋ねると、五ヱ門は少し目を細めてから、す、と頷いた。その首の動きさえも、振り下ろされる刀を思わせる静かなもの。

    「寒くないか。こっち来いよ」
    俺は日陰に居る五ヱ門を手で招く。どのみち外ではどちらも日陰者なのだから、アジトの中でくらい、日向にいたってバチは当たらない。
    「日陰者の我々が日向へ、か。皮肉な造りの部屋だな」
    五ヱ門も同じことを思ったらしく、しかし笑いながらも腰を上げた。そのアイロニーが、我らがIQ300の見透す内なのか外なのかは、誰にも分からない。

    五ヱ門は、俺の座っているソファの隣に腰掛けた。その距離、俺の帽子一つ分。
    僅かに体温を感じた気がして、重症だと思った。

    「こう暖かいと、お前さんも眠くなってこないか」
    問うと、五ヱ門は頷きこそせず、ふっと微笑んだ。
    「窓の外はなかなかに空気が冷えているらしいぞ。春眠暁を覚えず、ならぬ、冬眠暁を覚えず、だな」
    「なんだそりゃ。眠ったきり目覚めねぇたぁ、物騒だな」
    五ヱ門の思いがけない冗談に笑いが込み上げた。まるでフランダースの犬のような五言絶句。俺の返しがなにやら五ヱ門としてもツボにはまるところがあったのか、喉の奥でくつくつと笑っていた。

    しばし、無言の時間。

    きらきらと宙に舞う光を目で追う。空気中のちりと知らなければ、少しは幻想的だろうか。
    窓から差す光はほんの少し赤みを帯びて、部屋の中を一筋照らす。

    ふ、と隣の空気の揺らぎを感じた。
    そっと見やれば、五ヱ門の瞼が僅かに落ちている。肩と胸が規則正しく上下して、あと一歩背中を押せば夢の世界に落ちそうな姿。
    「眠いか」
    ふと聞いた、それがかえって五ヱ門の目を覚ましたらしい。わかりやすく目を見開くと、ぷるるっと水に濡れた犬が如く頭を小刻みに揺らした。
    「眠くはない」
    俺は思わず吹き出した。嘘を覚えたての幼子のような強がり。これを愛おしいと思えてしまうあたり、手遅れなのかもしれない。

    しばらく見つめていると、また、うつら、と五ヱ門は船を漕ぎだした。
    さらり、さらり、と揺れるのは水面ではなく五ヱ門の黒髪だ。

    俺は五ヱ門の髪に手を伸ばした。
    それは無意識だった。
    川の流れに棹さして、ほんの僅かそれを乱したくなった。単なる脊髄の思いつきに過ぎない。

    夢うつらだった五ヱ門はかっと目を開いて、瞬間的に身を強張らせる。が、触れているのが俺と気付いてすぐに力を抜く。心の奥がほんの少し擽ったくなる。
    互いに無言の空間の中で、僅か、ささくれた指に流れを乱された髪がさらりと音を立てる。

    五ヱ門の髪は、然程念入りな手入れをしていない割には、質のいい部類に入る、と思う。触れた髪は、指の間を流水のように落ちた。
    いつか綺麗な白髪になったら、さながらシルクのようになるのだろう。

    「お前さんよ、前世が蚕だったってことはねぇだろうな」
    「蚕」
    何も考えずに発した言葉に、五ヱ門は律儀に考え込む。
    ふむ、と顎に手を当てて考えてから、俺の目をその視線で射抜いた。
    「………あながち、間違っておやぬやもしれん」
    「…ほー」
    思いがけない返答に、俺は首を前に突き出す。
    「あれもまた、生きながら煮え湯に落とされる家系であろう。そういう意味では、石川の血と似通ったところはあると言える」
    俺はゆっくりと口を開いた。これは感嘆のため息だ。
    「お前さん、謎掛けの才能もあったのか」
    「それは買いかぶり過ぎだぞ、次元」
    五ヱ門は少し困ったように笑った。努力の結果秀でたことを褒められると素直に受け取るが、努力をせずに褒められることにはあまり免疫がない。それがこの十三代目石川五ヱ門なのだ。
    「はは、買いかぶっちゃねぇよ」
    俺は幼子を宥めるように五ヱ門の頭を撫でる。少し西日に傾いた赤い光が窓から差して、五ヱ門の頭に赤い天使の輪を作る。鮮血の天使。言い得て妙だと思った。
    「月夜なら、銀色だな」
    条件反射的に呟いた。それを見たいと思った。しかし、当然ながら意味が分からない五ヱ門は俺の手から逃れない範囲で首を傾げる。
    「ん……?何の話だ」
    「こっちの話さ」
    俺の内々の話。という口ぶりで、五ヱ門の頭をこつっと小突いてやる。
    「……つまり、どちらの話だ」
    少しむすっとした五ヱ門の顔付きに何度目かの笑いを零しつつ、俺は再び五ヱ門の毛先を擽った。
    ほんの少し眉間の筋肉を動かしたきり、五ヱ門も何も言わない。
    まだしばらくこの時間が続けば、終いには五ヱ門は銀色の天使になるだろう。それまでこの温度が続けばいいと、柄にもなく思った。
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