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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【街】リアル街期間1日目!やったぜ!
    群像劇型ノベルゲームの好きなところを詰めたSSです メインはバドエンナンバー5(正志)
    二次創作ではありますがお祝いものなのでパス無しです

    ##街

    after No.5篠田正志は金曜日だった。

    否、だった、というのは正確ではない。
    何故なら、一度たりとも、『篠田正志』は『金曜日』たり得ず終いだったからである。

    「うーん」
    篠田正志は、ふらふらと散歩をしながら思考を巡らせていた。その内容は言うまでもない。ヨツビシへの就職を辞めようと思ったこと。それを、家族にどう説明するか、ということである。
    (流石に、父さんの会社が殺人会社だから、何て言うわけにいかないもんなぁ)
    「思い切って、なにか別の仕事に目覚めたということにしてしまおうかな」
    正志は呟く。
    うーん、うーんと唸りながら、あてもなく歩く。

    途端、横から出てきた人の波に呑まれた。
    「わッと」
    正志はそれを避けると、波の出所を見る。映画館だった。
    「なンか、終わったとこなのかな」
    出てきた人たちは、一様に満足げな表情を浮かべている。人並みにミーハーなところのある正志の心が、動いた。
    「オレも、見てみようかな」
    良い時間つぶしになる、くらいのつもりで、上演中のポスターを見る。どうやら、今演っているのは、恋愛ものらしい。
    「ちょうどいいや」
    美女に手を握ってもらって、お喋りもして、恋愛映画も見て。帰ったら部屋のカレンダーにハートマークを書きたくなるくらい、いい日になりそうだ。

    正志はルンタルンタと足取り軽く映画館の入口に向かう。
    「わッ!と」
    すると、先程よりも強い力で正面から押しのけられた。見やると、ぶつかったのは太めの女だった。彼女もまたうっとりとした満足げな表情をしていて、正志のことなど視界にも入っていないようだった。
    「あてて…」
    ぶつかった場所を気にするものの、その程度で文句をつけるほど短気でもない。正志は大人しく肩をさすりながら、女の方を見た。カップルで映画を見に来たらしく、男の腕を取っている。

    「素晴らしい映画だった……。おれは今、人生の意味を知ったよ」
    途端、男は満ち足りた表情でそう言った。彼もまた自分の世界に入っているようで、正志が見ていることなど気にも留めない。
    それどころか、往来のど真ん中で二人ひしと抱き合った。
    「わァ」
    正志は、思わず声を漏らす。渋谷という土地柄、そこここでお熱いカップルを見ることはある。が、傍目には目の前の二人が『そういうことをしそうな』風貌をしていたかったため、油断していたのだ。これが、例えば緑山学園高校で一軍を張る男や女のカップルだったら、正志も『はいはい』と思っていたことだろう。

    「ようちゃん」
    女が声に出す。多分彼氏の方の名前だ、と正志は判断した。『ようちゃん』と思しき男は、女をぎゅうと抱きしめると、やけにはっきりと通る声で宣言した。
    「それは、人を、愛することだ!」
    「おおっ」
    正志はまたも声を漏らす。『ようちゃん』は、殊の外詩人だったらしい。人生の意味とは、人を愛すること───そう、渋谷の真ん中で叫んだのだ。

    二人はしばらくうっとりと抱き合ったあと、
    「結婚しよう、美子」
    「嬉しい、ようちゃん!」
    と言って、手を取りどこへやら走り出した。チャペルか、ハネムーンのための旅行会社か、渋谷区役所かは分からない。が、軽い足取りの二人はあっという間に人混みに消えてしまった。
    正志は、しばらく二人の後ろ姿を見送っていた。

    「いいなぁ、あんなポエム」
    二人の愛に当てられた正志は、酔ったようにふらふらと上機嫌に歩いていた。センター街の店という店を横目に見ながら、ふらふら、ふらふらと歩き回る。その間、正志の頭の中には、男の叫びが染み付いていた。
    人生の意味とは、人を愛すること───
    人を愛すること、それが人生の意味───
    その時、ふとある店舗が目についた。
    「……ギター」
    途端、正志の脳裏に一筋のひらめきが浮かんだ。




    3ヶ月後。
    篠田正志は、金曜日だった。

    ─────というのは芸名だ。渋谷駅からほど近い路上のアチラコチラで路上ライブに勤しむ、歌手の卵になっていた。
    作詞の才能はイマイチで、最初の2ヶ月は泣かず飛ばずだった。しかし、どうやら、正志には作曲の方の才能があったらしい。特に即興性に強みを見出した正志は、『その場でテーマをもらってインスト音楽を作る』という一芸に活路を見出した。今では、それなりにファンも付きつつある。まだまだメジャーデビューには程遠いが、近いうちにハコを借りたライブも企画しているくらいだ。

    大盛況の路上ライブの後、正志は心地よい疲労感に身を任せながら家路を歩いていた。途中で、タワーレコードの前を通る。最近よく耳にする、イケメン大型新人のデビュー曲がかかっていた。正志は足を止めた。
    「恋のビーチサンダルだ」
    正志は呟く。正志にはきざったらしい歌い方としか思えないのだが、どうも女性ウケは良いらしい。ちょっぴり、正直、かなり、非常に、羨ましかった。
    「…よーし!頑張ってメジャーデビュー目指すぞー!」
    正志は鼻息荒く、夜の渋谷の街に宣言した。





    なお、彼のメジャーデビューが、木嵐袋郎の手によって歴史に名を残すものになるのは、まだ先の話である。


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