3センチ上から花の金曜日。
今日飲み会だから、と意気揚々と出掛けた清春が帰宅したのは日付変更線をちょっと越えた頃。
「お帰りなさい。」
口調に刺はない、と思う。
少なくとも平常心を保てている、と思う。
「ただいま・・・。」
と言った清春の声はか細く小さい。
夜であることを考慮したわけではないんだろう。
申し訳無いとか、面目無いとか、なのに言いたいことが物凄くありますという自己主張が滲み出ている、感情が難解に絡まった複雑な表情。
「新しい彼女?」
「ち、」
ち、何だろう。
清春が口をパクパクと動かすからてっきり何か否定が出てくるかと思いきや黙ってしまった。
清春が背中におぶっているのは女だ。
清春の肩から短くはない黒髪がだらりと落ちていている。
夜道ですれ違ったら悲鳴の一つは上がりそうなホラーっぷり。
肩が小さく上下しているところを見ると生きた人間のようだ。
・・・どうしよう、俺殺しちゃった。
なんて言われるよりかはマシか。
うん、マシだ。
いやでも例えそんな事になっても見捨てたりはしないけど。
はぁ、とため息をついたのは現実逃避の自分の思考回路に対してだったが、わざとらしい非難と取られたかもしれない。
清春はごめん、とここで初めて謝罪を口にした。
「・・・俺の部屋、使う?」
この人どうするつもりで持って帰ってきたんだろう、床に寝かすなんて事出来やしないくせに。
「いや、それは悪いやん。」
「まさか清春の部屋のベッド使うつもり。」
流石にこればかりは刺々しい声になっても仕方ない。
清春の部屋のベッドはシングルではなく二人で寝られるダブルベッド。
頻繁ではないが小太郎もそこで寝ることがある。
それを考えれば小太郎の部屋のシングルベッドに寝かせた方がまだましだ。
「ソファじゃ駄目かなぁ・・・」
困った小声で清春が呟いたのに小太郎は心底驚き思わず、え、と洩らしてしまった。
まさかあの六花清春が。
他人に対して紳士なんだか偽善なんだか区別が付かない謎の情を見せる清春が。
女を寝かすのにソファを使うとか。
「やっぱ女の子をソファで寝かすのは駄目かぁ・・・。」
小太郎の驚きを違う意味で捉えたらしい清春はだんだんと疲れた表情になってきた。
人ひとりの体重を背負ったまま玄関先で問答をしてる場合ではなかった。
冷静に対処してるつもりだったがどうやら想像以上に動揺していたらしい。
「ソファでいいですよ。」
言うが早いか小太郎は女の足元にしゃがみ靴を脱がせてから玄関から続く廊下を抜けリビングのドアを開ける。
清春は小太郎の背を追ってリビングに入り二人掛けのソファへ慎重に女を下ろした。
あーしんどかった、と腹から声を出して地べたに尻餅をつく清春にお疲れ様、と言ってしまった。
何で労わなくちゃいけないんだ。
「言い訳聞いた方が良いですか?」
これ以上ない程の譲歩に清春が立ち上がって小太郎の腕をとり、お前の部屋行きたいと耳打ちされる。
小太郎の返答など聞かずに廊下へ逆戻りして玄関側の小太郎の部屋の扉を開けた。
入るなり扉に押し付けられるように抱き締められる。
「酒くさい。あと煙草くさい。」
ぎゅうぎゅうと圧迫されながらとりあえず不快であることを主張しても清春はごめんと言うだけでそれ以上何も言わない。
「清春、俺は言い訳があるなら聞くって言ったの。抱き締めてなぁなぁにするつもりなら離して、寝たいんで。」
「ある。めちゃくちゃある。山のようにある。」
「ちゃんと聞きますから離してください。」
抱き締められるのは嫌いではないが、酒と煙草とついでにニンニクの臭いは苦手だ。
「先に言っておきたいんだけど、」
「はい。」
「彼女じゃないし俺が好きなのは小太郎だし小太郎以外の誰かとそういう事絶対ないし。」
「分かってる・・・、意地の悪い事言ってごめん。」
「お前が謝ることじゃないわ。」
耳から直接吹き込まれるようにぼそぼそと響く駄々っ子のような声。
耳弱い事知ってるくせに。
わざとかよ。
舌打ちの一つも付きたくなる。
「その、酒弱い子で、回りに飲まされちゃって、それで、その、押し付けられたっつーか。」
「押し付けられた。」
その言い方も何だか清春には珍しい。
少々の悪意が感じられる言い回し。
思わず小太郎も鸚鵡返しで呟いてしまった。
「彼女には悪いけど・・・そんな感じ・・・」
タクシーは捕まらず、女友達の家は皆駅から遠くおぶって帰るなど出来ず、そもそも電車に乗ることすら困難だ。
徒歩圏内だったのはここだけで、その流れで清春んちは?と聞かれたが「流石に男の家はまずいだろ。同居人も男だし。」と断った。
けれども。
「大丈夫、清春が恋人にぞっこんなのは周知の事だし、間違いなんて絶対起こらないって謎の太鼓判押されちゃって・・・」
「・・・はい?」
「すげぇ反省してる。本当ごめん。」
「いえ、あの、清春、待って。」
何かさっき不穏な言葉を聞いた。
「ぞっこんて何。」
「・・・。」
「答えてください、・・・ちょっと、この距離で聞こえないわけないでしょ。」
あーとかうーとか聞こえてきて、渋々といった様子で清春が話始める。
「恋人がいるって言って・・・」
「はい。」
「大阪にいて、遠距離って嘘ついてる。ごめん。」
「そこは謝らなくていいです。」
むしろ清春にしては機転のきいた嘘だと感心する。
そんな嘘で小太郎が傷つくと思ってる辺り本当に夢見がちだ。
この程度で一々傷ついてたら一緒に暮らすのなんてとても無理だというのに。
「で?」
「でって・・・そんなけだけど・・・」
「ぞっこんて何ですか。」
同じフレーズを繰り返すと、少し首を捻った。
「聞かれたら答えるくらいしてたけど・・・そんなに頻繁にお前のこと話したりしてない。と、思う。」
じゃ何でぞっこんなんて言われてんだよ。
絶対何か言ったんだろ。
新たな疑問が生まれたがそれはひとまず置いておくとして、こういう事になった経緯は分かった。
結局清春のチョロ、もとい人の良さが仇となったパターン。
小太郎は清春の背中をポンポンと叩いた。
「もーいー、分かった。怒ってないから。」
「うん。」
「離して。」
「うん。」
「清春?離して。」
「・・・本当に怒ってない?」
酔っ払いめんどくせー。
この人滅多に酔わないのに酔うとこんなに面倒臭くなんのか。
一緒に飲んでも酔っぱらった素振りすら見せなかったのに、今までの素面っぷりはなんだったんだ。
「怒ってないです。」
「・・・怒られないのも、結構しんどい。」
あああくっそ殴りたい。
「怒ってるけど!許すって言ってんの!!」
つい声を荒げてしまった。
隣人に怒られたら清春に謝らせに行かそう、俺は悪くない、絶対。
責任転嫁をしながら強めに背中を叩くと耳元で瀬見が息を吐くように笑った。
こた、と柔らかく吐息混じりに囁かれ、耳に柔らかい感触。
・・・唇だ。
「ッちょ、っと・・・清春、」
唇で耳を軽くくわえられた。
背中に手を回してるせいで体を押し返せない、着てる服を掴んだところで抵抗力などたかが知れてる。
完全に調子に乗った清春は耳の形をゆっくりと舌でなぞりそのまま中に進入させた。
耳の中に直接響く水音と艶かしい感触に背骨から電流のような快感が上がってきて足が崩れ落ちそうになる。
「さっき女背負って帰ってきたくせに!」
口にしてみると随分女々しく聞こえるが小太郎が怒っているのは女との関係の非難ではなく、もっと根本的な不文律を乱された事に対してだ。
男同士なら女を、女同士なら男を部屋に持ち込まない。
それが円滑なルームシェアをするための最低限の決め事だろう。
それは小太郎と清春が一つのベッドに寝るような関係であることを差し引いたとしても、だ。
「うん、ごめん。」
口では謝ってみせるくせに清春の手は遠慮なく小太郎のスウェットの下へ潜り込み素肌の背中をゆっくりと撫で、薄くついた筋肉の形をじっくりと確かめている。
「やめ・・・、」
ぞわぞわとした感覚が熱を煽って制止する声すらまともに出せない。
本当に最悪で最低だ。
ここからリビングまで廊下や風呂、トイレを挟んでいるとはいえ声が全く届かない距離ではない。
所詮安普請のアパートだ、寝ているとはいえ他人が家にいる状況で一体何をどこまでするつもりなんだこの男は。
ばれるかも、見られるかもなんて緊張感のある空間に興奮するなんて下らないAVの見すぎだろ。
やんわりと背中を撫でていた手は背骨の一つ一つを指の腹で数え時折カリカリと爪を立てる。
耳を散々なぶっていた唇は首筋に吸い付いてちゅ、ちゅと音をたてた。
「本当に止めて、清春!」
流石に大声は出せない、上擦る声で静止を懇願しても清春の手は更に下がり腰骨の形をなぞる。
と、同時に彼の足が小太郎の足の間を割り、下半身を太股で押し撫でた。
「ッあ!」
布越しに弱い箇所を愛撫するように、清春が太股を動かす。
逃げるようにつま先立ちになろうとしても体に力が入らずに余計清春の足に体重をかけてしまう。
「や・・・、あ、あ、」
「気持ちい?」
清春が耳元で聞いてくる、答えなんて期待してないただの煽り。
いい加減にしやがれこのクソ野郎、なんて内心で汚なく罵るのに口から出てくるのは、
「や、やだ、やだぁ・・・ッ!」
というぐずぐずな恥態っぷり。
ちょっと流されるの早くないか。
もう少し頑張れよ理性、いやでも清春に触られるのって何日ぶりだっけ?
「ッア、あ・・・ん・・・」
脳内が要らぬカウントを始める、考えるんじゃなかった、結構久し振りだ。
先に忙しくなったのは小太郎でそれが落ち着いた辺りで、今度は清春が忙しくなってその打ち上げが今日。
二週間ぶりくらい?いやもっと。
「あ、あ・・・きよ、、」
考えるんじゃなかった、本当に考えるんじゃなかった。
同時に最後に抱かれた記憶を引っ張り出してきて与えられた強烈な快感を体が欲する。
簡単に熱が上がってきて押し返すはずの手は清春の肩甲骨にすがり付き、下肢を太股に擦り付けるように腰を揺らしてしまう。
ふ、と笑う気配がして清春がスウェットの中から手を抜いた。
散々快感を引きずり出した背中を布越しに抱き締めてくる。
「ベッド行く?」
このタイミング。
本当にずるい。
上がった息を整えたくて吐き出した息が嫌になるくらい熱い。
小太郎は唇を噛んで頷いた。
否、頷く瞬間だった。
ゴン、という鈍い音と、いだっという女の声がリビングから聞こえてきて、え、と清春が発した声に小太郎が我に返った。
***
無機質な電子音に朝を知らされて小太郎はのっそりとベッドから身を起こした。
朝だ。
あぁ朝だ。
ひかれたカーテンからは光が漏れている。
少しぼんやりしていたらスヌーズ機能で再び電子音が小太郎を急き立てる。
それをタップして消してから両手を頭上に伸ばして軽いストレッチをする。
息を吐き出しようやくベッドからおりた。
服を着替え洗面所へ向かい歯と顔を洗ってからリビングへ。
ソファにはちゃんと女が寝ていてあぁ夢じゃなかったんだな、と少し憂鬱な気分になった。
今だ眠る彼女を起こしては悪いかと思うが、正直なところさっさと帰ってもらいたい。
申し訳ないと思う気持ちがなくも無い。
いや、無い。
小太郎は遠慮なく昨日洗った食器を布巾で水気を取りながら食器棚へ仕舞った。
皿が立てる硬質な音でソファに眠る女が体を起こし、小太郎を見るなりえっと声を上げた。
「ここ、六花の家です。」
「え、六花?」
「・・・ご友人ですよね?六花清春。」
「あ、うん。」
良かった、まさか友人ですらない女を持って帰ってきたのかと疑ってしまった。
「ってことは、君がフタバコタロウ君?」
はい?
「そうですけど・・・。」
片仮名な発音に思わず訝しげな表情になってしまう。
なんでフルネーム。
いや、そもそも。
「何で知ってるんですか、僕の名前。」
「六花君が良く話してるから。」
「・・・へぇ。」
どうせろくな話ではないんだろうけど。
ふと、小太郎は考えてから、
「洗面所案内します。」
と、彼女を洗面所に案内した。
「有難う。」
「二日酔いとかは?」
「大丈夫。」
「朝ごはん食べますか?パンじゃなくて白米ですけど。」
「いいの?有難う。」
まだ少し寝ぼけた顔の彼女を洗面所において、再びキッチンへ戻った小太郎は昨日の残りの味噌汁を火にかけ、電気ケトルに適当な水を注ぎ電源を入れた。
さっぱりと顔を洗った彼女が戻ってきたところでおひつからご飯をよそいレンジに入れ、沸騰した味噌汁を器についだ。
冷蔵庫から漬物、肉味噌や青のり等のご飯のお供を机の上に並べ、飲み物はコーヒーでいいかと聞き了承を得てからインスタントの粉をマグカップに入れた。
簡単な朝食をダイニングテーブルに並べ、彼女を普段小太郎が座る席に座らせた。
・・・些細な事とはいえ、我ながらこういうとこ本当に幼稚だ。
独占欲を拗らせてるとつくづく思う。
「凄いね。」
コンビニで貰った割り箸を彼女の前に置き、小太郎の席に座る。
「何がですか?」
「きちんと生活してる感じ。」
「・・・高校のとき厳しくて」
変な勘繰りを避けたくて二人暮らしであることを他人から何か言われる度にそう返していた。
「そっかー。」
大体の人間はそれで納得してくれる。
彼女も例に外れず。
頂きます、と手を合わせた。
「でも飲み物がコーヒーなのは、男子って感じ。」
「慣れると普通ですけどね。」
「慣れかぁ。」
ご飯を食べ、味噌汁を飲む、いつもと変わらない動作を知らない人間としてるのが不思議だ。
「頭、大丈夫ですか?昨日の。」
「あー、うん、石頭だから平気。それより色々お世話になっちゃってごめんなさい。」
小太郎は一口味噌汁を飲み、静かに碗を置く。
「意識が無かったから仕方ないとしても男二人の家で一晩過ごすというのはあまり感心出来ませんし、六花さんとは女性を絶対に家に入れないって最初に約束してありますので、」
そもそも酒飲んで寝入るのもどうかと思う。
自衛意識が余りにも低い。
それは小太郎が指摘する所ではないので言ったりしないが。
「もし、今後同じことが起こったらルームシェアは解消せざるを得ません。僕は約束を反古にされて簡単に許すほどプライドの低い人間じゃないんで。」
言い過ぎかな、とも思うが六花の同居人は面倒くさいと思われた方が今後の面倒事が回避できる。
男であっても入り浸られたくない。
清春の友人でも小太郎にとってはただの他人だ。
どうせもう会うこともないだろうし。
「うん、分かった。二度は無いようにします。」
彼女は真面目な顔で頷いた。
それから、
「六花君から聞いてた通り、凄いはっきり言うね。」
何故か感心された。
「可愛いげないとか言ってたんでしょう?その通りですよ。」
「可愛くないとは言ってたけど、見た目は可愛いとか言ってたよ。」
なんつー余計な事を。
「それは清春の主観によるとしか。」
「フタバ君は可愛いより綺麗って感じ。そういえばフタバ君は六花君の彼女さん見たことある?」
「いえ、無いです。」
「そうなんだ、高校の後輩って言ってたけど、やっぱり美人さんなんかな。」
「・・・さぁ、その手の話はしませんから。遠距離の彼女の事、清春は何て言ってるんですか?」
清春の彼女についてどう切り出そうか、何て聞こうか考えていたが先方から振られた話題に思わず食い付く。
ぞっこん、という言葉がひっかかって仕方がない。
絶対何か言ってると思うのに本人が言ってるという自覚がないのは恐ろしい。
「何も。」
「え、何も?」
「聞いても教えてくれないもん、写真も見せてくれないし。」
「じゃ何でぞっこんなんて言われてるんですか?」
思わずストレートに聞くと彼女は小首を傾げ、ぞっこんと小さく呟いた。
「貴方がここに来たのは、清春が彼女にぞっこんだから間違いなんか起こらないだろうっていう理由です。」
「あぁ、それは告白断りまくってるから。」
「断りまくってる・・・。」
「彼女いるからじゃなくて、彼女の事が好きだから付き合えないって断られるんだって。有名なんだよ。」
「有名なんですか。」
「可愛い子も綺麗な子もばっさり振っちゃうから、彼女にぞっこんなんだねーって皆言ってる。本人もそうだって否定しないし。」
「へぇ。」
へぇ、そうなんですか、へぇ。
へえ。そうですか。
特に反応が返せなくて手持ち無沙汰に温くなったコーヒーを飲む。
「でも彼女の話よりフタバ君の話の方が多いよ。」
飲んだコーヒーを噴き出すかと思った。
「はい?」
「可愛くないんだよ~って言いながら何かデレデレしてるし、フタバ君手作りのお弁当を凄い美味しそうに食べてたり、遊びに誘ってもフタバ君と約束あるからって断られたり、借りたDVD一緒に見るって長引いた講義後猛ダッシュで帰ってったり、後は、」
「いえ、もういいです。」
頭を抱えた。
何やってんだあの人。
「だから、シェア解消なんて事になったらきっと六花君干からびちゃうと思う。もう二度と女がこの家の敷居を跨がないように回りにも徹底的に周知しとくね。」
「・・・有難うございます。」
助かります、と声が小さくなる。
干からびちゃうってなんだろう。
「でも六花君デレデレになっちゃうの分かるなぁ、朝からキチンとしたご飯が食べれるのっていいね。」
「高校の時に培った生活能力の賜物です。」
電気代を浮かすために買ったおひつだとか、綺麗に一式揃えられた食器類だとか、節約のために作るお弁当だとか。
お互いの生活に干渉しすぎな関係に彼女はどういう感想を持つんだろう。
少し怖い。
小太郎の心配を余所に彼女はやはり温くなったコーヒーを飲む。
マグカップを机に置いて、ごちそうさま、と手を合わせた。
「朝ごはんまでご馳走になっちゃって、本当に有難うございました。お世話になりました。」
席を立ってバックを手にとり、じゃあお暇します、と頭を下げる。
「清春起こしてきましょうか。」
「いやいいよ、お疲れだろうし。私をおぶって運んでくれたんでしょ?」
私かなり重いんだよね~と言いながら、玄関へ向かう。
その後ろでゆっくりと部屋の扉が開く音。
「あー、おはよ・・・」
掠れたような寝起きの声に振り向いた彼女は目を見開いて心底驚いた顔をした。
「六花君ほっぺたどうしたの!?」
「あー、うん。」
「真っ赤だよ!?」
「うん、そーね・・・」
「本当ですね、暴漢にでも襲われたの。」
小太郎が言うと、お前が言うかという非難と俺も悪かったけどという反省が入り交じった表情。
「うん、まぁ、何かそんな感じ。」
「えぇ!?そうなの!?」
「いや違うけど。」
「どっちなんですか。」
呆れた声の小太郎に清春が苦虫を噛み潰したような表情をした。
「えと、そんなわけで、ちょっと駅までは送っていけないんだけど。」
「いいよいいよ!そこまでお世話になれないし!お大事にね。」
彼女は手を降って玄関を後にした。
パタンと閉じられたドア、清春だけが気まずい静寂が取り残される。
「えーっと、」
居心地悪そうな声の清春を、小太郎は横目でちらと見る。
見事に頬が腫れてしまっていた。
「二日酔いは?」
「無いです。」
「朝ごはんは?」
「食べます。」
「顔、洗ってきて。」
平手だったのは恩情だと思って欲しい、と言いつつ流されそうになった自分も否定できない。
手を伸ばしてその頬に触れると、清春がびくっと体を震わせた。
「痛い?」
「結構。お前力あんのな。」
「女の平手じゃなくてすみませんねー。」
可愛くないなぁと自分でも思う。
清春も可愛くないと言いたげな顔をした。
「今日と明日と家の外出れなくなった。」
清春がむっとした表情のまま言う。
頬に添えられている小太郎の手の上から自らの手を重ねた。
「だから昨日の続きしていい?」
「・・・懲りないね。」
うん、と頷いて小太郎の手をとり手首に唇を寄せる。
「ちゃんと反省してよ・・・。」
「もし次押し付けられそうになったら何がなんでもタクシー呼ぶ。」
「次やったらシェア解消する。」
「分かってる。お前が有言実行なのもちゃんと分かってるから。」
清春が片方の手を伸ばして小太郎の頬を撫でる。
と、小太郎は清春の両手を払った。
「とりあえず顔洗って、朝ごはん食べてください。」
「……はーい」
両手を振り払った後、僕が清春の唇を奪ったのに心底驚いた顔をするのがどうにも面白くて、
僕はもうなんでも許せそうな気がした。
end
このお話は私が一番好きなお話です。自信作、というやつです。((
閲覧ありがとうございました!!