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    小説をポイポイしまくります
    主にこたきよ,傭占しか勝たん人間です

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    こたきよ🔞

    恋の天秤⚠️BLのお話ですが設定として、双葉さんに彼女がいます。彼女さんは出てこないので御安心を!!!!

    ---------本編--------




    9bicハウスには「なんでも部屋」と呼ばれる部屋がある。

    本来はそのような安直な名前ではない。

    正式名はスタッフ用宿直室という。

    宿泊の為に利用されることは滅多にない。

    個人的な相談、またライブのミーティングにも利用される。



    ----------------



    小太郎が自室のある三階から、わざわざ一階まで下りたのは、自販機は玄関前のロビーにしかないからだ。

    寝苦しく、冷えた物でも飲もうかと部屋を出た。

    廊下は消灯され、非常灯の灯りだけがぼんやりと光っている。


    そんな時間に、なんでも部屋の扉が開いていた。

    小太郎は足を止めた。



    目を凝らすと、二人分の人影。

    一人は振り付け担当してもらったことのある男のダンスの先生で、もう一人は、小太郎のよく知る人だった。


    叱られていたようにはあまり見えない。

    なんでも部屋の扉が閉まると、廊下はまた暗くなる。

    施錠の音。

    薄闇の中で男の声が響く。



    「見つからないように帰りなさいよ」

    「はい」



    こそこそとした囁きの応酬。

    あきらかに秘密の匂いがする響きだった。



    「遅くまで悪かったね、ちゃんと身体を休めるんだよ」

    「はい、こちらこそありがとうございました」

    「おやすみ」



    スリッパの音を鳴らさないようにしつつも、男の先生は逃げるように、急ぎ足で玄関へ向かう。

    男同士のくせに、なんだその妙な雰囲気。

    払拭しようと、小太郎はわざとらしいほどに陽気な声を投げる。



    「きよー?」



    声をかけられ、清春は小太郎が想像していたよりも、大袈裟に肩を竦ませた。

    一瞬だけ見せた、怯えたような目つきに、小太郎は片手を挙げたまま歩みを止める。



    「なんや、小太郎か」



    清春はため息をついて、自分からこちらに歩み寄って来た。

    その顔つきはいつも通りの淡々としたものだった。

    思い違いか、と引き攣った笑みを戻す。




    「清春が呼び出し食らうとか珍しいね?」

    「呼び出しではないけどな」

    「じゃあ何?」




    清春は黙り込んだ。

    あきらかに疚しさの匂う沈黙に、ぎょっとしてしまう。

    小太郎は少しだけ自分よりも目線の低い清春を見る。

    てっぺんの髪の毛が、少し乱れていた。




    おい、と心の中でだけ、警戒に似た呟きを洩らす。




    清春が感情の読めないまっさらな顔で、こちらを見上げた。

    透き通るような茶色い瞳が射抜く。


    よからぬ想像をしたことを弾劾されているような、うしろめたさが湧いた。

    清春の唇が、ゆっくりと開く。




    「こた、おれがあの部屋で先生と、どんなことしてるのか、想像できるん?」

    「え」

    「おやすみ」



    わずかにほほ笑んで、清春は振り向きもせずに階段を上がって行った。

    小太郎は一人立ち尽くし、その背中を見送る。





    「え……?」



    それが清春でなければ、こんな想像には至らなかった。

    それにもし、実際そういったことが行われていたにしても、自分には見抜けなかっただろう、とも思
    う。


    いや、


    おそらく思いつきもしなかった。


    ***


    「好きや」



    清春がそう言ってきたのは、つい先週の事だった。



    「え? 何が?」

    「こたのことが」

    「……ん?」

    「こたのことが好き」

    「え、なになになに?……」



    まったくそんな素振りのなかったメンバーの、唐突な発言に驚いたが、照れ臭くも純粋に嬉しかった。

    その次の言葉が向けられるまでは。

















    「セックスしたいって思ってるんやけど」




    「……は?」





    「一回だけでいいから、おれと寝てくれん?」







    好き、という言葉にも

    それに続いた衝撃的な発言も

    どれにも


    全く熱がこもっておらず、音だけで聞けば、レッスンのメニューを代理で読み上げている時と変わらなかった。


    小太郎が硬直していると、清春はにこりともせずに目を伏せた。

    眉間をこわばらせ、不機嫌そうな、吐き気を我慢しているような表情。

    愛を告白したにしては、あんまりな顔つきだ。

    そんな顔で、ぼそりと呟く。





    「冗談や」





    小太郎は何と言うべきか思い悩んだ果てに、苦し紛れに笑みを作りながら、聞いた。





    「……なんかの罰ゲーム?」

    「そんなとこやな」






    清春は、顔を上げなかった。


    ***


    せんせい、いやっ、やだぁ、せんせい、せんせい、だめ、こんなとこ、見つかっちゃう、やだ、せんせい、あっ、だめ、そんなとこ。せんせいっ。あ、あ、ああっ。







    「…ちょっと、」





    小太郎の呼びかけを無視して、三波斗が「うーん」と唸りながら腕組みをする。



    「この子可愛いけどさ、やっぱ女子高生やるのはムリがあるよね」

    「そうかなー? 僕は好き」

    「ヤダ〜、さっちゃんてば年増好きなんだから」



    小太郎はもう1度呼びかける。



    「ちょっと!なんで無視すんの、!
    てかなんでいっつも僕の部屋に集まってくるの!?」

    「だって小太郎のとこが一番電波強度いいんだもん。涼雅の部屋でも良かったけど可哀想でしょ!」

    「僕は可哀想じゃないってか!」

    「小太郎は彼女いるからいいけどさ、おれらはこういう娯楽でもねーとやってらんねぇよ」



    「……いや、百歩譲ってココでダウンロードしくのはいいけど、なんで今再生するの?自分の部屋で観てよ〜」




    ため息をつきながら、小太郎は椅子に腰を下ろす。



    「どしたのー? なんかこたお疲れ?」

    「別に……」




    部屋中に響く嬌声と、三波斗の揶揄交じりの追及から逃れるように、小太郎はイヤホンを耳に突っ込んだ。


    ***


    あのなんでも部屋の前で遭遇した夜から、一週間以上経過している。

    レッスン後、ようやく二人きりになる機会ができたので、小太郎はおそるおそる問いただす事にした。


    「こたが想像してる通りやで」

    「はぁ!?」


    小太郎は思わず叩きつけるようにロッカーの扉を閉めていた。

    清春が、驚いた猫のように目を真ん丸にして、すぐにまた平常通りの顔つきに戻った。

    色のない瞳が、探るように、こちらを覗く。

    唇はわずかに、笑っていた。



    「……何、想像したん?」



    思わず小太郎は黙り込んだ。

    昨夜、部屋で勝手に再生されていた嬌声が頭の中によみがえる。




    「き、きよ、その……」

    「合意の上やから、お気遣いなく」




    カーディガンに腕を通しながら、清春はぼそりと続けた。




    「おれが、頼んで、抱いてもらってるんやから」




    頼んで、というところにアクセントを置いて、清春が顔を上げる。

    決定的な言葉に、小太郎は目を見張る。

    何を考えてるのか分からない、表情の薄い顔が、小太郎を真っ直ぐに見た。




    「だから、騒いだりせんといてや?」

    「…………さ、わぐとか、しないけど、」




    記憶にまだ新しい、薄暗い廊下の先のなんでも部屋。

    せんせい、やだ、という女優の嬌声が脳内で交ざる。



    想像した、も何も、想像が出来ない。

    男同士だぞ、という言葉は飲み込んだ。

    身近でとは思いもよらなかったが、そういう嗜好の人間もいると分かっている。



    それに、無駄に傷付けたい訳ではない。


    呆然としている小太郎の視線の先で、カーディガンのボタンを留めながら、清春がか細い声で呟いた。




    「だって、困るんやん。
    先生にやめられちゃったら、また夜中に家抜け出して、男の人漁りに行かなきゃいけなくなる」








    絶句した。

    おとこのひと、という言葉が、何故かいやらしい単語のようにねばつくように耳の中に残る。





    突然に、清春がよくわからない生き物になったかのように、声も、顔つきも、手つきも、妙になまめかしく見えた。

    思わず生唾を呑んで、小太郎の青白い顔を覗き込む。




    「……ほっ、ほんとに、脅されてとか、無理矢理されてんじゃないんだよね?」






    少し黙ってから清春が口を開けた。



    「それに、村山先生って、すごく優しいんやで。 ああ見えて……あ、こんな話聞きたくないやんな。軽蔑した?」

    「いや、そんなことはない、けど」






    ──ああ見えて、何?

    なにされてんの?



    小太郎は清春の頬を穴が空きそうなほど凝視する。

    こんな顔してたっけ?

    含みのある言葉によって、脳内に誘発され、駆け巡る極彩色の妄想。




    はた、とそこである事実に気付く。




    「え、待ってよ、ムラセンて、結婚してるじゃん」

    「せやで。だからお互い都合がいいんや」



    眩暈がしそうだった。

    男同士。

    ダンスの先生との淫行、さらには不倫。

    自分が抱えるには重過ぎる。

    小太郎は額を押さえる。





    「……ど、どう考えても……そんなん、ダメでしかないじゃん」






    「じゃあこたが抱いてくれる?」





    「は?」





    小太郎は顔を上げた。

    手のひらをどけた、目線の先で、清春が真っ直ぐに小太郎を見ている。

    もの言いたげな、強い瞳。

    小太郎はぽかんと口を開けてその目を見つめ返した。

    そしてまた、





    「冗談」




    そう言って清春は、呆然と立ち尽くすこたを置いて、颯爽と部室を出て行った。


    ***


    今夜は三波斗だけが小太郎の部屋に乗り込んできた。

    もう習慣化されているらしい。

    遠慮のない態度に怒る気力も湧かず、小太郎は三波斗の隣に腰掛け、ぼんやりとスマートフォンの中の卑猥な映像を眺めた。


    三波斗って結構熱心に見てる癖に毎度おっ勃つことないのすごいな…と斜め上に三波斗に感心する。


    全裸にエプロンだけ着けた女が風呂場で後ろから犯されている。

    設定も女優もあんまり好みじゃないな、と勝手な事を思いつつも何だかんだ見始めて十分ほどは経過している。







    「男同士ってさ、どうやってヤるんだろう」






    ぼそりと呟いた声に、言ってしまってから自分でもやっちまった、と思った。





    「小太郎くんて、もしかして」



    逃げるように自分の肩を抱いて後ずさる三波斗に、小太郎は床を叩いた。



    「ちがうよ!」

    「じゃあなんで?」

    「……いや、なんとなく、気になって」




    歯切れの悪い返しに、三波斗は首を傾げる。




    「小太郎くん最近どうしちゃったの?
    なんか変だよ?」

    「……ほんとにね」



    はは、と乾いた笑いを零しながら、小太郎は目を逸らした。



    「観てみる?」




    三波斗がにやつきながら、卑猥な映像を閉じる。




    「は?」

    「あるでしょ、ネットに」









    「…………いや、遠慮しとく」



    などと言った癖に、深夜。

    小太郎はベッドの中でそういったウェブサイトを検索してしまっていた。






    「うげ」





    思わず嗚咽に似た声を洩らす。

    三分以上見続けることすら出来ずに、すぐにブラウザを閉じた。

    念の為履歴も消去して、スマホを伏せる。


    仰向けに寝返りをうつ。

    目蓋に腕を乗せた。











    ──じゃあ小太郎が抱いてくれるん?









    目蓋の裏に、抑揚のない声と、表情の薄い顔がぼんやりと浮かぶ。


    あの男に性的な欲求があるということすら、不思議だなと思ってしまう。

    淡白な顔つきのせいかもしれない。


    清春は、確かにメンバーでなら中性的な方だ。

    どちらかと言うと華奢でもある。




    でも、だからって………。


    ***


    「あれ? 清春は?」

    「あー、なんかムラセンに呼ばれてた」



    寒色組の方から聞こえてきたそのやり取りに、小太郎は思わずストレッチの補助をしていた手を止めた。



    「おーい、ちゃんと押せよ」


    涼雅の声で、ハッと我に返る。



    「ご、ごめん!」



    背中を押してやりながら、頭の中はよからぬ妄想で濁る。

    無意識に腕に力が入っていた。



    「いた、痛いって! おい!」

    「あ、ごめん!」



    慌てて手を離す。

    訝しげな視線が小太郎に突きさる。



    「こた、ぼーっとし過ぎだろ」

    「悪かったって! ほら、続きしよ!」



    慌てて、宥めるように背中に手を当てた。

    今度こそ力加減に気を遣いながら続けていると、レッスン室に駆け込んでくる姿が遠目に見え、一瞬だけ息を飲む。



    「遅れてすみません」



    肩で息をしながら、清春が先生に謝っている。

    その横顔を、小太郎はそっと盗み見た。



    -----------------



    多分あの夜出くわさなかったら気付かなかった。





    清春が時々レッスンに遅れて来ること。




    あの時ほど遅い時間ではないが、時折なんでも部屋のプレートが利用中を示す赤色に変わっていること。




    家の前の駐車場に車が止まっていること。




    それから、清春は部室に誰よりも早く来る癖に、帰りには誰よりも遅く着替えをすること、など。








    今日は扉のプレートが、赤色にスライドされている。

    小太郎は自販機で買ったばかりのペットボトルを片手に、なんでも部屋を眺めた。


    結露が指先をぬらす。


    室内はどんなだったっけ。

    たしか、奥に押し入れがあって、室内に出ているのは卓袱台と、テレビだけ。

    物が少ないので広く見える。


    大多数の教え子は、例の振り付け師のことを親しげにあだ名で呼ぶのに、清春は丁寧な響きで、せんせい、と言う。


    笑ったり、するのだろうか。


    スリッパを脱いだら揃えるタイプだろうな、と思う。

    失礼します、と畳に上がって──それから?


    その先の空想は、曖昧で、漠然としている。

    小太郎はしばらく扉を睨みつけていたが、ふと我に返って、ため息をついた。


    清春を見かけると、つい身構えてしまう癖がついている。

    思わず入口で立ち止まった小太郎は、誰に向けてでもなく一人取りなすように後ろ頭を掻いて、中に入った。


    レッスンでは散々顔を合わせているが、そう二人きりになる機会などない。

    リビング他は無人だった。

    わざわざ距離を空けて座るのも妙なので、小太郎は昼食を持って清春の前に腰掛けた。



    「今日、ご飯遅かったんだね」

    「小太郎こそ」

    「……自主練してたら、つい時間忘れてた」


    「珍しいやん。いつもは早く切り上げよーって人にうるさい人が」


    流し込むようにスプーンを口に運びながら、清春が言う。

    嫌味かよ、と思いながらも、その通りでもある為、黙って箸を動かす。






    ──誰のせいでこんなモヤモヤしてると思ってんだ。





    涼しい顔をしている清春を内心でなじる。

    遅い時刻のリビングは、おそろしいほど静かだった。

    遠く、さざなみのような笑い声が聴こえた。

    三波斗の部屋からだろう。

    今夜は人気のバラエティー番組の放送日だ。



    「あ」



    小太郎はふと思い出して顔を上げた。

    訝しげに、清春が目だけで小太郎を見る。




    「そういえば、きよが前に見たいって言ってた僕たちの初期のレッスン映像、見つかったよ」

    「えっ…!」



    清春が前のめりに身を乗り出す。

    僕にもこんな嬉しそうな顔もするんだな、と怯みつつ、少し驚く。



    「僕の部屋まで来るなら見せてやれるけど。
    明日でもいい?」

    「うん!」



    行くわ!と声を張った直後に、清春は、はっとバツの悪そうな顔をして座り直した。



    「あ、でも、すまん、明日は外泊するから無理や」

    「え、外泊? なんかあった?」

    「いや、その」






    珍しく歯切れが悪い。

    首を傾げている小太郎に、清春は居心地悪そうに、ぼそりと言う。




    「村山先生と、ちょっと」

    「……」





    胃の腑のあたりが、じり、と熱くなった。

    その身体反応にどんな意味があるのか考えないまま、小太郎は眉を顰めた。





    「……清春、やめなよそういうの」

    「まぁ、いつかは、いつかはやめるで」





    棒読みで言い放ち、清春は目を伏せる。

    肋骨の裏側が、焼けるように痛む。


    まただ。

    もういい加減にしてくれよ。


    思わず舌打ちをして、小太郎は清春の腕を引っ掴んでいた。




    「おい」





    自分でも驚くような思い詰めた声が出た。

    清春が困惑したように、瞳を揺らがせる。

    逃れるように腕を引っ込めようとするのを、無理に上から押さえつけた。





    「誰も来ないようにするから後でおれの部屋まで来て」





    清春の眉が警戒するように歪む。






    「叱るんやったらもうええけど」

    「ちげぇよ」




    胃のあたりのムカつきは、もう喉元まで焼き尽くす勢いだ。

    小太郎は奥歯を噛んで、唸るように言った。




    「その……おれが、するから。
    だからあんな変態オヤジと出掛けたりとかやめろ」

    「は?」




    してやる、という時、ひそかに喉が緊張した。

    だが、清春は気が付いていない様子だった。

    ただ、唖然と小太郎を見つめている。

    さっきまで懸命に、逃れようと動いていた腕からも、力が抜けている。




    「……しょ、正気、なん?」



    ぽかんと口許をゆるませていた。

    そうしていると意外なほどに、年よりも幼く見える。

    信じられない、という表情をする清春に、どうしてかさらに苛立った。


    こいつ、一度でいいから寝てくれなんて言ってきたくせに、ほんとに冗談だったの?


    知らず、眉に力がこもっていた。




    「清春はあんな腹出たおっさんは良くて、おれが相手だと嫌なの?」



    睨みつける小太郎とは対照的に、清春はぱちくりと瞬きして、気の抜けた声で言う。




    「そんなことは」

    「じゃあ決まりね」





    小太郎は清春の腕を解放した。


    目を伏せて、茶碗をかき込む。


    その間、清春の手は机の上に力なく置かれていて、その手に握られた銀のスプーンは、皿の上に投げ出すように載せられていた。


    わははは、と廊下の奥から笑い声が響いてくる。



    「ごちそうさまでした」



    皿の中に三分の一を残したまま、清春が立ち上がる。



    「……行く前、メールする」

    「はーい」



    小太郎は俯いたまま、素っ気なく返事をした。

    清春が食器を下げ、リビングを後にした。


    いたたまれないほどに、静かになった。

    胃の痛みは消えたが、代わりにみぞおちの奥が重い。





    小太郎は自分に投げかける。







    おいおい、正気かよ。




    ***




    一人になった空間。

    箸をひとくち動かす度に、小太郎の頭には猛烈な後悔が押し寄せていた。

    男が相手でも、浮気になるだろうか。



    最近は、ほかのことで頭がいっぱいで、ほとんど存在も忘れかけていたが、小太郎には一応恋人がいる。

    ごめん、と心の中で唱える。

    あまり感情はこもっていない。


    いまも、そのことで感情の大部分が持っていかれているのだ。


    小太郎の頭の中を支配している犯人が、後ろ手で、そっと扉を閉めた。

    ほとんど音が鳴らないくらいの丁寧な動作だった。

    清春はノックをしてから一言も声を発しない。


    沈黙も、気まずそうに伏せられる睫毛も、よりいっそう妙な空気を作る。



    「こっち座りなよ」



    扉の前で突っ立ったまま動かない清春に、小太郎はベッドを叩く。

    清春は呼ばれればすぐに歩み寄ってきた。

    だが隣には座ろうとしない。

    立ち尽くす清春の手を、小太郎は慎重に掴む。


    掴んだ瞬間、熱いものにでも触れたように、清春の手がびくりと揺れた。

    小太郎は手を握ったまま、おそるおそる呼びかける。




    「きよ」

    「ん?」




    やっと喋った。

    少しだけ安堵して、小太郎は気遣うように下から顔を覗く。




    「あのさ……さっきは、ついあんな事言っちゃったけど、ほんとはきよ、僕が相手だと嫌?」



    清春の顔は、こちらが戸惑ってしまうくらい無表情だった。



    「嫌なら、無理しなくて──」



    いいよ、と言うつもりが、言えずに遮られた。

    がつ、と唇に何かが当たる。

    清春が頭突きでもするような勢いでくちづけてきていた。

    唇の感触に驚いたが、歯が当たらなくてよかった、と冷静に考えている自分もいた。




    「……っ、ちょっと」

    「怯みだん?」




    吐息が鼻に触れるような距離で、清春が低い声で囁いた。

    指が、うなじと、肩に触れている。




    「いまさら、そんなこと言ったって、許さないよ?
    こっちはもう、準備してきてんだよ」




    荒っぽい口調で、忌々しそうに清春はまた唇を寄せる。

    がむしゃらに合わさる唇に、小太郎は戸惑い、されるままになりつつも、清春の頬に手を伸ばした。


    繊細そうに見えるのに、キスは結構雑なんだな、と思う。

    もっと抵抗感が湧くかと思ったが、唇は女の子とそう変わらない。

    頬の柔らかさも。




    「男同士は、よく分からないんだけど」




    どうしたらいい? とストレートに聞くのは少し躊躇われた。


    清春はじっと小太郎を見つめると、無言で膝に触れた。

    そのまま、ゆっくりとしゃがみこむ。

    膝をついた清春は、小太郎の膝から、腰にまで手を滑らせていく。


    無駄のない手つきに少し驚く。



    「清春、待って」



    腰紐を解こうとしていた手首を掴んで遮った。



    「先、キスしよう」



    訝しげに清春が眉根を寄せる。



    「さっき、したやん」

    「じゃなくてさ、わかんないじゃん」



    小太郎は少し屈んで、清春の後ろ頭を鷲掴むようにしてその顔を引き寄せた。


    押しつけるように唇を重ね合わせ、舌で唇を舐めたが、何故か清春はかたくなに口を開かない。

    小太郎は一度引いて、囁きかける。




    「……ねぇ、口開けなよ」




    清春は無言だった。

    返事を待たず、もう一度唇を合わせ、促すように舌で押す。

    次はゆるゆると、躊躇いがちに唇が開く。

    捩じ込むように、舌を割り込ませる。

    鼻にかかった吐息と、水っぽい音が耳に届く。

    小太郎は唇を離しつつ、目を開けた。

    離れる瞬間に見えた瞳が濡れている。




    ──あ、ちょっと可愛い。




    もう一回したい、と思った。

    小太郎は清春の肩を掴んで強く引き、一緒に後ろに倒れ込んだ。

    うわ、と小さく清春が声を上げる。

    思わず笑った。




    「いいよ。舐めなくて」

    「……」




    清春は居心地悪そうに、小太郎の胸の上で縮こまっていた。

    僕が相手だから、こんなにぎこちないのか。

    そう思うと、ほんの少しだけ、面白くない。

    沸き起こる不快感は、何かに、似ている。




    「いっつも、あいつにはしてやってんの?」




    「そういう訳じゃ」

    「俺にはしなくていいよ」




    キスしたいし、とぼそりと洩らす。


    口淫はされてみたいとも思うが、自分のモノを舐められた口とはキスはしたくない、と思う。

    清春の肩と腰を抱えるようにして、そっとシーツに押し倒し、体勢を入れ替える。




    「して欲しいこととかあったら、ちゃんと言ってよ」

    「……信じられへん」



    清春が呻くようにちいさく呟いた。

    聞き逃してしまいそうなくらいちいさな声だった。

    小太郎は眉を上げ、聞きとがめる。




    「何が?」

    「小太郎て、なんなん」

    「は?」




    この状況で喧嘩売ってんのかこいつ、と小太郎は顔を歪めたが、真上から見下ろした清春が泣きそうな顔をしていたので、びっくりして険を引っ込めた。





    「清春?」

    「おれ、どうしてたらいいん?」

    「どうって……」




    そんな事を聞かれても、小太郎には経験が無いことだ。

    だからと言って「知らない」と突き放せる状況でも無い。

    困り果てたが、このままぼーっとしている訳にもいかない。


    それに、もう下腹部はその気になってしまっていて、痛いくらいだ。


    迷った挙句、小太郎は屈んで、清春の額に唇を寄せる。

    唇を離すと、目を丸くした清春と視線がかち合った。

    今日はころころと表情がよく変わる。

    今度は唇にキスをした。

    さっきはかたくなだった唇は、挑むように積極的に小太郎を受け入れる。

    負けず嫌いだよな、と思う。


    ん、う、と苦しそうな声が聞こえてくるのが、欲を誘った。

    こういうのも、わざとだろうか。


    パーカーの裾を捲りあげて、手のひらで腹を撫でる。

    大袈裟なくらいに肩がふるえた。


    胸まで撫でさすると、びく、と身体が硬直する。


    唇を合わせたまま、問いかける。






    「ねぇ、もしかして触られるの、嫌?」

    「……じゃない、」

    「ふーん」



    呟いて、また舌を捩じ込む。

    口付けながら、胸もまさぐる。

    指でつまむと、清春が逃げるように身動ぎするので、追い立てるようにまた触れた。

    膨らみのない胸に、驚くほど興奮している。



    ん、ん、と、泣いているようなか細い声が上がる。



    普段はあんなに強気な癖に、セックスのときはこんなふうになるんだね。

    キスをしながら、頭の中でだけ囁きかける。


    顔を上げ、小太郎は清春のパーカーを脱がせた。

    自分もスウェットの上衣を脱ぐ。


    暑い。


    一方的に触っているだけなのに、皮膚にべったりと汗が浮く。

    服をベッドの下に投げ捨てて、清春の腰に手を当てた。

    ズボンを下げる。

    見慣れている筈の簡素な男の下着が、やたらと卑猥に見える。

    清春が視線から逃れるように横向きになる。

    そのまま腕で自分の目元を覆った。




    「こた、本気なん?」




    ほんのすこし、笑みが滲む声。

    何に対して笑っているのかは見当もつかない。

    小太郎は眉をしかめる。





    「……いまさら何?もう冗談にはならないでしょ」



    腰骨にくちづけて、下着をおろす。




    「それ用のやつないけど、ボディローションでもいい?」

    「むしろなんでそんなの持ってるん」

    「乾燥しやすいからね」




    脚を折り曲げさせ、足首から下着を剥ぎ取った。

    こいつ体毛全部薄いんだな、と勝手に観察する。




    「こた、おれのズボン、取って」




    目元を覆い隠したままで、清春が囁くように言う。




    「ズボン?」

    「持って来てるから、そういうの、ぜんぶ」





    小太郎は思わず口を閉ざした。

    さっき投げ捨てたばかりのそれを手繰り寄せる。

    ポケットに、こぶりな丸い缶と、コンドームが入っていた。

    アルミ製の丸缶は、蓋を開けると半分くらいの量が使用されている。

    半透明のクリームの上に残る指の痕跡に、どうしてかみぞおちのあたりがひりついた。




    「なか、ある程度は濡らしてあるから」




    清春が低い声で、呟く。

    あ、あぁと唸るように返事をした。



    そう言えば、準備してきたとか言ってたなと思い返す。



    小太郎が腰に触れると、その肩は強ばった。


    して欲しいのか、欲しくないのか、どっちだ。


    小太郎は少し苛立ちながら、清春の顔の横に手を置いて、覆い被さる。

    腰から、肌を撫でていき、割れ目に指を差し込む。

    指の腹がぬるりと湿った。



    息を飲む。





    「指、いれていい?」

    「……そういうの、聞かないでくれへん?」





    それもそうか、と思いながら、小太郎は指先を埋めた。

    他人の身体の内側。

    唇はあんなにかたくなだったのに、そこは呆気なく小太郎を迎え入れる。





    「……っ、ん」





    捏ねるように指を動かすと、清春苦しげに息を吐いた。

    二本、三本と、簡単に指が入る。

    やわらかくてあたたかい肉が、指をぎゅう、とすがりつくように締め上げてくる。

    甘い期待に、下腹部がぞくり、と重くなった。





    「もう、これ、入んの?」

    「……」





    清春は顔を隠したまま、答えなかった。

    返事を待てずに、小太郎は清春の膝を掴んだ。




    「小太郎……」




    慌てて起き上がろうとした清春を無理矢理仰向けに転がして、脚を広げさせる。




    「待って」




    聞こえていたが、止まらなかった。

    片脚を抱え上げる。


    下着ごとズボンをずらして、硬くなった雄を掴む。




    「待って、小太郎!」




    どろどろに濡れたそこに、先端を押しつけた。

    ぬるりと滑り込む感覚に、身震いしそうになる。





    「待てって言ってんねん!!」

    「って!」





    ガン、とかかとで思い切り腰を蹴られて、小太郎は動きを止めた。

    清春は真っ赤に頬を染めていたが、それに反して凶悪な目付きでこちらを睨んでいた。




    「っ、馬鹿!
    そんな無理に押し込んだら裂けんるやんっ……!」

    「え、ごめん」

    「ゴムも!!!」

    「あ」




    そう言われて初めて小太郎はコンドームの存在を思い出した。

    清春は上体を起こすと、シーツの上に放置されていたコンドームを手に取って、小太郎に投げつける。






    「小太郎って女にもそんな雑なん?!
    ちゃんとしーや!!」

    「悪かったって! !童貞だからそういうこと
    分かんないの!!」






    やけくそ気味に発した言葉に、清春はきょとんとした。







    「は?」

    「悪かったね、童貞でー!!」







    はぁ、とため息をついて、小太郎は頭を搔く。







    「え、でも、彼女おるやん……」

    「忙しいし、そんなやらしいことする隙がある訳ない
    じゃん。
    キスだけだよ。考えりゃ分かるだろうが……」





    これまで、恋人がいるから経験済みなんだろうと決めつけのように周りから言われる度に、敢えて否定をしてこなかった。

    そんな、ささやか過ぎる見栄を、初めて今日暴露してしまった。

    というより、暴かれてしまった。



    だがもういい。



    どうせこいつには年上の威厳も男としてのプライドもぼろぼろなのだ。





    「あ、はは……そっか。なんだ……そうやんな」





    何故か清春は笑いながら涙を零していた。

    ぎょっとして、小太郎は清春の腕を掴む。





    「ご、ごめん!そんなに痛かった?」

    「……ふふ、はは」




    清春は笑ったまま答えずに、小太郎の膝の近くに落下していたコンドームを拾い上げる。

    ぴり、と包装を破って、指でそれを摘んだ。




    「こた、しよ?続き」




    ちゅ、と軽く唇にキスをして、清春が小太郎の脚の間に屈む。

    少し萎えかけていた雄を、指が包んだ。





    「……っ」





    思わず息を飲む小太郎を、ちら、と見上げて、清春はほほ笑む。





    「こたって、おれで勃起するんやな」




    そう言われると、気恥しさで顔が熱くなる。

    勃ち上がったそれに、清春がスキンを被せ、その上から舌を這わせた。

    ぴちゃ、くちゃ、と生々しい音に、心臓がざわつく。


    清春は顔を上げると、缶を開け、クリームを指にとる。

    唾液で濡れそぼったそれに、べったりと塗りつけながら、上下に扱かれる。

    小太郎は思わず息を詰めた。





    「あ、も……いいって」

    「イきそう?」





    清春がにやにやと唇を歪ませている。

    小太郎は清春の両手を掴んで、伸し掛るように押し倒した。

    シーツの上にぱさりと髪が散る。







    「ねぇ、やっぱ明日外泊するの?」







    否定して欲しかった。

    清春は逡巡するように視線を揺らがせ、やがて目を伏せる。




    「そうやな」

    「……」



    どうにも苛立たしいが、それを言葉には上手く出来そうにない。

    感情を押し殺して、噛みつくように口付ける。

    膝で脚を割り開かせ、片手で内腿を掴む。

    もう一方で昂ったそれを支えながら、先端をぬるりと秘部に滑らせる。


    ん、と清春が息を詰めて、目を閉じた。


    その顔を見ながら、手探りで入り込む。

    ぬちゅ、と動く度に粘った音が響く。




    「っつ……あ……」




    堪えるように、清春が目を閉じたまま息を吐いた。

    ずぶ、と雁首を押し込む。




    「いっ…たぁ……っ」

    「え」




    止めようかと思ったが、嫌がってはいない様子だった。

    指先は白くなるほど、シーツを握っている。





    「きよ?」





    気遣うように囁きながらも、少しずつ、少しずつ媚肉を割り開く。

    悪いなと思うが止められそうにない。






    「いっ……たい……あークソッ……想像してたよりも痛ぃ……」

    「……そんな痛い?」






    あともう少しで全部入りそうだったが、流石に止めてやるべきかと、余裕なく息を切らしつつも、問いかける。


















    「……そりゃ痛いわ。初めてなんやから」












    「……は?」




    ──はじめて?

    小太郎は動きを止めた。

    腕の下で清春が、苦しそうに胸を上下させている。


    大きく開かれた脚の間には、しっかりと怒張した雄が収まっていた。




    「こた、ごめん」




    涙の膜が張った瞳をきゅうと細めて、清春がほほ笑んだ。




    「清春……?」

    「はは、すごい気分ええわ。
    ……小太郎の童貞もーらい」




    ぽたりと、目尻から雫が滴り落ちた。




    「ほんとは、最初小太郎にキスした時、緊張し過ぎて吐くかもって、思ったわ」




    絶句して固まる小太郎の腕を、清春がすがるように掴む。



    「やめないで。お願い。
    最後まで、して、」




    嘘だろ、と心の中で呆然と呟く。

    じゃあ、えっと。

    ──なに?



    涙目で笑う清春が、ものすごく可愛い生き物に見える。

    どうかしている。

    無言で、キスをしていた。

    思考が言語にならない。



    「あ、いっ……たぁ……んっ、ん……」



    脚を肩に抱えて、無理矢理腰を打ちつけた。

    清春が涙交じりの掠れた悲鳴を洩らしている。

    髪を掴むように頭を抱えて、何度も口付ける。

    舌を入れると、おずおずと応えてくる。


    もしかして、こいつ、雑だと思ったらキスもしたことなかったのかよ。








    「……こた」









    聞いた事のない、か細い声。

    キスの合間に漏れる、卑猥な吐息。

    痛い、と泣きながらも、清春は小太郎の背中に腕を回して、抱きついてくる。




    「すき、こた」





    足が、甘えるように腰に絡みついて、ねだる。




    獣じみた呼吸。




    ときおり、気持ちよさそうに「あぁ」とベッドの軋みよりもちいさい声で呻く。




    「あっ、いたい、こたぁ、いたぁい」





    痛いと言いつつ、その声は嬉しそうで。


    汗で張りついた前髪をどけてやると、大人びた顔をしていた。

    赤くなった目尻が、いやらしい。







    知らなかった。











    何も











    知らなかった。












    こんな、





    ***




    シーツの上に、腕が投げ出されている。


    背後から手を伸ばして肩を抱き寄せる。


    上から腕を重ねると、肌の色がこんなにも違う。


    同じ男なのに、全く違う生き物だな、と思う。


    清春の声は、波の音にも似ていた。

    海に行きたいな、と唐突に思う。

    秋の、澄んだ海。



    「…村山先生は俺のダンス練習に付き合ってくれてるだけ。

    あの先生熱心で、他の人と違って、おれだけが大阪でレッスン参加出来ない時多いから、こっそり個人的に練習付き合ってくれたりしてくれるんや。

    贔屓だって言われたらおれが可哀想だからって、隠してくれてて。」


    「きよはるさぁぁ……」



    それ以上言葉が出ず、小太郎は脱力して、清春の肩に自分の額を押し付けた。

    ふっ、と清春が息を吐いてわらう。



    「まさか信じないだろって思ってたんやけど。こたは馬鹿だから信じちゃうんやな」

    「信じるでしょ!!あんな顔されたら!」




    はぁー、と小太郎は唸るようにため息をついた。

    村山先生にこれからどんな顔を向ければいいのか。

    レッスンで遠目に見掛けた時、睨みつけるような真似をしてしまった事を猛烈に後悔する。



    「あんなって、どんな顔やねん」

    「………」



    いやらしかった、とは言えず、小太郎は押し黙る。

    清春は小太郎から顔を背けたまま、ふふ、と笑う。




    清春が小太郎の腕を押し退け、よろよろと立ち上がった。



    「え、大丈夫?」



    清春は服を拾い上げた。



    「……もう戻るの?」



    少しさみしい気持ちで投げかける。

    清春は肩越しに小太郎をちらりと見て、また向き直った。




    「小太郎が正気に戻って、裸のおれのこと見て後悔しないうちにとっとと帰るわ」








    「は?」









    「いい思い出が出来たわ。
    ありがとな、決して他言はせんから安心して」




    小太郎はぽかんとしてその背骨の浮いた薄い背中を見つめた。

    俯きがちなその顔に、表情はない。

    さっきまで、あんなに、泣いたり笑ったり怒ったり、忙しなかったというのに。





    「……清春さ、どこまでが嘘?」







    清春は答えなかった。

    暗がりで、黙って下着を履いている。

    そんな中小太郎は静かに聞いた。








    「好きって、本気?」

    たっぷりの沈黙の後、清春はパーカーを着込んで、ぼそりと声を発した。




    「ご想像にお任せするわ」




    ズボンを履こうと立ち上がったその腕を、小太郎は後ろから掴む。




    「うわっ」




    思い切り力をかけて引っ張ってやった。

    清春は一瞬堪えかけたが、それでもよろめいて、結局は根負けするようにバランスを崩し、ベッドの上に倒れ込む。




    「なにするん」




    あぶない、と言いかけている清春の顎を掴んで、キスで塞ぐ。

    両手で頬を挟んで、体重をかけ、自分の身体の下に引きずり込む。

    予想に反して、清春は抵抗をしなかった。

    小太郎が顔を離すと、清春はは真顔で固まっている。

    耳だけが、うっすらと赤くなっていた。




    こんな顔で人を見るくせに、想像にお任せするわ、とは。




    小太郎は大きくため息をついて、清春の肩口に顔を伏せた。




    「やっぱきよ、今夜は帰らないで。
    朝までここに居てよ、僕、起こすし!!」

    「……は?」




    小太郎の下敷きになっている身体が、びく、と強ばる。




    「もう何もしないから」

    「……いや、そういう心配してんじゃないわ……」




    独り言にしては大きい声で悪態をつきながら、それでも清春は覆い被さっている小太郎の身体を退けようとはしない。

    弱々しい声で、困り果てたように囁く。




    「小太郎、こういうのは、やめろや」

    「なにがだよ」




    小太郎が顔を上げると、清春は腕を額に当てて、苦々しげに顔を歪めている。

    掠れた声で、呪詛でも唱えるような調子で、吐き捨てる。







    「だって、こんなの、付き合ってるみたいやん」





    泣き出す一歩手前のように、唇をふるわせていた。

    小太郎は驚いてその頬に手を伸ばしたが、すげなく振り払われる。

    思い詰めた表情で、くちびるを噛み締めている清春に、小太郎はただ困惑した。


    どう考えても、きよ、僕に惚れてる癖に。

    なんで嫌がるんだよ。


    小太郎はしばらく清春の険しい顔を眺めていたが、ふと思い立って、呟くように囁いた。





    「じゃあ付き合おうよ!」

    「は?」

    「別れるし、彼女と。だから帰らないでよ」

    「はァ!?」




    こんなに全力で驚いた顔もするのかと、小太郎は可笑しくなった。




    「それでも駄目?」

    「は、なに、それ……サイテー……」

    「……元はと言えばきよが唆したんじゃん!」

    「おれはそんなこと、望んでなかった」




    ぽつりと、清春は抑揚のない声で呟く。




    「そうなんだー」




    嘆息して、腕の中に抱き寄せる。


    やめろ、と言いながらも、清春はやはり抵抗しない。


    小太郎の腕の中で居心地悪そうにまごついている。




    「…………きよ、かわいいな」




    感心しながら、さらに密着するように、抱き寄せる。

    服を着る前にさっさと引っ張り上げておけばよかった、と布越しの体温を少しだけ惜しく思う。




    「……そんなこと、言わんでよ」





    清春が、声量を抑えた声で、怒気混じりに言った。





    「そういう、その場しのぎの優しさとか、要らないから。お願いやから、あんま期待させないで」






    「もう、充分。」




    ***




    ──なんて、言ってた癖に。








    防波堤のひとつに、猫背の男が海を向いて座っていた。


    透き通るように高い秋の空を背景に、トレンチコートの裾が潮風に煽られ、はためいていた。


    小太郎はそちらに向かって歩きながら、薄い背中を見つめる。


    気付いてなかったけど、きよ、もしかしてまた痩せたのか。


    早くも中年太りに怯え始めている小太郎とは対照的に、この男は二十頃からずっとおなじような体型で、顔つきもあまり変化がない。







    あの夜。






    小太郎のことを充分だと言って突き放したくせに、もう何年も一緒にいる。




    「清春」




    小太郎は購入してきたホットコーヒーを清春に手渡す。


    海風が、前髪を吹き上げて、少し広めの額をさらけだす。


    賢そうな額の形が好きだ、といつも思っている。


    言ったことはない。











    「清春っていつから僕のこと好きだったの」











    いつものように冷ややかな視線が飛んでくるものだと身構えていたのに、清春はぱちぱちと瞬きをして、小太郎の顔をじっと見つめてきた。



    いつにない態度に思わず怯んでしまう。


    怯みつつも、おとなしい清春って可愛いな、とばかなことも思う。







    「それはもう、ご想像にお任せするわ」






    両手で紙コップを抱え、清春は目尻をとろりと下げ、無防備に笑った。


    唇からかすかに覗いた歯が、可愛い。


    うっかり見蕩れてしまった。









    「清春、かわいいね」









    気が付いたら口に出していた。

    言われた清春は一瞬、きょとんと目を見張る。


    なにか言い繕うべきかと思案する小太郎に、清春は無言で、真っ直ぐに目を向ける。






    「おん」






    そう言うと、ものすごく照れ臭そうに、にやにや笑いながら、コーヒーに口をつけた。








    くそ、また負かされた。








    そう思いながら、清春もコーヒーを喉に流し込んだ。



    end


    あとがき🕊
    このお話を投稿した時賛否両論ありましたが、個人的にはこの設定がだいすきです。
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