無題キラキラと音がする。目の前が光に包まれて、眩しさに目を閉じる。
「何ここ!?」
目を開けても、そこは薄暗闇だった。背後から差す僅かな光だけが視覚情報としてある。それ以外は、すぐ後ろに壁。そして目の前に、人……?
「っ、きよ?」
聞き慣れた声。思ったより近くで、ていうか、耳元で名前を呼ばれる。
「こた? なんでここに……!?」
目の前の人物は、俺の仲間だった。かなり近くにいる。近くどころか密着している。ただのメンバーとこの距離感で向かい合うなんて勘弁願いたいところだけど、薄暗い中で知っている人、しかもそこそこ頼りにならなくもないこたが一緒というのは少しだけ心強い。少しだけだけど。いやしかしなぜここにこたが?
「なんでってそれはこっちのセリフ……って!」
ガタッと大きな音がした。
「えっなに!? なんかあるの!?」
大きな音に驚き、思わずこたに身を寄せてしまう。いざとなったらこたが盾だ。
「いや、天井に頭ぶつけた」
「天井……? 」
「うん。ていうか狭いねここ」
薄暗い中手を動かすと、左右は手も上げられないくらい近い位置に壁、こたの向こう側も、すぐに壁だった。
「ほんとだ、何ここ。狭……」
薄い金属のようなものでできた壁は、なんだかとても馴染みのあるもののようで。その狭さといい、まるでロッカーに押し込められたようだった。
「どっかのロッカールームみたいだね」
同じことを考えたのか、光の差し込む隙間から外を窺ったらしいこたが言う。
「これ開けれないの? 蹴破るとか。嵩張るし熱いんだけど」
「はぁ?きよだって熱いでしょ」
文句が返ってきたが、こたもさっさとここを出たいらしい。ガンガンと扉だろう壁を殴る。
しかし、その扉が開くことはなかったし、その音を聞いて誰かが来るということもなかった。
「ダメ、手応えなし。」
「え、どうしたらいいのこんなとこで」
「そんなの僕が聞きたいんだけど。足で試すからどっちか寄って」
「ちょっと、こたの足邪魔なんだけど」
「そっちに伸ばさないと縦が収まんないんです」
最年少の長身を恨む。俺はこたの左足を挟むように足を置いて端に寄った。たしか、利き足は右だったはず。
「動かないでよ」
さっきよりも大きな音で、ガンガンと扉を蹴る。その音は耳を塞ぐ程だったけど、やっぱり扉は開かない。
「ロッカーの硬さじゃないね」
扉が曲がる気配すらない。
狭くて動きづらいとはいえ、こたが蹴って開けられないなら、今の俺たちにはどうすることもできないだろう。
「人が来たりとかは?」
「気配ない」
外から開けてもらうこともできない。こたはただでさえ身長より天井が低くて上体を曲げているし、ちょっとした空気椅子状態だし、無駄に体力を消耗しない
ためにも内側からこじ開けるのは一旦やめることにした。時間がみたくてスマホの画面をタップしても何も起こらなかった。ついでに見た電波状況は圏外だった。充電は五割程。俺がため息をついたのと、こたが舌打ちをしたのは同時だった。こたもスマホをしまっていたから、きっと圏外を確認したんだろう。為す術なし。
俺たちは、このおかしな空間でただ考えることしかできなかった。
*
「何か思いついた?」
「なんも」
「ちょっと、ちゃんと考えてる?」
「そういうきよはどうなんだよ」
「俺も、思いついてないけど」
「同じじゃん」
「うっさいわ」
大きくため息。そのタイミングが被ったのもちょっと気に入らなか
ったけど、それで言い合いをする気分でもなかった。閉じ込められてからたぶん数十分、ああでもない、こうでもないと試しても、脱出はできていなかった。人が来る気配だってない。立っているのも疲れてきた。それになんだか、とても暑い。身体が異様に火照っていた。風邪だとか、そういう体調不良ではない。
なんとなくそわそわする。落ち着かない。さっきから不意に首に当たるこたの息に、変な声を上げてしまいそう。なんで今こうなっちゃうのか。こんなどうしようもない状況で、なんでソウイウ気分になっちゃったの。おかげでろくに考えもできないし、下手に話せもしない。口を開いたら声が出そう。
口を閉じていると酸素が足りなくて、苦しくてクラクラしそうだけど、こたの前で変な声を上げるわけにもいかない。俺は必死に声を押し殺していた。
そうやって必死に自分と戦っている間、こたはと言うとどんどん呼吸を荒くしていた。
生ぬるい呼気が頻繁に首に当たるようになって、大丈夫かと声をかけようかと思ったけど、ゾクゾクした感覚がいつ来るかもわからなくて、口を開けなかった。首の感触を気にしないようにしようとしているのに、そう思えば思うほど何かを拾ってしまう。
「きよ」
「っ……なに」
名前を呼ばれる。なるべく冷静を装ってみたけど、少し声が震えた気がする。こたも変に身動いだ。バレただろうか、普段通りでないことが。
「ていうか、大丈夫?」
冷静だと主張するように、言葉を続けた。言い訳みたいなことをしてしまった気がする。
こたは荒い呼吸を繰り返している。大丈夫ではなさそう。その呼吸の隙間から、なんとか絞り出したような声がした。
「殴って。ひっかくでもいいから」
「は?」
殴る? 俺が、こたを? なんで今。苦しんでいるメンバーを痛めつけるのは気が引けるんだけど。純粋に疑問を口にした。
「なんで」
「いいから、頼む」
殴りやすいようにするためか、こたは限界まで身を引く。と言っても、密着したままだけど。あまり動かないでほしい。服が揺れるだけで、変な気分に拍車がかかりそう。だから俺も動きたくない。だけど、こたがあまりにも必死に言うから。
しかたない。なるべくいろいろなものを刺激しないように手を持ち上げる。身体を殴るには近すぎる。頬に平手打ちなら、できるだろうか。持ち上げる最中、どうしても手がこたを撫でてしまう。
「っ、ねぇ、それ……っ」
ガタガタと音を立てながら身じろぐ。あ、これ、こたも、そういうことなのか。
理解した瞬間、クラクラと頭の中が回る感覚がした。
「し、しょうがないじゃん!」
声を荒らげる。もう、取り繕っていられない。狭いロッカーの中は、俺たちの呼吸と、衣擦れの音で満たされていた。その音だけで熱が回る。これをなんとかするには、正気に戻るには、殴って目を覚ますしかないということだろう。
なんとか持ち上げた腕で、殴る場所を確認するように頬に触れた。こたが息を飲む。
「変な、反応しないでよ」
「るさい、はやくして」
今確認した頬を目掛けて、平手を振り抜く。ぺちん。弱々しい音は、狭くて振りかぶれなかったからだけではない力のなさを表していた。力が上手く入らない。
思った以上に力のない平手打ちに、俺も混乱する。力が入らないと自覚すると、まるで全身そうだと言うように脚が震えだした。座りこもうにも、こたが邪魔でできない。このまま力を抜いたら、こたの脚に座ってしまう。それはだめだ。どうしてあのとき、蹴破っての脱出を試したとき、足の位置を
戻さなかったんだろう。必死に全身に力を込める。
「ーーー」
こたが声を上げる。ガツン、ガツン、とロッカーに頭をぶつけているようだ。やっぱり俺の平手打ちは力不足だった。こたは苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
「こた、ひぅっ!」
「っ、んだよ変な声出すな」
「うっさい。こたのっ、息、首に当たってくすぐったいのよ!」
「しかたないじゃん。てか動くなよ……!」
「う、動いてな、っ!」
カクン、と膝から力が抜けて、座り込みそうになる。
「きよ!」
苦しいだろうに、今まで言い合っていたのに、俺を心配するような声。腰に腕を回して抱きとめられる。
本当に、こういうところは優しい。でも、今回ばかりはその優しさも俺たちを追い詰める。
「ふあぁっ!」
「っ……!」
抱きとめられてこたに寄りかかった結果、こたの太ももに跨るような体制になってしまった。弱いところが自分の体重で押しつぶされて、思わず声を上げてしまう。
それと同時に、お腹に硬いものが当たった。それが何か、わからないほどバカじゃない。そうなっているだろうと思ってはいた。でも実際にその興奮が形になったものに触れてしまうと、こたもこんな状況、もしかしたら俺以上になっているかもと強く突きつけられて、なぜか俺の方まで熱が上がる。
これはまずい。これはよくない。早く離れなきゃ。頭はそうやってグルグル考えているのに、身体はこのまま腰を動かして快感を追いたいと主張する。こたもこうだし、よくない? なんて考えまで浮かんで、ありえないと頭を振る。とにかく、離れなきゃ。こたは大事なメンバーで、こんなことをする相手じゃない。
靄がかかる思考をなんとか律して、こたの胸を押す。
「ありがと、こた……?」
離れられない。離れようとしても、こたが回した腕を離してくれない。こたが離してくれなきゃ、ただでさえ非力な俺は今の状態で引き剥がせない。
「もういいってば」
もう一度、今度は強めに胸を押す。それでも離してくれない。
それどころか、さらに強く引き寄せられる。擦れたそこから背骨を伝って頭が痺れる。お腹には硬いものが押し付けられている。これはまずい。本当にまずい。よくない。頭の中で警笛が鳴る。早く離れなきゃ。どうにかしなきゃ。流されちゃだめ。こんなこと、だめ。冷静にならなきゃ。
こたも、冷静にさせなきゃ。きっとこのまま流されたら、こただって後悔する。とにかく、一旦離れないと。
「ちょっと、こた」
顔を上げる。その先には、当たり前だけど、こたの顔。だけどいつもの顔じゃない。眉を寄せているのは、俺と言い合いしているときと変わらない。
それなのに、滴る汗と、薄く開いた口と合わさると、妙に色っぽく見える。そして何より違うところ。目が、薄暗いはずのこの空間の中で、ギラギラと光っている。そんな瞳と、目が合う。いや、目が合うなんて優しいものじゃない。捕まった。捕らえられてしまった。魅入られたように動けない。瞳が揺れる。
「ごめん」
荒い息の隙間で、ひとことつぶやいた。
その短い言葉を零した唇が、次の瞬間、俺の唇に、柔らかい感触を落としていた。こたの唇が俺の唇に。これは、キス、というやつだ。ぼやけた思考を巡らせて状況を整理しているうちに、髪に指を差し込むようにして頭を支えられる。そして、ぬるり、と湿ったものが唇をなぞった。
「ちょ、こた、んんぅっ!」
抵抗しようと口を開いた瞬間、ぐっと頭を引き寄せられて、口の中にこたの舌が入り込んできた。
「や、ぅ、やめぇっ……!」
顔を逸らそうとしたけど、しっかりと捕まっている頭はこたの手から逃れることができない。
胸を押したり叩いたりして抵抗するが、元々の体格差もあるうえに、ろくに身体に力が入らないこの状況。こたの好きなようにされるしかなかった。もちろん抵抗はし続けようとした。だけど、こともあろうに、俺の身体はこたからのディープキスを快感として受け入れてしまっていた。
こたの熱い舌に口腔内を擽られて、背骨が痺れて腰に響いていく。霞みがかっていた思考がさらに滲んで、もっとこの感覚を、と全身が言う。気づけば、いいようにされるだけでなく、俺からもこたへ舌を伸ばしていた。
「ん、んぅ、っぁ、ふ……」
「ん……は、っ……」
ちゅ、くちゅ、と水っぽい音。
その合間に、俺とこたの吐息が混ざる。気持ちいい。キスってこんなに気持ちいいんだ。触れ合ったところから全部熱くなる。視界がぼやける。どろどろに蕩けた思考は、その気持ちよさを追うようにこたに身を寄せさせた。鍛えられた身体が服越しにもわかった。筋肉をなぞるように手を滑らせる。
今はこの快楽をもっと、としか考えられなかった。それはこたも同じなのか、それとも俺が手を動かしたからか、腰を抱いていた手がするりと背中を撫でた。
「んんっ♡」
背中を撫でられた。それだけのことなのに、今までに感じたことのないような感覚が走る。背筋が震えて、お腹の奥がぞわりと騒いで、勝手
に背中が反って。連動するように動いた腰が、またこたに下腹部を擦り付けるように動いてしまって、ゾクゾクした感覚が止まらない。もう、濡れているのが触らなくてもわかる。今にも音を立てそうなそこを刺激するのが気持ちよくて、それがもっとほしくて、動きだした腰が止まらない。
「ねぇ、そんなエロいことしないで」
こたが、キスをやめて言う。俺たちの唾液でべとべとの唇からは、同じくべとべとになっている俺の唇へと糸が繋がっていた。その光景と、こたの言う「エロいこと」の心当たりとで、恥ずかしくなって思わず反論する。
「っ、してない……!」
頭が回らなくて、反対のことを言うしかできなかった。涙目で、口元もぐちゃぐちゃで、こたの腕から逃げられなくて、それなのに必死にこたにしがみついて睨みつけて。その様子が、こたの何かを刺激したらしい。にや、と口角が上がる。
「してんじゃん」
悪い顔をしたこたは、俺の脚の間にある脚を持ち上げた。
持ち上げた先には、もちろん俺の秘所があって。
「ひゃんっ♡」
「ずっと擦ってたでしょ、ここ」
すりすりと脚を動かされる。俺の意思ではなく刺激されるのは初めてのことで、恥ずかしくて、気持ちよくて、また頭がクラクラした。
「こすって、なんかぁ♡」
言い返そうにも、どうしても甘い声が混ざってしまう。自分でも聞いたことの無いような声で、どうしてしまったのか、どうしていいか、わからない。俺は混乱しているのに、それでもこたはやめてくれない。
「僕は、ずっと我慢してやってたのに」
「んぇ? っあぁ!♡」
こたに、強く引き寄せられる。ほとんどこたの膝に乗せられるような体制になって、ぐりぐりとそこを刺激される。それと同時に、こたの熱いものも押し付けられた。ガタガタと音が鳴るほど揺らされる。もうキスはしていないのに、ぐちゅ、と湿った音がした。俺も、こたのも、擦れ合って刺激される。
「ひぃっ♡ こたこれ、やぁあ!♡」
あまりの快感の強さに、いやだと主張する。だけど、やっぱりこたは止まらなくて。
「っ、やじゃ、ないでしょ」
吐息を漏らしながら耳元で囁く。その声や吐息にすらゾクゾクしてしまって身体が跳ねる。それを見てなのかなんなのか、かぷり、と耳を噛まれた。
「あの、こた」
「きよ」
俺が声をかけると同時に、こたも俺を呼ぶ。
「なに、……」
見上げたこたの目は、さっき見た、あのギラついたもので。ぎゅう、とお腹の奥が締め付けられる。そして、また、抱き寄せられて。
「もっかい、いい?」
お腹に、硬いものが当たる。
俺は、もう、それだけで軽くイけるんじゃないかというくらいの何かを感じたけど、冷静を装って返す。
「…いいよ」
少し声が上擦った気がする。けど、もう、いいでしょ。俺たちは、また唇を寄せあった。その瞬間、キラキラと音が鳴り、視界が光に包まれた。
「は?」
「え?」
唐突に起きた慣れた感覚に目を瞑る。
◇
次に目を開けたときには、自分の部屋のベッドに座っていた。
「なんで今!?」
思わず叫んでいた。おかしなロッカーの中での感覚はしっかり残っているし、下着だってぐしょぐしょだし、夢なんかじゃないとわかってしまった。それでも、あんなことをしてしまったという後悔や羞恥の感情より、何より先行
したのがもう一回したかったのに、というもので。まだ、あそこにいたときの、思考が霞むような感覚は消えない。もう一回、どうしてもしたい。こたは、隣にいるだろうか。こたの部屋へ行こうと立ち上がった瞬間、部屋のドアがノックされた。
「きよ」
こたの声。それだけで、期待が膨らむ。
ふらつく足でなんとかドアを開けると、その先には、あの目のままのこたが立っていた。
「きよ、あれの後で俺を警戒しないとか、バカなんじゃないの」
そう言ってこたは、俺の部屋に押し入って、あの狭い空間でしたみたいに抱き寄せてキスをした。
終わり