初キスついに。ついにこの日が来た。
俺――四季涼雅は、三波斗と付き合っている。
付き合い始めたのは、つい最近のことではない。
むしろ、付き合ってから数カ月は経っている。
しかし、しかしだ。
未だに俺たち二人は、キスをしたことがない。
何度かキスをしようと試みたことはある。
だが、そのたびに邪魔が入ってしまう。
もはや、俺たちがキスすることを故意に妨害しているようで、笑いが出てくるレベルだ。
そんな事ばかり繰り返して、悶々とした日々を過ごしていた俺だが。
今日は。
今日という日は!
確実に誰からも邪魔をされない日!
俺と三波斗はオフが重なっていた。これは、またと無い機会ではないだろうか。今日という日を逃すわけにはいかない。
俺は、あらかじめ三波斗に予定を聞いたうえで、今日は俺の部屋に来てもらうように言っておいた。
三波斗も、「分かった」の一言で了承してくれている。
そう、今日こそついに。三波斗とキスができる。
――と、意気込んでいたものの。
「……」
「……」
いざ、三波斗が俺の部屋に来ると、俺は緊張してしまって、何とも言えない沈黙が流れていた。
何かを切り出そうにも、今は何を言っても空回りしそうだ。
あれこれ考えているうちに、三波斗が口を開く。
「ねぇ、涼雅」
「は、はいっ!」
思わず、敬語で返事をしてしまう。
はあ……何してるんだろう、俺。
「なんで俺を部屋に呼んだの?」
「え。えーっと、それは、……」
三波斗は、じっとこちらを睨みつけている。
対して俺は、目を泳がせてしまっていた。
「……まさか、部屋でのんびり過ごそう、なんて思ってないよね?」
「。ええっとー……」
俺たちは付き合っているのだから、お互いの部屋でのんびり過ごすのもおかしいことではない。
しかし、今は、俺も三波斗もそんなことを求めているわけではない……はずだ。
「……」
三波斗は、無言で俺を睨みつけている。
このまま何も言わないのは、俺も男として情けない。
俺は、覚悟を決めて切り出した。
「……なあ。俺たち、付き合って結構時間が経つじゃん?」
「え、うん……そうだね」
「だけど、邪魔が入ったりして、まだキスをしていない」
「……そうだね」
「だから……今日、キス、してみない?」
ドキドキと心臓が高鳴る。
今までにもキスをしようと試みたことはあるものの、実行はできていない。
今日だって、三波斗が「気分じゃない」などと言おうものなら、キスはできないだろう。
本当に初めてのキスになるかもしれないという期待と、断られたらどうしようという不安。
その二つが、俺の心臓を支配して、せわしなく鼓動を高鳴らせていた。
「……いいよ」
「……え?」
少しの沈黙の後、三波斗が口を開く。
そして、ぽつんと一言放った。
その言葉が聞き取れなかったわけではない。
ただ、つい、驚いてしまった。
「……何?しないの?」
「いや!する!します!」
俺の反応が良くなかったのか、三波斗は険しい顔でこちらを睨んでいる。
しかし、その頬は紅潮しており、照れ隠しであろうことが見て取れた。
そんなところも愛おしい、なんて思ってしまう。
「じゃあ――」
と言って、三波斗は目を閉じてこちらに顔を向けた。
綺麗な顔を向けられると、何度でもドキッとしてしまう。
しかも、キスを待っている顔、なんて。
可愛すぎて、頭がおかしくなりそうだ。
はやく、はやくその唇に、自分の唇を重ねたい。
三波斗の肩に手を載せる。
そして、引き寄せてそのままキス――
といきたいところだが、三波斗とキスするのが初めてだから、緊張してしまって簡単に引き寄せられない。
しかし、ずっと顔を見ているわけにも、三波斗を待たせるわけにもいかない。
俺は、本日何度目かの覚悟を決めて、目をぎゅっとつむり、三波斗の唇に自分の唇を押し当てた。
(……柔らかい)
うっとりと、その感触を噛みしめる。
とても、幸せだと感じた。
しかし、数秒して、困ったことに気が付いた。
(……あれ?キスって、この後どうするんだ……?)
そう、俺は、唇を重ねたまま、固まっていた。
じっと、動かず、呼吸も止めている。
(まずいな……キスってどれくらいの長さしていればいいんだ?
これは長いのか?短いのか?
何かしら動くのが正解なのか?)
ぐるぐるとそんなことを考えているうちに、だんだんと息が苦しくなってきた。
仕方ない、一度離れよう――とした次の瞬間。
「……~~~~ッ、長いっ!!!」
三波斗が俺の胸板を押して、俺のことを突き放す。
驚いてぽかんとしながら三波斗の方を向くと、三波斗はゼェゼェと肩で息をしていた。
「え、えっと……大丈夫……?」
「っ、これくらい平気……だけど!長すぎじゃない?!」
三波斗は、息を整えながら、こちらをキッと睨みつけてくる。
なるほど、あれは長かったのか……と反省していると、
「キスも長いし、キスするまでも長い!一体どれだけ待たせる気なの!」
と、怒らせてしまった。
そこで、もしや、と思い尋ねる。
「三波斗さ、……キスするまで息止めてたのか?」
「……そうだけど。悪い?」
むすっとした表情のまま、顔を赤らめる三波斗。
ああ、やっぱり愛おしいな……なんて思うけれど、口に出したら怒られるだろうか。
すると、俺の考えがばれたのか、それとも顔に出ていたのか。
三波斗から訝しげな表情を向けられる。
それをごまかすかのように、俺は提案をした。
「ねえ、次は三波斗からキスしてくれない?」
「は、はあ?」
先ほどの訝しげな表情から一変。
慌てるような表情で顔を真っ赤にしている。
その表情が可愛くって、思わず笑いそうになるけれど、そこは何とか我慢した。
「ね、お願い」
なんて言って微笑みかけると、顔を真っ赤にしたまま「仕方ない」という風に俺の前に立つ。
「目、閉じて」
まるで命令口調。
いや、まるで、はいらないのかもしれない。
それでも、そんな口調さえ可愛く思うのだから、俺は相当、三波斗に溺れている。
さりげなく顔を下に向けて、三波斗に言われるがまま目を閉じた。
すると、ちゅ、という小さなリップ音とともに、唇が重なったことが分かる。
そして、その唇はすぐに離れていった。
「……え。もう終わり?」
きょとん、として三波斗を見つめる。
「……え、もっと長い方が良かった?」
三波斗は複雑な表情でこちらに問いかける。
不安ともまた違う、正解が分からなくて困っているような顔。
その表情を見て、少しだけ安心する。
俺だけじゃない、三波斗もまだ分からないことだらけなんだ。
「ねぇ、なんで笑ってるの!」
「え!?俺笑ってた!?」
どうやら、顔に安堵が出ていたらしい。
「い、いや、違う、違うよ?
三波斗がおかしいんじゃなくって……その……。
俺たち、似た者同士だなって」
「………?」
目を見開き、呆れた表情を浮かべる三波斗。
それもそうだろう。
突拍子もないことを言われたら、誰だってそうなる。
「なんていうか、その……。
やっぱり好きだなって思ったの!」
それっぽいことを言ってごまかす。
……本当は。
俺も三波斗も同じくらいの経験であることが嬉しくて。
それを、今度は二人で経験を積み重ねていけるんだ、と実感して。
それが幸せだった、なんて。
(言ったら、三波斗はどんな反応をするかな?)
気になるけど、今はまだ言わないでおく。
いつか、二人が今よりも経験を積んでいった時。
その時に、言ってみよう。
なんて、一人で心に決めるのだった。
end