おっパブの蔵内君 人生何があるかなんてわかったもんじゃないと言うが、それにしたってこれは、わかっていた方が怖い類いの出来事だな、と水上は天を仰いだ。頭上では黒い天井に高級ホテルのラウンジにでもありそうなシャンデリアが橙色に光っている。全体的に薄暗い店内は席ごとに四角く区切られており、そのうちの一角で水上はバレないよう気をつかいつつ小さな溜め息をこぼした。水上と同じブースには、彼の他に、初対面の男性二人と、今日ここに自分を連れてきた職場の上司が座っており、男四人でビールとつまみではなく、見るからにお洒落そうなカクテルやフルーツの盛り合わせを囲んでいる絵面は、はっきり言って相当シュールだった。そのうち二人はこの店側のキャストというのがより混沌を極めている。まるでホストクラブのような雰囲気、というかまさしくそうで、もっと正しく言うならば、この店はセクキャバ……より性的なサービスをウリとしたキャバクラ……つまり、おっぱいパブ(通称おっパブ)の男性版だった。要は客が酒を飲みながら男性キャストとお喋りしつつ、胸を揉ませてもらう店というわけである。なんで俺がこんな魔境に……と入店早々虚無の境地に達した水上は、出された酒を気つけ薬代わりに口にすると、テーブルを挟んで向かいに座る職場の上司をじろっと見た。水上をこの店に連れてきた張本人は、すでに自分の横に座るキャスト相手に歓談をはじめていて、水上のことなど眼中に無いようである。くっそー、こいつ、こんなよぉわからん店に人を引っ張ってきておきながら一人鼻の下伸ばしやがって、と内心上司をなじりつつ、そのまま酒を呷る。すると自分の隣に座っていた男が、「酒はあまり一気に飲まない方がいいですよ」と酒を飲ませて酔わせてなんぼの店のキャストらしからぬことを言い出した。
「それとも酒には強いとか?」
「いや……ぼちぼちってとこやな」
「そうですか」
頷きながら「なら他にも飲まれますか?」とフリードリンクの一覧を差し出してきた男は、夜の世界の人間にしては表情の機微が薄く、媚びている感じが一切しない。かといってやむを得ない事情で嫌々と働いているふうでもなく、なんか不思議な奴やな、と自分が客側なのを良いことに水上は遠慮無く彼を眺めた。通りかかったボーイに新しく酒を注文した彼は、黒のシャツにベスト、それにやはり黒のスラックスという恰好のせいか(この店はおっパブながら、高級感も出すためか基本的にキャストも露出を控える方針のようだった)、まぁ確かに若干の夜職感はあるなと思わせつつも、とはいえ性的なサービスも提供している店の従業員には到底見えなかった。だというのにこれでおっパブのキャストだというのだから、世の中はよくわからない。混乱する水上をよそに新しい酒をボーイに持ってこさせた彼は、それを水上に持たせると、乾杯のつもりなのか飲みかけだった自分のグラスと縁同士を軽く合わせた。
「こういった店は初めてですか?」
「おん……」
「なるほど」
ほんと一体どうして俺はここにいるんでしょうねぇ、と彼に聞いたところでどうにもならないことを思いつつ、水上は渡された酒に口をつけた。
勤め先の上司に、よかったら今夜一杯どうだい、と誘われた時、水上の脳裏にチラついたのは、この人がだいぶ遊んでいるらしい、という噂話だった。詳しいことは知らない。が、そこそこの年齢ながら家庭は持たず、かつ結構なワーカホリックで知られるこの人が、どういうわけか金曜日の夜だけは絶対に残業をしない、というのが噂の信憑性を高めていた。一方、職場ではまだ若手の部類で、仕事の後は一人家で寛ぐのが好きな水上は、そういったこととは無縁の生活を送っており、だから今日も本来であればさっさと家に帰って日課のオンライン将棋か麻雀でもするつもりであった。とはいえ、それなりに世話になっている人からの誘いはいくら淡泊な水上であっても断りにくい。ええ、はあ、まあそうですね行きます……と気の抜けた返事を寄越す水上に対し、「行きたい店があるんだ。あ、勿論僕の奢りだからね」と言い添えた上司は見るからに上機嫌で、さてこれは普通の飲み屋なのか、それともキャバクラやクラブといったいわゆるお水系の店なのか、と身構えていた水上を待っていたのは、お水はお水でも、男性キャストの胸揉み放題のおっパブで、さすがの彼も、いやこれはちょっと予想出来んわ……と圧倒されるほか無かった。二人がやって来たこのおっパブは、興味本位で来たがるライト層相手には営業していない会員制の店で、ただし会員の紹介であれば初めての客でも入れるそうだ。水上たちの場合は上司がここの会員で、元をただすと彼もまた初回は取引先の誰だかに連れてきてもらったらしい。で、今夜は会員になって初めての一人来店のつもりだったのだが、なんとなくまだ一人で行く度胸が無かったので、口の堅そうな部下に声をかけた……というのが、水上が誘われたことの顛末である。いやおっパブに、しかも女の子じゃなくて男子がウリのおっパブに男の部下連れて行く方がハードル高ない!? と水上は内心狼狽えたのだが、よくよく思い出してみると、自分の人生初キャバクラは成人祝いと称して大学の先輩に連れて行かれた時で、ガールズバーも同じく、そういえば似たような流れでゲイのママがいる店にも一度行ったことあったな……と走馬灯のように駆け巡る過去を振り返った水上は、なんか男って多かれ少なかれそういう生物なんかな、と思わざるをえなかった。興味はある、でも一人じゃ行きづらい、そういう時に重宝するのが、声をかけやすい部下か後輩なのかもしれない。そしてその上司はというと、初入店の時に知り合ったらしいキャストがすっかりお気に入りなのか、受付で真っ先に指名した彼を抱き寄せ、上機嫌で喋っていた。この手の見た目重視になりがちな店のキャストとしてはそこまで際立った容姿でないかわりに、見るからに柔和で優しそうな雰囲気を纏う男である。嫌がる素振りを一切見せることなく微笑んだ彼は、その上司の頭を「今日もお仕事お疲れさま」と優しく撫でていた。撫でられた方の上司はというと、そんな彼に向かって「ママ……」というようなことを口走っている。ママ!?
いやあんた、そんな……親子ほどとは言わなくとも、たぶん俺とそう年の変わらなさそうな男の子相手に俺の前で甘えんでも……と、もはや野暮とわかりつつも脳内でつっこんだ水上は、目の前の見ているだけで頭がバグりそうな光景からそっと目を離すと、半ばやけくその心で自分の隣に座る男に向き合った。
一回六十分制のこの店は、ルールの範囲内であれば好きなだけキャストとたわむれて良いらしく、終了時間が来るまで上司が帰ってくる望みは薄かった。とすれば、このまま黙っていたところで何の生産性も無いどころか、かえって周りに気を遣わせてしまうのは明白であり、ならいっそ割り切って自分に宛がわれた男と適当に雑談でもしていた方がむしろマシなように思えたのである。初対面と言えどこっちは客で向こうはキャスト。少なくともめちゃくちゃ不愉快な思いをする可能性は低いだろう。それにしても、とすぐ真横の男を頭の先から爪先まで眺めた水上は、なんでこんな下品なところの一点も見つからん男がこの手の店にいるんや、と今日何度目かもわからない感想を改めて抱いた。
向き直った水上の目の前に座る男は蔵内君といって、水上に「誰を席につけますか」と尋ねてきたフロントの黒服曰く、「うちの店でも特に人気で、フリーでいることがあまり無いキャスト」らしい。今なら空いてますよ、と言われ、じゃあそれでいいです……とよくわからないまま返事をした水上であるが、間近で見た彼は確かに、まぁこれは少なくとも女性受けはするだろうよ、と素直に思える容姿をしていた。現れた瞬間からでっかいな、という印象を水上に抱かせた彼は、確実に身長百八十センチはあるはずで、しっかりとした肩と腰回りはどんな女性に抱きつかれても優しく受けとめられそうであった。この店は従業員こそキャストからボーイに至るまで男性で統一されているが、客側は成人済みの身元のはっきりとした人間であれば性別を問わないらしく、ちらっと目をやった店内にはマダムっぽい女性客もちらほらといたから、そういった需要は確実にあるのだろう。こういう見るからに頼りがいのありそうな男性の胸を揉みたい……とまではいかなくとも、抱きつきたい女性の心理は男である水上にも理解できた。一方で、年はよくわからない。自分と同じくらいに見えるが、案外これでけっこう年下、あるいは上ということもあるだろう。目鼻の凹凸がくっきりとした顔立ちは上品で、水上の脳内にいる関西の女芸能人が「ほんとイイ男ねあんた」と褒めちぎりそうな気配だった。あえて言うと、綺麗に掻き上げた前髪がダンディというかお父さん、あるいはパパっぽい。が、絶対に一生「おとん」だの「親父」だのとは呼ばれなさそうなタイプである。
「蔵内君、モテそうやな」
「さあ? どうでしょうね」
褒められても否定も肯定もせず、さらっと流すあたりがますますモテ男くさかった。
「水上さんは、ややこしい人間に好かれていそうな気配がする」
「それ褒めてる?」
「いや……」
「えっ、そこは肯定してや」
お堅そうな雰囲気に見せかけて案外こういう気さくなノリでくるタイプだったの? と少々意外がりつつも無難な会話を続けていくうちに、最初は半ば現実逃避のつもりであった水上も、まぁこれはこれで悪くない経験だな、と思うようにはなっていた。少なくとも友人同士の話のネタとしては使える。前な、会社の上司に連れられておっパブに行ったんやけど、そこ全員キャストが男の店でな……いや胸は揉まなかったけど、そこで喋った奴がわりとおもろくて……ちゅーても男やけどな、それで……。すぐ隣の蔵内に、仕事の愚痴というほどでもない話を聞いてもらいながら、脳内で適当な談話をでっち上げていると、ふいに視界が暗くなった。どうやら店内の照明が落とされたらしい。停電? それとも誰かのバースデーサプライズ? と困惑する水上をよそに、他の来店客や従業員たちは落ち着き払っており、やがてそれまでかかっていたクラシック風の音楽とはうって変わるハイテンポな音楽と共に、やたら声の通るボーイのアナウンスがかかった。要約すると、お触りタイムスタート、とのことである。
え、なに!? とますます当惑する水上を置き去りにして、店内は一気に企画もののアダルト動画のような気配に包まれる。要は、当人たちはいたって真剣であるが、はたから見るとツッコミどころ満載、というわけである。テンションの高い音楽の中、客側は無心でキャストの胸を揉み、キャストたちは思い思いの反応を返している光景はなかなか凄まじい。ちらっと目をやった向かいの席の上司は、例のママと呼んでいた優しい男の子を膝に乗せ、まるで子供がやるかのように甘えていた。やっばいなこれ……。一方、水上のすぐ真横に座る蔵内はというと、最初の十秒ほどは店内の様子を見守っていたが、あまりの異様な光景に説明を求めた水上が自分を振り返ったのと同時に(おそらくこのまま喋っても声が届かないと判断したのか)顔が触れ合いそうなほど距離を詰めると、水上の耳元で「サービスタイムなんですよ」と囁くように喋りはじめた。
「さ、サービス?」
「まあ要は、強制お触りタイムというか……」
言いながら彼は水上の腕をそっと握ると、そのまま静かに自分の胸を触らせた。
ひょっえ!? なんやこれ、大胸筋! いやおっぱいか!? 男の自分が同じく男の蔵内の胸を触っているという想定外、いやおっパブなのだから本来は想定内なのだが、とはいえ無難にやり過ごすつもりであった水上からすると、キャスト側から強制的に触らされるというまさかの事態に、彼は目を白黒させた。一方の蔵内はというと、先ほど歓談していた時からまったく表情を変えることなく、淡々と説明を続けていく。
「この店は基本的に、六十分間常にお触り自由となっておりますが、時々、どうしても触りたいと言い出せないシャイなお客様や、あるいはもっと濃密な接触を望まれる方もいらっしゃる為、最後の五分はこうして強制的なお触りタイムをもうけております」
「へ、へえ……」
何とか返事を絞り出しつつも、水上の意識は右手の下にある彼の胸の膨らみに集中しつつあった。シャツ+ベスト越しに触れる蔵内の胸は、女性特有の柔らかな質感こそ無いものの、そこに胸がある、と思わせるには十分な厚みと弾力があった。これをただの大胸筋と言い切ってしまうのは確かにちょっと勿体ないかもしれない。硬い筋肉と柔らかな脂肪の、ちょうど中間くらいの触り心地で、なるほど確かにこれは男版のおっぱいやわ、と水上は訳もわからず納得した。というかぶっちゃけ、最初に彼が現れた時から内心思ってはいたのだ。蔵内君、おっパブのキャストいうだけあって絶対良い胸してんな、と。スポーツ選手のようにみちみちと隆起しているわけでも、あるいは豊満な体型故に膨らんでいるわけでもなく、あくまでほどほどの筋肉とうっすらとした脂肪が絶妙な見栄えと触り心地を生み出しているこの感じ。さすがに他の客と同じく顔を埋めたり揉みしだくことは出来なかったが、思わず手を離せなくなったのは紛れもない事実であった。そう考えると、この強制お触りタイムというのはむしろ、この上なく理に適った営業チャンスなのかもしれなかった。少なくとも、わざわざ金を払ってこの店に来ている時点で、多少なりとも客側はそういったことを望んでいたはずで(勿論、水上のようなパターンもあるにはあるだろうが)、であれば、触らせてみて性に合わなかったならばそのままフェードアウト、逆に、うっすらでも関心を引けたなら、どんなに照れていても最後の五分は絶対に触れるということで再来店の可能性が高まる。なるほど、なるほど……。
「ちなみに濃密な接触って?」
「胸から腹部にかけて、それと臀部はお触りOK。あとキスもキャストからなら可。ただし性器への接触および露出はNG」
「お、おう……」
そういえばそんなこと入口で言われたな。触る気まったく無かったから真面目に聞いとらんかったけど、と水上が呆気にとられる中、サービスタイムは続いていく。
「あと女性なら膝に乗せる、反対に男性なら膝に跨がるといったことも、ご希望次第ではしていますね」
「ひ、膝に……へぇ」
蔵内は立派な成人男性だった。水上もそこそこ背丈はある方だが、その自分よりも彼が体格的に優れているのは明らかで、そんな彼に跨がれたら、たぶんそこそこの重量を感じるのは間違いないはずであった。
「圧死したい……」
「え?」
「えっアッいや、なんでも?」
いま俺は何を口走った!? と内心焦りで心臓バクバクの中とぼける水上に対し、向かいの蔵内はというと、至って冷静な眼差しのまま一瞬だけ考える素振りを見せると、それから水上の肩に手を置き、想像よりもだいぶ軽い身のこなしで、水上の膝、というか太股に跨がった。目の前に迫る胸、つまりおっぱい。あっなるほど、こうやって密着することで更に胸に近づけると。なるほど。よく出来ている……と、もはや放心に近い状態で感心する水上であったが、そんな彼の顔面に更に何か柔らかなものが押し当てられた。むにゅんともたゆんとも違うこの感覚……そう、胸である。いま自分は蔵内の胸に顔を埋めていて、なおかつ、行き場を失って宙を彷徨った腕は、いつの間にか彼の臀部に導かれていた。正直になろう。良い尻だった。胸よりもいくらかみちっとした彼の尻は、女性に比べると当然硬かったが、スラックス越しでもわかるそのハリのある感じと筋肉の弾力がかえって良かったのである。
そうこうしている間にサービスタイムも終わりを迎え、ハイテンポな音楽のボリュームが絞られていくのと同時に、店内もまた元の少々薄暗い程度の明るさに戻っていく。蔵内もまた何事も無かったかのようにすっと水上の膝から体を離すと、涼しい顔つきで座り直した。なんというかプロの振る舞いである。こうして水上の、人生初の、男の胸に顔を埋めながら尻を揉むという体験は終わりを告げたのであった。
ここで客のお見送りや、あるいは次の客を入れる準備が発生するのか、ホールを行ったり来たりするボーイたちを筆頭に多少ざわめく店内で、向かいの座席にいた上司がようやく水上に向かって声をかけてきた。水上君、今日はありがとうね、ぼくはもう一時間延長するけれど君はどうする? と尋ねられ、いや俺はもう十分っす、と頭を下げてから立ち上がる。
「じゃあ月曜日にまた」
「ご馳走様っした」
何が? とは自分でも思ったが、反射的なものなので考えるだけ無駄だった。
「それでな蔵っち、あのクソ上司がな」
「ああ」
「聞いとる?」
「聞いているが」
「ならええわ。それでな、あのクソ上司が、帰り間際に仕事押しつけて来そうになったから、逆に押しつけ返してやったわ」
「強かだよな、お前は」
それから数ヶ月経った例の男性版おっパブには、客として堂々と来店する水上の姿があった。はっきり言おう、常連である。いわゆる太客のように毎週一度は必ず顔を出す、というほどでは無かったが、それでも二週間に一回は絶対に蔵内の顔を拝みに、いや胸を揉みに来ていた。何故、と聞かれても、彼の胸が途方もなく気に入ってしまったからに他ならない。実は初来店の日、フロントまで蔵内に見送られた水上は妙に疲れ切っていて、そのまま大人しく帰るつもりだったのだが、「ご来店ありがとうございました」と一礼した蔵内が立ち去った後、どういうわけかフロントのボーイの「入会されますか?」という案内に導かれるまま、気が付けば会員証を発行していたのである。その反動か、その夜は家に着くなり凄まじい羞恥心に襲われ、作ったばかりの会員証も即座に財布から抜き取り、PC用デスクの引き出しに隠してしまったのだが、一週間と経たないうちに、いやでも、あのおっぱいは本当に良かった、と事あるごとに思い出すようになっていた。そのタイミングで凶悪な納期とチーム内のエラーと取引先からのまあまあ無茶な要望というトリプルパンチに見舞われた水上が、癒やしを求めた末に辿り着いたのが例のおっパブで、その時彼を出迎えたのが、フリーではなく今度はきちんと指名を受けた蔵内だったのである。その時の彼の、一瞬だけ浮かべた「まさかお前が再来店するとは思わなかった」と言わんばかりの驚き顔がダメ押しだったような気もする。へぇ……蔵内君てこういう顔もすんのか、と日頃は眠らせている自身の若干サドっ気の強い一面が頭をもたげるのを察知した水上は、以来彼にちょっかいをかけたい気持ちと癒やしを求める心のままに来店するようになっていた。
大人しかった初回とはうってかわって、ぐいぐいと絡むようになった水上であるが、とはいえ蔵内も接客のプロというか、それに対してたじろぐこともなく、あくまで手慣れた対応を見せていた。タメ口なのも、数回の会話を通して間違いなく同世代と踏んだ水上が、出来ればそうしてくれと頼んだからである。本来の水上であれば、いかなる場であっても、店員と客、という線引きは遵守したいので、タメ口がいいと頼むなどありえないのだが、なんとなく蔵内に関しては、友人ぐらいの距離感が一番気楽だった。
小さい頃テレビドラマで見かけた、いい年したおっさんがクラブのママにあれこれと話しかけるシーン、昔は、わざわざお金を払ってまでああいう場に行くオッサンの気が知れねぇとすら思っていたが、今ならわかる。むしろ、金を払って自分の本能だとか欲望だとかを満たしてやるのは究極の贅沢だ。そういうわけで水上は、今日も身持ちを崩さない程度に男がキャストのおっパブで遊んで帰るし、蔵内もまたキャストに徹している。
品行方正そうな彼が何故かこういった店で働いているのと同様、人生本当に何があるかわからんなぁと水上は思った。
【よくわからん裏設定】
・蔵内君
とあるおっパブの人気キャスト。同僚に歌川君や村上君がいる。どうしておっパブで働いているのかは謎。金には困っていないらしく、現在はそこそこ立派なタワーマンションに王子君とカシオ君と一緒に暮らしている。
・水上
蔵内君を本指名している社会人。実は会社というより研究所の職員。
・蔵内君が働くおっパブ
高級志向の店で安易な売り方はしないが、実は服を脱いでくれるサービスもある。ただし高い。