「ねえ、ロイド。次のお休みの日に、支援課にお邪魔しても構わないかしら?」
ロイドにとって姉のような存在であるセシルがそんな事を言い出したのは、支援要請を受けてロイド達がウルスラ病院に顔を出した時の事だった。近頃はアルモリカ村の療養所にいる事の方が多いのだが、この日はたまたま病院にいたらしい。
彼女の突飛な言動にある程度慣れているメンバーだが、予想もしていなかった言葉にさすがに驚き、どうしてか、と尋ねれば、意外と(というと失礼だが)まともな答えが返ってきた。
「だって貴方たち、ずいぶん忙しいんでしょう?だから、みんなのお仕事の様子をちょっと確認したいと思って」
「いや、大丈夫だから、セシル姉…」
「過労で倒れてしまったら元も子もないわ、ロイド」
「あの、セシルさんこそお忙しいんでしょう? 休日には休んだ方が…」
「私なら大丈夫よ。それに可愛い弟が心配なの。……ダメ、かしら?」
小首を傾げながらの彼女のお願いに、ロイドはもちろん他のメンバーも反対など出来ない。
かくして、次のセシルの休みの日に、支援課に彼女がやって来る事が決まったのだった。
「おはよう、ロイド。お邪魔するわね。皆さんもおはようございます」
それから数日後。
予告通り、本当に来たセシルに、セルゲイは何とも言い難い顔をした。
無理もない。仕事の様子を確認したいということはつまり、セルゲイが無理をさせているのではないかと言われたも同然なのだから。
しかしそんな彼の様子も、また、本当に来たのか、と戸惑うロイドたちの様子も気にかけず、座ってもいいかしら?などとのんびりとした口調で告げたセシルは、今日はノエルもワジも不在のため空いていた椅子に腰かける。
これはテコでも帰らないな、と。顔を見合わせてため息をついた一同は、少しばかりやり辛いと思いつつミーティングを始める。
幸い、と言うべきか、今日は魔獣退治の要請は入っておらず、市内での細々とした要請とマインツの町長からの依頼。それと本部からの応援要請で、さすがに警察本部にセシルを入れる訳にはいかないので、エリィとランディでマインツと本部、ロイドとティオ、セシルで市内を回る事になり、早速仕事を始める事となった。
「それで? …仕事の様子がどうとか言ってたけど、本当の目的は何なんだ? セシル姉」
「ロイドさん?」
マインツへと向かうエリィたちを見送ってから市内を回るその最中、ロイドがセシルに問いかける。
幼い頃からの付き合いだ。彼女の本音は何となく検討がついている。だが、一応確かめておこうと、そう思っての問いだ。
それにセシルは、貴方に隠し事は出来ないわね、と微笑み、近頃あまり会えなくて、お姉ちゃん寂しかったの、と宣った。
「そんな事じゃないかとは思ったけど。…はぁ」
「ドンマイです、ロイドさん。まあこうなったら、今日1日お姉さん孝行だと思って頑張ってください」
「は? …ええっと、ティオ? どこに行くんだ?」
「本日の要請の内容を鑑みるに、ロイドさんとセシルさんがいれば事足りると思いますので、財団の方に顔を出そうかと」
「え。…いや待ってくれ。頼むからいてくれ、ティオ!」
「セシルさんのストッパーとして、ですか?」
「う。……ティオも知ってるだろう?セシル姉が時々暴走するの。正直俺ひとりじゃ止められる自信がないんだ…」
「私がいてもそう変わらないと思いますが。…ふぅ、仕方ありませんね」
「あらあら、ふたりはずいぶん仲良しなのね? …ハッ! もしかして、ロイドの本命はティオちゃ」
「違うから。そういうのじゃないから! …ほら、行くよ、セシル姉」
「そうやってすぐ否定してムキになる所があやしいわね? ロイドもそろそろお嫁さんをもらっても良い頃合いなんだし」
「まだいいから! というか、セシル姉こそ、誰か好い人いないの?」
「う~ん? 特にいないわねえ」
「そ、そう…。と、話をしてないで次の場所に向かわなきゃ。今日は細々とした要請がたくさん来てるんだから」
「まあ、別に無理して全部こなさなくても良いとは思いますけどね。ほぼ雑用というか、多分ロイドさんの顔が見たいだけなのではないかと」
「あらあら、ロイドは人気者なのね。お姉ちゃん、鼻が高いわ~」
どこまでものんびりマイペースなセシルと我が道をゆくティオに、その日ロイドは散々振り回された。
ティオを引き留めたのは果たして正解だったのか。帰り道、港湾区で柵にもたれかかり、湖を眺めながらしばし黄昏る(時刻は正に黄昏時だった)ロイドに、女性2人は顔を見合わせる。
「あら?どうしちゃったのかしら、ロイドったら」
「少し疲れただけではないかと。…そうですね。そこの自販機でコーヒーでも買って差し入れましょうか」
「なら、私が買うわ。ティオちゃんは何が良い?」
「そうですか?ではお言葉に甘えて、私もコーヒーをお願いします」
ティオに何が良いか聞き、缶コーヒーを3本買って1本をティオに渡したセシルは、ロイドの方へと歩き出す。
そして1本をロイドの首筋にペタリと宛がった。
「わひゃあっ!?…び…っくり、したぁっ。…おどかさないでくれよ、セシル姉!」
「ごめんなさい。何か考え事をしてたみたいだったから、声をかけただけじゃ気がつかないかもしれないと思って。お疲れ様、ロイド。これ、どうぞ?」
「あ、ああ、ありがとう。…それで、今日1日、一緒に回ってみてどうだった?」
「そうねえ。とても楽しかったわ。貴方たちがどれだけ頼りにされているのかもよく分かったし。でも…」
そこで言葉を切ったセシルにロイドが振り向くと、少し寂しそうな顔をした彼女はこう続ける。
「あまり、無理はしないでね。ちゃんと周りの人たちにも頼ること。もう、貴方たちにだけ背負わせたりはしないから。……そして、あの人みたいにいなくなったり、しないでね?」
"あの人"が一体誰を指しているのかなど、聞かずとも分かる。やはり彼女はまだ兄の事を吹っ切れてはいないのだろう。その事にロイドの気持ちも少し沈む。
そして、こういう職業だから絶対なんて約束は出来ないけど、なるべく気をつけるから、と、そう告げれば、わがままを言ってごめんなさい、ありがとう、と返事が返ってくる。
2人揃って少ししんみりしたところで、そろそろ帰りましょう、とティオが2人に声をかけ、そうだな、とロイドが返し、こうして1日は幕を閉じた。
無理はしないこと、というのはビルに戻って全員揃った場で再度釘を刺されたが、その後は一緒に食事をしながら、ロイドのお嫁さん、という話が蒸し返されたり、そこから他の面々に飛び火したりと賑やかな時間を、セシルが帰るまで過ごしたのだった。