支援課でいぬの日の話 2022秋も深まってきた11月1日。
この日も朝から忙しく支援要請をこなしていたロイドたちがビルへと戻ったのは、夕刻、もう日が沈んだ後の事だった。
今日の夕食当番はロイドとティオだったが時間も気力もあまりなくて。少し寒いし簡単に鍋にでもしようかと話をしながら入り口の扉を潜れば、途端に4人の鼻孔を良い匂いがくすぐり。
もしかして、と顔を見合わせた彼らがキッチンを覗けば、そこには予想通りエプロンをつけたキーアの姿があった。
「おかえり、みんなっ! 疲れてるだろうし、今日はキーアがごはん、作ったよ?」
「ただいま、キーア。助かるよ。帰りも遅くなっちゃったし、正直今日はあまり作る気力もなかったからな」
にこにこと笑顔を浮かべるキーアとその頭をなでるロイドという何とも癒される光景に自然と全員が笑顔になり、その後和やかに夕食の時間は過ぎていったのだが。
コーヒーや紅茶、そしてお菓子を用意して、食後の団らん(とロイドは報告書の作成)となったところで、パタパタと上に上がっていったキーアが持って下りてきたものに、既視感を感じた一同は頬をひきつらせた。
あれは確か、2月も終わり。朝からやけに機嫌が良かったキーアが、時間こそ少し早くて夕食前だったものの、同じように箱を持って下りてきて。今日はねこの日だと言いながらねこ耳のついたカチューシャを差し出してきたのだ。
そこでロイドはふと気がつく。今日は11月1日。1が3つ、つまりワンワンワンだと。そしてこの場から逃げようと椅子からそっと腰を浮かせたが、時既に遅く。
満面の笑みを浮かべたキーアはじゃーん、と言いながら持ってきた大きな(だが軽そうな)箱からいぬ耳がついたカチューシャを取り出すと、スチャッと自身に装着し。予想通りの言葉を放った。
「今日はね、ワンワンワンでいぬの日なんだって。だからみんなも一緒にこれ、つけようよ!」
「ああ、やっぱり……」
「キ、キーアちゃん……」
「確か2月にも似たような事がありましたね。あの時はニャーニャーニャーでねこの日でしたか」
「冷静に言ってる場合か? ティオすけ。俺は絶対にイヤだぞ!」
「ランディ、つけてくれないの?」
その言葉への反応はそれぞれだったが、明確にイヤだと言ったのはただひとり。
焦りゆえだろうか。思わず口から本音がこぼれたランディに、それまで笑顔だったキーアの表情は曇り、少し潤んだ瞳でランディを見つめる。
そうなってしまっては勝てるはずもなく。がっくりと項垂れたランディがそいつを寄越せとカチューシャを要求すれば、一転キーアは再び笑顔になり、はい、とランディに黒い耳のついたカチューシャを渡し。
キーアには勝てないよな、とため息をついたロイドと、二十歳を過ぎたのにこれはやっぱりちょっと恥ずかしのだけど、と頬を染めたエリィもそれぞれ耳つきのカチューシャを受け取って、残るはティオだけとなり。
開き直り、死なば諸とも、とキーアの援護射撃をするランディと、それを呆れたように眺めるロイドとエリィという図が完成する。
「あの、キーア。私は既にこれを着けているので、それは着けなくても良いのではないかと」
「ティオは着けてくれないの? みんなでお揃いがいいんだけどな」
「くっ。でも、キーア」
「往生際が悪いぞ、ティオすけ。ねこの日みてえに逃げられると思ったら大間違いだからな?」
「あの日ティオちゃんだけうまく逃げたこと、実は少し根に持ってたのね。ランディったら」
「……ふう。成人男性にこれは似合わないだろ」
「いや、ロイドは似合ってるだろ? そのちょっと困った表情とか、犬っぽいし」
「同感です。ですが私はどちらかというと猫っぽいと思うので、やはりそれは――」
「え~? ……どうしても、ダメ?」
「うぐっ……」
「ランディ、ティオちゃんも。……でも、そうね。私も似合ってると思うわ、ロイド」
「え、ちょ、エリィまで? 嘘だろ……」
そしていぬ耳はちょっと、となおも悪あがきをするティオの横で、ため息をつきながら呟いた言葉に反論され、全員から(キーアは言葉には出さないが大きく首を振っていた)それが似合うと言われてしまったロイドは机に突っ伏してしまい。その後結局キーアに負けて、渋々といぬ耳カチューシャを着けたティオとふたりして、満面の笑みを浮かべるキーアと苦笑するエリィとランディに見守られながら少し拗ねたような顔をして黙々と作業をこなし。夕食後、タバコを吸いに出ていたセルゲイは、その光景を一目見るなり忘れもんだ、とすぐさまくるりと踵を返して出ていったため、今回は難を逃れたのだった。
「あ、課長。……上手く逃げたな」
「ええ、そうね。さすが、としか言い様がないわね」
「ずるいです」
「お前らは似合ってるからまだ良いだろうが」
「え~? ランディも似合ってるよ? ……今日はノエルもワジもいないし、ほんとはみんなでお揃いにしたかったのに、残念だなぁ」
「きっとまた機会はあるわ、キーアちゃん」
「あ、ばか、お嬢!」
「それってつまり、俺たちもまた着けるって事になるんだけど……」
「エリィさん……」
「あ、あら。……仕方ないじゃない。キーアちゃんが落ち込んでるんだものっ」
「俺たちも人のことは言えないけど……」
「キー坊にゃどうしても甘くなっちまうよな」
「キーアは世界一可愛いので、仕方ないですね」
『今回は何も言われずに済みそうだな。犬と似ていて良かったと思ったのは初めてだ……』