屈折「悟がどこにいるか、知らない?」
夏油が家入に問いかけると、彼女は気だるげに座っていたソファーの背もたれから少し身を起こした。煙草をくわえて考えるような素振りを見せ、果たして紫煙と共に「知らない」という答えを返した。
「何、一緒にいたんじゃないの」
「任務帰りなんだ。夜蛾先生に報告しに行ったら、伝言を頼まれてしまって」
「ババ引いたね」
その言葉には何も言わずに肩をすくめてみせておいた。
家入は指に挟んだ煙草を揺らしながら中空を見ている。ここにいないもう一人の同期のいる当てを考えているのかもしれないし、特に何も考えることなくこの場をやり過ごすためのポーズをとっているだけなのかもしれない。
しばらくの沈黙の後、これは後者かなと断じた夏油が他を当たるべく踵を返そうとした矢先、家入が「あ」と声を上げた。まさかの前者だったようだ。
「五条のことは歌姫先輩に聞くといいよ」
ウタヒメセンパイ。予想だにしない名前が飛び出してきて、夏油は一瞬、情報の処理ができなかった。
庵歌姫先輩、学年にして夏油たちの三つ上の女性呪術師だ。五条とは年功にまつわる価値観をめぐって反りが合わず、彼のことを嫌いだと公言して憚らない。嚙みつく庵が五条にいいようにあしらわれて地団駄を踏んでいるのは、ここ呪術高専東京校においては日常の風景だ。毎度キャンキャン威嚇するさまが小型犬のそれのようで間が抜けているな、というのが夏油の見立てだった。
それがどうして、「歌姫先輩に聞くといい」なんてことになるというのか。
「避けるために予定把握してるらしい」
「うわあ」
屈折している。少し背筋が震えた。
「歌姫先輩、ここで報告書いてたんだけど、休憩がてら飲み物買いに行ってんの。そろそろ戻ってくるんじゃないかな」唇に煙草を迎えながら家入が言う。「そしたら聞いてみなよ」
なんの手がかりもないよりはマシか、と考えたところで、夏油の耳が「あ、夏油お疲れ」という庵の声を拾った。
「お疲れ様です、庵先輩」
「歌姫先輩、五条の居場所って見当つきます?」
さっそく家入が庵に尋ねてくれた。庵は片手に持っていたペットボトルのお茶をぱきっと開封しながら「五条?」と聞き返した。
「夏油が探してるんです」
「伝言を頼まれていて」夏油が言い添える。
「大変ね」苦笑してから庵は、ええと、と続けた。「今は埼玉の任務かな」
「埼玉」夏油はつい鸚鵡返しに口にした。
「一級呪霊絡みで二件ハシゴしてるはず。でもそろそろ帰ってくると思う」
だから報告さっさと仕上げて退却しないとね、とソファーに座った庵が気合を入れるようにペンを握る。その隣で家入は携帯灰皿に煙草を押し付けていた。
テーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろしながら、夏油はにこやかに告げる。
「庵先輩、いっそ私たちより悟のこと知ってるんじゃないですか」
「やめて縁起でもない」
センブリ茶を飲んでもそんな顔はしないだろうな、という顔で庵が唸った。
(2110180317)