目撃「そうだ、歌姫。カレシとうまくいってる?」
「え?」
庵が街で遭遇した友人は、中学時代の同級生だった。呪術界のことは伝えていないが、庵が高校ではなく高専に進んだこと、そしてそれが家業の都合であることを知ってくれている。
今は大学帰りだという彼女は「高専って三年制じゃないんだもんね」と制服姿の庵をしげしげと眺めていたが、ふと思い出したように眉を下げて、先の問いを投げてきたのだ。
カレシって、彼氏か。彼氏って、誰のことだ。庵の人生でそのラベリングを用いたことはなかった。
「ほら、こないだの日曜日にさ。男の子と、そこのテラス席で話してたでしょ」友人がすぐそこに見える喫茶店チェーンの一角を指さす。
「にちようび……」
何をしていただろうか、任務があった覚えはある、と頭の中でスケジュールをなぞる。今日のように電車で任務に出て、電車で戻ってきたのだったか。
「……ああ」
数日前の行動をトレースして、帰路につく駅前の路上で目が合った後輩の存在を思い出す。お疲れ、という庵のあいさつに、お疲れ様です任務お一人でも大丈夫だったんですねと返した、慇懃無礼の権化・夏油。もう一人の特級と並ぶと比較的まともという評価が下されがちだが、庵から見れば十分にいい勝負な、高専の問題児の片割れだ。
あの日、夏油も任務帰りだと言うのを聞いて、慰労としてあの喫茶店でコーヒーを一杯奢った。お昼食べそこねてるから軽食に付き合ってよ、という体で。手際が悪いんですね、などという後輩の言に歯嚙みしつつも、そんなに言うならと庵の任務反省会にも若干巻き込んだ。
その後も連想ゲーム状態で会話は続き、最終的には、もう一人の特級の態度はもう少しどうにかならないのか手綱を握っておいてよ片割れと、任務に全然関係ない男の話題で庵がヒートアップした。なんならトークの大部分はその男の話題だった。
御者の役はお任せしますよ、という放置宣言に記憶がたどり着いたあたりで、友人が「思い出した?」と意識を引き戻してくる。
「思い出したけど」
あれはカレシなどではない、単なる後輩だと庵が続けるより先に、友人が庵の肩をポンとたたいた。
「相手、しっかり者っぽい感じだったから、ああいう男の子だと歌姫も言いたいこと言えるのかなって思ったんだ。でも喧嘩してる風で心配しちゃって」
喧嘩、ということは、前半の反省会パートではなくヒートアップしているところを目撃されたのだろうか。言いたいことは言っていたが、夏油に言いたいことというよりは、その場にいなかったもう一人に向けた愚痴だった。
「余計なお世話かもだけど、あれだったら私に話してくれてもいいからね」
「いや、あの日のあの子には、相談に乗ってもらってたみたいな」
「相談に乗ってもらうってことで、お茶した感じ?」
「違うんだってば。本当に話を聞いてほしいやつは別にいるの。でも聞き入れてもらえないから、あの子から話してもらえないかって」
後輩に愚痴を聞いてもらっていたと言うのは羞恥がまさって、迂遠な言い方になった。途端に友人がハッとしたように目を見開く。
「本命は別か……!」
納得は納得でも、その内容がよろしくない。軌道修正への道のりの長さを悟る。庵は「とりあえず座らない?」と、発端となったテラス席を指さした。
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