仮想 口八丁で丸め込んだ枕は、きっかり三十分後に五条を仮眠から引き揚げた。己をよばう声に、まどろみ程度の浅い休息に別れを告げる。しかし次に控える任務の出発予定までは多少の遊びがあるスケジュールにしてあるし、このまま起きてしまうのではなんとも芸がない。
五条はいわゆる膝枕の体勢から庵の腹に顔をうずめて、腕をその背中に回した。
「んー、あと五分ー」
「寝坊助か! 人を枕にしておいて、随分といいご身分ね!」
「まあ僕、特級だし。いいご身分だよね」
耳たぶを引っ張られて、さらに小刻みに揺すられる。膝枕を堪能するために無下限を切っていたのが災いした。
溜飲が下がったのか庵の手が離れたところで「DV反対」と五条が声を上げる。返ってきたのは「誰と誰がドメスティックよ」という言葉と冷え冷えとした睨みだ。バイオレンスに関しては釈明しないらしい。
「よーし、処す」
「耳くらいで大袈裟な」
背中にやっていた手を伸ばして、蝶々の端をつまむ。そのまま指先にちょっと力を入れてやれば、あっけなくリボンは解けた。
「あ、やだ。何してるの」
庵が手で押さえようとしても、もう遅い。蝶々の姿は跡形もなくなって、白い布が一筋、五条の手にくたりと垂れている。
まとめられていたサイドの髪が解放されて流れるにつれて、フローラルな香りが五条に届いた。シャンプーの香りだろう。長い分だけシャンプー使う量も僕の比ではないよな、と思考が変に生々しくなる。こんなところで五条に風呂事情を想像されているだなんて、庵は思ってもみないはずだ。
リボンごと黒髪に指を通した。コシのある手触りをするすると、上から下へ上から下へ、繰り返し、すく。リボンで束ねていたあたりに少し癖が残っている。
「はねてる」
「そりゃ、結んでたからね」
「寝癖みたい」
何言ってんのよ、と庵は明後日の方向に目線を向ける。窓の外でも見ているのかもしれない。それでも頭はあまり動かされなかった。五条の指を払うこともしない。庵の黒髪はすり抜けることなく、五条の手に流れている。
「いいね。僕も歌姫も寝起きだ」
髪を指に巻きつけて、髪を引く。
気を引く。
「おはよう、歌姫」
「私はずっと起きてたっつの」
(2111060645)