お守り ひいばあちゃんの遺品の「お守り」を引き取りに来たのは、巫女さんだった。
足元はブーツだったので、本当に巫女さんなのかは分からない。でも赤い袴に白い和服という姿を見たら頭の中でついニックネームをつけてしまった。お守りを取りに来るくらいだし、神社には何か関わりがあるんじゃないだろうか。巫女さんは玄関で、庵と名乗った。
母さんは巫女さんを客間に案内した。私はお茶を出すように言われたので、お茶とおまんじゅうを載せたお盆を持って客間に行く。
客間は和室だ。巫女さんはさすがによく似合っていた。うちの家族よりも溶け込んでいる。正座している背筋がピンと伸びていて、見ているこちらも自然と姿勢を正そうという気になる。お茶を差し出すと切れ長の目がゆるりとやわらいで、「ごちそうさまです」と言ってくれた声がくすぐったかった。
「これがそのお守りです」じいちゃんが巫女さんの前に木の箱を差し出す。
「確認いたします」巫女さんが箱を持ち上げた。
正確には、箱の中に入っている櫛がお守りなのだと、昔ひいばあちゃんが教えてくれた。表書きも何もなくて、ただ、封をするようにお札が張ってある。
お札はかなり古くなっていて、筆でぐねぐねっと書いてある文字っぽいものも当然読めない。少し触るだけでもぼろりといきそうなのに、遺品整理のときに中身を確認しようとしたじいちゃんが爪を立てても、剝がれなかった。
——なんや頑固やなあ。
——それ、お守りやん。ひいばあちゃん、開けたらだめって言っとったやろ。そっとしときや。
じいちゃんと私のそんな会話を聞いていたのが、遺品整理を手伝ってくれていた近所のおじちゃんだ。じいちゃんの手元を覗き込んでしばらくして、じいちゃんからそっと箱を取り上げて言った。
——お守りって言うとったね。なら、むやみに開けたらあかんよ。
そうして、こういうの引き取ってお世話してくれるところがあるからとおじちゃんが紹介してくれて、巫女さんがやってきたというわけだ。
箱を確認している巫女さんを見ながら、お守りの箱を大切そうになでていたひいばあちゃんの指先を思い出す。箱の中の櫛を見せてくれたことはなかった。けれど、神棚と、お仏壇と、このお守りとを毎日一度は拝んで、大切にしていた。うちを悪いもんから守ってくれとるんよ、と言いながら。
確かに、という巫女さんの声が聞こえて、はっとした。お守りの確認が終わったのだ。
「ではこちら、お預かりします」
巫女さんが持参したらしい風呂敷を広げた。
きっと悪いようにはされない、と思う。けれど、お守りをなでるひいばあちゃんの手つきを思い出したら聞かずにはいられなかった。正座した膝の上で握りしめた自分の手をにらみながら「あの!」とあげた声は、力みすぎて不自然に大きくなった。
「それ、うちのお守りやったんですよね? 引き取ったらお焚き上げ?とか、するんですか。初詣のときみたいな、あの」
お焚き上げと言うとなんだか神聖だけど、結局は燃えてしまうってことだ。ひいばあちゃんがあんなに大切にしていたのに、燃えて、灰になって、なんにもなくなってしまう。それはどうしたって寂しかった。
勢いに任せて言うだけ言って、そろりと視線を上げると、巫女さんはお守りの箱を包む手を止めて私を見ていた。そのまっすぐなまなざしに、自然と背が伸びる。彼女も姿勢を正して、私に向き合って、言った。
「お焚き上げはいたしません。当方で責任を持って保管させていただきます。そしていざというときには、その力をお借りすることもあるかもしれません」
この家のお守りがもっと多くの人を守るものになるのだと、巫女さんは言った。お守りはお守りのまま、灰にはならずに大切にしてもらえるらしい。肩の力が抜けた。そのまま頭を一度下げる。
「よろしく、お願いします」
「ひいおばあさまの宝物なんですものね」巫女さんは微笑んで、それからまた表情を引き締めた。「必ず、無下にはしません」
風呂敷で箱を包んでいく手は丁寧だ。この人に預けるのなら、ひいばあちゃんも安心してくれるだろうと思えた。
(2111160418)