仲　テーブルに肘をついて、五条が揚げパスタを食べている。一本ずつつまみ上げては、くわえてポリポリポリポリと食べ進める。動くのは口元だけだ。当然、視線も微動だにせず、テレビに向いたまま。目を見張ることも、目を輝かせることも、眉をひそめることもない。
　これは観たくて観ているという表情ではないな、というのが七海の認識だった。そういうカラクリ人形だということにして放っておいているうちに、七海の手元のグラスは空になったし、家入の前には三本目の徳利が来た。
　五条が見つめる、というか睨んでいるテレビは、プロ野球の試合を中継している。映し出される球場の様子を見るに、試合会場は場外ホームランが出るとか聞いたことのあるドームだった。そう思っているうちに、後攻チームの打者が豪快な一発を放った。
「こいつ、こないだもホームラン打ってたよな」
　話すという身体の機能を五条は思い出したらしい。家入がちらと五条の方を見たが、言葉は何も返さなかった。七海もそれに倣い、黙ったままでいることにする。構わず五条が再び口を開いた。
「中軸の外国人、いつものやつと違わない？　なんかもっとヒゲだったじゃん」
　じゃん、と言われても。
　七海はそれほど野球に興味があるわけではない。新聞を一面から最終面まで読み通すときに、運動面で取り上げられている話題を拾い読む程度だ。選手の名前や顔だってタイトル級にもなれば見覚えもあるが、各球団の打順でどうこう言われてもピンとこない。
　加えて、五条が野球に詳しい様子を見せているというのが七海にとっては意外だった。この男のことを詳しく知っているとは思っていない。しかし学生時代に知り合ってからそれなりの年月が過ぎ、いくつかの場面を共有しているのも事実だ。そのいくつかの場面の中で、五条がこういった興行スポーツに興味を持っているような素振りは見受けられなかったように思う。
「五条さんが野球好きだった、という記憶がないのですが」
　とうとう口を出してしまった。家入が、やめとけと言わんばかりの顔をこちらに向けてくる。七海としてもやってしまったという気分だが、覆水は盆に返らない。
「歌姫と飲んでると、自然とこうなるよ。特別興味ないのに、半端な知識ばっか増えてく」
「庵さんと飲むと、ですか」
　急に話題にあがった名前は、この場にいる人間にとっては共通して先輩にあたる術師のものだった。七海も幾度か飲みの席を共にしたことがあるが、あまりパーソナルな部分は知らない。彼女とは、家入が特に親しいのではなかったか。
「歌姫先輩、野球とかサッカーとかスポーツ観るのが好きなんだ。ちなみに言うと、あれ、先輩の贔屓のチームだよ」
　さっきホームラン打ってたチーム、と家入が七海の送った疑問の視線に答えた。少しの驚きを覚える。
「私がご一緒した飲みの場では、テレビがあっても、そこまでの様子ではありませんでしたよ」
　うそお、と五条が身を起こした。
「スマホ立てかけて一球速報チェックしてたりとかさあ」
「まず庵さんが飲みの席でスマートフォンを触るというイメージが、あまりありません」
　飲みの場で庵が手にするものはビールジョッキ一択、という印象だった。エネルギーを酒と会話に全振りしている姿が記憶にある。
「誰彼構わず趣味を丸出しにする人じゃないし、相手がいるのにスマホいじるようなことだってしないよ」
　家入が言いながらおちょこの上でひっくり返した徳利は、一滴も酒を落とさなかった。さっき来たばかりではなかったか。ペースが速い。メニューを手に取った家入は、七海の傍らにある店員の呼び出しボタンを指さした。
「じゃあ、サシで飲んでて野球トークされる僕は、気の置けない仲ってやつ？」
　七海が五条の言葉を聞き流してボタンを押す。ボタンは、ブーと音を立てた。

（2111290509）