酒屋にて「仕入れに精が出るねえ、酔っ払い」
「まだ酔ってないし、アンタはどこから湧いて出たの」
庵の行きつけの酒屋前である。店頭に並ぶ二十四本ケースを吟味していた庵の横に、不意に五条が現れた。
「期間限定のやつがどうとかって、こないだ硝子が歌姫と電話してたの聞いたけど」
「聞き耳立てんな。冬季限定缶のことなら、あれ、ケース売りはしないわよ。単売りか六本パック。だからサブにしようと思って」
「サブ!」
五条の失礼な笑い声をBGMに、候補の中から一種類を決めた。冬季限定缶と銘柄を揃えることにする。限定缶だけを持ち帰りケースは自宅配送を頼むつもりなので、そばに掲示されていた自宅配送のチラシで時間指定の枠を確認する。
「宅配とか頼む必要なくない?」
横から口を出す五条の言わんとすることは知れている。荷物持ちとして五条の恵まれた体躯は十分すぎるほどだ。それは庵自身も考えた。
「アンタがうちに来るための口実を与えたくない」
スマートフォンでスケジュールアプリを開き、当面の予定を確認する。受け取りのできそうな空白を探す。明後日の週末、午前中が空いていたので、このタイミングでいいかと目星をつけた。
「えー? 配送料もったいなくね?」
「わが家の平穏を思えば安いものだわ」
ぶうたれている後輩を尻目に視線をめぐらして、配送を頼むために店員を探せば、すぐにおかみさんが見つかる。二人が話していた声を聞きつけて寄ってきていたようだ。
「いらっしゃい、庵さん。そちら彼氏?」
庵がビールのまとめ買いをするのは専らこの店だ。馴染みの顔の横に見慣れない男が親しげに立っているのを見たおかみさんは、五条を見上げてその風貌に呆気に取られていた。
問いかけはあいさつ程度の冗談のつもりなのだろうが、即否定する。
「後輩です」
「どうも、後輩だそうでーす」
だそうですじゃねえだろなんで伝聞なんだよ言い切れ——とは、おかみさんの手前、言えない。さすがに二人を初めて見る第三者がいる場では、いつも通りつっかかっていくような勢いは削がれる。
その隙を受けてか、庵がこれと決めた二十四本ケースを指さして五条がおかみさんに呼びかけていた。
「これ一ケースと、限定缶のセットをくださいな」
そう言った五条は、いつの間にか取り出していたカードをおかみさんに手渡している。さすがにその腕を取った。声をおかみさんに届かない程度に抑える代わりに、腕をつかむ指先に疑問を込める。
「ちょっと、なんで支払おうとしてんの」
「やだな、別に賄賂じゃないよ。日頃のお礼ダヨ」
「今『賄賂』って聞こえたわよ、語るに落ちてるからな! あと日頃って言うほど最近は顔合わせてないでしょうが!」
東京出張で家入も含めて三人で飲んだときなどは奢ってもらってしまうこともある。やはり特級の給金は桁違いであるし、酒を飲まないまでも食事については五条も十分食べているから、多少の罪悪感はあれど、払うと言われることに納得もできる。
しかしこれはおかしい、だってこの酒は一滴も五条の口には入らないのだ。
聞き取れない声で、しかし目の前でやりとりをしている二人の姿を見て、おかみさんが首を傾げた。
「会計して大丈夫なん?」
「大丈夫。このまま持って帰るから、印してもらえる?」
「待って待って待って待って」
五条が庵の手を腕から引き剝がしながら会計を促す。
「頼むね、おかみ」
五条がサングラスを少しずらし、その青い瞳でおかみさんに笑みを向けた。
必殺、イケメンの〝おねだり〟!
ありもしない必殺技のカットインを脳内で合成してしまった。この男、自分が一般的に顔がいいとされる見目であることに自覚的だ。庵や家入は惑わされないが、初対面で耐性がなく内面も知らない人間は、割ところりと落ちる。男であってもその圧に押し負けるだろう。
当然、おかみさんも陥落した。
「太っ腹な上に男前やないの。庵さん、つかまえとかんとあかんよぉ」
おかみさんがニコニコとカードを受け取ってレジへ行ってしまう。つかまえとくって、なんの話だ。
「手綱……?」
「何ぼそぼそ言ってんの歌姫。ほら行くよ」
限定缶持って、と言って五条が目当てのケースを持ち上げた。目がレジを指し示す。しぶしぶ限定缶六本パックを二つ手に取り、箱を抱えて一足先にレジに向かっている大きな背中を追った。
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