独り占めタワーの廊下でアキラとジュニアが会話をしている。彼らの向こうにあるトレーニングルームに用件があるため近寄ると互いに同室の関係について思うところを吐露しているところであった。
「まぁ、クソDJって意外と面倒見がいいんだよな。いちいちおちょくってくるから、あんま認めたくねえけど」
「マジかよ、意外すぎるな。あ!オスカーじゃねえか!スパーリングしようぜ!」
まさに青天の霹靂だった。
自販機の近く、この時間フェイスはココアの飲みにここにくる。なんとなく会いたくて、偶然を装うため近くをうろうろしてたら、思いの外早く待ち人は来た。
「オスカー、お前も休憩?一緒に休む?」
自販機近くのベンチに2人で腰掛けるとギシリと音がする。我慢出来ずに思っていたことが口からこぼれる。
「なんか、近くないですか?」
「近いって?何が?」
「距離が、……セクターの皆さんと……」
「?」
「そう?ディノは誰に対してもそうでしょ、気にしたことなかった。お前相手でもそうだったんじゃないの?あとキースと距離が近いとかヤメテ、考えたくない」
(いやいや、キースさんやジュニアとも距離が近いじゃないか)
「ディノさんには俺もお世話になりましたが……」
「?、変なオスカー」
年上に認められ、甘やかされているフェイスを見ると一瞬の間、心に靄がかかるが同時に兄であるブラッドと良好な関係であったあの頃のようだと懐かしさもあって、しかし、今日はそんなことよりも、だ。
オスカーの思考を曇らせているのはディノらメンターではない。
フェイスのジュニアに対しての態度だ。何かにつけてちょっかいをかけたりと距離が近いのは言うまでもないが、こう、面倒見の良さが、昔は自分にだけ向けられていたのに。
ビームス家に来た時、ストリート育ちで右も左もわからなかった俺にこの人は家族の暖かさを教えてくれた。分からないことがあったらなんでも聞いてねとことあるごとに俺を気にかけてくれた。柔らかなベッドに慣れず眠れぬ俺に寝物語を聞かせてくれた。共にブラッドの帰宅を待ち望んだ。短い期間であるが、かけがいのない時間を共に過ごしてきたのだ。俺しか知らない彼、彼しか知らない俺がいる。
大人に囲まれて育ったフェイスにとってオスカーは兄でもあり、しかし何も知らない弟のような存在であったのだ。
ブラッドと仲違いしてからのフェイスは人付き合いそのもの避けており、誰かと深く関わるなんてなかったから。ジュニアの発言は寝耳に水であったのだ。
(フェイスさんが気にかけてる人は自分だけでいいなんて……)
「オスカー、ホントにどうしたの?へんなこと言いだしたと思ったら、急に黙って思い詰めた顔しちゃって」
(こんな子供のような独占欲、いつから俺は…)
「フェイスさん!ジュニアがあなたの世話になっていると聞いたとき、俺はあなたが俺のことだけを気にかけてくれればと不相応なことを考えてしまいました!」
ベンチから飛び跳ねるように立ち上がり、フェイスと距離を取る。
「トレーニングでこの気持ちは消し去るのでどうかこんな俺を見限らないでください!」
「ちょっと!オスカー!」
「オスカーだけをね、ふーん……」
音速でその場立ち去ったオスカーはフェイスの満更でもない顔を見逃してしまったのだった。