そのパーティホールは人で埋め尽くされていた。
ピカピカに磨かれた革靴が、色とりどりの尖ったヒールの先が、バーガンディのカーペットを踏みしめている。そうして行きかう人々は誰も彼も煌びやかな装いで、まるでドレスコードに定められているように上品な笑みというものを浮かべて会話に興じていた。
最初はこんなにいなかった気がするのに。騒めく人々の群れを少し離れた壁際から眺めながら、オーウェンは持たされたグラスの中身をなにげなく揺らした。いつの間にこんなに増えたのだろう。
ここに集められているのは、皆ピノクル子供教育基金を利用した人間だ。ピノクル社が今や世界中で展開している、奨学金制度の利用者。
その真の目的はプレイヤーの発掘ではあるが、それは川底から砂金を探すような話だ。ほとんどの人間はカードのお眼鏡に敵わず、ただ優秀な人間というだけで話は終わる。
しかし能力は折り紙付きであるわけだし、そんな人材を捨て置くなんてもったいないことはしない。結局はなにがしかの形でピノクルに取り込まれるのは暗黙の了解だ。
であれば、その人材たちの間に一定の繋がりがあった方が有用だろう。
誰だか知らないが、そう考えた人間が居たらしい。いつからか、懇親会のようなものが開かれるようになった。
最初の頃の参加者は十数人も居なかったはずだ。しかし時が経つにつれ採用者の数は雪だるま式に膨らみ、こんな規模にまでなってしまった。
「――めでたいことに、この会も今日で記念すべき50回目を迎えることとなりました」
前方のマイクでいつの間にか始まっていた開会の挨拶が言うことに、オーウェンはそんなに、と一人驚いた。年に数回とはいえ、十年以上は経っている計算になる。
道理で、と納得している内に挨拶は終わった。会場が拍手に包まれる。その隙に、司会が一歩前に出た。
「――、――」
簡単な口上に合わせて、みなが手に持ったグラスを掲げだす。乾杯、というどこか高らかな声に、オーウェンは微かにグラスを傾けるだけで済ませた。
グラスに注がれているのは琥珀を更に薄めたような液体。微かに音を立てながら泡を弾けさせるそれを舐めるようにすれば、花のように爽やかな香りが漂う。少し甘口な気もするが、上等なものであるのには違いない。
別に目的があってこのパーティに参加した訳じゃない。適当に空腹を満たしたら、ほどほどのところで――
「オーウェン」
――なんて考えは、呼び止める声に遮られた。
気付けば、マイクの前に居たはずの男――ヴィジャイがすぐそこに立っている。
「あぁ、ヴィジャイ。お疲れさまでした」
軽く労いの言葉を掛ければ、ヴィジャイはウェイターからグラスを受け取りながら「いえ」と小さく首を振った。
「大したことはしていません。このような節目に抜擢されるのは光栄ですが」
「相変わらず謙遜が上手いですね。貴方がやらなかったら誰もできませんよ」
そんな分かり切った議論を繰り広げたところでなににもならない。オーウェンが皮肉っぽく鼻を鳴らせば、ヴィジャイもそれ以上話を掘り下げようとはしなかった。
「それにしても、もう50回ですよ。早いものですね」
「えぇ、まぁ、そうですね」
しみじみと言ったヴィジャイの言葉に、オーウェンはなんとも言えない表情になる。別に否定するような言葉でも無いが、しかしなんとなく嫌な予感がしたのだ。
「この会が50回目ということは、私達が出会ったのももう十年以上前のことになります」
しかし否定できるようなことでは無いし、上手いこと話を逸らすこともできない。オーウェンの表情が微妙に強ばるのだけれど、ヴィジャイはそれに気付かないまま話を進めていく。嫌な予感は肥大する一方だ。
どんな予感って、それは――
「懐かしいですね。あの頃のオーウェンは――髪が短かった」
――昔話の予感、だ。
***
ヴィジャイの言う通り、十数年前のオーウェンは髪が短かった。