任務というのはなんだって面倒なものだけれど、ダントツで嫌なのはというと、やっぱり張り込みだろう。
ただひたすら、大抵は車の中で、何気ない顔をして待っている。言葉にすれば簡単なようだが、一度やってみればそれがある種拷問時見ていることが理解できるだろう。
二人で出向けば、話し相手になるし多少はマシだというヤツもいる。だけど、それも長引けばあまり意味をなさない。会話で消費できるのは二、三時間が関の山だ。
ただ、一つ利点をあげるとするのならば。
長時間、誰にも会話を聞かれない環境でこそ、切り出せる話もある。
「あのさぁ、クリスとヴィジャイって付き合ってんの?」
「ぶっ!?」
フィンの唐突な言葉に、クリスはちょうど口にしていたカフェラテを吹き出した。ゲホゴホと派手に咳き込むのもそこそこに、クリスは悲鳴のような声を上げた。
「な、なに急に⁉」
「え、あ、なんかわりぃ」
しかしそんなクリスとは対照的に、フィンは自分が今しがた放った言葉の重要性を分かっていないらしい。きょとんとしているその顔を見て、クリスは大きな溜息を吐く。
しかし、ここで動揺したら思うつぼだ。フィンにそんな深い計略があるかはさておいて、冷静さを失ってうっかり口を滑らせでもしたら目も当てられない。
溜息ついでに大きく深呼吸をしてから、クリスは再度話を切り出し直すことにした。
「で、ヴィジャイになに吹き込まれたわけ?」
「? なんで急にヴィジャイだよ」
「え、あいつがなんか言ってたんじゃないの?」
そうでなきゃこんな突拍子もなく爆弾が放り込まれる訳もない。クリスはそう思うのだけれど、フィンはなにを言っているのか分からないという顔をして、
「いや、別に? なんか、見てたらそんな気して」
「なにそれ」
「え、ちげーの?」
「違うどころの騒ぎじゃないよ!」
クリスは慌ててぶんぶんと首を振った。だけれどフィンは納得するでもなく、訝し気にきゅっとその眉を寄せる。「クリス」と名前を呼ぶ声には若干不満げな響きがある。
「なんか隠してんだろ」
直球がすぎる言葉だ。うぐ、なんて変な音がクリスの喉から聞こえるくらいには。
「別に、嘘は言ってない、ケド」
「嘘〝は〟?」
「う、うぐぅ……」
畳みかけられて、再び変な音が上がった。最早クリスには平静を取り繕う余裕も無い。弱り切った顔で、考える――あるいは、悪足掻きをすることしばし。
「だってさぁ、それ、ヴィジャイがくれたやつだろ?」
それ、と指差されたのは首元のチョーカー。ほとんどスーツの襟に隠れているそれに、どうやって送り主を勘付いたというのか。しかしフィンの顔を見るにカマかけという様子でもなく、クリスは仕方ないとばかりに両手を上げた。
「ほんとに、嘘はついてないんだけど」
「別についてても怒ったりしねぇよ」
プライベートなことだし、とフィンはあくまで軽い態度を見せる。それに却って罪悪感を煽られて、クリスはゆっくりと口を開いた。
「あー、その、ね? 付き合ってんじゃなくて、あくまで事務的なものというか、ビジネスライクと言いますか」
「うわ、爛れてんな」
「だぁってしょうがないじゃん……」
クリスのダイナミクスはSwitchだ。DomとSubどちらにもなってしまうからこそ、一人だけとの関係というのはよほどの奇跡でも起こらない限り難しい。それであれば、むしろ最初からあくまで欲求解消のための、という前提で話を始める方がよほど誠実だ。
「あいつだって、それで良いって言ったんだし。良いんだよ、それで」
「へー。ま、なんでもいいんだけど」
良いんだよ、という割にうだうだとしたクリスの言葉を、フィンはあっさりとぶった切った。流石にひどいと抗議の視線を向けられるが、フィンは気にしない。むしろ、若干うんざりしたような様子を見せる。
「良いから本題に入らせろよ」
「へぇ、本題? ……あー、そういうこと」
フィンがなにかを言う前に察するものがあったらしい、訳知り顔をするクリスに、フィンがちょっと顔を赤くする。
フィンとレオが付き合い始めたのは、そう昔の話では無い。もちろんクリスとは違って、恋もダイナミクスもひっくるめた純粋なお付き合いだ。
「なに、お兄さんに相談? 喧嘩したって訳じゃ無さそうだけど」
さっきまでのうだうだから一転、ニヤニヤ顔に変わったクリス。どっちにしたって、ちょっとばかりうざったいのは同じだけど。そんなことを内心で呟いてから、フィンは意を決して続けた。
「その……あんたらっていつも、Playでどんなことしてんのかなって。さんこーに聞きたくて」
「あー、はいはいなるほど……へぇ!?」
が、その言葉はまたもやクリスの意表を突いた。だって、流石にそんな突っ込んだことを聞かれるとは思わなかったのだ。
流石にプライベートに突っ込み過ぎている。いくらなんでも一応仕事中にする話じゃない。そんな反論がいくつも浮かぶ。けれど困ったことに、頼られたらどうにも応えたくなるのが兄貴心というものだ。
「……ふ、普通だと思うけど?」
「その普通が聞きて―んだよ。だって、その……は、じめてだからさ。普通かどうかとか、分かんねぇし」
「あぁ、まぁ、分からないでも無いけどぉ」
戸惑いを消化するように深呼吸を繰り返しながら、クリスは少し考える。しまった、ちょっと好奇心まで疼いてきてしまった。
「逆に、そっちはいつもなにしてんの?」
「ぇ。あ、っとー……まず、大体Kneelって言われて」
「おぉ、オーソドックス」
「そのあとはまぁ、大体……流れで?」
うん、とクリスは腕を組む。Playだなんだというと大袈裟だが、世間のパートナー達に聞けば八割は大体そんなとこだろう。
「全然普通じゃん」
「じゃ、クリスもそんなもんなのか?」
「そーだねー。強いて言うなら、毎回めちゃくちゃがっつりする訳じゃないから、Command三つくらいで終わることもザラだなってくらい」
ふーん、と言ってフィンが座席に沈み込む。その表情の微妙な変化を見るに、どうやらこの話は期待に応えられなかったようだ。ということは、つまり……?
「なーるほど? そうならそうと言ってくれればいいのにフィンってば照れちゃって!」
「な、なんだよ」
急にテンションを上げたクリスを訝しんで、フィンがしかめっ面になる。
「もー、Playの良いアイディアが聞きたいんなら最初っから言ってよねー!」
「ばっ……! 別に、そんなんじゃ!」
「誤魔化さなくて良いんだぞー」
さっきのニヤニヤ笑いが威力三割増しで返ってきた。ちげーし! と意地を張るフィンを無視して、クリスは張り切った声を上げた。
「そういうことなら仕方ない! 可愛い相棒のために、一肌脱いじゃおっかなー!」