無題畳んだタオルをしまおうと思って、洗面所の戸を開けた。裸の背中が視界に飛び込んだ。
「…………」
「……あっ、桂子」
金髪が驚いて振り返る。アンディは上に何も纏っていなかった。片手に脱ぎたてのインナーウェアを持っている。鍛錬の直後なのか、素肌は汗でしっとりとしていた。それが洗面台の照明の下で、ゆるやかな陰影を描いている。
しっかりと盛り上がった二の腕、背中にも筋肉の厚みがあって、しかし腰回りは無駄なく引き締まり──
「のっ……ばッ……サーセン」
早口で叫び、ビシャーン!とけたたましい音を立てて戸を閉めた。
タオルを抱えたままリビングへ小走りで帰り、ベランダに続くガラス戸に額を叩きつけた。
「び……っくりした……」
どくどくと心臓が早鐘を打っている。顔に溜まった熱を、寒気にさらされたガラスが冷ましてゆく。
たぶん、真っ赤になっている。
深呼吸を繰り返すうちに動悸はおさまったが、さっきの光景が脳裏にちらつき始めて冷や汗が出てきた。
「……やばい、目合わせられねえよこんなん」
ほどなくして着替え終えて出てくるであろうアンディにどう弁明するか。
熱の代わりに頭が痛くなってきた。
「フフッ……男のハダカを見て赤くなるなんて、桂子もウブね」
「何ゆえそんなに楽しそうなんです?」
「だって、化粧もオシャレもこだわらない、恋バナなんてもってのほか。口を開けば仕事のことしか言わないアンタも、やっぱり人並みに『女の子』なんだなーって思って」
「……ワーカホリック扱いは分かったけどあとは意味不明」
「恋すると女の子は綺麗になるっていうじゃない? そうやってドキドキしてるだけでも、あんたにはいい刺激かもね」
「ドキドキって……あの人は決まった相手がいるんだよ。寝ぼけてんの?」
「分かってるわよ。かっこよくてたくましい男を眺めるだけでも目の保養になるでしょ」
「本人には絶対言わないやつじゃんそれ。ていうか既にセクハラ発言だからそれ」
「なんでそんなにカッカするのよ。女としては当然の反応──」
「いい加減にしろよ。当然だろうが本能だろうが何だろうが、人をポルノ扱いした時点で終わってるから! それで綺麗になるとかいい刺激とか、マジでアホくさい」
「…………」
「そんな考え方しないとメンタル保てないなら、私は女扱いされなくて結構です」
「ちょっと桂子……」
「大体さ……気持ち悪いでしょ? 私みたいな、三十路前の冴えないババアが、年下の男の人を前にしてときめくとか! ベヨさんみたいなオールマイティな絶世の美女が、男の人はべらせてるならまだ絵になるけど! 私みたいな凡庸なおばさんがアンディさんはべらせても、絵面は最悪だしドン引きされるだけでしょうが! つうか、私みたいな旨味の欠片もないつまらん女と恋愛だのイチャコラだのしたがる男なんて、探したっているわけねえんだよ ジョークでもアンディさん宛がうとか、失礼千万だわ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ごめん」
「…………」
「今の話忘れて」
「……ねえ」
「終わり。終了。この話題は打ち切り。もう知らん」
「桂子」
「蒸し返してもいいけど殴るよ。フライパンで」
「…………」
「ロダンさん、梅酒おかわり。ロック……やっぱそのまんまでいいや」
「いつもみたいに薄めないのか?」
「いい。今夜はもうなんも考えたくない。潰させてくれ」
「……オーケイ」