昨日の深夜あたりに急にひどい発作を起こした陸を、念のため病院に連れていくのは一織の役目になった。発作自体は昨夜のうちに収まったものの、寮の保護者組が安心のために行ってこいというので、休日にも拘らず一織は病院に向かうこととなった。しかし、等の一織は風邪気味→一織に自覚症状なし(or一織自身も昨夜喘息の発作を起こした 別バージョンで作る。)であったため、顔色がわずかに陰っていた。普段であれば三月が気付いたであろうに、間が悪くその場にいなかったため、誰にも気づかれることなく病院に。
朝起きた一織を迎えたのは、難しい顔をした大和と壮五であった。珍しい組み合わせに目を瞬かせると、こちらに気が付いたらしい大和が愛好を崩した。
「おはよ、イチ。休みの日なのに早起きして偉いな」
「これくらい、普通でしょう。それより、何かあったんですか?」
「あ、そっか、一織くん昨日帰り遅かったもんね。何時くらいに帰ってきたんだい?」
「四時とかそれくらいですかね?」
「悪いこと言わないからもう少し寝てきなさい」
一織が首を傾げながらそう返事をすると、大和が難しい顔をしてそういった。
「いえ、別に寝不足ではないですよ。確かに少し眠いですが、規則正しい生活のために起きていた方がいいと思いますし。それより、何があったんですか? 今日はお二人とも仕事でしたよね?」
一織が時計を見ながらそういうと、二人ははっとして今度は壮五も難しい顔をする。
「イチ、いいから寝てこい。顔色悪いぞ」
「そうですか?」
「あんまり寝られなかったんじゃないかい?」
壮五にすら心配そうに顔を覗き込まれ、さすがの一織もたじろぐ。が、それによって一織もまた思い出していた。
「七瀬さん、大丈夫でしたか?」
「え?」
「今朝、激しい発作を起こしていましたよね? もしかして、七瀬さんに何か、」
ざぁ、と血の気が引く思いがして、大和を見やると慌てたように大和は首を横に振った。
「違う違う! 元気、ではないけど、いつも通りだから。でも、発作は大きかったから、病院連れて行こうか、って話してたところ」
な、と壮五に話を振る大和は、確かに目元に立派な隈を飼っている。まぁ、もともとの気質もあるかもしれないが。
「なるほど、一人で行かせるにはいささか不安が残る、と。私が付いていきますよ。お二人は早く準備しなければ、遅刻するのではないですか?」
「いや、でもイチ、お前だって、」
「私は別に。学生」
「陸はいつも通り吸入ね。終わったらもう一回聴診して、改善してるようなら寮にそのまま帰って明日から業務に復帰していいよ。改善が見られなければ明日はおやすみ」
パソコンに打ち込みながらそういう天は、仕方ないな、という目をしてそう言っていた。
「はーい」
元気よく返事をした陸は、天に怒られなかったからだろうか。にこにこと笑っている。
「じゃあお願いします」
と部屋にいた看護師に陸の面倒を頼む。
「私は待合室で待っていますね」
と、陸が出ていったのを確認してから言うと
「何言ってるの? 次はキミ。そこに座って。熱は?」
陸には甘かったはずの目を細めると、天はそういってそれまで患者用の椅子の後ろに立っていた一織に、たった今空いたばかりの椅子を指さした。
「何の話ですか?」
怪訝そうに天を見る一織を見て、天もまた顔をしかめた。
「君、自分の体のことなのにわかってないの?」
「ですから、何の話ですか、と」
意志の疎通ができていないことに気が付いた一織は、丁寧な口調で天に問うた。
「気づいてないの?」
「?」
本当に? と何度も念を押してくる天だが、一織には意味が解らなかった。
「はぁ……。そこに座って。熱測って測り終わったら声かけて」
天は大きくため息をつくと、一織に体温計を差し出して再度パソコンに向き直った。カタカタと操作しているさまを見るに、陸の処方箋を出しているようだった。
一織はしぶしぶ30秒で鳴る体温計をわきに挟む。その間もカタカタという小さなタイプ音が室内に満ちる。
ピピっと小さな音が聞こえて、天の視線がこちらに向く。
「貸して」
病院の体温計は電源ボタンがなく、こちらで勝手に消すことは出来ない。
「え、」
表示されている体温は明らかに平熱よりも高い。ただ、高熱、とまではいかず微熱の範囲ではあるものの、明らかに発熱しており、一織は困惑した。
「ちょっと」
天の声に剣呑さが混じり始めたのを感じ、慌てて天に渡す。
「やっぱりね。自覚症状は?」
「いえ……本当に九条先生に言われて気付いたくらいなので……」
しかし、改めて自身の体温を見たせいだろうか。体が急激に重たくなった気がした。
「そう。じゃあ疲れなのかこれから熱が上がるのかってところだね」
そういいながらじわじわこちらに近づいてくる。
「何逃げてるの。ただの聴診だよ。看護師さん呼んであげようか?」
その一言でぴたりと一織は逃げるのをやめた。
「最初からそうしてなよ」
こうしてみるとなるほど顔がいい。自分も割と恵まれた顔をしているのを自覚しているが、この目の前の男もなかなか類稀な外見をしている、ということをなぜか再認識してしまい、天の顔を直視できずにいる。しかし、天は慣れているのか無情にも早く服を捲れ、と瞳で訴えてくる。
「吸って、吐いて、吸って、吐いて。反対向いて」
淡々と指示されることに従う。
「あーん。お腹とか、痛いところは?」
「いえ……」
「風邪の引き始めだね。あんまり無理しないほうがいいよ。今日はご飯食べて、体温めて、夜更かししないでゆっくり寝ること。君も体が丈夫とは言えないんだから、今日はおとなしくしていること。いいね?」
「はい」
「今は元気だからってなめてると後で痛い目見るからね? 君と陸の二人で帰らせるのはちょっと怖いし、そんな体調の君がここに派遣されてる、ってことは今日の小鳥遊寮に指導医がいないってことだよね?」
「はい」
「そう。やっぱりね。昼に龍に迎えに来てもらえるように」
「その必要はないよ~ん」
「も、百先生!?」
「一織のそれ、多分喉の風邪のひき始めだから、天、ちょっと処方箋いじってもいい?」
「構いませんよ」
「ありがと~! 今ね、一織の指導医から連絡があって、肺炎だったって話なのね」
「えっ、じゃあ私、七瀬さんと」
「あぁ、大丈夫大丈夫。一織は肺炎じゃないよ。でしょ? 天」
「え? あぁ、はい。もちろん陸も違います」
「ね? だから安心していいよ」
「、そう、ですか」
ほ、とついた息がほんの少し熱い。
「ッこん、ケンっ」
「んんん、咳出てきちゃった?」
「すみませ、ん、」
「無理に我慢する必要はないよ。今陸はここにいないし。背中さすったら少しは楽?」
「は、い」
わざわざ椅子から立ち上がり背中をさする天は、これまで感じたことの無い優しさだ。
「一織も頑張り屋さんだからねぇ。今日は無理しちゃだめだよ~?」
「、私、頑張ってますか……」
思わず、そう口に出してしまった。一織が求められることは全てできて当たり前、と言うような態度を取られ続けて、出来ないとひどい時は舌打ちをされる。
「ん? うん! いつもいつも頑張ってて、偉い! モモちゃん、一織のことなでなでしちゃう~!」
「ちょ、モモさん!?」
わしゃわしゃ、と一織の頭を撫でる百は優しい顔をしていて、そのトーンのまま言葉を紡ぐ。
「いい子いい子。いっつも仕事頑張って、偉いね」
「、やめてください、私、もういい大人ですよ!?」
「頑張ってる子をほめるのに年齢は関係ないよ~? よしよし。しばらくしんどい仕事多かったもんね。ごめんね、遅くなっちゃって」
苦味を乗せた百は、そう言って一織に向けて謝る。