春夏秋冬代行者パロ代行者:一織 護衛官:大和
それは、神話の時代から続く春夏秋冬を、現代に下す神様の代行者たる現人神と、代行者を守護する護衛官の日々の話。
「イチ! また約束破ったな!?」
「破ってません」
「じゃあなんで力を行使した?」
静かな冬離宮に響く怒声は、氷のように厳しくて氷柱のように鋭い。普通の人間ならその声だけで竦み上がりそうなのに、声をかけられているはずの人間は顔を背けて膝を組んでいる。偉そうな態度だけれど、その雪の花を思わせる凜とした美しさはその不遜な姿すら美しく見せる。
身につけている一級品の和服もまた濡羽色の髪と合っていて、呼気のたびにわずかに肩が沈まなければ、精巧な人形だと思われたかもしれない。
「命が脅かされていたんですよ。それ以外にありますか?」
「ほーう? お兄さんと国家治安機構に守られて、命の危険?」
「えぇ。あなたがあのままあそこで刺されていれば、結局私は力を使わなければいけなかったので」
「あのなぁ、なんのために俺たちがいると思ってる」
「いつもお仕事お疲れ様です。大変ですね、仕事とはいえ五つも年下の若造に頭を下げなければいけないなんて」
「イチ。いくらイチでもあんまり言うなら怒るぞ」
さすがにびくりと跳ねた体は、一瞬でただの十七歳に戻ってしまう。少し不満そうに唇を尖らせた姿は、外で遊んでいる高校生となんら変わらない。実年齢以上に大人びているし、実際年齢を詐称しているのではないかと疑ってしまうこともあるくらい落ち着きのある青年だけど、まだ成人もしていない年だ。ありとあらゆる理由で不自由な生活を強いられているし、可哀想な子どもであることに変わりはない。だけど、この子どもの従者として、許せない一線があることもまた事実だ。
「イチ」
「わかってます。次は気をつけますから。ちゃんと理由をつけます。もういいですか?」
「わかってません。ほら、座って」
今日こそはしっかり話をしてやろうという気持ちで、姿勢を正せと言ってやると途端に一織は顔を歪める。部下たちならば震えて竦み上がるところを、この子どもはどこまでも面倒そうな顔をする。少しくらいしおらしい反応を見せればこちらだって考えるのに、全くそう言うところが可愛らしくない。可愛らしくないのに、そう言うところがこの子どものかわいらしいところなのだ。
大きくため息を吐いた一織は、姿勢を変えようとしたところでぱっと表情を切り替える。何か、逃げる言い訳を思いついたのかもしれない。
☆
「私、大神さんに呼ばれてるんですよね。失礼します」
「待ちなさい待ちなさい。万理さんに? 何、どこ怪我したの」
逃げ出す口実だったけれど、覿面に慌て出す大和は着ていた着物を脱がす勢いだ。さすがに引っぺがしたけれど、能力を使用していない限り、単純な力の勝負で言えば護衛官である大和に軍配が上がる。袷を握りしめて睨むが、大和の眉間の皺は変わらない。
「っちょ、何するんですか!?」
「いや、怪我したのかと思って……」
「してたら怒るじゃないですか」
「怒ってるんじゃない。心配してるの」
眉を寄せた不機嫌そうなその顔は、この数年の間で不機嫌ではなく心配なのだと学んだ。
「してません。健康ですから、離れてくださいよ」
「じゃあなんで行くの」
「知りませんよ。呼ばれているだけです」
離してください、と声をかけてようやく離された衣服には、皺一つ残されていない。そういうところに、腹が立つ。
「一緒に行く」
「はい? 離宮の中ですよ」
「襲撃受けたばっかりなんだから関係ありません」
「襲撃って……、二階堂さんたちが退けてくださったでしょう」
「それでも離宮一つ手放すことになっただろ」
「……私の戦闘力、最近の冬の代行者の中でも随一なのご存知ですよね」
「そういうことじゃないの。わかってて言ってるだろ」
「過保護ですよ」
「当たり前だろ。……あなた様は、この世で最も尊いお方の一人、この大和の冬の代行者なのです。尊ばれて、当然です」
それまでの所帯染みた気配を消した大和は、慇懃にそう話す。冬の代行者になったのは数年前で、とうとうこの間任期最長であった春の代行者が身罷られてしまったため、一織が任期最長になってしまった。
「〜っ、わかりました! わかりましたから! 私が悪ったです! その話し方やめてください! 寒気がします」
大和は、
嗚呼、美しい。
ぱきぱきと音を立てて凍りついていく周囲は、一瞬で吐く息を白に染め上げる。氷で作られた花の檻は、美しくて儚くて鋭い。まるで、自身の主人をそのまま表したように。
「頭が高いですよ。誰の前だと心得ているんでしょうか」
薄らと笑みを浮かべた様子は、まるで悪役のようだ。だけど、彼が、彼こそが、ここ“大和”の冬で、大和の主人である。
彼は、齢五歳で冬の代行者を賜った、当代きっての権能の使い手だ。過去を見ても類をないほど強いと言われている相手に、彼らは喧嘩を売った。
「まだ理解していないようですね」
吹き荒ぶ風がいつのまにか冷えていて、びゅうびゅうと顔に当たる風は冬の冷たさを有している。
手の中に握られた豪華絢爛な扇は、冬の冷たさとその中でも絶えない生命の強さを表していて、
「当代随一と名高い冬の代行者の権能を、いざやいざやお見せいたしましょうか」
「イチ!」
「ああ、二階堂さん。少しはマシな顔になったんじゃないですか」
氷で作り出した刀を霧散させた一織は、自身の顔を見て眉を寄せる。氷像のように動かなかった顔が、人であったことを見せるように歪む。
滲むのは、後悔か、心配か。
「イチ、」
「大丈夫です。無理はしません」
大切な人を守るために、誰かを救うために、一織はその力を行使する。自分のためになら使っても良いと言われるものなのに、一織がその力を使うのはいつだって誰かのためだ。それに、誰かのために使われる一織の力は美しくて、凄絶なほど、強い。
「動かないでくださいね。計算して使いますから、少しずれたら刺さりますよ」
近寄らせないようにふわりと大和の前に氷壁を出現させて、彼を守る役目を持つ自分すらも、彼には慈悲を与えるような、守護する対象なのか。
「俺も、」
「そこにいてください。怪我したんでしょう。大神さんに叱られますよ」
「俺は、一織様の護衛官です!」
「知っていますよ。私は冬の代行者。この国の民は、須く私が守るべきものです」
代行者は神であって人で非らず、人であって神ではない。そのはずなのに、今の一織の言葉はあまりにも神様としての色が濃い。
その時、鋭い発砲音がして、背筋が凍る。条件反射で叫んでいた主人の名前は、しっかりと本人に届いていた。
だけど、少しだけ遅かったようで、新雪のように美しい一織の肌に、頬に。赤い傷が一筋入る。
「イチッ!」
「……へぇ。私に傷を入れたことは褒めてあげましょう。ですが、残念でしたね。余罪が一つ増えただけです」
朗々と響く声は凍てついた
ぴょこぴょこ跳ねるうさぎは氷でできていて、通常のうさぎよりもどこかデフォルメが強い。
「兄さんが、いました」
「そうだな」
「兄さんは、やはり春が似合います。温かい、春の花のような人なんです」
夢現の、起きたら忘れていそうなほど柔らかで淡い。きっと、帰った時には忘れているだろう。この幼い寝顔を守ってやりたいけれど、彼は一人で守られるのを良しとしない。
「にいさん」
小さな声の後、寝息が聞こえる。すよすよと続く寝息は赤子のように無垢で清廉だ。賊を締め上げた時に見せた表情が信じられないくらいに静かで、
「冬の代行者様御一行の到着です」
「冬の代行者、和泉一織です」
「冬の護衛官、二階堂大和です。よろしく」
「一織」
「九条さん。お久しぶりです」
「久しぶり」
「護衛官、八乙女さんにされたのですね」
「うん。龍には陸を守ってもらってる。何かあったら、嫌だから」
「それでいいと思います。八乙女さんも、お久しぶりです」
「久しぶりだな。ッテェ!」
「代行者様にその口の聞き方は何? 百歩譲ってボクに対しては許すけど、冬の御方を相手になに考えてるの?」
「九条さん、私は気にしませんよ」
「気にする、しないの問題ではありません。護衛官の立場は弁えないといけません。自分たちは里の代表なのです。始祖の冬に無礼を働くなど……」
訥々とお説教を始めた天に、一織と大和は苦笑いを浮かべる。四季降ろしの際も、天はずっと礼儀正しくこちらへ最大の敬意を払ってくれていた。
「九条さんは変わらず礼儀正しいですね。私は普通の人のように扱っていただけるの、嬉しいですよ。それに、今この場は公のものではありませんから」
「なんか、四季降ろしの時も思ったけど、冬の代行者様御一行は言われている言葉よりもずっと温厚だよな」
「性格はね。戦ってるところをみたら、そんなこと言えなくなるよ」
「そういや、天は和泉様の御力みたんだったな」
「すごいって一言で表していいのかな。圧巻だった」
「ありとあらゆる武器を、模倣できるんだって」
「模倣」
「そう。実際に見せてもらったしね。代行者一人で一騎当千って言われて、あの時初めて納得したよ」
同時に、酷く畏れたけどね。
そう笑う天もまた、柔らかな笑みに似合わない残虐さを見せることがある。もちろん、賊相手に慈悲なんて必要ないと楽自身思っているけれど。
「今度、時間があれば見せて貰えば? 快くOKしてくれると思うよ」
「そうなのか?」
「うん。楽が言ったんじゃない、温厚だって」
「いやー……、二階堂はそんなに温厚じゃねぇし友好的でもないぞ。話してくれるようになるのに結構かかった」
「それはキミが一織を呼び捨てにしたりしたからでしょう。」
夏の代行者
九条天
夏の護衛官
八乙女楽
夏の代行者の弟
七瀬陸
陸の護衛
十龍之介
「二階堂さん」
「おう」
短い言葉だけで完結してしまう二人の会話は、同じ冬の護衛者たちにも理解されない。これは、一織が幼少の頃からずっと大和がそばに侍っていたからこその信頼関係だ。
「でも、俺は一度一織様を裏切ってる。あの御方は優しいから許してくれたけど、俺は誰に許されても自分だけは許すわけにいかない。それがたとえ、一織様の命でも」
嗚呼、ああ。
なんて、美しい。
声すらも凍りそうなほど、開いた口の中に入り込んでくる冷気で、内臓まで冷え切ってしまいそうなほど、彼の齎す冬は厳しくて険しい。
彼の齎す冬が、他の季節と比べて特に険しい、なんてことがないことは知っているけれど、季節の顕現を護衛している間、大和はいつも一織の冬に見惚れている。
彼ほど優しい人物を大和は他に知らないし、彼ほどひどい人を他に知らない。
裏切った自分を信頼していると言って、本当にその口で自分を護衛に仕立て上げるのだから、手に負えない。
自分は、賊から足抜けをした身であるというのに。
彼は、自分の季節を嫌いだという。
傷つけるばかりで、誰も救えないという。
だけど自分は、彼の冬に救われた。
今でも覚えている。
あの白い施設を抜け出したときの、頬に当たる冷たい雪の感触を、触れて溶ける温度を。
「此度の冬も、誠に見事にございます、一織様」
慇懃な自分を、彼は嫌う。
だからあえて軽薄に振舞う。
賊であった頃と、違うようにふるまう。
それで、彼が安心するなら。
それにしても。
「あなた様の季節が、一等美しい……」
声にもならない感嘆は、詠唱と舞踊で冬を顕現させている最中の一織に届くはずもない。
勝手に溢れて零れる涙も、今なら見つからない。
まさに神というような美しさで冬を顕現する一織のことを、大和は崇拝している。依存している。傾倒している。
彼が死ぬなら、彼と共に朽ちるつもりでいる。
死ぬなら、彼を守り切って死ぬつもりでいる。
これは、もはや崇拝すらも超えた、別の何かかもしれない。
だけど、大和はその狂気を、忠誠だと思っている。
一織に文字通り命を救ってもらったせいでおかしな忠誠を一織に持っているのが見たいし、それを微塵も一織に感じさせないまま一織に仕えているのが見たい
一織は大和のことを仕事に忠実だけど、いつかは自分のことを裏切るかもしれない、だけどそれでもまぁいいか、って大和のことを使っててもいいし、一織も精神的に危うい時期があって、その時期に大和が一ミリも自分のことを疑わず、侮らず、否定せずにいてくれたことを覚えてて、一織も大和に依存しかけてるのでもよい
環が代行者で、壮五が護衛官も良いな…
そしたら環と一織の絡みも見れるし、力の使い方とかをレクチャーできる
若い人ばっかり、って護衛官に心労が行くのウケる
二階堂大和 冬の護衛官
一織のことをああだこうだと叱るけれど、それは全て愛故。一織に向ける思いは畏敬と畏怖、それから特大の感謝。
一織に救われた命を一織に返すために働いている
和泉一織
生まれた時命の危険に晒されてしまったためにーーーに養子に出された。三歳ごろに全てが解決したと返されたけれど、実際はーーーにいると一織の身が危ないとされたから。命の危険に晒された数は代行者になる前を合わせても他の代行者と比べても随一。本当は心優しい青年なのだが、日々の生活のせいでやや容赦がなくなっている。
大和が何気なく見せたうさみみフレンズにどハマりしており、それを見せると懐柔できる噂がある
暁の射手一織
「っ、と。今日もお勤めご苦労様、一織くん」
傾いだ体を受け止めたのは、大樹の幹の色を思わせる茶髪の背の高い青年だった。
「龍之介さんも、アイドルになれそうな顔ですよね」
二人だけの部屋で、一織はぽつりと呟く。テレビで流れているのは流行だと言う男性アイドルたちのパフォーマンスで、煌びやかな衣装を着た青年たちが笑顔と共に歌って踊っていた。
「えっそうかな? ありがとう。でも、一織くんも綺麗な顔をしてるから、きっとできると思うよ」
「私は愛想がないので。それに、歌も取り立てて上手いわけではありませんし」
「でも、東京にいた時はスカウトされたことがあるんだろう?」
「それは、まぁ」
嫌味にならない程度の肯定
硬い声が聞こえて、火を止める。
来客だろうか。
もしも一織の家族なら、一織はこんな声を出さない。自分の家族はここには来ないし、であれば、と思う間に体は動いていた。
「一織くん?」
「龍之介さん……」
「あれっ? どこの子? 見たことない顔だけど」
「……、お初にお目にかかります。当代の夏の代行者、九条天です」
「代行者、さま」
「同じ現人神でしょう? さまは不要です。不躾な訪問、大変失礼いたしました」
薄い桃色の髪の毛の青年は、同じ現人神であると言う。だけど、護衛官の姿は周囲に見えず、他に常時引きつれるはずの護衛の姿も見えない。
さりげなく一織の前に出て牽制しようと思えば、青年は
「おい天!!」
「げ……。早すぎ」
「夏の護衛官殿」
「お知り合い、ですか?」
「ああ、うん。以前四季庁のほうで顔を合わせたことがあってね」
「ええと、玄関前での問答もなんですから、ひとまず中へ。お二人は朝食はお召しになりましたか?」
「いえ、お気遣いなく」
「龍之介さんのご飯、美味しいですよ」
凛と冷たい横顔は粉雪のような白さときめ細かさで、烏の濡れ羽色をした黒髪によく映える。静かに泰然とした様は、さすがは冬の代行者と言った在り方だった。
「冬の代行者、和泉一織です。よろしくお願いします」