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    raindrops_scent

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    raindrops_scent

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    1誕にするはずだった没ネタをどうにかこうにか供養したくてここにあげておきます

    愛されること パシリと乾いた音がする。遅れてやってくる痛みに驚きと後悔が押し寄せる。
     まさか、殴られるなんて。

    #愛されること

     自慢ではないが、ただの客観的事実として自身の顔は美しいのだと思う。メンバーたちもそれぞれ整った顔をしているが、自身の顔は純日本人としてある種象徴的な顔であると自負している。黒いストレート髪に白い肌。お人形さんみたい、なんて小さい頃から何度も言われてきた。幼い頃の造形など、歳を取れば変わってしまう。けれど、スカウトを受けてアイドルになる程度には、自身の顔は整っている方だ。
     だから。
    「所詮顔だけのくせに……!」
    「、」
     こんなふうに、変な絡まれ方をすることは、これまでも何度かあった。学校であればばっさり切り捨てられたのに、仕事場で言われると相手をしないわけにもいかない。そもそも、顔の色や形など、生まれてきた時には決まってしまっている。今更そんなことを言われてもと思っていたのに。
     顔だけと言うなら、自分も整形するなりメイクするなり努力すればいいと思うのは尖った感想すぎるだろうか。それでも、ないものねだりするくらいなら努力すればいいのに。人のことを羨むばかりではなにも改善しませんよ、なんて流石に口にはできなかったけれど、明らかに現状に胡座をかいて自分から行動をしていないその人に何を返せばいいのかわからず、気の抜けた返事が落ちる。
    「グループの中でだって、お前みたいに華のないやつ、どうせ大して人気もないんだろ!?」
    「……はぁ」
    「っ、突出した魅力も、特別何かできるわけでもない。トップアイドルの中のお荷物のくせに!」
     それが、どうしたと言うのだろう。そんなこと、言われるまでもなく自分でわかっている。他人に言われずとも、自分の特徴の無さなど、己が一番。
     知っているのだから。
     それでも、自分は皆の足を引っ張らないように努力して研究して差別化を図っているし、出来ることを自分なりに模索している。特別な何かができない。それがなんだ。特別できないなら、全てをできるに変えて仕舞えば問題はない。そんな努力すらも怠って、誰だか顔も覚えてもらえないようなアイドルとは違う。
    「あの、何が言いたいんですか? 私も暇ではなくて……」
     逆上させるつもりはなかった。ただ、傷ついていないつもりでしっかりと傷を負っていたらしい。ヤマアラシのように逆立ててしまった毛が、正確に相手を突いてしまった、それだけのこと。
    「っこの!」
     手を振り上げたのは見えた。だけど、それをまさか仮にも同業者であるはずのアイドルに振り下ろすとは思わないだろう。脅しだと、フリだと思ったのに。それくらいのプロ根性と常識はあると思い込んでしまっていた。
     廊下で難癖をつけてくるような輩に、常識なんてないとわかったのは数秒後だった。
     パシリと乾いた音がする。遅れてやってくる痛みに驚きと後悔が押し寄せる。
     まさか、殴られるなんて。
     呆気に取られて固まってしまう。やけに勝ち誇った顔が見えて、何をしているのだろう、なんて疑問が顔を出す。
    「はっ。ざまあみろ」
     そんな捨て台詞、さらに弱く見えますよと言う余裕もないまま立ち去られて、録音しておくんだったと後悔する。泣き寝入りをするつもりはない。いつかきっちりお返しはする。誰か他のメンバーまで同じ目にあったら敵わない。次に仕事で会う時、いや、自分たちがもっと有名になってからでも遅くはない。お返しするのは、今じゃなくていい。
     今すぐじゃなくていい理由をなんとか並べ立てて、ぴろりと音を立てたスマートフォンを見遣る。何時に帰るか、という兄の普段通りのメッセージに頬が緩む。
    「、帰ろう」
     歩くたびに頬に叩きつけられる冷気に、じんじんと痛みが伝わる。腫れる前に、帰らなければ。
     


    「ただいま帰りました」
    「おかえり、ッイチ!? どうしたそれ、誰にやられた?」
    「大和さん? 一織!? どうした、大丈夫か!?」
     何か用事でもあったのか、わざわざ玄関までやってきて返事と共に自身の顔を見た大和は、一瞬にして怒りと心配で顔を染めて、今の顔は静かな怒りに支配されていた。寮に響いた大和の声を聞いた三月もまたやってくると、三月は心配に顔を染めた。
     ただ帰宅しただけなのに、なんなのだろう。
     そう思う一織は、放たれた言葉にばかり気がいって、叩かれたことをすっかり忘れ去っていた。
    「一織くん、ここに座ってて。タクシーでいいですかね」
    「えっ、あの、」
    「万理さん残ってるって。万理さんに来てもらおう」
     困惑した一織を置いてけぼりにして、大人たちはあれこれと話している。いつのまに壮五まで来たのかと思っていれば玄関にそのまま座らせられて、周囲が勝手に騒がしくなっていく。ぼんやりと惚けていると、頬にぴりりとした痛みが走って、ついのけ反ってしまう。
     目の前には、頬を痛ましそうに撫でる三月の姿があった。愛おしそうに頬を撫でられるが、びりびりと痛みが走るから、正直辞めてもらいたい。
    「あ、ごめんな。痛かったろ。口の中とか切ってないか?」
    「たぶん、だいじょうぶ、ですけど……」
    「万理さん来てくれるって。イチ、保険証は持ってるな?」
    「えと、」
    「持ってるはず。スマホと財布は持って歩けって言ってるから」
    「あのっ」
    「怖かっただろ。一人で帰って来れて偉かったな」
    「どっか他に怪我してないか」
    「一織くん! 大丈夫? あぁ、頬腫れてるね。病院行こう」
     待ってと大丈夫を口にする時間ももらえないまま、気がつけば駆けつけた万理の車に乗せられていた。万理もまた自身の顔を見つめて悲壮な顔をすると、大した荷物でもないのに鞄を宝物のように丁寧に扱う。
     明日まで腫れるか否か、その程度の怪我のはずなのに。車に乗っているのは三月と万理と自分だけだったけれど、二人が振りまく空気が重くて声を出そうと思えない。
     そうだ。自分が不用意な言葉を口にして、頬を張られたのだ。それほど強くなかったと思ったが、一目見て何かあったとバレてしまう程度には腫れていたらしい。
     車内の空気が重苦しくて、息を吐くのにも気を遣う。三月は仕切りに誰かにメッセージを送っていて、ふとした瞬間に自身の顔を見ると後悔と憤怒に満ちた顔をする。自分と目が合うといつも通り優しい顔をするのに、スマートフォンに向ける目は明らかにいつものものと違う。
     少しずつ大事になっているのを感じ出して、ようやく痛覚が働き始める。じんじん、じわじわ。
     痛いのだと気づいて、頬に手を伸ばしかける。気にしていると思われたくなくて、手を下ろす。一人でいる時はあんなに気にならなかったのに、人に気にされて気にするなんて構ってほしかったようで少し嫌だった。
     いつもと違って静かな車内は落ち着かなくて、病院に着いて欲しい気持ちと、大袈裟にしないでこのまま寮に帰りたい気持ちでなんとも言えない顔をしてしまう。
     ルームミラーに映る自分の顔があまりに情けなくて、自嘲的な笑みが浮かんだ。



     病院で手当を受けると、自身の頬は半分湿布で覆われてしまった。ひんやりとした感触が気持ちよくて、それだけ腫れていたことを思い知る。
    「しばらく腫れるかもしれません」
    「えっ? しばらくって」
    「三日ほどは。もう少し早く冷やしていたらまだ短かったかもしれませんが」
    「っ……」
     自身の落ち度だった。だけど、保冷剤なんて持ち歩いていないし、氷嚢だって簡単に手に入れられない。だけど、その間はどうしたらいいと言うのだろう。
     インタビューにしても人前にこの顔を晒さなくてはならないし、写真だって撮られる。せめても傷が残るようなものでなくて良かったと思うべきだろうか。
     お大事になさってくださいと医師に言われて、何故か自分一人だけ追い出されて万理と三月は何やら医師と話しているようだった。
     しかし、やってしまった。こんな大事になるなんて。傷害事件などにはならないと思う。人目があったわけではないし、自分自身も煽ってしまった自覚がある。それに、アイドリッシュセブンにこんな醜聞を付随させたくない。
     それに、ああいう輩にまでいちいち構っていては前になんて進めない。大人たちは一体、どうやってかわしてきたのだろう。
    「待たせたな、一織。帰ろうか。飯食ったか?」
    「いえ。ですが、この時間ですし」
    「若いんだから大丈夫だろ! 今日も動いてきてるだろ? 食わねぇ方が健康に悪いって。夕飯準備したままだったかな」
    「帰り、コンビニ寄る?」
    「あ、いや。大和さんがあっためてくれるっぽいんで、直帰で大丈夫です。すみません」
     結局、玄関で騒いでしまったこともあって、寮に残った人間たち全てに話は回ってしまったらしい。回っていなかったとしても、頬に湿布を貼って帰れば質問攻めにあっただろうから、元気なラビチャは自身と三月が既読をつけた時点でお祭り騒ぎだ。大丈夫だと再三告げたにも関わらず、明日は休みにしろだとか本当に大丈夫なのかとかそんな言葉ばかりが飛んでくる。こんな時間に騒いで、明日も仕事でしょうと返しながら、少しだけ頬が緩む。心配をかけてしまった申し訳なさはあったけれど、メンバーたちの温かさに冷え切っていた心が緩んでいく。
     マネージャーに顔が映るものを避けてもらうように頼みながら、少しだけ気持ちが遠くなる。明日からの仕事や、この顔を見るかもしれない先輩たちの対応。寮に戻れば、メンバーだって。
     現実から目を逸らしたくて、静かに目を瞑った。 



     殴られたと先輩たちに話してしまった陸のせいで外出を余儀なくされた一織は、ボディーガードのように万理を侍らせて先輩の楽屋にやってきていた。盛大にやったねぇと笑う百の瞳の奥は一つも笑っていなくて、背筋を薄寒いものが走る。
    「メイクで誤魔化そうと思ったんですけど」
    「休める時に休んじゃえ! 無理に出る必要ないよ。それに、休まなきゃいけないほどの怪我を負ったって向こうに言えるからね」
     それだけ損失を与えたってことにしよう、なんて笑う百は明らかに何か別のものを目標にしているようで、少しだけ怖い。
    「天たちも心配してたから、顔だけ見せてあげて? 今日は同じ曲にいるはずだから」
    「、わかりました」
     それはきっと心配ではなくてお説教の間違いでは、なんて思いつつ、先輩に言われては無碍にもできない。一言二言話すと出番になったらしく、慌ただしく二人は出て行ってしまった。時間を考えればよかったと反省しつつ、二人の楽屋を出る。
    「どうする? TRIGGERのところ行く?」
    「言われてしまいましたし……。一応九条さんに連絡してみます」
    「うん。その方がいいかもね」
     必ず自身の右側に立つ万理は、目が合うと穏やかに笑いかける。大人の庇護下にあるのだと強く認識させられて、居た堪れない。
    「っと」
    「、わ」
     さりげなく万理の後ろに隠されて、なんでもないよとあの虫を対処するときのような顔をする。何かあるのは明らかだったけれど、この顔をする万理はきっと聞いても答えてくれない。諦めて天に連絡を入れていると、背後からは足音と低俗な笑い声が響く。
     それだけで、全てを察してしまう。
     相手や言われたこと、されたことの詳細をできる限り話せと言われてしまったせいで、相手はメンバー全員、ひいては他のアイドルたちに共有されていた。あからさまな対応はしないと信じているが、流石にこれは大袈裟すぎではないだろうか。
    「ごめんね、つい。九条くんとは連絡ついた?」
    「え、えぇ。楽屋にいるそうです」
    「じゃあ行こうか」
     さらりと背中を押されてその場所から遠ざかる。万理の肩越しに振り返るつもりだったのに行動は読まれていたようで、万理のにこりとした笑みと目が合うだけだった。
     普通の扉なのに、TRIGGERの名前を見ると背筋が伸びる。きっと、天にはプロ意識が足りないと叱られるのだろう。二人がいれば間に入ってくれるはずだと拳を作って扉をノックする。帰って来たのは警戒すべき一つだけで、気が緩む。
    「大神さん」
    「うん?」
    「九条さんですし、一人で大丈夫です。帰る時は連絡しますし」
    「えぇ……。ううん……。何かあったらすぐに呼んでね?」
    「はい」
     話を聞かれたくなくて万里を


    「避けられなかったのは確かに私の落ち度ですけど……」
     殊更愛おしいものを撫でるような大人たちの手つきを思い出して、頬は瞬間的に熱を持つ。ただ湿布を貼るだけなのに、鏡を見ても辛いだろうと毎日朝夜と日替わりで湿布を付け替えられていた。もう大丈夫ですと言ってもなかなか聞き入れてもらえず、医師が言っていたよりも長く貼られた湿布に手を伸ばす。肌荒れがそろそろ気になってきたし、剥がすべきかもしれない。保湿までするなんて言われたらどうしようと思いつつ、流石にそこまでは言われないかと思い直す。無言の天を不思議に思って顔を上げれば、天は珍しく中途半端に口を開いて固まっていた。言葉で表すなら、信じられないと言っているようだ。
    「キミ、それ、本気で言ってるの?」
     信じられないものを見たような顔に、流石にムッとする。
    「私は九条さんほど修羅場に慣れているわけではないので。まさか、同業者が手を出すと思わなかったんです」
     今度は咄嗟に顔を守らなければ、そう反省していると、天は静かに顔を覆って俯く。唸るような声は現代の天使に思えず、ついこの人もこんな声を出すのだと間抜けな感心をした。
    「どうなってるの、この子」
    「何がですか?」
    「しかも無自覚……」
     深いため息を聞いて

    「こんな傷を負って、なんでもない顔をしないで」
    「こんな怪我、って……。まぁ、確かに顔に負ったのは、っ」
     ぺしりと弱く、それでもしっかりと頬を包まれる。傷に響かないように手加減はされていたけれど、まだ腫れの残る頬は痛んで僅かに眉を寄せてしまう。
    「そうじゃないでしょう」
    「……、」
    「わからない? まぁ、わかってないだろうね」
    「なんの話ですか」
     やんわりと手を退かそうとしても、天の手は離れてくれない。離して、くれない。
     逃げないでと言うように。
    「逃げないで」
    「何から逃げるって言うんですか」
    「キミの傷」
    「……は」
    「キミ、痛いとか苦しいとか、言うの苦手でしょう。センター交代の時だって、ひどい、しか言えてなかったし。あの状況なら仕方ないかもしれないけど、キミは自分の傷を見て見ぬふりをする」
     見えないはずの何かから、どろりと赤い液体が滴り出す。もう痛く無いはずなのに、息が上手く吸えなくて自然と喉元に手が伸びる。
    「ダメ」
     鋭い声で喉元に伸びた手を止めた天は、声とは裏腹に優しい顔をしていた。
    「っ」
    「全く。どうしてキミはこんなに愛されてるのにそれを感じてないのかな」
     苦いと言うにはあまりにも呆れと困惑が滲んでいる。なぜ、天にそんなことを言われるのか、一織には理解ができない。なぜ、なぜ、なぜ。
    「……、あ、い、されてること、くらい。私もわかります」
     愛されていると一紡ぎで言えるほど大人ではなくて、手で口元を隠しながら言い返すと、天はなにやら複雑そうな顔をする。

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