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    mizuho_0313

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    mizuho_0313

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    「といえしたもんせ」
    「……は?なんです?……といえ?」

     唐突に言われたというのももちろんあるが。おそらく唐突でなくとも意味は分からなかったと思う。
     手を強く握られながら言われた台詞は、薩摩弁だろうということは分かる。
     この手を握っている相手、鯉登との付き合いもそれなりに長くなり日常会話の薩摩弁ならだいたい分かるようになってしまった。
     そんな月島でも、とんと聞き覚えのない言葉だった。

     会話の流れでなんとなく察することが出来るだろうかと考えてみた。
     同じ会社から、一緒に暮らすマンションの部屋に帰ってきて、二人で夕食を終えリビングでだらっと過ごしていた。それだけだ。
     テレビでは長時間のスペシャル歌番組が流れていたが、八割は月島には分からない。それをソファに並んで座りながら、鯉登が楽しそうに観ているのを観ていた。
     こういう番組を観ると、世代間ギャップをどうしても感じてしまう。お互いに知っている曲が明らかに違う。まあそれを今更どうこう言う気もないので、そういうものだと受け入れている。
     ちょっと眠くなってきたな……なんてうとうとしかけていた時だったのだ。
     急に手を握られて、先程の謎の薩摩弁である。
     ……。
    「鯉登さん?」
     流れどころか、そもそも特に会話をしていなかった。
     これでは意味など分かるはずもない。
     意味がわかりません。と、はっきり問うべきかと逡巡していたところ。
    『ここまでウェディングソング特集でした~続いて……』
     テレビからそんな司会の声がした。どうやら先程までそういう特集をしていたらしい。
    「月島! おいと結婚してくれ」
     ぎゅっと再度両手を包むように言われる。
    「……え? さっきのってそういう意味ですか?」
     こくっこくっと激しく鯉登が頷いている。
     なにがどうしてこれがああなるんだ薩摩弁!かすってもいないじゃないか!ということを考えている場合ではない。
    「結婚って……」
     おそらく先程のウェディングソングとやらに触発されたのだろう。なんて単純な。とは思うが、ご大層に言われても困ってしまうのでまあいい。
     むしろ、これぐらい軽い方が受け入れやすかった。
    「いいですけど……」
     なので月島もいたって軽く返答した。
    「いいのか!」
     それでも、鯉登は嬉しそうである。
     雰囲気もへったくれもないが、それは向こうもなのでお互い様だ。
     ここはおしゃれなレストランなどではなく、普通に自分たちの住む部屋だし。テレビがついているし。それらしい雰囲気なんてカケラもない。
     それよりも。
    「それって……今となにか変わります?」
    「は?」
     結婚って具体的にどうしたいというのか。
    「同性婚は日本では認めれられていないので、籍を入れるわけでもないですし。一緒にはもう住んでるし」
     だったら、今の延長にあるものでしかないような気がする。
     それとも何か変わるのか。
    「そうじゃけど……こう、区切りというか気持ちというか!あるだろ!」
    「……はあ……そういうもんですか」
     驚愕の眼差しを向けられるが、いまいちピンと来ない。
     今のままでいい。
     このまま同じ空気を吸って、何をするでもなく一緒にいて。そういうので十分なのだ。
     これ以上、何も望んではいない。
    「よし。分かった。式あげるぞ月島!」
    「……式?式って……まさか……」
     この流れで式といえばあれしかない。
    「結婚式!」
    「嫌です!」
     張り切って鯉登が声が上げたのと同じぐらいの音量で、全力で拒否の言葉を叫んだ。
    「ないごて!」
    「それだけは無理です」
    「みんな呼んで自慢する!」
     そう言うと思ったのだ。
     だから嫌だと言っている。目立つのは好きではない。ただの晒し者としか思えす、恥ずかしい。
    「当日、仮病使ってでも拒否します」
    「月島ぁ」
     甘えた声を出したって無駄である。
    「嫌です」
    「…………」
     一度肩を落とした鯉登が、口を開く。
    「結婚自体は……」
    「いいです」
    「結婚『式』は?」
     まだ諦めきれないらしいが、答えは一つ。
    「それは嫌です」
    「何が違う!」
    「全然違うでしょう!」

     結局、この夜の二人は平行線を辿り続けたのだった。





     翌日。
    「ちょ~~っといい?」
     仕事中に離席して行ったお手洗いで、たまたまタイミングがあったらしい白石と遭遇し。そのまま並んでデスクに戻るかと思いきや、話があると声をかけられた。
    「いいけど。どうした」
     白石が手招きするのに合わせて、廊下の隅に寄る。
    「鯉登ちゃんから聞いたんだけど」
     鯉登は一応、年下とはいえ自分たちの上司にあたるのだが。白石はこうやって本人のいないところでは鯉登ちゃんと呼ぶ。本人の前では言わないので黙認しているが。
    「結婚はいいのに結婚式は嫌だと言うのはどういうことだ?って」
    「……!」
     会社で何を言っているのかあの人は。
    「誰とは言ってないけど、まあ。バレバレだし」
     ……バレバレなのか。
     むしろそちらの方が衝撃なのだが。
     どういうことだ。どうなっているんだこの会社。
     月島が何も言えずにいるのを、どう捉えているのか。
     白石が、うんうんと一人頷いている。みなまで言うな。とでも言いたけだ。
    「わかるよ。そういうの好きじゃなさそうなのは。恥ずかしいよね」
    「……」
    「でも鯉登ちゃんの気持ちも分かってあげなよ。……それはお互い様だけど」
     そこは月島主任の方が大人なんだし。と言って白石が笑う。
    「派手なのが嫌なら、二人でって言えば?」
     白石の口から出てきたのは、今まで思ったこともない事だった。
     二人でならば、確かに誰に見られるわけでもない。
    「お互いに、やりたい!嫌だ!だけじゃなく、折り合いつけなきゃ」
     結婚ってそういうもんでしょ。
     白石は、最後にそう言った。
     白石の言う通りだ。
     実際、昨夜はずっとお互いに同じ主張を繰り返しただけだ。それでは何も結論なぞ出ない。
     空気も悪いし、最悪だった。
    「……考えてみる」
     無用な心配を部下にかけさせた詫びと有り難うと言う代わりに、小さく頭を下げた。
    「そうか。良かった」
     じゃあ仕事に戻りますかー。と、白石が先に歩き出す。
     
     ずっと一緒にいるということは、お互いのことを考えそれなりに努力することも必要で。
     
     今晩。改めて話をしてみよう。
     納得してくれればいいけど……と少し心配しながら、月島は自分のデスクに戻りパソコンと再び向かい合う。


     その日の夜。式に関しては納得してくれた鯉登だったのだが。
    「よし。じゃあその分披露宴で人を呼ぼう」
    「……全然理解してないじゃないですか! そういうのが嫌って言ってるんです」
     まさかの想定外。披露宴で、話が元に戻ったとか戻らなかったとか。

     色々と前途多難ではあるものの。それでも、ずっと一緒にいるつもりではあるので。
     それはすなわち結婚ということなのだろう。




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