ビッグバン「みんなお疲れ様」
まだ額に汗が残る中、ライブ後に事務所へと戻り解散する。
「行くぞ」
「ダイナマイト少年ちょっと待ってってば……! じゃあ二人ともまたね」
しかしオイとダイナマイトはレッスン室に足を進め、暗がりに消えていく。
「いつもふたりで何してるんだろう?」
「反省会してるって聞いたことある」
「え、移動中でもしてたのに? 僕らもまだまだ頑張らなきゃ……!」
「だな」
二人から尊敬の眼差しを向けられていることを知らない国民的地元のチンピラ・ダイナマイトこと爆豪は憧れを床に大の字に寝転がし、その上に覆いかぶさっていた。
「また守ってくれんかったな」
「ごめんてば。楽しいとつい、ね」
悪びれもせず窘めるような声色で話すオイに爆豪はわかりやすくふくれっ面を晒す。
他のメンバーやファンの前ではけして見せない幼い表情にオイは愛おしさが募る。
目の前の少年を。同じグループのメンバーであり自分のファンであり、そして恋人である爆豪を胸の中にしっかりと抱きしめた。
オイの胸へと収められた爆豪は驚くことも嫌がることもせずにただその行為を受け入れる。
「……ハイタッチとかはわかるけど、やっぱあんたのはやりすぎなんじゃねぇの?」
ぽつりと爆豪がオイの上でいつもの不満をこぼす。
伝説のアイドルであるオイは歌やダンスにパフォーマンスどれをとっても素晴らしく、ファンサービスと呼ばれるものにも妥協が無く一人一人に寄り添った対応をしてくれることで有名で、定番のウインクに指差しなんかは軽々とこなし、ハートを作ったりジャンケンなども交えて楽しそうに応えていくオイ。しかしこれらはB丈夫のユニットの曲中のみの話であり、オイが伝説とされるのは自身のソロ曲中のファンサだ。
オイは自分のソロ曲になると各会場の構造にもよるが、可能な限りステージから客席に降りてパフォーマンスをする。手を振りながらハイタッチをしながら客席の合間を縫っていき、そしてその中で自分宛のファンサを求めるうちわを見付けると必ずそれらに応えるのだが、例えば「握手して!」と求められたらただ手を握るのではなく指を絡める所謂恋人繋ぎで握ったり、「おいでってして!」と求められると手を招くだけではなく前奏や間奏にタイミングを合わせて「さあ、おいで!」と言いながら笑顔で大きく手を広げて実際にファンを抱きとめたりと、どれもファンの想定を上回るファンサをオイはファン達に差し出す。
それをファンの目線や同じくアイドルという立場では凄いことだと賞賛出来ても、恋人としての立場からすると到底許せるものでは無い。
だから爆豪は「手を合わせること以上の接触があるファンサは一回のライブにつき三回まで」という要望をずっと言い続けているがそれが守られたことはない。
何故ならオイは生粋のアイドルだから。ファンに求められてしまえば応えてしまう。
「ごめんね」
先程よりは真剣で。爆豪の言葉に反省しているような声で謝罪したオイは爆豪の髪をよしよしと撫で付ける。
「……」
爆豪が言う接触を控えてほしいことはあくまでも要求で、約束でも契約でもない。そんな拘束力が無い恋人としてのただのお願いからこそ、オイは爆豪の要求を呑まずにいつも爆豪に咎められている。……ということを爆豪はわかっていた。
爆豪は理解している。オイのどうしようも無く眩く輝く光を。恋人という関係如きでオイの光はくすまないし霞まないことを同じステージに立っている爆豪自身が身をもって実感している。
だからこそ爆豪は縛るでもなくただのお願いをオイにして、守られなくても咎めるだけで命令も拘束もしない。
なぜなら爆豪は同じユニットのメンバーである前に、恋人である前に、オイのファンなのだから。ずっとオイをファンとしても見てきた爆豪はオイが一番輝くのはどこか知っているし、オイが一番楽しそうにしている瞬間を邪魔したくはない。
でも、それでも。頭ではどれだけわかっていても、幼稚だと余裕がないと自分で思っても、恋人としてファンに対して嫉妬してしまうのも事実で。
だから今日も爆豪はまた叶えられないと知っている要求をオイに向かって言うのだった。
「過度な接触のあるファンサは一回のライブにつき三回までだかんな」
「うん、わかってる」
爆豪はけして「次こそ守れ」とは言わないし、オイは「次こそ守るね」とは言わない。
爆豪のように嫉妬をしたりという小さな不満はあるが、ふたりはこの関係が悪くなるだとかいつか壊れるものだとしては思っていないので、互いを強く信頼している。
オイは謝罪や約束事の代わりにとは言わないし釣り合うとも思ってないが、爆豪を嫉妬させてしまった時は自分から彼にキスをする。
爆豪の頭に口付けて、次に耳元でわざとらしくリップ音を立てて、そして最後は唇へと降ろす。唇同士が触れた瞬間、爆豪は噛むようにオイの唇を自分の唇で挟み込む。オイの薄い唇を甘噛みしたり舐めて、まるでオイのぬくもりや存在を確かめているようだ。
オイはオイで爆豪に対して申し訳なさがあって、それでも逆らえないアイドルの性を優先してしまい、爆豪がそんなアイドルの自分を尊重してくれているのもわかっている。
故に、爆豪に対しての愛情表現はきちんとしようとオイは自身で誓いを立てていた。
「あんたは、いつもそうやって……」
唇を離した爆豪は切なげな顔でオイを見つめる。
しかしオイの誓いは爆豪にさえ口外したことがないので、爆豪にはオイのその行為が自分をあやしている、宥められていると受け取られてしまっているがオイは気にしない。気付いて欲しいわけではないし、オイの贖罪のような自己満足のようなものだから。それを直接本人に言えばいいのに、恥ずかしくて重荷になるのが嫌で、変なところで大人ぶってしまうのだ。
ただ、少しでもこの愛は伝わってくれていたらいいなと思っている。
ファンとして楽しませたくて、ユニットメンバーとして頼もしくて、恋人として愛おしく思ってるこの気持ちだけは、ファンの誰にも向けたことの無い紛れもない唯一の恋だから。
「好き。好きだよ、勝己くん」
穏やかに述べられたオイの笑みと気持ちは、爆豪にとってはいつも爆発物のようで。
綺羅星だとか、一番星だとか。
世間が言う評価に、そんなささやかなものかと爆豪は思った。
眩しすぎて目が開けられないのに。
だって、そうだろう。
爆豪は思う。オイは隕石だ。と。
ある日突然降ってきて、今まであった爆豪の世界をオイは全て壊した。
アイドルという者への評価、エンターテインメントの重要性。今まで自分がどれだけ狭い世界にいたのかを思い知らされた。
「だったら最後まで責任取れよ、オイ」
粉々になって、焼け野原になった爆豪の世界。
ならば、構築するのもオイでなければ。
同じアイドルとして憧れて尊敬していて、恋人として誰より特別に思っている。
そして何よりオイの創る世界の中で、爆豪はどうしようもなくどこまでもオイの奴隷だ。
それからしばらく日が経って。
レッスン室にて毎日の練習前にデクが不安そうな顔をしながらオイの前にやってきて、重々しく口を開く。
「あの、オイ、少しお話が……」
「どうしたんだいデク少年、そんな畏まって」
「う、その、なんというか、非常に言いづらいんですが……。ふぁ、ファンサービスでの接触、減らしましませんか……?」
そう言われたオイは思わずデクの後ろにショートと並んでこちらを見ているダイナマイトに視線を向けるが、オイの視線に気づいたダイナマイトにはふるふると軽く頭を振られる。どうやらこの提案はデクもといメンバーの総意ということらしい。
「それは、なぜ?」
今まで行ってきたことを急に抑えろと言われても、すぐに納得出来るはずもなく、オイは純粋な疑問をデクに投げた。
「ええっとですね……」
当然の疑問にデクはたじろぐ。
伝説のアイドルがこれまで培ってきた技であり魅力を封じるなんてことを進言するなんて愚かだと思うし勿体ないことだとは思うが、これはアイドルとしてもファンとしても、オイのファンサが実は由々しき事態であることをオイにはわかっていてほしいとデクは意を決してオイに伝えることにした。
「理由は主に二つ。一つは僕たちがまだ実力不足で情けないんですが、オイと僕らのファンサのレベルが違いすぎてお客さんがオイに流れやすく僕らのファンが付きにくいことです」
オイの伝説のアイドルと謳われる実力にB丈夫のメンバーはまだまだ遠く及ばず、握手会などの集客力もオイが断トツだ。
「オイに負担をかけてしまうし、ファンの方あっての僕らなので成長の機会を逃している状態でもあります」
「別に私は負担だとは思っていないけど……。君たちの成長を妨げているのはよくないね。二つ目の理由は?」
「二つ目の理由は、そ、そのぉ……」
先程にも増してデクは緊張した様子で体は縮み上がり視線も宙をさ迷い落ち着かないでいる。そんなにも言い難いことなのかとちらりとまた爆豪に視線をやるも、今度は合った瞬間にふいっと顔ごと逸らされる。
(私、何かやったかなあ……?)
ダイナマイトに顔を逸らされたのが流石にショックで、オイは自身の行動を省みるもオイ自身は何も特別変わったことをしている自覚が無いのでわかるはずもなく。
デクは未だにしどろもどろでどうしたものかなとオイが思っていると、意外なところから口が開かれる。
「……あなたのファンサは俺たちが大変なんです」
デクが話しているのを後ろで黙って見ていたショートが突如として言葉を放ったので、これにはデクもダイナマイトもショートの方に振り返り、驚きに目を見開いた。
「君たちが、大変……」
「俺たちが、大変。です」
言われたことに多少混乱が見られるオイの言葉を念を押すように繰り返し、こくりと頷くショート。
「うん、……っえ? えっと、どういうことかな、ショート少年」
一度で飲み込もうとしたが上手くいかず、ショートに説明を求めるオイ。
「オイがソロ曲でステージに立っていて俺たちが裏で控えている時、モニターからあなたを見ているんですが」
「うん、そうだね」
ステージの裏側では防犯や安全の為ステージ上を映しているモニターがいくつかの画角で置かれており、出番を控えている時はそれを見て出ているメンバーを応援したりしている。それはオイも同じで自分の出番が無く次の準備が終わり時間がある時はモニター越しにメンバーを見ている。
「俺はあなたの凄さに驚かされるだけなんですが、デクはいつもモニター画面の前で咽び泣いていて」
「あ、ちょっ、しょ、ショートくんっ!」
デクが上手く口に出来なかったのは、裏での惨状を言い表すのに言葉が纏まらなかったのと己の痴態を晒すことになるからだったのだが、それを人から話されると余計に情けなくて恥ずかしさが湧き上がる。
「毎回出番までに人前に出れるかギリギリの状態なんです」
「そ、そうなんだ……」
「いや、あの、なんというか! オイのファンサービスって他のアイドルでは得られないものがあるのでやっぱりオイって凄いなあって思うと感極まるというか!?」
やや引き気味のオイに対してデクは必死に弁明をする。
「? でもずっとオイのファンサ貰えるの羨ましいって言ってたじゃねぇか」
ショートは悪意なく、ステージ裏で見たデクの姿をそのまま口にする。それを知られたくなくて必死に取り繕おうと誤魔化そうとしていたデクのことなど勿論彼は知る由もない。
B丈夫の年下組メンバーは全員がオイのファンで、中でもデクは熱心なファンであり、ユニットを組む以前ライブでオイの他とは一線を画すそのファンサを浴びたことがあったのでオイのファンサの威力を身を持って知っている。
だからこそ今同じユニットを組んでいる以上はオイのファンサをもらえないことを嘆き悲しみ、あまつさえ応援してくれているファン達に羨ましさを感じてしまっている。
デクの方が同じユニットメンバーとして長く近くにいられるし、プライベートでも親しくしているのでファン達からすれば羨ましいのはどっちだと言う話だが、彼は生粋のオイオタク。オイにかける熱量は尋常ではないのである。
「そ、れは、確かに色々困るけど、私よりデク少年の問題じゃないのかな……?」
「うう゛っ!」
オイが言ったことは至極当然であるし、何より自身のオタクムーブを推しに知られてしまいデクは満身創痍だった。
「で、でもねオイ……僕だけじゃないんです……」
「デク少年だけじゃない? というと?」
首を傾げるオイにデクはざまぁみろと言いたげなしたり顔で自分を見ていたダイナマイトをスっと指差す。
「かっちゃんもオイがファンサすると、ファンの人たちの前に出てはいけない人相の悪さ……ぐぇっ」
オイとの関係は誰にも公表していないので、ダイナマイトと関係の浅い人たちからするとダイナマイトがオイの人気に嫉妬しているように見えるし、メンバーはダイナマイトがオイのことをすごく好んでいるのを知っているのでファンに嫉妬しているのだとわかるが、それは恋人として露骨にファンに嫉妬していることをバラされてしまいダイナマイトは早急かつ的確にチョークスリーパーをデクにかける。
「クソデクテメェ何を勝手にべらべら喋ってんだゴラァ!!」
「あー、こらこら! やめなさいダイナマイト少年!」
オイとショートにデクから引き剥がされるも暴れ叫び散らかすダイナマイト。
彼はオイの前ではカッコをつけていたかったのだ。
アイドルとしてのオイも恋人としてのオイも好きなダイナマイトはファンに嫉妬するしファンサを抑えてほしい気持ちもあるが、オイがオイらしく輝いてほしいから拘束するような、オイが必要以上にこちらを気にかけてしまうようなことは言わなかった。理解のある恋人としてスマートにオイを尊重し支える存在でありたかった。のに。
「……でも確かにお前の殺気すごいよな」
「出してねェわそんなモン!!」
こんな不本意過ぎる形でそれが露見してしまい、怒りと恥とやるせなさでダイナマイトはその名の如く爆発してしまいそうだった。
「まあまあ落ち着いてダイナマイト少年」
「っ!」
暴れるダイナマイトをオイに後ろから抱きすくめられてしまいさすがのダイナマイトもオイの腕の中では暴れられず静止する。
ついさっきまで暴れ回っていたのに自分の腕の中には大人しく収まっているダイナマイトにオイは愛おしさからくすりと笑みを零した。
「……何、笑っとんだ」
嫉妬していることは自らアピールしてはいたが口や態度ではあまりそれが表に出ないようにしていた分、今回の話であまりに幼稚だとそんなに余裕が無いのかとオイに思われている気がしているダイナマイトは拗ねた子供のようにぶっきらぼうな言い方をしながら自分を抱きしめている頭上のオイを見上げる。
「んー? ふふ、別に何も無いよ?」
「嘘つけ……」
随分としおらしくなってしまったダイナマイトにオイは他の二人に聞こえないよう、ダイナマイトの耳元へ口を寄せて声を潜めてこう言った。
「君に愛されてるのが、嬉しいんだよ」
「ッ」
オイの落ち着いた声で鼓膜を震わされた耳が、熱い。
「さ!」というオイの声と共に抱きしめられていた腕からダイナマイトは開放される。
心を強く掴まれたと思えば手放されるのは一瞬で。でもそんなオイが好きでたまらないダイナマイトは決まりが悪そうに頭を搔いた。
「そろそろ練習しようか」
「え、あ、あの! ファンサの方は……」
途中からぐだぐだになりまともな相談が出来なかったデクは不安げな顔をしている。
「うん。だからファンサービスの練習」
「えっ?」
呆気にとられた顔を見せるデクに、B丈夫のメンバーにオイはにかっと笑う。
「私の負担を減らすくらい。私のファンを取るくらい、君たちは輝いてくれるんだろう?」
「っは、はい!」
「上等だ!」
「勿論です」
これは、B丈夫がいずれ伝説のユニットになるための物語。
Fin.