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    ヰ不🍀

    @kamuidaimon2551

    進捗とか呟くには長ったらしい妄想とか投げます。
    絵文字ありがとうございます🙏

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    ヰ不🍀

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    勝(→)オル前提の補講組+オルさん
    リップクリームひとつで脳内ドタバタしてる爆豪のお話。
    前みたいにギャグテイスト。カッコイイ爆豪は居ません。相変わらずオルさんに情緒乱されてる爆豪ならいます。
    スローガンは「深く考えない」でございます。

    リップクリームの行方 今日も厳しい補講を乗り越えた轟と爆豪。そしてそれを見守っていたオールマイト。
     専用バスの広い座席にオールマイトを挟むように、爆豪と轟がオールマイトの隣にそれぞれ座り、帰りのバスに揺られていた。
     オールマイトと轟は、いつものように和やかに話をしている。
     そんな中、オールマイトが何かに気づいたように言った。
    「おや轟少年、唇が少し乾燥しているんじゃないかい?」
    「そう、ですか?」
     爆豪は聞こえてくる会話に興味が無く、窓の外を見ていた。
     轟は舌を出し、唇を舐めようとする。
    「舐めると余計に荒れてしまうよ」
     やんわりと轟の行動を止めるオールマイト。
    「ちょっと待ってね」
     そう言って、オールマイトはポケットを探り始めた。
     聞こえたやりとりに、爆豪は嫌な予感がした。
     そして、その予感は的中することとなる。
     何となしに爆豪は二人の方に顔を向けると、オールマイトはポケットからリップクリームを取り出して、ニコッと笑いながら言った。
    「轟少年、はい『うー』」
     オールマイトの言葉に、轟は素直に従い「う」の形に唇を突き出す。
     そしてオールマイトは、轟の顔に手を添えて、そのままリップクリームを轟の唇に優しく塗り始めた。
    「はぁ!?」
     それを見た爆豪は絶句する。
     轟はごく自然に何の疑問もなくリップを塗ってもらい、少し擽ったそうにしている。
    「んん……」
     甘くもない、気取ってもない、単に擽ったがっているだけの反応。
     しかし、爆豪にはそれが、どうしようもなく目障りだった。
    「ふふ、擽ったい? もう少し我慢してね」
     オールマイトが柔らかく微笑む。
     その声が妙に穏やかで、優しくて。
    (何を、何を見せられとんだ俺は……!!)
     爆豪は頭が痛くなった。
     オールマイトの指がリップを持ちながら轟の唇をなぞるたびに、轟は擽ったそうに目を瞬かせる。
    (何で半分野郎はそんなに当たり前のように塗らせてんだ……! 抵抗とか、遠慮とか、あんだろ普通……!)
     そんなものが一切感じられない轟の様子に、爆豪の苛立ちは加速する。
     これがクラスメイト同士だったら、気色悪いだけで済んだかもしれない。
     しかし、相手がオールマイトとなると話は変わってくる。
     爆豪は拳を握りしめ、目の前で繰り広げられる光景をただ耐えるしかなかった。
    「はい、いいよ」
    「ありがとうございます」
    「どういたしまして」
     にこりと微笑み合う二人。
    「…………」
     そんな和やかな二人に爆豪の思考は完全停止する。
     リップクリームを轟に塗った。
     オールマイトのポケットから出てきたということは、それはオールマイトのもので。
     つまりそれは、普段オールマイトが使っているということで。
     ということは。
    (関節キスじゃねぇかクソがァァ!!)
     一連の流れを理解した爆豪の頭が噴火する。
    「薄く塗っただけだから、後は自分でならしてね」
    「ならす……?」
     きょとんとした顔で聞き返す轟。
    「うーんと、こうやって」
     そんな轟に、オールマイトは優しく微笑みながら続けた。
     そして、その瞬間。
     んぱっ♡
     ほんの一瞬、柔らかく、少しだけ湿った音がバスの中に響く。
    「ッ!?」
     爆豪、硬直。
    (な、な、な、何しとんだァァァ!!)
     先程の音が無駄に甘ったるく聞こえて、大した音じゃなかったはずなのに、耳の奥で反響するような錯覚に陥る。
    「ッ……!!」
     健全な思春期男子にとって、そんなリップ音ひとつが、やけに色っぽい気がして、鼓動が跳ね上がる。
     一方、轟はオールマイトの手本を見て、真似をするように「んまんま……」とぎこちなく唇を動かしていると、ふわりと優しい桃の匂いが香る。
    「……これ、いい匂いですね」
    「だろう? 最近のお気に入りなんだ♪」
    (女子か!!)
     爆豪の脳内で即座にツッコミが炸裂する。
    (いい歳した男だろ! 何で香り付きのリップなんて持っとんだ!!)
     だが、なぜだろう。オールマイトが香り付きのリップを使ってても、そこまで違和感を感じない。むしろ、納得してしまう。
     普段なら、男がそんなものを持っていたら即座に「きめぇ」と切り捨てるところなのに。
     オールマイトだと、「まぁ、あの人ならあり得るか……?」と思ってしまう自分がいる。
     思い返せば、オールマイトのそういう部分を見たことは何度かあった。
     例えば、昼休み。
     弁当箱の包みがうさぎ柄だったのを見たときに「なんでそんなの使ってんだよ」と聞いたら、オールマイトは気にする素振りもなく「これかい? 可愛いだろう?」と笑顔で言っていた。
     またある時は、休み時間に女子たちとスイーツの話で盛り上がっていて、「あそこのお店のタルトは最高だったよ!」そう言ってナチュラルに参加していたのを見たことがある。
     女子たちも「オールマイトって意外と甘党なんですね!」なんて普通に受け入れて、本人も「スイーツは心の栄養源だからね!」と答えていた。
     他の中年男性ならば「うわキツ……」と、ドン引きしているだろうが、オールマイトだと思うと、許せてしまう。
     これがウケを狙った作られた可愛さだったなら、話は別だったかもしれない。
     だが、オールマイトの場合は何の計算もなく、自然体でそういうことをしている。
     そのナチュラルさが、逆に強烈に刺さる。
     などと、考えれば考えるほど沼にハマる。
     結局、爆豪はオールマイトにベタ惚れというわけだ。
     そんな自分に全力で頭を抱えたい衝動に駆られながら、心の中でキレ散らかすのだった。
    「気に入ったなら、あとで教えるよ」
    「お願いします」
     爆豪が人知れず己と戦っている間に、オールマイトと轟の会話が続いていた。
    (ナチュラルにお揃いにしてんじゃねぇ!「お願いします」じゃねぇんだよ半分野郎ォ! オールマイトもそんな簡単に勧めてんじゃねぇ! ……ああ、クソ! これ以上考えたら負けだ!)
     爆豪が自分の思考を切り替えようとすると、突然オールマイトの声が耳に届く。
    「爆豪少年は?」
     その声に顔を上げると、こちらを見つめるオールマイトと目が合う。
    「爆豪少年は、唇乾燥してないかい?」
    「……なッ!?」
     爆豪の思考、またしても停止。
    (今この流れで、それを聞くのか!?)
     だってこの流れだと、自分も轟のように、オールマイトにリップを塗ってもらう展開になる。
    (ウソだろ……!?)
     そう考えた瞬間、爆豪の胸が昂り、期待する。
     オールマイトの手で。
     オールマイトのリップで。
     自分の唇に……!?
     しかし、そこでふと爆豪は気づいてしまった。
    (……いや、待てよ。それはつまり、……半分野郎と関節キスになんじゃねぇか?)
     高ぶっていた期待も熱も、一気に冷める。
     さあーっと一瞬で血の気が引いていった。
    (な、なんで俺、今のでテンション上がってた……!?)
     さっきまでの淡い期待が、一気に恐怖と嫌悪と絶望に変わる。
    「だ、誰がそんなもん付けるかァァァ!!」
     爆豪の口から出たのは、魂を込めた全力の叫びだった。
     その咆哮に、オールマイトは驚いた顔をする。
    「えっ?」
     それはそうだ。オールマイトは、爆豪が関節キスだなんだと悩み、今は轟とそうなることに恐怖しているなんてことを知る由もない。
    「そんなに嫌がることか?」
     オールマイトの肩越しから、ひょこっと顔を出す轟。
    (コイツ、誰のせいだと思ってやがる……!)
     爆豪の中で、瞬時に轟へと怒りが燃え上がる。
    (てめェのせいで俺が今こうなってんだろうが!)
     ギリッと奥歯を噛みしめ、轟を睨みつけるが、轟はただ不思議そうに首を傾げるだけだった。
    「?」
     無垢な表情が余計に腹が立つ。
     爆豪の葛藤も、自分との関節キスを恐れていることも、何ひとつ理解していない。というか、わかるはずもない。
     ただ純粋に「リップを塗ることがそんなに嫌なのか?」という顔をしている。
     強く拒絶してしまって、オールマイトと触れ合えるチャンスを逃したと自覚する爆豪。
    (でもアイツとなんて、御免こうむる……!!)
     さらば、オールマイトとの甘い時間。
     絶賛爆豪の内心で後悔が押し寄せる中、突然オールマイトが大きく声を上げる。
    「……あ!」
     その声に爆豪はビクリと肩を震わせ、反射的にオールマイトの方を見た。
     オールマイトは何かを閃いたような表情を浮かべ、ぽんと手を叩く。
    「もしかして爆豪少年、香料強いのが苦手かい?」
    「へっ?」
     思わぬ質問に、思わず間抜けな声が出る爆豪。
    (香料……?)
    「ごめんごめん、そうだよね。自分が好きだからって、みんなが好むとは限らないよね」
     オールマイトは一人納得したように優しく頷きながら、再びポケットに手を入れる。
    「確か、一緒にいれてたはず……」
    (おい待て、何を取り出そうとしてんだ……!)
     爆豪の心臓に再び淡い期待が灯る。
    「じゃーん! 無香料のリップー!」
     オールマイトはなぜか誇らしげに、今度は無香料のリップクリームを取り出してみせた。
    「ッ!」
     爆豪は言葉を失う。
    (ちょ、待て……これ、まさか……!)
     とある予感が、爆豪の脳内を駆け巡る。
     オールマイトは無香料のリップを持ったまま、満面の笑みで言った。
    「よかった、これなら爆豪少年も使えるね!」
     そう。
    「じゃあ、爆豪少年にも塗ってあげよう!」の流れになっている。
    (やめろォォ!!)
     爆豪の脳内警報、最高潮。
     期待に昂って、煩わしいほどに脈打つ鼓動が耳の奥で響いている。
     目の前のオールマイトはいそいそとリップの蓋を開ける。
    (ダメだ、この人本当にやる気だ……!!)
     爆豪の脳内に、いくつもの思考が浮かんでは消えていく。
    「貸してもらえれば一人で塗れるわ」
    「そもそも別に乾燥してねぇ」
     言おうと思えば言えるはずの言葉。
     でも、口から出てこない。
     なぜなら、微塵も嫌じゃないから。
     本当はそれを望んでいるから。
    「はい、じっとしててね」
     オールマイトの手がそっと、優しく爆豪の頬に添えられた。
    「っ……」
     温かく、優しく頬を包み込む手のひら。
     こみ上げる熱をどうにか押さえ込もうと、震えそうになる手を力強く握り締める。
    「あはは、そんなに引き結んでちゃ塗れないよ爆豪少年」
     どうやら、爆豪の緊張が無意識に口元に出ていたらしく、口も固く結んでいたようだ。
    「『う』ってしてごらん? はい、『う』ー」
     轟のときと同じように、子どもに聞かせるように優しく促すオールマイト。
    「ッ~!!」
     子ども扱いすんな、と言いたい気持ちが込み上げる。
     そして、説明するだけでいいのに、自分も同じように唇を突き出すから。
    (キス顔になってんだよクソがァ……!!)
     それが爆豪にはどうしようもなく破壊力が高い。
     逃げ場のないこの状況に、全身の力が入りそうになる。
     でも、もう、やるしかない。
     爆豪はほんのわずかに、唇を突き出した。
     オールマイト相手に、こんなことをしている自分が信じられない。
    (だあああッ!! クッソ恥ィ!!)
     一体何の拷問だ、と爆豪は思う。
     鼓動が速すぎて、なんなら自分の耳の奥で響いている気がする。
    (やるなら一思いにやれや……!!)
     しかし、爆豪が色々と葛藤しながら待っていても、リップが口に付けられることはなかった。
    「……?」
     色んな意味で何事かと、そろりと視線を上げるとオールマイトのじっとこちらを見つめる穏やかな瞳と目が合った。
    (な、何だ……?)
     もしかして、やっぱりやめる気になったのか?
     そんな疑問が爆豪の脳内に浮かぶ。
    「ああ、待たせてごめんね」
    「……?」
    「爆豪少年のお肌がすごく綺麗だったからさ」
    「はぁッ!?」
     理解が追いつかない。
    (え? 何?? 今なんつった??)
     そう思う間もなく。
     すりっ♡
     添えられていた手の親指が、ふわりと頬を撫でる。
    「ッッ!?」
     それは、本当にほんのわずかな瞬間。
     けれど爆豪にとっては、すべてが決定的だった。
     ただのスキンシップ、ただの触れ合い。
     そんなのはわかっている。
     オールマイトにとっては、深い意味のない行動なのも、理解している。
     でも、わずかに押されるような感覚の後、優しく滑る指に、爆豪は背筋がぞくりと震えた。
    「んー、お母さんの個性遺伝子が強いのかな?」
     不意にオールマイトがそんなことを言い出し、爆豪の思考は強制的に中断させられる。
    「なんっで急にババアの話が出てくんだ!」
     爆豪の母・光己の個性は『グリセリン』。
     保湿効果があり、肌が乾燥しにくく、そのおかげか、実年齢よりも若々しく見られることが多い。
    「いや、爆豪少年の個性は『爆破』だけど、お母さんの個性の影響で、こんなにお肌が綺麗なのかもね」
     肌が綺麗だとか、母親の個性がどうとか、そんなのはどうでもいい。
    (問題はそこじゃねぇだろ!)
     すりすりっ……♡
    「ッッ!!」
     また、頬を優しく撫でられる。
     指の腹が肌の上を滑る感触に、ぞくぞくっと背筋が震えた。
     触れられているのは頬だけのはずなのに、全身が熱くなり、爆豪の理性を限界へと追い詰めていく。
    「す、るなら、さっさとしろやァ……!」
     爆豪は早く終わらせたいわけではなかった。
     けれど、もう本当にこれ以上は持たない。
    「ああ、そうだった! 待たせてごめんね?」
     はっとした顔をして、申し訳なさそうに首を傾けるオールマイト。
     あざとい。
     狙ってやってるわけじゃないのはわかってる。
     本当にただの天然なのも理解している。
     でも、許してしまう。
     なぜなら、それがオールマイトだから。
    「じゃあ、塗るね」
     オールマイトはそう言って、リップを爆豪の唇に押し当てた。
     何の躊躇いもなく、無遠慮に。
     けれど優しく。
    「っ……」
     爆豪の唇から全身に、電流が走るような感覚が広がる。
     柔らかく、なめらかに滑るリップ
     その動きに合わせて、わずかに唇が引っ張られる。
     この自分の唇に触れているものが、オールマイトの唇にも触れているものだと思うと、全身が茹だるように熱い。
     そして無香料と聞いたはずなのに、どこか優しく清潔感のあるいい匂いがする。
     それがなんの匂いが気づくのに、時間はかからなかった。
     オールマイトが動くたびに、わずかに香るその匂い。
     そんなものまで分かってしまうほどの距離の近さ。
     それに気づいた瞬間、急激に頭がクラクラしてくる。
    (ちょ、待て、これ……ヤベェ……!!)
     改めて、距離が近すぎる。
     目と鼻の先の距離。
     思わずオールマイトの顔に視線を上げて、視界に映ったのは、少し伏し目がちに、自分の唇をじっと見つめるオールマイトの表情だった。
    (なんつー顔、してんだよ……)
     喉の奥がぎゅっと詰まる。
     爆豪の唇にリップを塗る。という、たったそれだけの行為に、驚くほど優しく、真摯な眼差し。
     ただ一点、爆豪の唇だけを見ている。
     そして無遠慮に触れている、頬を支える大きな掌の温もり。
     その手のひらが、何も知らないまま自分の肌に馴染んでいく。
    (俺が、あんたに何思ってるか、知らねェくせに……っ)
     何も知らないから、こんなにも簡単に触れる。
     そして、何も知らないまま、自分の唇に触れたものを、他者の唇に滑らせている。
     そんな無防備な神経が、悔しくて、憎らしくて。
     けれど、どうしようもなく、甘い。
    「はい、おしまい」
     オールマイトは満足そうに笑いながら、あっさりと手を離した。
     唇に押し当てられていたリップも離れ、ついさっきまで感じていた熱が、薄れていく。
     けれど。
     頬に添えられた温もりも。
     リップが触れた感触も。
     すぐそばで感じたオールマイトの匂いも。
     全部、まだ残ってる。
     オールマイトにとっては、ただの取るに足らないこと。
     ただ、轟のついでのこと。
     そこに特別な意味なんて無く、たった一人、未練たらしく思っている自分が情けない。
    (バカか、俺は……)
     奥歯を噛みしめながら、爆豪は俯いたまま拳を握りしめるしかなかった。
    「あ、そうだ」
     リップの蓋をぱちんと閉めながら、オールマイトが何でもない日常会話のような、軽いテンションで言う。
    「よかったらコレ、もらってくれない?」
     そう言ってオールマイトから差し出されたのは、先ほど自分に塗られたリップクリームだった。
    「はぁ!?」
    「いやぁ、実はね?」
     オールマイトは少し気まずそうに、苦笑しながら続けた。
    「目新しいものが出るたびに、つい買ってしまって、消費が追いついてなくて……。だから、爆豪少年がもらってくれたら助かるな~なんて」
     気軽な口調で、にこっと微笑むオールマイト。
     今、目の前にあるリップ。
    (……これ、持って帰れってのか……!?)
     手を伸ばせば、簡単に受け取れる距離。
     けれど、受け取ったら最後。
     日常的に使うものだ。目につくたびに、使うたびに、オールマイトの指が触れた感触を思い出す。
     オールマイトの手の温もりを思い出す。
     そして、唇に押し当てられた、あの感覚を思い出してしまう。
     そんな日々を、覚悟しなければならない。
    「……っ!!」
     思わず息を呑む。
    「でも使い差しなんていらないかな?」
     目の前のオールマイトは、爆豪の葛藤など知る由もなく、ただ純粋に「良かったらどうぞ」という顔をしている。
     深い意味は微塵もなく、ただ善意で、余っているからという理由で渡そうとしているだけ。
     いるか、いらないか。わかりきった答えだ。
    「……しゃーねぇから、もらってやる」
    「ほんと? 助かるよ」
     オールマイトは、ぱあっと嬉しそうな顔をする。
    (ああもう、どうにでもなれ……!)
     手を出すと、オールマイトは優しく、ころんと渡し、手の中にすっぽりと納まる。
     爆豪は、まじまじと手の中のものを見つめた。
     どこにでも売っている、市販のリップクリーム。誰でも簡単に手に取れるもの。
     特別なブランドでも、高級品でもない。
     だけどもう爆豪には、これはただのリップじゃない。
     そう思うだけで、指先がじんわりと熱を持つような感覚がした。
     このリップを見るたびに。
     店頭に並ぶ同じものを見かけるたびに。
     今日の息が詰まりそうになったことを思い出してしまう。
    (クソが……)
     爆豪は手の中のリップをギュッと握り込む。
     冷たいプラスチックの感触に、勢いよくポケットに突っ込んだ。
     ポケットの中にあるリップの存在が、熱を持っているように感じられる。
     たかがリップクリーム。されど、それは。
    (これから毎日、どうしろってんだよ……)
     ポケットの中の小さなリップひとつで、ここまで心を乱されてしまう自分が心底、情けなかった。
    「よかったな爆豪」
    「るっせぇ、黙れ半分野郎」
     ポケットの中にあるリップの存在をじんわりと感じながら、まだ自分の中に残るオールマイトの温もりや、触れられた感触、甘い余韻をゆっくり噛み締めたかったのに、轟はそれを許してくれなかった。
     轟の呑気な声に、苛立ちを隠そうともしない。
     思わずキッと睨む。睨みつけた轟の顔は、なぜかほんの少ししゅんとしていた。
    「……?」
     一瞬、何でそんな顔をしているのかわからなかったが、見れば、轟はちらりとオールマイトの手元を見やっている。
    (……ははーん?)
     つまり。
     爆豪はもらえたのに、自分には貰えなかったことが羨ましいのかもしれない。
     もちろん、轟はそういう意味でオールマイトのことを好いているわけではない。
     けれど轟にとっても憧れという存在。
     そのオールマイトから、何かを与えられる者がいて、自分にはそれがなかったというのが、恐らくどこか少し寂しいのだろう。
    (……ハッ)
     爆豪は、その差に気づいた途端、気を良くした。
     さっきまで、もらったリップクリームの扱いに困っていたのに。
     どうしていいかわからず、戸惑い、動揺していたというのに。
     今はそれを自分だけが持っているという優越感が何とも心地いい。
    (そうだよなァ、〝特別〟ってのは、そう簡単に手に入るもんじゃねぇよなァ……?)
     ポケットの中のリップを無意識に指先で撫でながら、爆豪は口元を歪めるのだった。
     実際に言ってやろうかという気持ちが膨れ上がる。
     だが、そんなことを言えばオールマイトのことだ、きっと──
    「そうだ、轟少年もいる?」
    (なんて言い出すに決まっ……)
    「え」
    「」
     轟と爆豪は揃って声を出した。
     オールマイトは何の躊躇いもなく、またポケットに手を入れて桃の香りのするリップを取り出す。
    「桃の香りというだけでも、色んな種類があってね。だから轟少年もよければあげるよ?」
    「なっ……!?」
     せっかく手に入れた優越感が、今まさに消し飛ぼうとしている。
    「……いいんですか?」
     轟がまるで、子どもがプレゼントを目にしたような顔をする。
     完全に受け取る気満々だ。
     独占感、優越感、満たされた心。
     それらが崩れてしまいそうな音がする。
    (待て待て待て待て!!)
     せっかく自分だけがもらったものなのに。
     轟がそれを受け取ったら、もう自分だけのものじゃなくなる。
     〝特別〟はたったひとつだからこそ、価値がある。
     オールマイトの手が、轟に向かって差し出される。
    (やめろ、やめろ……!)
    「もちろんだとも! 轟少年も、はいどうぞ」
     オールマイトから優しく手渡されたリップを、轟は嬉しそうに目を細めて見つめている。
    (っ~! クソがよ!! 結局こうなんのかよ!!)
     爆豪の中で優越感も、特別感も、無慈悲に瓦礫となって消えていく。
    「ありがとうございます、大事に使います」
     轟がリップを手に持ち、素直にお礼を言う。
    「はは、そんな大層な物じゃないよ」
     何の特別な感情もなく、ただ純粋な親切として、爆豪にリップを渡しただけ。
     何の特別な意味もなく、ただ親切心で轟にもリップを渡しただけ。
     本当に、それだけだ。
    「クソが!!」
     何もかもが気に入らない。
     素直に受け取って、素直にお礼を言える轟も。
     簡単に分け与えて、無遠慮に触れて乱すのに、あっさりと離れてしまうオールマイトも。
     
     どちらも、どちらも、憎たらしい!!

     Fin
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