金平糖の甘やぎ「……こんなもん、どこで買ってきたんだよ」
爆豪は小さなガラス瓶を手に取って眉をひそめた。
透き通る瓶の中には、色とりどりの金平糖が詰まっている。
ピンク、黄色、緑、青。まるで星屑を閉じ込めたような、小さな砂糖菓子たち。
「見かけた時にね。なんとなく、爆豪少年のことを思い出したんだ」
その言葉に、爆豪は意味がわからねぇという顔で瓶をくるりと回す。
中で金平糖がカラコロと音を立てた。
「あんたには、俺がこんな小さくて甘ったるいもんに見えてんのかよ」
「んー、なんというか」
オールマイトはゆっくりと、穏やかに言葉を紡ぐ。
「君の火花に、似ていると思ったんだ」
「……は?」
「君の爆破の火花は、いつも鮮烈で美しい。目を惹かれるんだよ」
オールマイトの声は静かで、どこか慈しむような響きを帯びていた。ゆっくりと瞬きをして、爆豪の顔を見つめる。その瞳は柔らかく、迷いのない光を宿している。
そのままオールマイトは微笑んだ。
その笑みがどこまでもあたたかく、爆豪の胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
爆豪は思わず息を呑む。オールマイトにこんな風に見つめられることが、こんなにもまっすぐに言葉を向けられることが、どうしようもなく、くすぐったかった。
「それに金平糖はね、時間をかけてじっくりと作られるんだ。芯に砂糖をまとわせて、何日も何日も転がし続ける。その過程で少しずつ成長し、唯一無二の形になる」
爆豪は黙ってオールマイトの言葉を聞いていた。瓶の中の金平糖をぼんやりと眺める。
「……俺が、それに似てるって?」
「うん」
オールマイトは爆豪の手からそっと瓶を取り、やわらかな手つきで蓋を開けた。
ほのかに甘い香りがふわりと広がる。
「時間をかけて、じっくりと成長する。君は、君にしかなれない形を作り続けている。そして、それは誰よりも美しい」
そう言いながら、オールマイトは瓶の中から小さな金平糖を一粒つまみ、それを爆豪の口元へと差し出した。
「……ほら、口を開けて?」
「は……? おい、何して」
「君にも、食べてほしいんだ」
オールマイトの声音は優しく、穏やかだった。
けれど、どこか懇願するような響きが混ざっていた。
爆豪は息を詰まらせる。オールマイトの指先の金平糖は、小さくて、淡くて、火花のような形をしている。
爆豪はオールマイトから視線を外すことも、拒むこともできない。
「しゃーねぇな……」
小さく悪態をついて、爆豪は口を少し開くと、舌にころんと小さな金平糖が転がり込んだ。
爆豪はいつもならばすぐに噛んでいただろうが、今はなんとなくそんな気分にはなれなくて、ゆっくりと舌の上で転がす。
口の中の熱で金平糖がじんわりと溶けていき、ゆっくりと、時間をかけて砂糖の甘さが広がる。
「美味しいかい?」
オールマイトの問いかけに、爆豪はそのまま視線を向けたまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……まぁな」
特別美味いとも、不味いとも言わない曖昧な返事。
ただ、目を逸らさなかった。
逸らせなかった。
爆豪の言葉に、オールマイトは微笑んだ。
嬉しそうに、愛しそうに。
爆豪は舌の上で溶けていく金平糖の甘さを感じながら、それがどこかオールマイトに似ていると、ふと思った。
優しくて、温かくて、ゆっくりと心に染みていくような甘さ。
すぐに消えてしまうのではなく、じわじわと広がって、長く、後を引く。
なんでだろうな、と爆豪は思った。
それがなんでこんなにも、オールマイトに似ているなんて。
口の中でじんわりと溶けていく甘さ。こんな味、知っているはずなのに。
けれど、今日はいつもよりも、ずっと優しく感じる。
爆豪は、目の前のオールマイトを見つめた。
柔らかく微笑む顔。自分をまっすぐに見つめる瞳。
金平糖の甘さが残る唇を、そっと舌でなぞる。
「……オールマイト」
静かに、けれど確かに、その名前を呼んだ。
オールマイトの表情がわずかに和らぐ。
「うん?」
短く返されたその声が、妙に心地よく響く。
爆豪は静かに、そっと、オールマイトの唇に触れた。
オールマイトの目が、わずかに見開かれる。
触れるだけの、優しい口付け。
確かめるような、それだけの触れ合い。
温かくて、柔らかくて、溶けたはずの金平糖がまだそこに残っている気がした。
わずかに触れた唇が、甘い余韻とともに、爆豪の中で静かに響いていく。
すぐに離れたけれど、その瞬間、オールマイトの息がふっと漏れるのを感じた。
オールマイトを見上げると、驚いたように瞬きをしてこちらを見ていたが、その表情はすぐにふっと和らいだ。
ゆっくりと息を吐き出しながら、オールマイトは静かに言葉を紡ぐ。
「……甘い、ね」
ほんの少しだけ戸惑ったように、ふわりと頬に淡い朱色を滲ませる。
オールマイトは金平糖を食べていない。
それなのに、そう言った。
爆豪は喉の奥がぎゅっと詰まるような感覚を覚えながら、オールマイトの顔を見つめ続ける。
オールマイトはただ優しく微笑んでいる。
その笑顔が、胸の奥にじんと広がる。
まるで、さっき口の中で溶けた金平糖みたいに。
Fin