八杉 2.抱きしめる2.抱きしめる
事務所に入った途端に目に飛び込んできた光景に、思わず入口で足が止まった。
「あー!これここでしょ絶対。向き逆だよ〜」
「大丈夫大丈夫。まあ見てなって」
三人がけのソファには、スマホを手にしたター坊が座り、それを背後から覗き込む杉浦の姿がある。
話の内容から、どうやら最近二人してはまっているという、ブロックを消すゲームに興じているようだ。
今まで暇になるとふらふらと出かけてはなんやかんやと巻き込まれたり巻き込んだりしていたター坊だったが、事件後に杉浦が手伝いをしに来るようになってからと言うもの、事務所にいる間はこうして杉浦と一緒にいることが増えていた。
今みたいに二人で何かを覗いては笑い、新しい店が出来たからと一緒に出掛ける。
一時的にではあるが、事件後の二人の間には微妙な距離があった。あれだけの出来事があったのだからまあ当然だとは思う。
そのまま疎遠になるのか、それとも解けてしまいそうな縁を結び直すのか。
当人たちが決めることだ、と。
わかっていながらも、内心やきもきしながら行く末を見ていた俺をはじめとする周囲の心配を背に、ター坊と杉浦は後者の道を選んだ。
だから、仲良くしている姿は喜ばしいもの、だとは思う。
思うんだが──。
(それにしたってくっつきすぎじゃねぇか……?)
ター坊と杉浦の距離感は、やけに近い。
かく言う俺自身も、ター坊に言わせれば距離感が近い部類になるらしい。自覚はないが、たしかに弟分の東に対してはそうだったかもしれないな、と思うところもあった。
だが、肩を組むくらいは標準だろうと反論したくもなる。
俺のスキンシップの度合いなんて、ター坊たち二人と比べたらかわいいもんだ。
俺は居酒屋にいてメニューを見る時に東と顔を寄せ合って覗き込むことはしないし、頼んだものを互いに食べさせてやったりすることもない。
変化は他にもあって、ター坊は潔癖なところがあるのか、酒に限らず俺たちとは絶対に回し飲みなんざしなかった。
だが、今は「一口ちょうだい」の一言で杉浦に飲みかけのグラスを渡すし、逆に杉浦のグラスに口をつける。杉浦限定で。
俺が「一口くれ」と言おうものなら「新しく頼もうか?」と訊いてくるんだ。悪気のない反応だとはわかっているが、その差はなんだと言いたくなってしまう。
初めは「こいつら仲良くなったな」と微笑ましく見ていたが、みるみるうちに爆上がりしていく親密度に驚きよりも困惑を隠せないし、最近はもう認識が追いつけないでいた。
俺の存在に気付いているのかいないのかはわからないが、ただでさえくっついているのに、杉浦がター坊を抱きしめるような体勢になる。
杉浦が何か言ったのか、顔を見合わせて笑って。角度によってはまるでキスしているように見えてしまっていた。
見間違いだよな、と目を擦る時に手に持った新聞がかさりと音をたててしまい、二人揃って振り返る。
「あ、おはよう海藤さん」
「お、おう……」
「重役出勤だね。コーヒー飲む?」
「僕が淹れてあげる。八神さんも飲むでしょ」
座ってて、と立ち上がりかけたター坊を杉浦が肩を押して座らせ、キッチンに向かった。
離れる時に手を重ねたように見えたのも目の錯覚だ。多分。きっと。
「海藤さん、今日なんだけど依頼が二つ入ってて……」
あまりにも仲睦まじい空気に、だんだんと「こいつらは最初からこれがデフォだったんじゃねぇか?」と脳が誤認し始めている。
杉浦がコーヒーを持ってきた後でター坊の横にひっついて座ったせいで、依頼についての説明なんざ正直なところ何一つ耳に入ってきやしなかった。
あまりにも気になった俺は、東にお前はどう思うんだと訊いてはみたが、
「あいつらに突っ込み入れたら負けです、兄貴。目に入れないようにしましょう」
真顔でそう返されて、もう深く考えることをやめた。