八杉 30日CPチャレンジ1616.添い寝
事務所のソファで眠っていた習慣が長すぎて、八神さんは未だにソファで寝ようとすることがある。
だからこの部屋に住むと決めた時に、二人が寝転んでも十分なサイズのソファベッドをリビングに置いた。
そんな八神さんの影響で、今では僕もベッドルームに行かずにここで寝ることがある。
最初は怠惰だなぁと思ったりもしたけど、だらけたまま寝てしまえるのは実際便利で。八神さんがどんな場所でも眠れてしまうことを半ば呆れて見ていたのに、まさか自分もそれに賛同する日が来るなんてね、と思う。
僕が洗濯物を取り込んで室内に戻って来ると、八神さんは調査報告をまとめる途中で寝落ちてしまってた。
この光景もあるあるだ。
代わりにまとめておいてもいいんだけど、守秘義務やら何やらで、身を置いて手伝いをしていた頃のようにはいかないのが歯がゆい。
まあそれでも、八神さんが寝てるうちにやれるところは片付けてしまうんだけども。
書類を整えてローテーブルに避難させ、干したばかりでふわふわになったブランケットをかけてあげると小さく声を漏らした。
春の柔らかい風にさらされてる頬をなぞるように、そっと皺の増えた眦をくすぐると、「んん、」とさっきよりもはっきりとした声がこぼれる。
むずがるみたいな所作がなんだかかわいい。寝かせてあげたい気持ちと悪戯したい気持ちが同時に湧き上がった僕は、悪い方の欲に負けて八神さんの唇に指で触れた。
ふに、とつつくたびに口がもにょもにょと動く様がなんだか面白くてじっと見つめると、何度か繰り返すうちに眉がぐぐ、と寄る。
あ、起きるかも、と思った瞬間に八神さんの瞼がゆっくりと開いた。
「…………あれ」
ソファの座面に頬杖をついてる僕をまだ眠そうな目でじっと見ていた八神さんが、みいこは、って呟く。
「みいこ?誰?」
そんなかわいい名前の知り合いがいるうえに夢にまで出てきたの。僕、知らないけど。
自分でもわかるほど声のトーンが低くなった。鏡がないからわかんないけど、ポーカーフェイスなんて忘れてむっとしてると思う。
そんな僕の変化に気付いたのか、テーブルの上の写真の束を片手で漁ると、これだよ、とその中の一枚を僕に向けた。
「……三毛猫?」
おすまししたポーズで映る三毛猫は、毛並みが綺麗で美人だった。それと、見た目を裏切らないネーミング。
なんでも、飼い猫の行方がわからなくて藁をもすがる気持ちで駆け込んできた老夫婦に頼まれ、昨日海藤さんと苦労して捕まえた猫らしい。
脱走癖はあるものの人懐っこい子で、無事捕獲したあとはずっとおとなしく八神さんの胸元に抱っこされて顎や唇を舐め続けてたんだって。
「……そ。ミィ子に唇舐められる夢見てた」
「なぁにそれ。浮気?」
寝ぼけてふにゃふにゃした口ぶりで呟く八神さんに拗ねてみせると、ふ、って緩く笑った。
「かわいいしすごい唇舐めてくるんだけどさ、最後は俺は好みじゃないってふられた」
「へー、逃した魚は大きかったんじゃない?」
美人だし、懐っこいなんて。
写真をひらひらさせると、何言ってんの、とその手を掴まれる。
「悪戯好きで懐っこくてかわいい猫がここにいるのに、他にうつつを抜かす余裕なんてないよ」
そう言って髪を撫でる手に導かれるまま、僕は向き合うようにしてソファベッドに寝転がった。
まだ眠るつもりらしい八神さんの胸元に額を擦り付けると、「ほんとに猫みたいなことする」ってくつくつと笑う。
「だったら、猫みたいにサービスしてあげないとね」
目の前にある唇をゆるく甘噛みして舐めると、さっきまでとろっとしてた眼差しが一気に覚めたみたいで。
お前ね、と僕を強く抱きしめた。
「ただの添い寝じゃなくなるから、これ以上はだめ」
表情は見えないけど、照れてるんだろうなあって思って僕はほくそ笑んだ。八神さんは、こういうところがギャップがあってかわいい。
別に添い寝以上のことしたっていいんだよ、って言ってみようかなと思ったけど、たぶん、頑なに駄目って言うんだろうな。
「かわいいね、八神さん」
でも駄目って言われるとしたくなるんだよね。
僕はもう一度、今度は舐めるだけじゃなく、しっかりと唇を食んだ。