八杉 30日CPチャレンジ77.コスプレ
「は〜……かっこいいですねぇ」
「初めて拝見しましたけど、よくお似合いです」
「もうこうなってくるとコスプレだよ。何か恥ずかしいな」
「いや〜助かったよター坊」
「マスター無理しないで座ってなって」
僕たちの前に、それぞれオーダーしたカクテルを出してくれたバーテンダーは、ほらほら、とマスターをカウンター内のスツールに座らせた。
神室町にあるバーの一つであるテンダーは、僕とさおりさんもよくデートで使わせてもらっている馴染みのお店だ。
そのテンダーのマスターが、腰を痛めて一週間ほど治療に専念しなければいけないことになった。
従業員も他にいなくて店を休業するか悩んでいたそうなんだけど、八神さんがマスターのピンチを知って代理を買って出たらしい。
「だからよぉ、店に冷やかしに行ってやってくれよ」
そう海藤さんから連絡を受けたのは一時間ほど前のこと。
さおりさんも「見てみたいですね」と乗り気だったし、僕としても話で聞いたことしかなかったバーテンダー姿を一目見てみたいと思っていた。
二人で話していたら源田先生が「今日はもう帰っていいぞ」と苦笑しながら言ってくれて、その気遣いに便乗した僕はさおりさんを誘ってお店に来たんだ。
店内には、いつも見かける常連客の他にも数人いたし、テーブル席には三人組の女性客がいる。
常連が主な客層だから、普段なら選べる程度には席が空いてるのに、今夜は満員に近い客の入りだった。
僕の気のせいじゃなければ、心なしか若い女性が多い気がする。本来のテンダーの常連客は、どちらかと言えば年齢層が高めだ。
だからだろうか。今夜の客層にやや違和感を感じる。
「……いつもより女性客が多いですね」
「やっぱり思います?」
「ええ、気のせいでなければ……」
さおりさんの視線を追うと、テーブル席のオーダーを受けたもう一人のスタッフがカウンター内に戻ってきたところだった。
「八神さん、桃のマティーニ二つとアレキサンダー」
「了解。杉浦、フレンチフライとチーズ頼む」
「オッケー」
バーテンダーとしてカクテルを作る八神さんのサポートとして杉浦さんもオーダー取るのを手伝っているとは聞いていたけど、てきぱきとよく動いている。八神さんとの連携もばっちりだ。
そして八神さんに負けず劣らず、カマーベストとスラックスを着こなしててかっこいい。
顔立ちの良い若い男が二人がカウンターにいる、ただそれだけで女性客が増えるなんて馬鹿げてる、と鼻白まれそうだけど。
シェイカーを振る八神さんも、「お待たせしました」と微笑む杉浦さんも、間違いなくこの場にいる人たちを魅了していた。
徹夜続きで表情が死んでる二人をよく知る僕ですら、醸し出されるオーラを眩しいと感じる。
「いや〜イケメンの効果すごいですね」
「まあ、それもそうなんですけど……たぶん、それだけではないですよ」
さおりさんの口ぶりに、まだ他に何か?と店内を見回してると、不意にきゃあ、と背後のテーブル席から小さな悲鳴があがった。
何事かと背筋を伸ばした僕の視界に、オーダーをひとまず全て捌いたと思しき八神さんが杉浦さんのネクタイを直してあげている姿が飛び込んでくる。
杉浦さんが八神さんに耳打ちして、八神さんが微笑みながら杉浦さんの髪を撫でた。おそらく癖がついていたからだろう。
二人は小声で話しているし店内のBGMもあって話の内容までは聞こえないものの、触れ合い方は親密さをうかがわせてる。
僕は、ああこれかあ、とつい声に出して頷いてしまった。
「……お二人をダイソンと呼びたくなりますね」
「吸引力すごいですもんね。二人とも周り気にしてないからな〜」
結局それから五分間ほどたっぷりと仲の良さという名のイチャイチャを見せつけられ、僕は次にオーダーするのは辛口のカクテルにしようと決めた。