八杉 30日CPチャレンジ99.友達とみんなで遊ぶ
「や〜飲み足りねぇなぁ」
「兄貴、散々飲んでたでしょう」
「あんなの飲んだうちに入らねぇって」
「海藤さんは酒豪ですなぁ」
「はいはーい!もう一軒行きましょう!星野一生、お付き合いします!」
一緒に居酒屋に来てる海藤さんや九十九くんたちは、会計を持った八神さんと、なんとはなしに八神さんにくっついていた僕より先に店に出ていて、気が早いことにもう次の店をどこにするかを話してた。
海藤さんなんか相変わらず水代わりみたいに大ジョッキでビールを飲んでたし、城崎先生にあまり飲みすぎないように注意されてるはずの星野くんも、海藤さんに負けないくらい飲んでかなり酔ってる。
僕も海藤さんにどんどん注がれたけど、途中で八神さんが止めてくれたから悪酔いまではしてない。でももうアルコールはいいかなって思ってるんだけど、みんなはそうでもないらしい。
海藤さんと星野くんが、二人で肩組んで歩きながら大声出してて、うるさくて悪目立ちしてる。東さんも九十九くんも笑って見てるだけで、止める気配はない。
「みんなよく飲むよね。タフだなあ」
「ここ最近忙しくて集まれなかったからテンションが上がってる感じだよな」
呆れたように、独り言のつもりでぼやいた僕の後ろから、精算を終えて出て来た八神さんがそう言って笑った。
口直しでくれたらしいガムと飴を渡されて、そのうちの一つを早速口に含む。
煙草を吸いたそうにしてたから「いいよ」って言うと、悪いね、って八神さんがわざわざ横を向いて火を点けた。
「この前テレビで見たんだけど、食後の喫煙が一番体に良くないんだって」
「今このタイミングで言うのかよ、それを」
すぐ消すからノーカンだよ、なんて言いながら八神さんが歩き出した。僕は慌てて隣に並ぶ。
みんなの都合が奇跡的に合って、飲もうかって声をかけたのは八神さんだ。
僕と九十九くんが横浜に事務所を構えて、東さんも店舗を増やして、ってなってから、当たり前だけど全員が頻繁に集まることは難しくなっていった。
うちはいつも閑古鳥だから、って言う割に八神さんも細かな依頼をいくつも請けて走り回ってるから、僕もプライベートで会うのは三週間ぶりだ。
だから八神さんが言うように、久しぶりの飲み会だからみんな羽目を外して飲んでたのかもしれない。僕も久しぶりで気が緩んでたし、その気持ちはわかる。
そんな中、騒ぎながらあれこれオーダーする海藤さんと星野くんとは対照的に、八神さんはほぼ聞き役と幹事に徹していた。飲むのも食べるのもほとんどしてなかったと思う。
そして僕はというと、話すことと飲むことに集中してたからあんまり食事らしいものを摂れていなくて、実のところお腹が満たされてない。
何せ運ばれてきた料理は、大半が海藤さんのお腹の中に入っていったから。
次に行くのは今までのパターンからテンダーだろうから食事らしいフードメニューはあまりない。テンダーが終わったら帰る前にどこかに行こうかな、まだ食べられるな、と思えば思うほどお腹がすいてくる。
「僕は飲むより牛丼の気分なんだけどな〜」
期待をこめて紫煙を燻らせている横顔をちらっと見上げると、八神さんが意図を察したのか、ん?と立ち止まって僕を見た。
「なんだよ。二軒目のあとに飯奢れってこと?」
「やったーさすが八神さん、話がはやくて助かるなー。何奢ってもらおうかな〜」
「お前ね」
わかりやすくゴマをする僕に、牛丼じゃなかったのかよ、って頭をくしゃって撫ぜた八神さんは、仕方ないなってわざとらしく溜息を漏らした。
「そういや杉浦、あんまり食べてなかったもんな」
「それは八神さんもでしょ。なんなら牛丼じゃなくてがっつり食べるために焼肉でもいいよ」
こことか、って深夜営業の焼肉屋をいくつか挙げると、八神さんが「俺の財布が平らになるよ」って肩を竦める。
「えー、いいじゃん」
「えーじゃありません」
ご飯を食べたいのは紛れもない本音なんだけど、三週間ぶりなんだからもっと一緒にいたいんだよ、って気持ちが大本命だったりする。
ついでって言うには苦しいけど、僕の部屋にきて欲しいし、誘いたい。欲を言えば二人で夜を過ごしたい。
でも、明日忙しかったらって思うと言い出せないでいた。
けち。けちじゃないでしょ。なんて言い合ううちに、あーでも、って何かを思いついたように八神さんが顎をさする。
「杉浦んちの近くにある焼肉屋にするか。個室あるもんな、あの店」
「えっ」
「そうだ。それと大事なことだけど……」
思ってもみなかった、僕にとってはめちゃくちゃ都合の良い展開。えっいいの?と固まっていると、八神さんは僕のうなじを引き寄せて、
「みんなには内緒な。三次会はデートだから」
そう言って先に歩きだした。
何て言った?みんなには、内緒?
八神さんの言葉を何度か反芻して、ようやく「デートって……」と呟いた僕の顔は、きっとさっきのお店の軒下にぶらさがってた提灯よりも赤かったと思う。
今が夜で、ここがネオンや灯りの多い神室町でよかった。
こんな顔、誰にも見せられやしないから。
みんなのもとに向かったはずの八神さんが、ついて来ないことを心配して戻って来るまで、僕はその場から動けなかった。