八杉　30日CPチャレンジ1010.獣耳(衣装or生やす)



　今夜暇か。
　呼ばれて指定の居酒屋に来た俺は、乾杯のビールをあおってすぐに見てみろや、とスマホを向けられた。
　兄貴の面持ちがやけに神妙で、依頼内容に関わる事か、それとも誰にも見せられない内容だろうかと意を決して覗き込み、眉を寄せる。
「……何すか、この浮かれたニヤケ面は」
　画面に映し出されていたのは、それぞれ別の動物の耳を模したカチューシャを着けて自撮りする八神氏と杉浦だ。
「あ？もしかしてあいつら、仕事さぼって遊んでやがるんすか⁉︎」
　兄貴は一応定めている終業時間まで事務所に詰めてたと言うのに、臨時で雇っている調査員の杉浦はともかくとして、所長が遊びに行くとはどういう了見だ、とテーブルを叩く。
　そもそも依頼だってコンスタントに来なくて常にカツカツだって嘆いてやがるくせにそんな余裕があるのか。それともこれは調査費だって銘打って経費で落とすつもりか。
「まぁまぁ落ち着けって」
　ほら、と瓶を向けられて、俺は「ありがとうございます」と慌ててグラスを差し出した。
「いやまあなんだ。今日はな、一応浮気調査の一環で行ってんだよ。あのねずみの国に」
　兄貴によれば、いま八神の事務所には浮気調査の依頼が一件入っているらしい。
　ターゲットがなかなか尻尾を出さないせいで調査が行き詰まっていたが、依頼人であるターゲットの妻から浮気相手と遊びに行くようだ、というリークを受け、急遽杉浦を連れて証拠を取りに行ったのだという。
　場所がテーマパークとあって、人混みと待ち時間が苦手で、何より見た目とキャラ的に浮く、という理由で兄貴は辞退し、代わりに年齢的にも浮きにくいだろう、と杉浦がサポートすることになった。
　まあその流れは納得せざるを得ない。何せ兄貴は行列が苦手だ。加えて見た目がいかついという理由で浮く気まずさも。それに関しては俺も経験しているから痛いほどわかる。
　それに、八神と杉浦のように獣耳を着けて園内を歩き回るなんておそらく無理だろう。
　だがしかし、だ。
　アトラクションだレストランだと、動き回るターゲットに合わせて尾行し写真を撮ってはいる。
　けれど、肝心のターゲットの姿は背後に小さめに映っているだけ。
　どっちがメインだこんなもの証拠になるか、と。俺が依頼人だったらキれてしまいそうだ。
「これでもギリギリなんだと。あいつらなりに手こずった結果がこれってわけだ」
　まあでも、こんなの証拠にならねぇよなあ。
　溜息を漏らした兄貴は、ビールをひと息にあおって頬杖をついた。
　俺は画面をスワイプさせて他の画像を見る。
　どれも食べ物や飲みを片手にピースサインをしたり、お互いを撮ってみたり、キャラクターと一緒に写っていて、テーマパークを満喫してますね、と嫌味を言いたくなるものばかりだ。
「百歩……いや、一万歩くらい譲ったとしてもですよ。どう見たってこれ、デートの写真でしょう……」
　片手ずつでハートを作ってる姿を見せると、
「……だよなぁ」
　兄貴は項垂れて首を掻く。
「こいつらが帰ってきたら説教してやりましょう。仕事を舐めてやがる」
　兄貴に事務所の留守番をさせやがって、という不満がふつふつと怒りに変わり、首を洗って待ってろよ、と思いながら俺はビールを溢れんばかりに注いだ。


　後日。シャルルに来て「これこないだのおみやげ〜」と呑気に土産を寄越した八神と杉浦に、兄貴への無礼とふざけた写真の説教をしようと試みた。だがしかし、
「やだなー東さん知らないの？これハートショットポーズって言うんだよ」
　八神とその場で実演されて、戦意喪失したことを兄貴には報告出来ないでいる。