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    detjes_8238

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    八杉 30日CPチャレンジ11

    八杉 30日CPチャレンジ1111.きぐるみを着て


    「なんだってこんなクソ暑い時期にこんなイベントするんだか……」
     何度目かわからないくぐもったぼやきが蒸れた空間に霧散する。
     暑いと言えば言うほど暑くなるとは言うが、言葉にせず我慢しているとかえって気が狂いそうだった。
     本当は身振り手振りで愛想を振らなければいけないのにただ突っ立っているばかりで、正直なところ役目を果たしているかどうかは危うい。
     何せかわいらしい着ぐるみの、その内部は灼熱地獄だ。本音を言うともう脱皮してしまいたかった。
     知人の知人という、要するに赤の他人から依頼されたのは、「神室町のゆるキャラの着ぐるみに入ってほしい」という、学生のアルバイトのような内容だった。
     本来なら探偵という看板を掲げる事務所に依頼するものじゃないだろう、と丁重にお断りしていたと思う。
     けれど、テンダーのマスターの友人という繋がりと、着ぐるみスタッフに対するものとしては破格の報酬を提示されて、しばらく依頼が来てない現状とを天秤にかけた結果がこれだ。
     猛暑日と着ぐるみ、日陰のない広場。
     この時点で舐めてかかるなんてことはしなかったが、想像していた以上に過酷だった。一生分の汗をかいてるんじゃないのかってくらい全身汗まみれで、意識が朦朧としてくる。
     そんな中、悪ガキたちに囲まれ、愛嬌を振り撒くふりをして着ぐるみの耳をぶつけたり、小さな子供にねだられて撮影会をしていた時。
     数メートル先の人混みの中に見慣れた姿を見つけて、思わず「やべっ」て声を出した。
     慌てて口を塞ごうとしたせいで、手の部分に貼り付けてあった『犯罪撲滅キャンペーン!』のプラカードが地面に落ちる。
     俺のそばでは音楽に合わせてかわいらしく踊るメイド服姿の女の子たちがいて。そんな彼女らに群がり、ローアングルから写真を撮りまくっている特徴的な出立ちのおっさん連中の足元に、そのプラカードは転がった。
     まずいと思い拾おうとするものの、動きにくさと視界の悪さでもたつく。
     何せ手にあたる部分は耳で物が掴みづらいし、そもそも腹の部分にある頭が重い。しゃがんだら一発で地面をローリングする羽目になるだろう。そうなったら立ち上がるのは困難だ。おまけに足を曲げようにも思うようにいかない。
    「イメージキャラクターの姿を模した被り物を着ている時は、極力イメージを壊さないように。中の人なんていませんので」
     依頼人であるイベントの主催者にそんな注意を受けたが、この状況でそんなことを言ってる余裕はなかった。はやくプラカードを拾ってここから一時撤退しなくてはならない。
     イメージなんか知るかとヤンキー座りをして、片方の耳で頭を抑えながら残りの耳をプラカードに伸ばすと、視界にプラカードを持つ手が伸びてきた。
     おそるおそる見上げる。
    「っふ、これ、どうぞ」
     そこには、笑いを堪えて口をむにむにと緩める杉浦がいた。


    「もーごめんって」
     そう口にして謝りながらも、まだ声も肩も震わせてる杉浦をわざとじっとり見ながら冷たいコーヒーを啜った。
     プラカードを拾ってくれたまでは良かったが、案の定、杉浦はその場でしゃがみこんで腹を抱えて笑い出した。
     にわかにざわついたせいでイベントのスタッフや参加者にまでなんだなんだと集まられ、注目の的になった俺は着ぐるみ姿のまま杉浦を引っ張って第三公園まで逃れてきた。
     田代くんの変装ですらツボに入ってなかなか抜け出せなかったくらいだから、見た目のかわいらしいカムロップではもっとツボが浅くなったらしい。
     公園に着いて頭を抜いた途端に「むり、かわいい」と言いながら地面に崩れ落ちた杉浦は、未だに笑いが止まらないようで俺をチラ見しては涙を拭っている。
     いつぞやのやりとりを思い出してしまって、俺は肩をすくめた。
    「……全然謝る気ないだろ」
    「そんなことないよ。うん、大丈夫。もう落ち着いた。笑いすぎてほっぺた痛いけど」
     無理矢理に笑いをおさめた杉浦は、あーおなかいたい、と言いながら横に座る。
     どうやら、事務所にいた海藤さんから今日の仕事内容を聞いて駆けつけてくれたらしかった。本当に心配で来たんだよ、と笑う。
    「何もこんな炎天下でしなくていいのにね」
    「夏休みで親子連れが多いからな……」
    「わかるけど。せめてテントの下でやるとかさ、あるでしょ」
     杉浦はぼやきながら凍らせたペットボトルを俺の首にあてがう。そのおかげかようやく汗は引きはじめたものの、長時間体内にこもった熱はなかなか抜けてはくれない。
     俯いて心地良さに目を閉じていると、冷えたてのひらが頰に触れた。
     つめたい。そして気持ちがいい。
     その思ううちにそのまま引き寄せられて、鼻先が触れ合う。柔らかな感触に目を開けると、同じタイミングで瞬いた杉浦と視線が絡んだ。
    「……」
    「……どう?エネルギー補給できた?」
     身体を離していたずらっぽく笑った杉浦は、おまけわと言って額にも口付ける。
     唇を優しく塞がれたのは、ほんの僅かな時間。けれども現金なもので、さっきはマイナスまで落ちていた体力が急速に回復した気がした。
    「……もうひと声」
    「ええ〜。仕方ないなあ」
     敢えて渋る素振りを見せると、杉浦は「頑張ったらご褒美、考えてあげる」と艶のある笑みを浮かべた。
    「今じゃないのかよ」
    「楽しみはあとに取っておこうよ」
     ね、とかわいげに首を傾げた杉浦は勢いをつけて立ち上がると、ベンチに置いたあった着ぐるみを俺に被せて、カムロップの耳を握る。
    「じゃあ行こっか、八神さん」
     逃げてきた時とは真逆だ。
     なんだかシュールな絵面だな、と思いながら、ゆっくりと歩き出した杉浦の背中を追いかけた。




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