ハロウィンとか相談所(16) 帰り道。気まずいまま霊幻と相談所の前で別れてから、エクボは体憑きのままこの男のヤサに向かった。一人で歩きながらも思い出すのはさっきの霊幻の顔だった。
いつもなら『お前がもっと早く助けに来い!』くらいは言う霊幻がいつになくしおらしかった。なのに自分はついいつもの調子で怒鳴りつけてしまった。自分を見上げる呆けたような顔を見て、そこでようやく思い出した。太々しく振る舞ってはいるが、こいつはたかだか三十年弱しか生きていない、ただの人間なんだということを。
「ちっ…なんで俺様がこんなことを…」
気遣ってやらなきゃいけないんだ?と思いつつ、結局エクボも「いい奴」なのだ。友達であるモブはもちろん、霊幻のことだって見捨てることなんて出来ない。
───素直になればいいのに
声はエクボの頭の中に直接響いた。
「お前さん…聞いてたのか」
───エクボがあれこれ頭の中で考えてるから、起こされちゃった
「だったら話は早いな。おい、来月いっぱいこの体貸してくれ」
───それが…今回はちょっと無理かもしれない
二人はエクボの頭の中でだけ、会話をしている。この体の本当の持ち主、吉岡だった。
悪霊に体を乗っ取られるという稀有な経験をした吉岡だったが、その後度々使い勝手がいいからとエクボが憑依を重ねるうちに、超能力者でも無いのに憑依されたまま意識を共有するようになってしまった。最初は騒がれて面倒なことになる前に…と洗脳を強めようとしたエクボだったが、吉岡はこの状況をむしろ喜んでいた。
超能力集団爪にいても味わえなかった超常現象を我が身で感じられるのだ。ほんのりと超能力者に憧れを持っていた吉岡にとってはまたとないチャンスだったのだ。
その上、ほとんど定職にも就かずプラプラしていたからエクボは体を借りる代わりに毎回律儀にレンタル料を渡していた。それもあって、今までエクボの誘いを断ったことなど無かったのに。
「来月は忙しいのか?」
───うん、ちょっと内内で仕事の依頼があって…。エクボ、調味市の市長知ってる?
「はぁ?」
ちょうど今日会いに行ったばかりだ。色々あって、会わずに帰って来たのだが。
───その市長から直々にある人物の警護を頼まれたんだ。
「ある人物って?」
───君も知ってる人だよ。
「もったいぶるなよ」
───さっきまで一緒にいた所長さん
「はぁぁぁ!?」
ちょうど吉岡のアパートに着いた辺りでエクボは素っ頓狂な叫び声を上げた。
───ちょっと、エクボ!ご近所迷惑だから静かに…!
「そりゃあ、どういうことか、ゆっくり聞かせて貰おうか…」
エクボはポケットを弄って見つけた鍵を開け、アパートの中に入った。
一つの体に入った二つの魂はそれから夜遅くまで何やら、話し込んでいた。
翌日。
学校が終わると、テルが昨日の様子を報告しに相談所へとやって来た。すると、なぜかそこには体憑きのエクボもいた。
「あれ?エクボくん…?だよね?その人は?」
「ちょっと色々あってな。まぁ、入れよ」
「偉そうに言うなよ、エクボ。俺の事務所だぞ」
中には所長の霊幻もいて、テルが来ると霊幻は表の営業札を裏返して店を閉めた。
「あれ?今日はもう終わりですか?霊幻さん」
「まぁ、予約も無いしちょうどいい。作戦会議といこうか」
霊幻、体憑きのエクボ、テル、が揃う。
三人は応接用のテーブルに座って顔を合わせた。