ハロウィンとか相談所(35)「よし。テル坊も呼んでるぜ。帰ろう」
そうエクボが言った時だった。
じわりと空間が滲んで、緑色の大きな帽子を被った男が姿を表す。帽子屋だった。
「霊幻…下がってろ」
エクボは咄嗟に背中に霊幻を庇う。じり…と両者の間は狭まった。
「ありがとう…」
だが、帽子屋は帽子を脱ぎ、天鵞絨の外套をふわりと広げてお辞儀した。
霊幻はエクボを制して一歩前に進み出る。
「本当に同じ顔をしてるんだな」
「ああ。俺たちを助けてくれて、ありがとう」
「いや…お前たちを助けたんじゃない…。俺たちは俺たち自身を助けたんだ」
霊幻の言葉を聞いて、帽子屋の口元がふわりと微笑む。
数多ある並行世界の中で、帽子屋だけは全てを見渡せる者だった。
「いくつもの世界を見てきた…。どこで出会っても、俺とエクボは分かたれる運命だった。そんな繰り返しばかりを見て俺自身も少しばかりおかしくなってしまった。そんな時、流れが変わったんだ」
調味市という世界でハロウィンが盛り上がり、人々の異世界に対する興味が少しだけ増えた。それをきっかけに互いの世界は少しずつ干渉を始めたのだ。
「最後の呪いは…」
「ああ…分かってる」
最後の呪いはこの世界の霊幻とエクボ。二人が結ばれれば世界は閉じる。
「どうすればいいか…分かるだろう?」
「ああ…」
自分自身には嘘はつけぬ。霊幻の心が決まっていることは、帽子屋にはお見通しだった。
帽子屋は帽子を被り直し、霊幻の肩を抱いて軽く触れるだけのキスをした。
「頑張って。もう二度と会うことはないだろうけど」
「てめぇ!何しやがる!」
それはただの別れのキスだったのに、された霊幻よりエクボの方がいきりたった。
エクボが手を伸ばしても、虚しく帽子屋の影は消えてゆく。
「俺たちも帰ろう。エクボ」
能力の無い霊幻にもどこかに体が引っ張られているのが分かる。ぼやけた魔法陣の向こうから呼応するテルと島崎の力だった。
やがて、調味市市役所、会議室の魔法陣からは霊幻とエクボ、二人の姿が現れた。
「霊幻さん!!」
テルが駆け寄ってくる。
二人が実体化するとすぐ、床の魔法陣は消えてしまった。
「もう終わったんですか!?」
「もう…?今はいつだ?」
「今日は10月9日です」
霊幻が時計を見ると、自分たちが異世界に送り込まれてから、三十分も経っていなかった。
「何日も向こうにいたと思ったのに…」
「時間の流れが違うんだろうよ」
「それで、首尾は!?」
「大丈夫だ、テル。もうこっちと向こうが繋がることはないだろうよ」
最後に世界を閉める鍵はこの世界の霊幻とエクボなのだけれど。
「よし!この依頼は解決した!各自解散!」