シャイニキ黒鷲/粉雪の歌「なんだ、君も戻っていたのか」
黒鷲は湯気立ちのぼる紙コップを同僚の机の上に置いた。つい先ほど、オフィスフロアのドリンクサーバーで取ってきたばかりのそれからは、挽きたてのコーヒーの香りが漂う。同僚は「サンキュー」と早速一口すすった。
今日はクリスマス・イブ。マーキュリー財団本社の社員たちが一堂に会するクリスマスパーティーがラダンのとあるホールで開かれていた。ドレスアップした社員たちはシャンパングラスを傾けてその年の功績を互いに讃え、来年の目標を語り合っていた。恒例のビンゴ大会の豪華賞品に歓声が沸く。
「早々に抜け出すなんて、仕事が残ってたのか?」
「いや、急ぎの仕事はないんだが。……この格好で出席するのが」
そう言って黒鷲は自身のジャケットをつまんでみせた。正装ではないが、量販店の粗悪品でもない。むしろスーツとしてはそれなりの高級品だった。
「灰かぶり姫じゃあるまいし。新しい服が欲しいなら社販で買えばいいだろ。ボーナスも出たんだし」
「『ハ』と『カ』しか合ってないだろう。先月の給料天引き額を見て血の気が引いた。今月はもう買わん」
「ボスがデザインなさった服ばかり買うからだろ。そのうちマーキュリー総裁デザインの男物カツラが出たら……」
「し、ご、と、を、しろ!」
同僚は恋人とデートに行くためにパーティーを抜け出して仕事を進めていたらしい。仕事が片付くや否や、鞄に忍ばせたプレゼントの小さな箱を確かめ、いそいそと退出していった。箱の大きさからしておそらく指輪だろう。
自席で冷めたコーヒーをすすり、パソコンの画面に視線を戻す。タスクバーの天気予報は0度。その隣には雪の結晶のアイコンが表示されていた。
今年のクリスマスも、私にカノジョはいない。
本社を出たのは夜22時を過ぎた頃だった。天気予報通り、外は雪がちらついている。ケーキ屋はもう閉まっているだろうか。コンビニの店頭販売で一人用のケーキとチキンが売れ残っていればそれでも、などと考えながら駅に向かう。どこかの店のスピーカーから定番のクリスマスソングが流れていた。誰にでも訪れる幸せを歌っている。暖かな色の電飾がクリスマスツリーを彩る。大通りに面した有名アパレルショップはどこも閉店時間を迎え、ショーウィンドウだけが明々と自己主張をしていた。ブランドバッグを持ったモデルの写真と目が合う。そんな目で私を見るな。クリスマスプレゼントはクリスマスの前に買うものだろう。逃げるように大股で歩き始めたその時。
「――あのデザインは」
見覚えのあるシルエットに気付き、小走りで引き返す。ショーウィンドウに飾られていたのは、我がボスがデザインしたクリスマス限定のドレスだった。
エルフを彷彿させる上品なホワイトを基調とし、薄手の生地で肩をあらわにした形状ながらも品良く纏められている。歩くと胸元のジュエリーがさながら雪のように揺れるのだろう。背中には繊細な翅が七色に光る。私が知る、ボスが唯一持たざるものかもしれない。だが、それがどうしたというのだ。
モデルが誰かなど、どうでもよかった。ただ、その美しさに圧倒されていた。入社して間もない頃を思い出す。勿論、今でもボスのことは尊敬しているが。
――帰ったら、久々にデザインでもしてみるか
自分へのクリスマスプレゼント、というには大げさすぎるが。
インスピレーションが粉雪のように降りてくる。手のひらの上で溶ける前に、形に残したい。
吐く息白く、私は駅に向かって走り出した。
(終)