スナック特級〜初夜、ギリ健全で行けるところだけ〜『もういいから喰われろ』
そう言った夏油はちょっと米神に青筋を立てながら紅さんの口を塞いだ。紅さんは突然のことに目を白黒させつつも、「ア意外とやわこい」などと思ったりする程度には余裕があった。あれだけピーピー言っていたがこの女も伊達に術師をやっていない。そんじゃそこらの女とは肝の座り方が違うのである。
「っ!?」
その余裕は秒で破壊されたが。夏油に「アこいつ余裕があるな」などと思われた為である。大正解。
キスしたのに意外と冷静な紅さんにイラッとしたので夏油はスイッチを入れた。紅さんが知っていたらオフにしてくださいと土下座をしていたところ。
夏油はスリ…っと紅さんの耳朶を少しかさついた親指で撫でた。紅さんの顔の輪郭に掛けていた手をゆっくりとその首の後ろに回していきながら、親指でじっくり、確かめるように。紅さんの背筋がゾワゾワした。
これを言うと皆に驚かれるのだが、夏油は紅さんに「そういう」ことの為に触れたことがなかった。今の今まで。この十年間。自分でもよく我慢したなと思うし、周囲にもそう言われる。
『……そこまで行くと最早ただのドMじゃない?』と親友には言われた際にはチョークスリーパーを掛けた。うるさい。純愛と呼べ。
紅さんは心の中で悲鳴を上げた。ブワッと夏油の色気が増した気がする。もう雰囲気がダメだった。なんだこれ。え無理。誰か助けてくれ。
「…口、開けて」
「ひゃい」
追撃が止まらない。重なり合った唇の隙間から夏油は吐息で囁いた。命令されているわけではないのに耳に落ちてくるその低くて甘い声になぜか従ってしまう。多分逆らったら死ぬと本能が言っている。誰だよドスケベ魔性人妻オーラとか人妻子持ちのすぐ代とか言ったやつ。……儂じゃ。これ完全にヒエラルキーの頂点に君臨する”雄”じゃん。人妻? むしろ人妻食ってる側だろこいつ。
散々な言われようであるがおおよそ合っている。冤罪ではない。夏油としては紅さんを推すようになってから他の女とは一切合切何もないと胸を張って言えるのだが、その前は、その、まあ、大変爛れていらっしゃったので。黒髪清楚系から金髪ギャル、果てには人妻までセフレですらない一夜のアバンチュールが腐るほどあった男なので。と言うかチラとでも"本気"の匂いを嗅ぎ取ったらセックスだけして数枚の万札を置いて跡形もなく消え去った男なので。全女の敵はコイツです。
夏油はこのことを墓場まで持っていくつもりであったがとっくの昔にバレている。話の出どころはもちろん親友と同期の女医である。
「ん、ぅ」
「はぁ…紅…」
夏油はぬるりと舌を紅さんの口に挿し入れた。夏油の舌が熱い。引っ込もうとする紅さんの舌を夏油は許さず執拗に絡ませてくる。時折歯列をなぞり、上顎をザラザラとした舌で嬲られる。火照った吐息もくちゅくちゅと鳴り響く水音も何もかもが恥ずかしくて紅さんはぎゅっと目を閉じて夏油のバスローブを掴んだ。
推しのキスシーンを映画で見ては「あんなキスを推しと…デヘヘヘ」などと思っていた過去の自分をしばき倒したい。処女がナマ言ってさーせんした。
いや本当すみませんでした無理ですマジで無理ですおうちかえりたい…
木の棒しか持ってないレベル1の勇者がレベルカンストしてる大魔王に敵うはずがないのである。
て言うかお前こんな経験値0の処女を痛ぶって楽しいか!?
夏油から言わせれば「いや無茶苦茶楽しいが?」である。まず何よりキスが気持ち良かった。念願叶った惚れた女との口付けで脳みそが蕩けちまうくらいには気持ち良かった。紅さんの唇は想像通り柔らかく、甘く、中は「ナカ」を想起させるように熱くて気持ちが逸(はや)った。ただ紅さんの口は少し小さくてこれで全部「咥え」られるかしらと心配した。自分で言うのもなんだが、平均よりずっと大きいので。心配はするくせに「させない」という選択肢がないあたり恐ろしい男である。
しかし「惚れた女にしてもらいたいのは当然やろが!」と人でなしのロクデナシは脳内会議のデスクを拳で殴った。「せやな(議長:煩悩担当夏油)」「ほんまそれ(書記:本能担当夏油)」「異議なし(タイムキーパー:理性担当夏油)」などと夏油議会は満場一致で「わかる(わかる)(だよね〜)(可決)」となった。さすが自分、解釈が合う。やったー!!!
脳内会議が盛り上がりを見せる中、リアルの夏油は目を細めて可愛い女の様を網膜に焼き付けていた。
まず第一に可愛い。目をきゅむっと閉じて一生懸命息をしようとハフハフ喘いでいるのが破茶滅茶に可愛い。まあ私のキスで喘いでいるんですがね? これは今年一可愛い。
第二に可愛い。耳や首筋を撫で上げる度にビクビク揺れる体がバチクソ可愛い。これ私の指でこんなんなっちゃってるんですがね? これは今までで最高に可愛い。
第三に可愛い。「んっ、あ…ぅ」って上顎を擦ると少し感じた声を出すのが腰に響くくらいに可愛い。これ私の舌だけでこういう声出てるんですがね? これは学生時代に冷たい手で紅の首筋を触った時に「ひゃん!?」ってなって十年に一度の可愛さと言われたあの時を超えてきた。本当に可愛い。それにしても口の中、感じるんだ。ふーん…。
などとこの世で一番怖い「ふーん…」をしながら毎年絶妙なキャッチコピーをつけられるボジョレーヌーボーみたいな評価をしていた。端的に言って浮かれているのである。
苦節十年。
女を味がなくなったら捨てるガムの要領で食い漁っていた男とは思えないほど我慢していた十年間。例えば学生時代、伝達ミスと諸々の不運が重なって遠出の任務先で同じ部屋の同じベッドで寝ることになった時も鋼みたいな精神力と理性で耐えた。ただ色々と我慢し過ぎて変な汗でビショビショになった。お陰でシャワーで冷水被りながら「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時…」と般若心経を唱えて滝行をする羽目になった。でも「アここで紅もシャワー浴びたのか」と思ったらダメだった。全裸でシャワールームに蹲って泣いた。
それから成人してから呪詛師の「〇ックスしないと出れない部屋」とかいうふざけた術式がかかった部屋に閉じ込められた時も、自分が持っていた緑茶と紅さんが持っていた烏龍茶を「ミックス」して部屋を出た。無事に出れた。緑烏龍茶はスタッフが美味しく頂きました。闇の凝った瞳で。
つい最近も紅さん宅で同期飲みをして親友も硝子も帰ってしまい、飲み潰れた紅さんに捕まって紅さんのベッドに引き摺り込まれた時も何もしなかった。紅さんの香りがする紅さんのベッドで気が狂いそうになりながら「3.14159265359…」と円周率を数えていた。翌朝紅さんは何も覚えていなかったので彼女の鼻を腹いせに摘んだ。「何すんの!?」と紅さんは叫んだが夏油は「それはこっちのセリフだよ」とついでに頬もつねった。
これに関しては夏油は無罪放免で逆に親友や恩師などから労われたものだ。
『コレ、最近僕が気に入ってるとこの羊羹のセット』
『傑、今度飲みに行こうな』
『…タバコ、吸うか?』
夏油は人のココロの暖かさに触れて泣いた。
紅さんだけが「解せぬ」とジョジョみたいな作画で腕を組んでいた。
他にも「その手」の話には枚挙にいとまが無い。きっと食ってきた女性達の呪いか過呪怨霊の仕業。自業自得。
「うわっ!?」
「ん…ちょっと場所、変えようか」
残りはもうちと待ってくれい
なんか反応もらえるととってもやる気出るお願い