雪の降る日に【壱】「お前はいつもいつも失敗ばかりだな。一族の恥だ。」
「出来損ない。」
「あんたなんて居ても名を汚すだけね。」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私に才が無いばかりに。
私が居るばかりに。
私が、私が…
「いっそ雪みたいに消えてしまえたら……。」
物心ついた時から私は家族みんなから叱られ、疎まれていた。家族から褒められた記憶なんてない。朝目覚めて浴びるのは、いつも冷たい視線だった。家にいるのが辛かった。ただ、私は住む山を降りることを許されていなかった。
「お前のような恥晒しがいるなど他の妖怪に知られれば、我が一族の価値が下がる。いいか、絶対に他の妖怪に近寄るな。」
だから私には友達なんて居なかったし、家の外の世界なんて、全く知らなかった。
ある日、私が家族に出すお茶をひっくり返してしまった。間抜けな私にはよくある事だった。ただその日は父の機嫌が悪く、烈火のごとく怒鳴られた後、家の外に締め出された。……これもよくある事だった。荒んで可愛げのない私は、追い出されたこの時間をどう潰そうかと思案していた。 すると、山の麓から、中腹の此処まで聞こえるくらいの賑やかな声が聞こえた。その楽しそうな声に、私は気を取られてしまった。
―他の妖怪と接してはいけない―
嫌という程聞かされた事だ。忘れる訳が無い。ただ、少しだけ、
「……『外』が、知りたいなぁ……」
気づいたら、私は山の麓に来ていた。後悔が無いわけじゃないが、それ以上に未知への好奇心が勝っていた。そこには、私が今まで話でしか聞いた事の無かった他種族の妖怪……妖狐、鬼、猫又など様々な妖怪が皆楽しそうに笑っていた。私はつい目立たないように、そっと木陰に隠れて覗いた。
どうやらそこには飴屋が来ていて、飴が売られているようだった。果物で出来たものや動物を象ったもの、多種多様な飴が日に照らされて輝いていた。当時の私は、生まれてこの方甘味というものを食べたことがなかった。正確には食べさせてもらえなかったのだが…
「そこのお嬢さんもどうだい?」
考え事をしていた時に話しかけられ、私は飛び上がりそうになった。バレてしまった焦りと初めて接する他種族に私が慌てふためいていると、その飴屋の女性が、私に1つ赤い飴を差し出した。
「わ、私、お金がなくて…!」
「気にする事はないよ、オマケさ!」
私は戸惑いながらに飴を受け取り、舐めた。
「……おいしい!」
今まで味わったことのない甘さに私はつい声が出た。その女性は嬉しそうに笑い、また皆の前で飴を作り始めた。 妖術のように飴が作られて行く様は、今まで外の事なんて何も知らない私を見惚れさせるのに十分だった。するとその女性は
「お嬢さんも作ってみるかい?」
とまた声をかけてくれた。
「え!?わ、私が!?で、でも私不器用で何も出来ないですし…」
「いいのいいの!皆最初は出来ないんだから!」
促されるまま私は飴を作ることになった。
「(もし失敗したら?迷惑をかけたら?…やらせるんじゃなかったって後悔されたら?)」
普段の家での生活が頭をよぎり、そんな不安で息が詰まった。…だが、そんな不安は飴作りに没頭するうちに頭から消えていた。―楽しい!今までに感じたことのない感覚だった。胸が躍った。
「お嬢さん上手だねぇ!初めてとは思えないよ!」
「……!あ、ありがとうございます……!」
初めて、生まれて初めて、褒められた。
私にも人に褒められる事があった……!!私はあまりの嬉しさに様々な嫌な事を忘れていた。
_家に帰れば、私が居ないことに気づいた家族が待っていることも。