たからものひとつ 俺は、かけがえのない宝物を手に入れてしまった。璃月に古くからある書物や置物などは、研究や保管に必要だと言われれば、惜しむらくも手放すことができるだろう。
しかし彼だけは、いくらモラを積まれ三日三晩懇願されたとしても、他の誰かに渡すことなど、到底できる気はしなかった。
「鍾離様?」
「魈、おはよう」
「おはようございます」
薄目を開けてぼうっとしているのが魈の目に入ったのだろう。起きたのならと、寝台で横になっている魈の身体を引き寄せた。腕に抱けば自分の身体にすっぽり収まってしまう彼の体躯は、柔らかいとは言い難いが、とても抱き心地が良い。温かい体温と、僅かに感じる魈の匂いは心を落ち着かせ、ここから出る気すら失せてしまうから不思議である。
魈の首の下に手を差し込めば、おずおずと頭を俺の腕に乗せてくれる。そこから少し悩む素振りを見せ、もう少しだけ顔を寄せてくれた。
魈の瞳は、何にも替え難いただ一つの宝石のようだ。じっと見ていると、目いっぱい瞼を広げて、その瞳を見せてくれる。その瞳に映る自分の姿があまりにも愛しい者を見つめる様だったので、おかしくてつい笑ってしまった。すると、魈はぱちくりとまつ毛を瞬かせるのだが、何も聞いてくることはなく、不思議そうな目でこちらを見るばかりだった。
「参った。お前の一挙一動全てが愛らしく見えてしまう」
「それは……その、我のことを童だと思っていらっしゃるということなのでしょうか」
「歳の差で言えばそう捉えられるかもしれないが、これは違うな。先日恋仲になりたいと俺が言ったことに対してお前は了承してくれたと思ったが、夢だったのだろうか」
「い、いえ、夢では……ありませぬ」
今度は頬を朱に染めて、魈は少し視線を下げてしまった。嗚呼、今すぐ飲み込んでしまいたい程に愛らしい。ここまでの道のりは本当に長かった。一歩進んだかと思えば三歩程下がってしまう魈の腕をなんとか離すまいと必死に繋いだ結果がこれだ。この布団に入って一緒に寝て欲しいと告げた時の、魈の最上級に困惑している姿は今思い出しても少し笑みがこぼれてしまうが、今ではこんなに近くで眠ってくれると思えば愛しい以外の言葉が見つからない。
変わることがないと思っていた魈が、少しずつ変わっていっている。恋仲とはなんでしょうか。と、恋の『こ』の字も知らなかった彼が、頬を朱に染め、おずおずと俺の背中に手を回してくれる様は、願っていたことだったが、実際には叶わないとどこかで思っていた。胸元に埋まる魈の表情を見たいと告げれば、見せられないと返ってくる。そのふやけた顔は、俺だけのものだ。
誰にも見せずにしまっておきたいものだが、外にいることで輝きを増していることもあるだろう。ずっと離さず傍に置いておきたい。このような気持ちを抱いていると知れば、かつての旧友は笑ってくれるだろうか。
「このまま時間が止まってしまえば、俺も摩耗することなく、お前が業障に苦しむこともないな」
「我は……このまま寝たきりというのは……少し、辛抱ならないかもしれません」
「はは。そうだな。しかしもうしばらくこうしていたい。お前が隣にいることをもう少し噛み締めさせてくれ」
「はい……どうぞ。いくらでも」
誰にも邪魔をされない宝物のような時間が流れていく。より魈を抱き寄せ目を閉じた。魈の額が首元に寄せられた感触がした。先程より少しだけ早い鼓動を聞きながら、それが次第に落ち着いた音に変わっていくのを心地良く感じ、しばし眠りにつく。
あの、そろそろ起きませんか。と魈が言い出したのは、すっかり日が昇りきった六時間後のことであった。