桜が舞い散る朝薄白い花弁の木が、風に揺れて粉雪のように舞い散る。
アンドレは最後に射撃の練習をするべく、訓練場(といっても、広場に的が置かれた簡易的な場所)へ向かっていた。
朝日が登る前、ぼんやりと世界の輪郭が映し出される時間。宿舎の外れに在る広々とした芝草に、一人の男の姿が見えた。
「おはよう。早いな。」
「……。」
男は黙っていた。否、黙っているのではなく、言葉が詰まっていた。
「アラン?」
足を早め、サクッサクッとアランの側に近寄った。
「……お前は…」
アランは俺の持っていた銃に目をやり、顔を顰めた。
「これを隊長が望んでいるとでも思ってんのか??」
「いいや。」
「……っ!!てめぇ、分かった上で……」
フッとアンドレは笑みを浮かべる。
「所詮、自己満だ。俺は…、俺〝が〟オスカルの側に居ると決めたから。あいつだけを戦場へ向かわせるわけには行かない。……たとえ、命を落としたとしても…な。」
それじゃあ、とアランを過ぎ去ろうと歩みを続けたが、それは腕を掴まれ阻止された。
視線を掴まれた腕に落とす。手が震えていることに気付いた。
「そんな縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ。」
今度はアンドレが言葉を飲み込んだ。
暫く、二人は黙り込んだ。
__抱きしめたい__抱きしめられたい。
きっと、これが最後になる。仮に、生き残ったとしても、この革命が終われば、二人は別の場所で生きると分かっていた。
ドクン…と心臓が響く。
掴まれている手に触れたいと願うほど熱くなる身体と、触れてしまったら忘れられなくなる恐怖。
「は…なしてくれ。」
震える声で伝える。
だが、アランは掴んだ腕を自分の方に引っ張り、優しく腰に手を回し抱き寄せた。
思わず「あ…っ」と変な声が出てしまったが、手から銃を落とした音で掻き消された。
「俺は…お前を戦場に送りたくねぇよ。お前は……、隊長と……、、」
__幸せになってくれ。
心から祈っていることが、アランの口からはどうしても出せなかった。
悔しくて、情けなくて、涙が溢れる。
「アラン?」
こんなにも顔が近くにあるのに、アンドレの視界ではアランの輪郭を捉えることが精一杯であった。だが、彼の吐息と震える身体で伝わる。
「泣いているのか?」
そっと頬に手を当てる。指先が濡れ、彼の涙と確信できた。
「……アラン。」
手で彼の涙を拭いながら、もう一度名前を呼ぶ。
あと、何回呼べるかすら分からない。
涙を流しながら、絞り出す声でアランは口を開いた。
「お前は出会った頃から…気に食わなかったんだ。」
「…ああ。」
「俺は……、お前みたいな奴は嫌いだった。」
「そうか。」
ツンと胸が痛くなる。
構わずアランは続けた。
「そうだ…、嫌いだった。俺は……、、」
「……。」
「分からねぇもんだな。人ってモンは。どんな奴を好きになっちまうかなんてな。」
「……!!」
アランは、頬をなぞるアンドレの手に自分の手を重ねた。
覆いかぶさるように手に触れ、指を絡まし、唇に運んだ。
指先、掌、甲、手首……余ることなくキスをして。
唇が触れる度に、身体を反応させるアンドレが愛おしく、止まらなかった。
「アンドレ……」
もう一度、アンドレの顔をしっかりと見つめた。
歳上で、整った顔付きで、底しれない根性がある……気付いた時には惹かれてしまっていた男。
今、その男が自分の腕の中で、頬を赤く染め、潤んだ瞳で見つめ返している。身体中が熱い。
「アンドレ、目ぇ瞑ってくれ…。」
口角を上げたかと思うと、長い睫毛がゆっくり下りた。その姿に鼓動が早くなるのを感じながら、アランは優しく唇を落とした。
薄白い花弁が粉雪のように舞い散る朝。
二人の想いのように絡み合い、だけど、それは宙を舞い交わることはない。
ただ、今、この瞬間だけ。最初で最後のキスをした。
朝日が登り、辺りが明るくなってきた。
「……。そろそろ行くか。あーあ、結局、お前のせいで練習出来なかったな。」
アンドレは皮肉を込めて呟いた。
アランは、悪ィと苦い顔をして答える。
「お前のことは……、、」
お前を守る、そんな確証出来ない約束をしても、返って呪縛になる。そう感じ、「何でもねぇ。」と言い放ち、アランは大股で歩みを早めた。
アンドレは、その子供らしい姿に笑みをこぼした。
「ははっ!置いていくなよっ!!」
アランの背中を軽く叩いて、肩を組んだ。
とても澄んだ青い空に舞う花弁は朝日を浴びて、星空のように綺麗だった。