近所の直治さん 【怪】◆部屋の隅(直治さん視点)
その日は夕焼けの赤が一段と濃い夏の終わりだった。
早めの夕飯を取っている時、ふと、部屋の隅の一つだけがやけに暗いことに気がついた。眼鏡が曇っているのかと思ったが、そうではないらしい。眼鏡をずらしてじっと目を凝らしてみるも、あるはずの角が見つからない。その時。もぞ、と暗闇が動いたような気配がした。虫でも湧いたかと、思わず立ち上がりかけたが、黒い靄のように気配があるばかりで、小さいものが這い出してくることはなかった。興味がわいた。夕食のスープに指を差し入れ、ひよこ豆を一粒つまみ出し投げてみる。白い粒はフローリングに水滴を落としながらころころ音を立てて転がり、角に当たる前にフッと見えなくなった。どくり、と好奇心に胸が高鳴る。もっとよく見ようとして、部屋がだいぶ暗くなっていたことに気がついた。白いレースのカーテンの隙間から見える夕焼けは山向こうに遠ざかり、空は群青に近づいている。椅子から立ち上がり、居間の明かりをつけた。蛍光灯の眩しさに目を細めながら振り向くと、部屋の角には何も無かった。
◆こぼれ話
「直司さん、なに見てるの?」
僕が不思議に思って声をかけると、一点を見つめていた直司さんはパッと向き直った。
「いや、なんでもないよ」
眼鏡の向こうの目を細め、立ち上がる。
「暗くなってきたから、もう帰るといい」
そう言われて時計を見ると、もうすぐ夕方の町内放送が流れる頃合いだった。
「いけね、また母さんに怒られちゃう」
急いで立ち上がると直司さんは玄関のドアを開けてくれた。外は薄い夕焼け色だった。
ばいばい、と手を振る。
ばいばい、低く柔らかい声が送り出してくれる。
ドアが閉まる前に振り返ったけど、部屋が暗くて黒い影法師みたいになって、直司さんの表情は見えなかった。
◇部屋の隅に棲んでるナニカを愛でている直治さん。正体も現れる条件も謎のまま、初めて見たのが夕暮れだったからという理由で、暗くなっても部屋の電気をギリギリまで点けないのが日常化してるっていう、後日談。